太陽を焼く

いずれ気付くとは分かっていて、それでも知らないフリを貫き通したかった。
圧倒的多数に安心する気質の人々が大半の国の中で、誰が進んでマイノリティになりたがるだろう。
マジョリティとして、普通に、生きていきたかった。
普通って何だ?よく知らないけど。
そんなわけで、ゲイだと自覚したのは19の時だ。
荒々しい怒りと理不尽なまでの暴力性を内側にすべて飲み込み、時折それを人知れず吐き出しながら過ごした十代の頃、抑えきれない不安定さは嵐のようだった。
それを何とかやり過ごした後も余熱は長く尾を引いて、真っ青な晴天の日は何故か鬱屈とした気持ちになるのだった。
そんな自分を屑か?と卑屈な気持ちで穿ち、綺麗に棲み分けされている世界からはみ出ないよう、おかしくないよう振る舞うのに神経を削った。
19の頃、どうしようもない愛と欲を識る。けれどそれは19の青二才が抱えるにはひどく脆いものだった。
彼が欲しくて仕方なかった。
束縛なんてしたところでまったく意味がなく、相手のすべてを手にすることなど出来るわけがないと頭で分かっているのに、止められなかった。
毎日息苦しかった。彼以外のことが考えられず、起きている間頭の中はずっと混乱していた。
浅ましい自分が許せず、悲しくて、認めたくない。
それでも、ドアが開くのを一晩中待っていたことがある。
まるで物狂いのように彼しか目に入らなかった。
気持ち悪い、そう思うのに、一心に願った。ずっと一緒にいたいと。
どこにも行かないでほしいと願ったが、俺が元々立っていたのはひどく薄い氷の上だった。
氷が割れて冷たい水に落ちてなお、女々しいその願いをいまだに手放せないでいる俺はどうかしている。
とうに自分に愛想を尽かしても、まだ彼だけを愛しているなんて、どうかしている。
彼を嫌いになれず、憎めもしない自分が、嫌いだ。



携帯のアラームのけたたましい音に無理矢理起こされると、時計の針は七時を指していた。
思考がハッキリしないままベッドから抜け出し、カーテンは閉め切ったままパジャマ代わりのハーフパンツをだらしなく脱ぎ捨てる。
「だる……」
全身を包む倦怠感をごまかすように、少しだけ体を伸ばす。
肩や腕がみしみしと鳴った後、ばき、と鈍い音が関節に響いた。
今日も仕事、明日も仕事。
代わり映えのない毎日に変化はない。
営業の仕事は向いていないことが早々に分かって四週間で退職した。
体を使う仕事も、自分の限界を超えて働き抜く傾向があり、ある朝シャワーを浴びていた際に昏倒して辞めた(同僚が異変に気付いて訪問してくれなければ結構ヤバかったのかもしれないと、他人事みたいに思っている)。
今は、ある営業部の内勤で、毎日データ整備をしながら会議で使う資料を作ったり、入電処理をこなしたりをして部内で日付をまたぐ。
中央線沿いに住んでいることもあってかさすがに終電を逃すことは滅多になかったが、疲れのあまり最寄駅からタクシーで帰ることはままあった。
男やもめの2DKで、食生活どころではなく不摂生極まりない。
自身に関心がないものは、仕事で体を使い倒すことに疑問も不満も持たない傾向が強い、と俺は思っている。
家で待っている人間もいない、休日を約束する友人や恋人もいない、だから別に酷使しようとすまいとそれは自分の自由なのだ。
そんな自身のことに無頓着な俺を心配してかしないでか、時折兄は携帯を鳴らした。
実家に帰ってこいとか、地元でも仕事はあるとか、兄が液晶の向こうで言うのはそういうようなことだ。
いつも適当に聞き流すせいか、兄は呆れて電話を切る。
今更実家に帰ってどうするんだよ、なんて、思っても言えない。
選り好みしなければ兄の言う通り仕事はあるのだろう。けれど居場所がなくて逃げ出した俺が帰って一体どうなるというんだ。
兄が言いたいのはそういうことではないかもしれない、ただ俺の「事情」を知らない兄が俺の生活に食い込めるわけもない。
心配してくれることは本当に感謝している。ただ、地元の閉塞的な環境で育った俺と兄とが、簡単にお互いの良き理解者のように振る舞えないことも分かっている。
育ったのは片田舎の隅。幼い頃は分からなくても、身長が伸びて目線が変わる頃、地域に暮らす人々は善人だけでないのだと知った。
――噂話が何よりの娯楽とされるような小さな町で、俺がどんな思いをして自分を枠の中に押し込んでいたのか、家族はきっと知る由もないだろう。
兄はいまだにその地元で暮らしている。俺がマイノリティだと知ってなお、平気な顔を出来る強さをおそらく持ち合わせてはいない。
寝ぼけ眼のまま歯磨きをして身支度を整えると、朝食は摂らずにコーヒーだけで簡単に済ませて、家を出る。
足に添うのは履き潰したスニーカー。ボロボロになってもまだ靴の形を保ち、機能している。
そろそろ買い替え時だな、そう思いながらドアに鍵をかけ、部屋を後にする。



