三題噺「トゲ鉄球」「ハヤシライス」「チェックメイト」
――校庭の真ん中にある特設ステージ。
そこで西条清純は、パートナーの趙蓮花とともに自作料理研究会として部活対抗の予算争奪戦を行っていた。
「――空気中の水分を捕捉。コアを中心とした指定空間への固定、あと二秒です!」
相手のサポーターが宣言した直後、ゾクッとした悪寒がする。
「清純、そこ離れるヨ!」
無表情の蓮花が鋭い声を上げると共に、空中に向けて十数枚の味見皿を投げつける。
清純がバックステップをとってその場から離れるのと、空中の味見皿が全て粉々に砕け散るのは同時だった。
辺りには砕けて舞い散る味見皿と氷柱の欠片。地面には無数の黒い玉が転がっていた。
「……防弾にもなるポリカーボネートの皿を砕くなんて、とんだふざけたトゲトゲ鉄球ネ」
感情を顔に表さない蓮花が、眉一つ動かさず悪態をつく。
「どうかしら、私たち自然科学部の開発した人工降雹弾の威力は?」
白衣ならぬ黒衣をまとった自然科学部の部長、滝井伊久瑠(たきいいぐる)が長い髪をかき上げながら不敵に笑う。
「――次弾装填まであと三十秒。なお、次は飛距離も数も威力も倍の特別製です」
隣でサポーターである副部長の天蓋小瑠々(てんがいこるる)も、長い前髪で目元は見えないものの勝ちを確信しているようだ。
「空気中の水分は無尽蔵。小瑠々が弾を発射すればあなたたちに勝ち目はなくて、よ!」
「――――!」
蓮花が二人にアイスピックを投げつけた瞬間、伊久瑠が手を振る。破裂音とともにアイスピックが弾き飛ばされた。
「ふふ、これは人工雷を使った高電圧シールド。私たちに死角はありませんわ」
「まずいヨ、清純……」
清純は覚悟を決めるしかなかった。
「――次弾装填完了。発射します」
「ふふ、チェックメイト。それでは――ごきげんよう」
空気を震わせる轟音。小瑠々の背後にある大砲から、空に向かって人工降雹弾が勢いよく打ち出される。
「――蓮花、アレをやるぞ」
「わかった。……清純、絶対生き抜くネ」
蓮花が両手にお玉を構えると、背中に背負った鍋を思いっきり叩く。鍋の蓋が外れ――、
世界が変わった。
歪む視界。呼吸ができない。
周囲に立ち込める激臭は校庭を覆っていた。
「――伝家の宝刀、特製暗黒ハヤシライス! 一緒に地獄まで落ちろぉぉおお!」
「――――!」
「こ、このクソ研究会がぁぁぁぁぁああ!!」
余裕を保っていた伊久瑠と小瑠々の表情が歪む。
視界の端では蓮花が鍋のハヤシライスをお玉で空中にまき散らしていた。
高温のハヤシライスが人工降雹と相殺し、大量の劇薬交じりの水蒸気が周囲を包み込む。
もはや校庭は地獄絵図と化していた。
人工降雹弾の雨が止み、風が劇薬物質を洗い流していく。
避難していた観客がまばらに戻ってくる。
暗黒ハヤシライスをまともに頭から被った自然科学部の二人が、白目を向いて倒れていた。
「……清純、生きてるカ?」
「な、なんとか……」
お互い視界が塞がった中、手探りで蓮花が清純を探し当てる。
「……私たち、勝ったヨ」
座り込んだ清純の顔が何かに覆われた。
お互い涙と鼻水で見られるような顔ではなかっただろう。
それでも――その時、清純は目が見えたらなと思った。
「蓮花」
「なんだ突然。顔なんて触って?」
「――いや、なんでもない」
そこには、きっと不恰好な笑顔が咲いているはずだから。
三題噺「トゲ鉄球」「ハヤシライス」「チェックメイト」