Cityside

着想を得た作品はこちら。
https://youtu.be/mucKaoe5x7U

 目に光がない、と鏡を見るたびに思う。

 営業用の笑顔は得意だ。もちろん気を抜かなければ、死んだ目を隠すことも簡単だ。それでお金をもらっているようなものだから当たり前だ。仕事は悪くはない。自分は誰かに必要とされているんだ、と少し安心できる。お金のためだと思って無理にでも笑うと少し気分も前向きになる。人は嬉しいから笑うんじゃない、笑うから嬉しいと脳が錯覚するんだ、と聞いたことがある。そのとおりだと思う。
 夜7時半。これから出勤だ。エネルギー飲料を喉に流し込み、お店に向かう。二階の更衣室とバックヤードは狭くて汚い。階下での賑やかな声や音楽が小さく聞こえて、世界が遠くなった気がする。この薄汚れた感じは自分の心に似ているから好きだ。好きだけど、世界から遠ざかるのは、少しだけ寂しくて不安だ。
 きらびやかなドレスに着替えると、それはもう自分じゃない。背筋を伸ばして、笑顔を振りまいて、可愛いお酒を飲ませてもらって、とにかくお客さんに気に入られるように振舞って、こんなの自分じゃない。いつもの自分は、どんなに可愛い服を着ていても、どんなに綺麗に髪を巻いても、いつでも何かたりない。頑張っている分、お店での売り上げ順位はいつもいいし、お給料だってかなりもらっているし、あそぶ男友達だっているし、ほしいものはもうほとんど手に入れている。なにがたりないのかは自分にもわからない。
 いつも同じ毎日だ。今日も同じ、朝寝て昼に起きて、仲良くなったお客さんと食事に行ったり、買い物をしたりして、そのまま仕事。始めのころは作り笑いですぐに疲れていた表情筋も、今では思い通りに動かせる。そのお客さんは表情豊かな女の子が好きだと言っていたから。別のお客さんが落ち着いた子が好きだと言ったら、そういう風に振舞えばいい。すべてはお金のため。仕事のため。決して距離が近づきすぎないように、適当に遠ざかったりして。今日も朝まで仕事を無難にこなして、スタッフに家まで車で送ってもらう。家はそう遠くはない。都会からは少し離れた静かなマンションだ。送りの車の中では寝たふりをする。朝日は綺麗だ、でも朝の街は汚い。そして寂しい。だから見たくない。
 今日も明日も同じ。いつまでこの日々が続くんだろう。いつまで続けられるんだろう。変化にはいつでも不安が纏う。だからこの日々がどんなに退屈でも、自分では抜け出せない。


 その日もいつもと同じ始まり方をした。
 朝寝て昼起きて、メイクをして髪を整えて。買ったばかりの服を着た。ずっとほしくて試着したときはあんなに嬉しかったはずなのに、今着ても心は微動だにしない。いつでも、ほしいものは手に入れた瞬間、ただのモノとなる。いつでも本当にほしいものは手に入らない。当たり前だ、なにが本当にほしいのかが自分でもわかっていないんだから。
 気まぐれで、しばらく履いていないハイヒールを取り出した。家に数ある靴のなかで、唯一自分のお金で買ったものだ。初めてのお給料をもらって、奮発した記憶がある。いい靴は女の子を素敵なところへ連れていってくれる。そんな言葉を思い出した。
 まだ4時だが家を出て、店の近くのカフェでご飯を食べて、買い物をしてから仕事に行こう。


 いつもと違ったのは、ここからだった。
 昨日まで、昼間の街は嫌いじゃなかった。人がたくさんいて、見知らぬ人とすれ違うたびに、この世界には自分以外にも人がいるんだ、と安心できるから。そう思っていた。
 それなのに、今日は違った。もしかして、やっぱり自分はひとりなんじゃないか、という考えが突然、頭をいっぱいにした。この街にいるひとりひとりに、ひとりひとりの人生があり、悩みがあり、幸せがあり、この街の外にもそういう人がたくさんいて、そこにもまた無限にひとりひとりの人生がある。そう思うと、この世がすべて薄っぺらく現実味のないもののように見えてきた。こんなにたくさんの人がいても、全員独りぼっちだ。肩がぶつかるほどの距離にいるのに、現実と自分が地球と月くらいに離れているように感じた。
 なにがきっかけでこんなことを思いついたかなんてわからない。でも人生はそんなもんだ。変化は望んでもいない時に、なんの前触れもなくいきなりやってくる。


 カフェでコーヒーとドーナツを頼み、いつも座る奥の方の席に座ろうとしたら、運悪く空いていなかった。大きな窓を売りにしたカフェの中で、その一角だけには構造上か光が差し込まず薄暗くなっており、なんとなく落ち着く気がするのだ。薄暗いからか普段はだいたい空いているのに、今日はそこに1人の少年が座っていた。薄暗くて風貌はよく見えなかったが、一瞬だけ目が合った。その瞳は背筋がすっとなるほど深く黒くて、中に自分の姿がちらりと見えたような気すらした。そら恐ろしくなって慌てて目をそらし、いつもとは正反対の明るい窓際の席についた。
ぼんやりと外を見ていたら、突然なにもかもが面倒になった。なにかよくわからない衝動に駆られ、店長に電話をする。
 もしもし、ちょっと風邪みたいで病院に行ったら、今夜は休んだほうがいいと言われまして、はい、すみません、よろしくお願いします。
 毎日真面目に働いて売上を出している分、たまの欠席はすんなり受け入れてもらえて楽だ。なぜ休むと言ったのかは自分でもわからない。今日の自分は何か変だ。
 これからどうしよう。外はまだ明るい。このあとに予定がなくてこんな時間に外にいるなんて、めったにない。オフの日はだいたい家から出もせずにぼんやりしている。だからといって、せっかくお気に入りの靴まで出したのに、また家にとんぼ返りするのも気が向かなかった。
 駅前のカフェを出た。
 平日の夕方、街には人が溢れている。人混みに疲れてふらりと小さな路地に入ると、表の賑やかさからは想像できないほどの静けさに包まれた。なんだか気が抜けて、服が汚れるのなんか構わずに、壁にもたれながら地面にしゃがみこんだ。いったい何をやっているんだろう。近くの地面に小さな灰皿が置いてあるのを見つけて、煙草を取り出した。甘いアイスカプセルのメンソール。煙草を吸い始めたときからずっとこれだ。冷たいメンソールは気管を通り肺に辿り着くまでが如実にわかる。ここに肺があってそこで空気を交換して自分が生きているんだと実感できる。灰色の路地の入り口からは、さっきの青空が少しずつ彩度を落としていくのが見えた。街の喧騒が遠くに聞こえる。