仕事帰り、コンビニで適当に口にできそうなもの、食欲と関係なく胃の中に流せそうなものを見繕って買っていく。
辺りにガサガサとコンビニ袋の安っぽい音を響かせながら、スニーカーを履いた足を引きずる。何となく、突然、もういいんじゃないかと思う時がある。
例えばそれはこんな帰り道だ。
暗くなるにつれて、街の中で一つずつ灯が増えていくその様子。じわじわと広がる光。
その中に、一つとして自分のいるべき場所はない。
それが何だか不思議で、おかしい。
行きつけの本屋も、バーも、馴染みの友人の家も、自分の部屋でさえ。
居場所があると思ったことはなかった。
偽りの自分でいるしかない、そうすることしか出来ないでいた地元も、もう離れて久しい。
どこに行けば自分がいてもいいと思える場所があるんだろう?
2DKのアパートは、いつまで経っても自分の匂いには染まらない。
よく分からない、過ぎ去ったたくさんの人間の匂いがして、殻だと思ったことはあるが自身の居場所と認識するには程遠い気がした。
緩慢な動作で鍵を差し入れ、ドアノブを回す。
暗い部屋の中で、モデムランプだけがちかちかと明滅しているのが見えた。
軽く屈んでスニーカーの紐を乱雑に解く。
コンビニ袋は腕に掛けたまま、水道水をコップで一杯飲み干した。
携帯が何度か震えたが、おおよそ宣伝メールか家族からの連絡か、腐れ縁の友人からの休日の誘いのいずれかだろう。
時折まったく知らない相手から電話やメールが来ることがある。
それは俺が外出した時に、勝手に連絡先を抜き出すような奴らの仕業だ。
一晩共にしたところで、二度はない。
部屋に入るなりパソコンの電源を入れると、コンビニ袋の中身をテーブルへ広げた。
どんなに食欲がない時でも、サンドイッチだけは何となく喉を通る気がしていつも買ってしまう。
おにぎりは少し重たいらしい。
野菜ジュースを飲みながら、サンドイッチにかぶりついてPCのログイン画面でパスワードを入力していく。
仕事でも日がな液晶と顔を突き合わせているのに、帰ってきてからもPCを点けるのだ。
新着メッセージを知らせる小さなウインドウが、右下で小さく浮かんで消えた。
携帯もPCも暇潰しの道具であることは明白なのに、今やこれがなかった頃の生活を思い出せない。
浸食されて依存している、そのつもりがなくても。
玩具にしていたつもりが、次第に触れる時間が増え、自分の時間の輪郭をぼやけさせていく。
自分が玩具に合わせて時間を作っていることに気が付く。
完全なる依存。
液晶の中にあるSNS、その広く浅い繋がりをツテに財布と携帯だけで電車へ乗れば、一晩中ばか騒ぎすることが出来た。
相手が誰かなんて関係ない。場所も関係ない。
どこかに行けば、誰かに会えた。
連絡先を交換しても、お互い二度と連絡しないことは知っている。
――お前、俺のこと知ってる?
――いいや。
――そ、ちょうどいいな。
むしろ知らない相手の方が何かと安心するのだ、お互い。
すべて忘れてずっとハイでいても疲れはしなかった。
ネオンの華々しい灯りが薄れる頃、空が白んで明るくなる。
朝日と共に暴かれるのは、ただのごみ溜めでしかないコンクリートの廃墟。
酔いつぶれたホストが転がり、ごみ袋に埋まるサラリーマンを避けて歩きながら、吸い殻だらけの道をふらふらと歩く。
