輝く病院天より堕ち
ある対立した二つの国がある。片方をA国、もう片方はB国と呼ばれていた。
対立は激化し、今や二国は戦争状態にあった。
激戦に次ぐ激戦で、一年もすると両軍疲弊し始めたが、お互い止めるつもりはないようだった。
特に国境沿いの森林地帯では、開戦から今日まで休まることなく、銃弾が交わされていた。
爆音と悲鳴が飛び交う血みどろの木々の中を一人の兵隊が進んでいた。背中で体中を包帯で巻かれて息も絶え絶えなもう一人の兵を担いでいる。
なんとか自分たちの陣営に戻ろうとしていたのだが、体力的にどうやら難しいらしいことに悟ると、その場にへたり込んだ。
「ああ、どうやらここまでみたいだ」
その時だった、近くの開けた場所へ向けて空から輝く白い建物が轟音を響かせ、地を揺らしながら着陸した。
初めは敵の爆撃か何かと思い、なけなしの体力で木陰に身を隠していた兵隊だが、砂煙が晴れると、顔だけを出してその建物を確認した。
「なんだこりゃ」
凸のような形、赤い十字架のマーク。一瞥して、病院のように見えた。
けれども、こんなことがあるのだろうか。空から病院が降ってくるなんて。兵隊は不思議に思っていたが、しばらくすると決心したように仲間を担ぎなおして、透明の自動ドアの前へ立った。
受付の看護師は彼らを認めるなり、直ぐに手術室へ運ばせた。
「あ、あの」
困惑する兵隊を後目に、顔をメガネとマスクで隠した2mはあろうかという医師は、彼らの腕に素早く注射を打ち込んだ。すると、重傷を負っていた兵士が目を開けた。
「あれ、ここは?」
「大丈夫か!? お前は敵の銃弾を胸に受けて倒れていたんだ」
「そうだったんですか? でももうすっかり元気ですよ」
彼は一度、大きく伸びをすると、手術台から立ち上がった。足も折れていたはずだが、それも治ったようだ。
もう一人の兵も、自分の体調が良くなっていることに気が付く。腕を捲りあげてみると二の腕にあったはずの銃創が消えていた。
「これは凄い、ありがとう先生」
医師の方へ顔を向け、兵隊が礼を言う。それを受けた医師は何も答えずに背を向けた。
寡黙な仕事人気質なのだろうと兵隊は勝手に理解すると、病院から出た。すると、病院は元来た空へ帰っていった。
こんなことがあってから数週間後。B国の司令官の元へ妙な情報が飛び込んでくる。敵兵が死なないというものだ。新兵がよく罹る戦争の恐怖が呼び起こす幻覚か何かだろうと一笑に附していたが、そんなものが自分の所に回ってくるはずがないと思い、実際に死なない敵兵を捕らえたという陣地へ向かった。
簡易的な野戦テントの中、椅子に縛られて、目隠しされた一人の男が居た。
「こいつが?」
「ええ、見てください」
近くに居た男が鋭利なナイフで手のひらを切りけ、一センチ程度の傷を作った。すると、まるで映像を逆回しするかのようにみるみる内にその傷が塞がり、元通りになってしまった。
「なんということだ、これは一体」
「敵国の新しい医療技術でしょうか?」
「わからん、しかし大変なことになったぞ」
B国の司令官は大急ぎで本国へこの情報を持ち帰った。
一方で、A国の司令官もようやくこのことを把握した。自国の兵士全員が死ななくなっていることに気が付いたのである。
「自分の体がこうなったのはどうしてだ?」
「おそらく、あの病院で治療を受けてからです」
「病院?」
「ええ、病院が空から降ってきて、中に居た医者が俺たちに注射をしました。
それからだと思います、傷がすぐ治ったり、ちぎれとんだ腕が生えてきたりするようになったのは」
A国の司令官も信じられなかったが、多くの兵士がそう言うので信じざる負えなかった。しかし、なんにせよ自国の兵が不死身になったのは事実で、これ幸いと強引な突撃作戦を開始した。
A国の不死身の兵士にB国は撤退を繰り返していたが、ある時、B国の陣営にも病院が降ってきて、兵士たちに注射を打ってからは違った。二国の不死身の兵士同士が争うようになった。
戦いは激化し、戦火は広がったが、終わりは見えなかった。なにせ、誰一人死なないのだ。無策な特攻を繰り返し、ついにはA国とB国の首都までも戦場になった。
すると、病院が首都にも現れ、住民たちを不死身にした。
この病院の噂は全世界に広がり、どうやら戦場に現れることが察せられると、世界中人の居る所はどこもかしこも争いだした。誰もが不死身になりたがったし、戦場になると病院が現れて注射で不死身にしてくれた。
そんなことが続くと、誰もが日常的に自分の体を壊したり、他人の体を壊したりするようになった。どうせすぐ治るのだし、気にしなくなった。例え、一時的に爆弾で消し炭になろうとも宙に舞った灰が集まり、すぐに元の体を作った。今までの体だったら死んでいるような怪我を誰もが一度は体験していた。
そうして、全ての人間たちが注射で不死身になった頃、地球のどこかへまたあの病院が降り立った。
中にはあの時と同じ看護師と医師が居て、何かのレバーを下ろした。すると、病院の屋上から巨大なアンテナが出てきて、電波を世界中へ向けて放った。
その電波が不死身になった人間にあたると、その人間は死んでしまった。概ねこんな具合だ、腕を怪我した過去があると、その怪我をした部分と同じ所から血が噴き出した。足でも頭でも同様。切り傷でも火傷でも、過去と同じ傷が電波を浴びた人間に生まれた。まるで今まで発揮していた超回復のツケが回って来たような有様だった。
もちろん、世界中の人間たちは大混乱したがすぐにそれも収まる。全て死んでしまったからだ。
静かになった地球へ病院から出てきた看護師と医師が降り立つ。
「どうやら今回も成功したようだな」
「ええ、ある程度の文明をもった種族を駆除するのはこのやり方が一番いいですね」
「そうだな、適当に煽ってやると同族殺しを始めるから楽でいい。
さて、業者に惑星を掃除させたら、すぐに売りに出そう。
この星は自然が綺麗だからきっと高値が付くぞ」
医師はマスクの下で、ニヤリと口角を上げた。
輝く病院天より堕ち