Sweet Summer Sour
学校帰りの待ち合わせ時間から約一時間待たされて、今日もまたすっぽかされたか…と少し僻遠していると、携帯に川野夏橙(かわの なつみ)からメールが届いた。
ー早希たちとカラオケに行く事になったー
メールにごめん、の一言も書かれていないのはいつもの事なので、俺は気にする事もなく公園の柵に立て掛けていた自転車に跨り川野夏橙との待ち合わせの公園を後にした。
家に着くと18時で、もう既に風呂上がりの爺ちゃんがピーナツを肴に居間で一杯ひっかけていた。
「おかえり。ずいぶん早かったな。甘夏ちゃんとデートやったん違うんか」
俺は返事をせず二階の自分の部屋に行き、苛立たしく部屋のドアを閉め、鞄を放り投げてベッドに寝転んだ。階下からごはん食べるん?と母さんの声が聞こえているがそれにも返事をする気になれなかった。
川野夏橙と俺が付き合い始めたのは去年の終わり。去年の春に高校に入学してすぐに俺は美人で素直で優しい川野夏橙の事が気になっていたから、向こうから付き合って欲しいと言われた時には天にも昇る気持ちだった。だけど…付き合ってから四カ月、俺は川野夏橙に振り回されっぱなしだ。我儘、気まぐれ、天邪鬼。最初のイメージとは程遠い川野夏橙は俺の事を都合の良い男と思っているとしか思えない。そろそろ俺の我慢も限界だ。
「なんや、甘夏ちゃんにデートすっぽかされたんか」
夕食を食べていると、ほろ酔いの爺ちゃんが楽しそうに聞いてきたが、俺は黙々と夕食を食べてまた返事をしなかった。
「甘夏ちゃんいっぺん家に連れてこい。会うてみたいなぁ」
「お母さんも会うてみたいわ、美人さんなんやろ、お父さんビックリするやろなぁ」
母さんまでそんな事を言い出すので、俺は二人に釘を刺す。
「あかん、もう別れるから」
「まだ付き合い始めたばっかりやのに…今の子はそんなもんなんですね、お爺ちゃん」
今度は爺ちゃんが黙り込んだ。今年の正月に川野夏橙から届いた年賀状を目にした爺ちゃんは、川野夏橙の名前を見てこの娘は甘夏ちゃんやな、と言っていて何なんそれ、と聞いたら昔青果店を営んでいて(現在は俺の親父が三代目だ)果物や野菜の名前に詳しい爺ちゃんが、果物の甘夏に川野夏橙と書いてカワノナツダイダイと呼ばれている品種がある事を教えてくれた。それから爺ちゃんは川野夏橙の事を甘夏ちゃんと呼んでいた。
風呂上がりに携帯を見ると、川野夏橙の友人の早希からメールが届いていた。
ー駅前のカラオケボックスにいるんやけど、夏橙体調悪いみたいやから迎えに来たってー
そのメールを見て俺は約束すっぽかされた挙句になんで迎えに行かなあかんのや、と苛立った。無視しようとしていたら今度は早希から電話がかかってきた。面倒臭い…仕方なく電話に出る。
「メール見た?夏橙熱あるみたいで体調悪いから迎えに…」
「悪いけど俺、都合の良い男はイヤやから。もうあいつとは別れる。せやから迎えには行かへん」
「それ本気で言うてるん?」
「本気や。振り回されるのに疲れた」
「…そうやな。夏橙、我儘で気まぐれで天邪鬼で、自分勝手やもんね。けどほんまはそんな娘違うんよ、ほんまは素直で優しい娘やのに前の彼氏に素直すぎて面白くないとかもっと気の強い娘が良いって言われて、振られてもうてん。せやから…同んなじ理由でまた振られたくないから、無理して我儘で気まぐれで天邪鬼のふりしてるだけやねん」
なんやそれ、と俺は思った。俺に振られたくないから我儘で気まぐれで天邪鬼のふりしてたんか。そもそも俺はそんな娘好き違うし。素直で優しい川野夏橙が好きなんや。女子ってほんまに面倒臭い。俺はすぐ行くから待っとけ言うといてと言って電話を切った。パジャマから慌てて部屋着に着替えて階下に降りると、爺ちゃんが眠そうに大欠伸をしていた。
「甘夏体調悪いみたいやから、今から迎えに行ってくるけど、ちょっと休ませたいから家に連れて来てもええか、爺ちゃん」
俺がそう言うと、爺ちゃんはビックリして、ほな客用の布団お母さんに用意してもらわなあかんな、わしもパジャマやのおて、着替えた方がええな、と眠気がいっぺんに吹っ飛んだみたいだった。
「爺ちゃん、甘夏来たら、名前の事話したって。きっと喜ぶと思う」
「よっしゃよっしゃ、任せとき。甘夏は甘もうて、酸っぱい…青春と一緒やな」
爺ちゃんは楽しそうに笑った。俺は急いで自転車に飛び乗り、全速力で駅前を目指した。
Sweet Summer Sour