一晩中、とにかく飲んで騒いでいれば平気な気がした。
大丈夫だと思っていられた。平気だと。
もう元通りだと、自分の形をしっかり保っていられると、思えた。
それでも、大丈夫でも平気でも、元通りでもない。
体中の力が抜け落ちるほどの虚脱が襲ってくるのは、家のドアを開けた途端だ。
ブーツの紐も解かずにその場にうずくまる。
吐きたいわけでも泣きたいわけでもない。体中の力が抜けてまるで液体にでもなってしまったかのように、思考停止の状態で何時間もそうしている。
やがて喉の乾きを覚えて立ち上がると同時にトイレへ駆け込み、胃の中のものをすべて吐いた。
胃液を拭ってのろのろと立ち上がり、キッチンまで這うような速度で向かう。
冷蔵庫の中に入っているミネラルウォーターのペットボトルをこじ開けて、勢いよく口の中へ注ぎ込んだ。
飲みきれない滴が溢れて、服や床を濡らす。
濡れた服のままでベッドに横たわって、その後泥のように眠った。
気が付けば夕方で、明日からまた仕事。そんなことの繰り返しだ。
缶詰の中身を半分、食パンを生のまま齧って、シャワーを浴びたら再び眠る。
セックスしても埋まらない穴。
むしろ拡がり続ける。
割れた氷の下でもがいているだけなのか、這い上がって寒さにうち震えているのか分からない。
もう、上も下も分からなかった。
ゆるぎないものが欲しかったけれど、こうして自分の傷に溺れているうちは手に入らないだろうことは、予想がついた。
休日でも、外に出るのが億劫なことがある。
まさに「殻」の中に閉じこもって、買い込んだ酒を飲んで、限られたネットワークにいる会ったこともない誰かと長時間話すのだ。
そういう時は、時間の感覚が上手く取り戻せない。
ぶつりと切られた無料通話の回線ごと、強制的に現実の世界に引き戻される。
プルタブが沈み、へこんだ缶がそこらじゅうに転がっている。吸いかけの煙草が何本も灰皿の上で死骸のように折り重なっている。無残に。
話したことは、他愛もない毒にも薬にもならないことだ。いつも覚えていない。
この街には一人でいられない人間が山ほどいる。
そしてその時間を共有しては無駄にする。
一人じゃないと思えれば相手は誰でもよかったし、話題など移り変わるままでよかった。
繋がらない繋がり。
強烈な渇きを癒すための、その場しのぎの虚しい繋がりだ。
皆それが分かっていて集う。
蛍光灯の光に集まる蛾のように、抗えず明りに集まる。
その明りで燃やし尽くされて朝になって死んでも、それでいいのだ。
揺らぐことのない結びつきが欲しいと願ってなお、そのような虚しいコミュニティに縋るしかないから、そうやって集う。
馬鹿馬鹿しい傷の舐めあいをして、憐れみ合って、それでもまだ何の根拠もなしに「こいつよりはマシだ」「あいつよりはマシだ」なんて信じている。
その場限りの戯れ。
一夜限りのセックスとまるで変わりはしない。
けれど、自分の方へ近づいてこられるのも、自分から近づいていくのも怖くて仕方ないのだ。
分かっていて許容する、そんなやり取りだ。
下らないと卑下する自分に返ってくるのは同様の卑下だ。
身の内を蝕む闇を相手に向けて、「いいもの」が返ってくることなどない。
分かっていて、誰かといる。分かっていて、一人でいられない。
この部屋が、この「殻」が、俺を守ってくれているわけもなく、ただ時折無性に一人が怖い。