 暇なの? と急に声をかけられて逆の方に首を向けると、少年が立っていた。滑らかな漆黒の瞳で、先ほどの少年だとわかる。長いこと目を合わせているのが恐ろしい気がして、また前を向いた。
 暇よ。なに、ナンパ?
 ナンパやキャッチに声をかけられた時は、反応したら負けだ。でも今日は違う。暇だし、答えてもいいような気がした。灰皿に吸殻を押し込んで、2本目に火をつける。薄暗い路地をライターの火が照らす。
 違うさ。いつも君と一緒にいるじゃない。
 なにおかしなこと言ってるの。面白い子ね。
 子供扱いしないでよ。君と同い年なのに。
 新手のナンパね。好きよ、そういうの。
 ナンパに好かれたって仕方がないので、こういう時は省エネで営業用スマイルは出さない。少年の声はその瞳のように深く、彩度がなかった。彼は隣にしゃがみこんできて前を向いたまま、また話しかけてきた。
 君、今日も目が死んでるね。
 よく言われるわ。あなたも瞳が真っ暗ね。
 君もだよ。
 あなたほどじゃないわ。
 盗むように見ると、少年は髪も真っ黒だった。瞳も髪も、そして服も。長い袖から覗く指先と顔の白さが余計に際立った。しばらく沈黙の間が続いた。人といるのに無言のことなんてもう何年ぶりだろう。人といる時はいつでも気を張って、極力静寂を廃して、話題をさがして。そんな癖がなかなか抜けず、無理やり話すことを考える。
 あなたは、なにをしている人なの? 名前は?
 なにもしてないよ。名前もない。誰も僕を必要とはしない。
 寂しいわね。
 君と同じようにね。
 少年は微かに笑った、のだろうか。声が少しだけ明るくなったように感じた。
 ねえ、君には、色がないね。
 どういうこと?
 そういうことだよ。確固たる、君だけの色がないみたい。
 少年の声には妙な響きがあって、聞いているだけで酔いしれてしまいそうだった。確かに自分には色がないかもしれない。いつでも相手の色に合わせて自分を染め変えて、まるで白いキャンバスのようだ。何度でも張り替えて白に戻り、また新しい色を乗せる。少年がふいにこちらを向いて顔を覗き込んできた。
 違う、白じゃないよ。君は黒だ。染まったつもりでいても、いつも絶対に染まらない。
 考えを読まれたみたいな言葉に、背筋がすっとした。近い瞳に自分の姿がはっきりと映っている。少年が立ち上がった。
 行こうよ。
 どこへ?
 どこかへ!
 差し出された手に、無意識に掴まっていた。少年の手は冷たくて柔らかくて心地よかった。立ち上がると心做しかさっきより身体が軽いような気がした。
 路地を出てすぐの交差点を抜ける。空が上の方から紺色に染まりはじめていた。そのもっと上には、うっすらと白い三日月が控えめに佇んでいた。少年は笑っていた。手を引きながら少し先を歩くので顔は見えなかったが、確かに微笑んでいた。
 いつも生活している街なのに、突然なんだかまったく別のもののように見えた。薄闇に夕日、三日月に繁華街のネオン、行き交う車のライト、店の灯り、賑やかな人々。いままでなんで気が付かなかったんだろう。街がいつもと全然違っても、普段なら変化に対して感じるはずの不安は、不思議となかった。少年に手を引かれているせいだろうか。少年はあまりにも軽やかに楽しそうに歩くので、つられて足取りも心も軽くなっていく。
 ねえ、どこへ向かっているの?
 あてなんて、ないよ。とにかく東へ!
 少年の手を握ったまま背中に声をかけると、振り向かないままで滑らかな深い声が返ってきた。どこか楽しそうな光がその声に混ざっているのを感じた。
 東になにかあるの?
 太陽が出る方向ってだけさ。どこか行きたいところがあるの?
 ない。あなたとならどこまでもいけそう。
 ふと口をついた言葉にはっとした。何を言っているんだろう、あなたとなら、なんて。ひとはいつでも独りなのに。少年が歩みを緩めないまま、久しぶりにこちらを振り向いた。なにもかもを吸収する黒の瞳に心を覗かれた気がした。
 僕はずっと昔から、君と一緒にいたよ。これからもずっといる。
 それだけ言うと、また少年は前を向いてリズミカルに歩き続けた。なにかが心に引っかかった。彼をよく知っているような気がした。いままでも一緒にいた気がした。
 視界の一部が赤くなった。赤信号だ。ずっと繋いでいるのに彼の手は変わらず、柔らかく温度がなかった。いつの間にか空は濃紺一色だった。景色はまだ辛うじて見たことのある場所だ。
 知らなかった、街がこんなに。
 ああ、街は生きているよ。
 生きている?
 そう、生きている。さあ青だ、行こう。
 確かに街は生きているように見えた。大小の血管に車が走り、人のさざめきが脈打ち、たくさんの光が瞬く。アスファルトに自分のヒールの音がやけに大きく聞こえた。疲れは感じない。気まぐれに振り向いた少年の瞳に自分が映って初めて、笑顔になっていることに気づいた。笑顔だから嬉しいのか、嬉しいから笑顔なのか。どちらでもいい気がした。ただただ、自分は嬉しいのだ。なにが? ひとりではないことが? 少年と歩いていることが? そんなことはなんでもいい。こんな気持ちになったのはいつぶりか思い出せないくらいに、気分が高揚していた。
 いくつの街を抜けたのだろう。都会の近くとはいえ時間も時間だ。人通りも減り、明るさもそれほどではなくなってきた。少年が歩を緩めたのに合わせて、歩幅を落とす。少年の手を離したら魔法が消えてしまうのではないか、と非現実的なことを思ったが、恐る恐る指を解いても、街は変わらず少し控えめに輝いていた。少年は横に並んだままこちらを向いて、表情を変えずに微笑んだ。
 街が生きているって、変じゃない?
 そうかな。街は人間が作ったものだけど、そこで生きている人や、それまで生きてきた人のいのちの欠片を預かっているうちに、いつしか街自身も生きるようになるんだ。人が街を生かし、街が人を生かし、人も街も生きる。どちらかがなければ成り立たない。
 私のいのちも?
 もちろん。君が生きている限りね。それが街の原動力になる。
 昔に、ここで生きて死んでいった人たちのも?
