ENDLESS MYTH第3ー1

1

 空間がひび割れた。メシア・クライストの悲しみが物理世界に伝染していくかのように。
 超科学の要塞たるイデトゥデーションの、外観が円柱状なれど、外部は異空間が無限大に広がる本拠地は、その人智を超越した力の暴走により、大きな揺れに巻き込まれていた。
 各部、各空間では非常事態を告げる音波、あるいは光の明滅が起こり、全宇宙、外宇宙、他次元から集結したあらゆる種族へ共通の危険度を、あらゆる手段で認識させていた。
 上空を飛翔する生命体、地を虫のように幾本もの脚で這う生命体、壁に泥のようにへばりつき、黒曜石のような壁面の隙間から逃げ出す生命体など、魑魅魍魎の跋扈としか思えぬ光景が、あらゆる場所で展開していた。
 瓦解する空間の震源地には、幼少の頃から親代わりのように接してくれたマックス・ディンガーを眼前で素粒子分解により失ったメシアが、四肢をだらりとぶら下げ、中空へと浮遊しつつあった。
 事象の原因がメシアであることは火を見るより明らかで、さっきまでの光景を愕然と眺めていたジェフ・アーガーは、浮遊していくメシアの脚へ腕を伸ばした。
「駄目だ! 触ったらお前もーー」
 と、脚からの出血で手を真っ赤にしたベアルド・ブルが叫ぶ。
 が、彼が予測した展開とは異なる事態に眼を剥いた。
 暴走し、超科学の空間を今、瓦解せんとするメシアの肉体を、足首を、一般の極ありふれた若者がむんずと掴み、メシアの身体を鋼鉄の地面へ引き戻したのだ。
 これには若い兵士も口を閉じるしかなかった。何が起こったのか分からないから。
 反重力で球状の空間に振るうする彼らの足場も、メシアの力によって不安定となり、揺れを激しくしていた。
 上空に貼り付いていたメシアを引っ張り下ろしたジェフが彼の顔を見るなり、思わず後ずさりした。
 眼は見開かれているものの、眼球は内部から放射される光で見えず、意識があるのかすら定かではない。
 よくよく見ると、カラダからも煙のようにオレンジ色の光の粒が立ち上っていた。
「メシア、おいしっかりしろ!」
 一瞬、躊躇が頭をもたげたが、それもすぐに引っ込み、ジェフはその手をメシアへと伸ばした。
 が、これの肩を掴んだ右手には、激しい激痛と、焼ける痛みが針のように刺さり、思わず手を離してしまった。
「今の彼には触れるな。お前の命が危険だ」
 そういうと、脚を引き釣りながらジェフの肩に手を乗せ、ようやく立つことができたベアルドは、事象の中心を見つめ、運命の終焉を予感せざるおえなかった。
 が、運命の歯車は未だ動き出したばかりであった。
 物理的絶食を拒むメシアの周囲に、不意と複数の影が現れた。
 転送して来訪したのだ。
「救世主の肉体を繭で包み、外界への干渉を遮断する」
 と低い、響く声色で言った人物は、大男であった。黒いケープに身体は覆われているも、そのガッシリとした肉体は、外から見ても分かる。
 何よりも顕著なのは、その肉体全体に施された黒と赤の刺青である。何らかの種族的イデオロギーの象徴なのだろうが、あまりに鮮やかである。
 またスキンヘッドの頭部には無数よ牙のような角が突起し、更にそれが首筋から全身におそらくは配置している様子であった。
 ケープの下から角だらけの刺青をした腕を伸ばした刹那、メシアの肉体は地面から急速に這い出てきた無数の黒い紐のようなものに覆われ始めた。
 まさしく繭にメシアは包まれたのだ。
 が、時空の裂け目はその大きさを更に巨大化させ、開口していく。
「繭だけでは不十分ね。遮蔽壁を五千、いいえ一万は必要ね」
 そう言ったのは、緑の皮膚が眼に鮮やかな女性らしき人型生命体だ。
 装飾の施されたビキニのような衣服。
 緑の両腕を上げると、腕から無数の細く短い職種のようなものが垂れる。が、蠢きはしなかった。
 女が腕を上げた途端、繭の上を幾重にも光の繭が瞬間的に覆った。
 その時、ようやく時空の裂け目は収まった。
「この施設の自動修復ですらも、ここまでの事象を修復するには時間を要するでしょうね」
 女性的な口ぶりとは裏腹に、桃色の皮膚に水色の渦巻き模様が入った女性は、ウロコのような嘴で言った。
 こうした者たちを見ていたジェフはしかし、妙なことに気づいた。桃色の皮膚の女の前に、鏡に映ったもう1人の彼女が立っていたのだ。
「鎮静物質を救世主の身体へ」
 また職種のある女性が言ったと思った時に、さっきまで鏡に映っていたかのような女性は今度、この職種の女性へと変化していた。
 呆然とするジェフ。
「君は大丈夫かね」
 と、こっちを向いた瞬間、その人物の姿はジェフ・アーガーの姿へと気づいた時には変化してしてしまっていた。

ENDLESS MYTH第3話ー2へ続く

ENDLESS MYTH第3ー1

ENDLESS MYTH第3ー1

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted