夢の年金生活

「徳田さん、いよいよ今年、定年ですね。おめでとうございます」
 邦夫に声をかけてきたのは、大学の後輩にあたる庄野桜子だった。後輩といっても随分若く、まだ60歳そこそこのはずである。
「ありがとう。なんとか会社が潰れる前に、定年にたどり着いたよ」
「まあ、ご冗談ばっかり」
 邦夫はあいまいに笑った。庄野は冗談と思ったようだが、邦夫が最初に入った会社は、入社して40年目に潰れた。次の会社は15年目に早くも倒産し、今のこの会社は邦夫にとって三度目の会社になる。人間の平均寿命は、今や会社の寿命を超えているのである。
 その後も、会う人ごとに祝福された。いかに平均寿命が延びたとはいえ、無事に120歳の定年を迎える者は、そう多くない。邦夫自身も、すでに体の半分は人工物であった。その邦夫よりサイボーグ化が進んで、外見上はほとんどアンドロイドのような人物が、邦夫に挨拶した。
「おお、徳田さん、良かったですなあ、定年を迎えられて。わしの方は、もう無理じゃ」
「何を言うんだ、佐山さん。あんたはおれより10歳も若いじゃないか」
「いやいや、とてもこの先10年は保たんよ。2回目の住宅ローンは、わしの生命保険で払うことになりそうじゃよ」
「そう弱気になることはないさ。おれだって、今度の退職金で、ようやく二度目を完済するんだ」
 住宅の寿命もまた、人間に及ばなくなった。もちろん、100年暮らせる住宅を作れなくはないのだが、金がかかり過ぎるし、大抵途中で飽きてしまう。そのため、多くのサラリーマンは生涯に2回、場合によっては3回、住宅ローンを組むのである。
「徳田さん、それもいいだろうが、退職金を全部返済に使ったら、会社を辞めた後の生活に困らんのかね?」
「ははは、それは少しでも年金が出るから、なんとかなるさ」
 すると、佐山は気の毒そうな顔になった。
「徳田さん、知らんのか。昨日の国会で、急遽決まったことじゃが、年金の支給開始がまた延びて、130歳からになるんじゃよ」
 邦夫の顔がみるみる真っ赤になった。
「そんなバカな!こっちは定年後は年金をもらえると信じて、100年近く保険料を払い続けているんだ!それを今さら先延ばしにするなんて!」
 佐山は、自分が怒られているかのように、身を縮めた。
「気の毒じゃが、どうにもならん。総理は『ない袖は振れぬ』とぬかしたよ」
「なんて無責任な。そもそも、昔から政治家はそうだった。面倒なことは全部先送りして、未来にツケをまわしやがって!こんな年金制度に、いったい誰がしたんだ!」
(おわり)

夢の年金生活

夢の年金生活

「徳田さん、いよいよ今年、定年ですね。おめでとうございます」邦夫に声をかけてきたのは、大学の後輩にあたる庄野桜子だった。後輩といっても随分若く、まだ60歳そこそこのはずである。「ありがとう。なんとか会社が潰れる前に、定年にたどり着いたよ......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-14

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