貪りたいだけ貪る熱。
所構わず、唇で、指で、舌で、皮膚で、耳で、粘膜で、相手の輪郭をなぞる。
安い内装のラブホテル。その壁に押し付けられて、少しずつ着衣を剥がされていく。
「ん……、は……」
殺していた吐息が唇の隙間から漏れてきて、相手が俺の顔を得意げに見下ろしてくる。
奪われる主導権と自尊心。この人はそういう人だ。
相手が羞恥に震え、自尊心を失い、足場のなくなっていくさまを見るのが好きなのだ。
節くれだった右手が差し入れられ、その乾いた皮膚が俺の上をゆっくり往復する。
いつもベッドには入らない。
大体、こうやって相手の体と壁の間で身動きが取れないまま何度も達することになる。
「また……、ここか……」
ドアから数メートルの距離。
靴を履いたまま、縺れている互いの脚。
「何度こうしても慣れないな、君は」
くつくつと喉奥で愉快そうに笑う。
左手に隠しも外しもしないプラチナの光。
(何で俺はこうやって自分で抉るんだろうな……)
相手の顔が自分の首筋に沈んでいくのを見ながら、思わず肩越しに天井を眺めてしまう。
「ん……、っ」
着衣を剥かれて露になる上半身のそこかしこを、彼は甘噛みし、舐め、時折強く爪を立てる。
ピリッとした痛みの後は、柔い愛撫が余計に甘く感じた。
胸元に舌が這い、先をすぼませた舌先で乳首を愛撫されるともう立っていられなくなる。
しゃがみ込むのを許さないというように割りいれて絡められる脚。
上半身も下半身も、中途半端に乱された着衣でほとんど裸でもいいぐらいだ。
余計に羞恥心を煽られる。
器用に片手で前を開かせたジーンズ。その隙間から、隙を狙ったように大きな手のひらが入ってきた。
いつも思うのは、自分が思っている以上に体の反応は正直だということ。
じんわりと芯に熱が集まっていくのを感じる。
手淫で、呆気なく完全な姿にされる俺の性器。
頭の中に少しずつ靄が掛かっていき、下腹部に溜まっていた欲にそのまま意識を明け渡しそうになる。
「は、ぁ……、っ、ん……、い……」
「……もうイキたいの?」
ぬるりと先走っている滴を絡め取られて、刺激に思わず前に体を倒した。
「どうせ、イカせないくせに」
挿入するまで達することを許さない相手だ。
ただ、挿入してからは何度も、何度でも絶頂まで向かわせる。しつこいぐらいに。
「分かっているじゃないか」
「あ、あ、あ……、もう、嫌だ……っ」
「今日は特別。いいよ、いきなさい」
射精するその一瞬だけ、頭の中が空っぽになる。
ぜいぜいと肩で息をしていると、力が入らない体を引きずられてベッドに放られた。
ベッドにいくなんて珍しい、そう思っているとぐるりと視界が傾いて、天井の模様がいやにハッキリ見える。
影と一緒に、表面上は穏やかな相手の顔が視界を覆った。
目に鈍い欲情の光を浮かべている。
この視線に、かつて見たものを重ねてしまうからダメだ。
必要以上に感じてどろどろに形を失くしてしまう。
征服され、屈服する。
後ろから揺さぶられている間に思うのは、今、あの人はどこにいるだろうかということだ。
この街のどこかにいて、あの鋭い瞳は誰に向けているだろう。
「あっ、あ、ああ……っ」
目をきつく閉じているせいか、自分が発する声に笑いそうになる。
甘いよがり声。けものがする交尾のように組み敷かれて、体の自由を奪われ、目をつむったまま快楽に溺れる。
貫かれ、何度も奥に吐き出される他人の体液。
体は熱くて仕方ないのに、頭のどこかが凍っているのは、彼が、あの人が俺の中心に触れてしまったからなんだろう。
奥底にしまいこんだものを掬い上げて、あっさりと放り投げて行った彼。
再会したところでどうにかなるわけでもない、どうしたいわけでもない。
揺れながら考えるうち、次第にそんな余裕もなくなって行為に没頭し始めると、彼のことを思い返すこともなかった。