 ああ。文明ができる以前から、土地は人のいのちを預かってきた。そうやって生き抜いていった人たちの累積した夢がいま、こうして街を生かしている。
 難しいのね。
 大丈夫、きっと君はわかってる。
 少年はそう言って漆黒の視線を絡ませてきた。夜空のようだ。
 どこへむかっているのかわからないまま、無言で歩く。いつしか路地に入った少年は辺りを知り尽くしているかのようにすいすいと進んだ。街頭の少ない路地裏は明度も彩度も低いはずなのに、物の色はほんのりわかった。いままでの自分ならきっとモノクロームに見えていただろうに。
 迷路みたいね。
 そうだね。でもたまには迷い込んで時間を稼ぐのもいいでしょう?
 そうね、帰れなくならなければ。
 大丈夫、出口は一緒だよ。
 彼はいったい何者なんだろう。彼の前では気を遣わなくてもいいし、なにも隠す必要はない気がする。冷たく柔らかい手も、深い滑らかな声も、よく知っている。なぜだろう。
 空を見上げると、真っ黒なテーブルクロスの上にシャンパンの泡を零したように、ちらちらと星が見えた。数少ない街頭の光に、少年の影が揺れる。ああ、少年といると落ち着く。この気持ちは朝、カーテンの僅かな隙間から陽が射し込むだけの暗い部屋で、ひとりで眠りに落ちる瞬間によく似ている。人工的に作られた夜の空間で、どろりとした睡魔の淵に引きずり込まれる瞬間に。
 色がないのは、悪いことかな。
 黒はいい色だよ。なににも染まらない、強い色だ。
 だけどさっきあなた、君には色がないって。
 僕は、君は黒だって言っただけだ。それが悪いことだとは言ってないよ。ただ、それでは世界は間違いなくつまらない。
 理由もなく寂しい気持ちになって、その場に立ち止まってしまった。ヒールの音がやんで、数歩先に行った少年も立ち止まる。
 でも今日は、楽しかったわ。いつもみたいにつまらなくなかった。
 それは僕が今日、君の黒をすべて背負ったからだ。
 どうしていままでは、背負ってくれてなかったの。
 なんて押し付けがましいことを言っているんだろう、と自分でも思った。自分のことくらい自分でできなきゃいけない歳には、とっくになっているのに。声が震えて、涙が溢れそうだった。泣くのも何年ぶりだろう。今日は久しぶりだらけだ。少年は回れ右をしてこちらに近づいてきた。
 君はひとりじゃないって言ってるじゃない。
 違う。今日あなたと会うまでは、間違いなく独りだったわ。
 ううん、僕はいたよ。ただ君が、今日まで僕に気づかなかっただけだ。
 涙を拭って顔を上げて、はっとした。少年はどんどん黒くなっていた。髪も瞳も、服も。さっきまで夜空の黒だった少年はいつしか、なにもかもを飲み込み、なにひとつ反射しない、ブラックホールの黒になっていた。
 黒はね、なんでも塗りつぶして、なににも染まらない、大事な色だ。だけど、黒が増えすぎたら自分の色もわからなくなってしまうし、感情も少しずつ塗りつぶされて、なくなっていってしまう。
 少年の肌だけが月のように青白く輝く。自分の黒を勝手に彼に背負わせたせいで、彼の色も塗りつぶされてしまうのだろうか。滅茶苦茶でわがままとはわかっていても、言葉が喉を突いて出た。
 ねえ、待って。やっぱり背負ってくれなくていい。そんなことであなたの色が消えてしまうなんておかしいわ。
 僕には元から色はないよ。いつも君の色の一部を背負う、それが僕の存在理由だ。
 こんなに自分勝手な事を言っても、少年は微笑んだままで答えてくれる。その微笑みに融かされた何かが、涙と混ざって闇に消えていく。
 いつも? 今日はいつもとは違ったわ。
 今日は特別に君の抱える黒を、残らず全て背負ったからさ。
 なんで?
 君が僕に気づいてくれた記念に、本当の世界を見せてあげたいと思ってね。
 路地裏の奥から、風が吹き抜けてきた。視界の彩度が少し下がった気がした。本当の世界ってなんだろう。自分の中から黒がなくなれば、いつでも世界はあんな風に美しく、嫌味なくきらびやかに見えるのだろうか。黒を持たないで生きている人たちは、いつでもあの明るい世界で暮らしているのだろうか。
 黒は強い。いらないものも見たくないものも全部塗りつぶしてくれる。だけど、そんな強い黒に頼らないで、自分の色を持ったままで生きることができたら、それが本当の強さだと思うよ。
 あなたはそうしないの? 他人の色を背負っているだけでいいの?
 まだわからない? 僕は君の分身だよ。君の溢れた感情を受け止めるだけの存在だ。
 風が強くなっていく。いつからこうしていたのか、気づけば空は少し明るい濃紺になりはじめていた。夜は短い。涙は驚くほど素直に、するすると頬を伝っていく。いま、本当に欲しいのは、黒を持たない自分だ、と強く思った。
 どうすれば、黒はなくなる?
 黒は大事な色だから、なくさなくてもいい、減らして適度に持つといいよ。全てを受け入れちゃダメだ。いらないものは黒で隠してしまわないで、きちんと反射しないと。
 そうすれば自分の色もわかるかしら。
 もちろん。君は自分で自分を塗りつぶす前、確かに自分の色を持っていたはずだよ。
 突然、走馬灯のようにたくさんの感情が湧いてきた。心を殺してきた期間に見ないふりをしていた思いが、時を越え涙と共に溢れ出していった。世界の彩度が上がっていく気がするのは、夜が明けていくせいか。それとも、自分の中の黒が減っていっているせいか。朝日が街を染め始めるのと呼応するように、地球と月くらい離れていた現実と自分の距離が、どんどん近づいていく。それと同時に、目の前の少年はどんどん色を失っていった。
 あなた、もしかして。
 ようやく気づいた?
 彼の瞳の、髪の、服の黒が少しずつ彩度を落とす。深く沈んでいた声は、滑らかなままで透き通っていく。朝日が登りきるころ、少年は眩しく強い白になる。瞳も肌も光を受けてきらきらと輝き、髪の一本一本はあらゆる光を反射して、もう微かにしか見えないほどだ。
 僕は君の鏡だ。死ぬまでずっと一緒にいる。どんなに君が拒んでもね。
 路地裏にもいっぱいに朝日が射し込む。透明な声と満面の笑顔だけを残し、彼は光に溶ける。


