夜のプリン・ア・ラ・モード
夜になると踊りを踊り始める人がいて、ごはんの代わりにアイスクリームを食べる人がいて、海にイカを釣りに行く人がいて、わたしは夜になると無性に叫びたくなる人で、小高い丘にある公園の、公園の敷地と整備されていない森林のあいだの柔らかくて湿っぽい土の部分に穴を掘って、穴の中に向かって叫んでいる。叫ぶ内容は仕事の愚痴であったり、彼氏に対する不満であったり、大して意味のない言葉だったりする。あああああ、とか、ううううう、とか。ときどき、ぶほほほほ、とか。
「そういえば昔、そういう内容の絵本を読んだ気がするわ」
キミは言った。夜の、小高い丘にある公園の、子どもたちが去って時間の経ったブランコは冷たくて、キミはブランコをギコギコ揺らしながら、わたしが叫び終わるのを待っていた。キミはいつでもキミで、大人になってもキミで、誰かにどんなに蔑まれてもキミで、嫌味を言われてもキミで、子どもに退化したってキミはキミのままだろうし、おばあちゃんになったってキミはキミであるだろうし、犬になっても、クジラになっても、カマキリになっても、宇宙人になっても、キミはキミであり続けると思っている。白い椿の髪飾りが、黒い髪によく栄える。時代遅れの厚底ブーツを履きこなしている、キミ。
「あなた、夜に何する人?」
わたしは訊ねた。今日は穴の中に、取引先の会社の女の愚痴を吐き出した。女はやたら早口だった。こっちは忙しいんだから、さっさと用件を話して頂戴。という雰囲気を、電話の向こうでぷんぷん醸している女だった。
「プリンを食べる人」
ブランコを漕いでいたキミが、かわいい声で答えた。
「プリンはプリンでも、プリン・ア・ラ・モードだよ」
念を押すようにキミは続けたが、どうでもよかった。
聞いておいてなんだが、わたしはプリンがあまり好きではなかったし、プリン・ア・ラ・モードにもまるで魅力を感じなかったけれど、なんだかとてもキミらしくて、おなかのあたりがぽかぽかしてきたよ。夜はさむいからね。春と秋と冬の夜は、さむいから。わたしはスコップでさらに深い穴を掘る。キミはブランコをめいっぱい漕ぎ、夜空に浮かぶ月に向かって、飛ぶ。
夜のプリン・ア・ラ・モード