俺が数度射精して満足したのか、その日のセックスはそれで終わった。
シャワーを浴びて身支度を整え、「次はどうする?」と言うようなことを訪ねたその時だった。
「こんな風に恋人っていうか……、そういう風に思わないで欲しいんだよ。ほら、私たちは「そういうの」じゃないだろう」
困ったような下がり眉で、唐突にそう言われた。
何を言われているのか正しく理解出来ず、思わず「は?」と短い音が口から漏れ出る。
(……なんだって?)
別に恋人だったつもりはないし、今後恋人になっていくつもりもない。
「そういうつもり」だったが、彼にはそれが上手く伝わっていなかったのだろうか。
ただ端的に、次の都合はどうか、と一言尋ねただけだ。
別に初めて言った言葉でもない、いつもと変わらず、尋ねたその一言に、そんな返しをされるとは思ってもいなかった。
(ああ、なるほど。俺に飽きたのか。……別に生娘じゃない、ハッキリ言やいいのに)
ゆるゆると首を振ってから、にこやかに笑った。
「悪い悪い、忘れてくれ」
途端に安堵したような顔になるのが、呆れるほどに分かり易くて、せめて少しぐらい隠してくれよなと思う。
誰だって悪者にはなりたくないものだ、物わかりのいい相手のほうが何かとやりやすい。
何度か会った相手からの突然の拒絶。
別にそれ自体は珍しくはない。やることはしっかりやってからなのが笑えるところだ。
まあ、この人らしいと言えば、らしいのか。
使い捨ての絆創膏にすらならない相手との逢瀬。俺がそう思っている時点で、相手に対してそういう風にしか付き合えないのは自分自身の問題なのだ。
だから、こうして自分を磨り減らしても痛みひとつ、感じない。
酷い時はある日突然着信拒否されていることもある。何か問題でもあったか、と思い返すだけ面倒で、もう問題があるならそれでいいかと開き直ってすらいた。
ぶった切るのも別れを告げるのも悪者になるのも、そういうのをひっくるめてただ面倒なだけの俺が、辛抱強いだの優しいだの繊細だの、まるで見当違いな勝手な判断を放り投げられては受け取れずに辟易する。
「じゃあ」
短く告げてホテルから出た。俺が先に出て、相手が暫く経った後で出る。
当初決めた簡単なルールではあったが、俺につけられるとでも思っていたんだろうか。
阿呆らしい。
揺るぎない地位にいてつまみ食いをする傲慢さと負い目とがそうさせるとすぐに分かった。彼はある意味幸せ者かもしれない。
擦り切れたプラチナのリング。妻帯者でありながら物色を続ける彼。
俺は一体何人目だったのか、知る由もないし興味もないけど。
気兼ねない、「ただそれだけ」の関係。
朝が来る前に他人のフリで、同じ道は歩かない。
そんなことは分かっているつもりだったのに、のめり込まれたら困ると告げられたようでもあり、自身を恥じる居た堪れない心地がする。
ホテルから数分歩いて離れた後、彼の連絡先を消去した。
もう二度と会うこともないだろう。
交差点で通り過ぎたのと同じような、そんな希薄な関係だ。元々。
気分の悪さと体の倦怠感を引きずって帰路につくと、ドアを開けようかというところで着信があった。
――兄だ。
「…………はい」
普段ならば出ないタイミングだったろうに、何故出たのか分からないまま声を発した。
『珍しいな、こんなにすぐに出るのは。……元気にしてるか?』
「うん、別に変わりないよ。……母さんは元気?ユキは?」
『相変わらずだよ。たまには帰って顔を見せてやれ。二人とも寂しがってるぞ』
「……あー……、うん。仕事で、あんま休み取れなくて。ごめん」
『まあお前が元気ならいいんだ。また食い物の詰め合わせでも送る』
「ん、ありがと。助かる」
『それじゃな。たまにはお前から電話しろよ』
「分かった、そうする。おやすみ兄貴」
『おやすみ七生』
通話を切断した後、電気を点けていない部屋でスマホの光だけがやけに青白くて眩しい。
枕にスマホを投げ捨てて、ベッドに突っ伏した。
空虚な体を持て余し、四肢を投げ出している。
一体俺の居場所はどこなんだろう?
生まれてからずっと、それだけを探して求めている気がする。
そうして早く終わりたい気がするのに、なぜか許されていない気がした。
何の許しを求めているのか分からない、それでもこうして自らが落ち続けるうちは許されないと確かに思った。


突然決意して、タトゥーを一つ入れた。
左腕上部に、太陽のトライバル。
太陽が欲しかった。
この、淀むだけ淀み、濁るだけ濁った澱を払ってくれる、太陽。
何べんも愚かしい夜を過ごして気付いたことは、救世主などいやしないということだけだ。
自分を投げ出している者に救いの手などは差し伸べられない。
傷に酔いしれて溺れるだけでは、そのままどろどろに消えてしまうだけだと、ようやく、気付いた。
気付くのが遅かったとは思っていない。
まだ立ち上がれると思った。
腕に消えない太陽を抱え、自身の柔く脆いところと向き合っていかなくては前に進めないと分かっただけ、いい。


俺はまた誰かを愛せるだろうか。
――――今は、難しくても。


<了>

太陽を焼く

太陽を焼く

生きにくいのは同性愛者だからじゃない。俺が自分を許せないからだと思った。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-04-20

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