 いつしか涙は乾いていた。朝日に導かれるように路地を出ると、家の近くのよく見知った景色が広がっていた。メイクが崩れているに違いない、と思って開店前のショーウィンドウを覗くと、メイクは大して乱れていなくて驚いた。でもそれよりもっと驚いたのは、自分の顔が今までとは違うように見えたことだ。それまで真っ暗だった目がいまは、朝の陽を反射して輝いている。
 朝の街は汚い。そして寂しい。だけど街は、そんな面をも曝け出しながら、しっかりとした色彩をもって脈打ち、生きている。家に向かい歩き出す足取りが軽い。一晩歩いたはずなのにヒールもほとんど汚れていなかった。いい靴は女の子を素敵なところに連れて行ってくれる、という言葉は本当だったのかもしれない。
 未来なんてわからない。生きる意味も、ほんとうに欲しいものも、自分だけの色も、今の自分にはまだわからない。きっと誰もが、わからないことを抱えたままでこの街に生きて、彼らに生かされた街はいつかまた、誰かを生かしていくんだろう。どうせ日々なんてすぐには変わらない。この街にいる間に少しずつ変えていけばいい。


 ただひとつだけ、確固たる自信を持って言えるようになったことがある。
 
 人はいつでも孤独だ。生まれてから死ぬまで、ずっと。

Cityside

Cityside

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work