かわいい小梅ちゃんクライシス 第1話 『缶けりでクライシス!』
アラタは穏やかな日常を愛する大学3年生。穏やかにすごしたいのに、かわいい友達の小梅ちゃんのせいで何かと危険に巻き込まれる。その日も夜の街中でハードな逃走劇に巻き込まれるのだった……。
アラタは友達の小梅ちゃんの強引な誘いについて貝料理を食べに行く。
小梅ちゃんはかわいい。かわいいけど、なにかと僕の平穏な生活をかきみだす。僕らが大学3年になりたてのある4月の日、いつものごとく(いつものごとくでは困るのだが)こんな恐ろしい出来事に僕を巻き込んでくれた。
1
午後4時。授業が終わった。今日は金曜日であり、バイトがなく、さらに明日もバイトがない。そして給料日でもある。完璧だ。全く隙がない。このまま寄り道せずに帰れば5時には最寄り駅に着く。TSUKAYAに寄って刑事ボロンコを借り、チーズバーガーセットと缶ビールを買ってから帰る。シャワーをゆっくり浴び、ゆったりとした部屋着を着て、チーズバーガーをむさぼり、ビールをごくごくと飲みながら刑事ボロンコの世界に浸る。どう考えても隙がない。顔のにやつきを抑えきれないまま席を立ったとき、後ろから鈴の鳴るようなかわいらしい声に呼び止められた。
「アラタくん。わたし、まだ準備できてないよ?」
振りかえると、つやつやの黒髪をポニーテールに結んだ目の大きな女の子、大学入学時から何かと一緒にいる友達、桜木小梅ちゃんが僕を見上げていた。胸元のゆったりとした白のインナーに淡い水色のカーディガンを羽織っている。ああ、今日も小梅ちゃんはかわいいなあ……いやそうじゃなくて、今言われた言葉の意味が分からない。一緒に帰ることになってたっけ? いや記憶にないぞ。今日、小梅ちゃんと会うのはこれが初めてだし。
「ちょっと待っててねっ」
そういってノートや筆記具を鞄にしまいはじめる。僕は状況を把握しきれないまま、人を待たせているにも関わらずのほほんとマイペースに帰る支度をする女の子の前で立ち尽くしていた。隙のないプランが崩れる心の準備を始めようか……。
2
「……だからね、わたしはムー大陸の食事には主に葉茎菜類が使われていたと思うの」
教室を出てから矢継ぎ早に繰り出される彼女の話をずっと聞いていたはずだけど、今なんの話をしているのかよく分からない。まあ、今に始まったことじゃない。キャンパスに立ち並ぶ桜の木を眺めながら、小梅ちゃんと出会ったのは2年前のこの季節だったことを思い出した。あれから2年、たくさん振り回されながら、でもなんとなく居心地がよくて一緒に過ごしてきたなあ、と感慨にふける。時々「へえ」とか「うん」とか適当に相づちを打ちつつ、彼女のムー大陸食に関する考察を聞き流しながら夕暮れの桜並木道を歩く。それにしても桜が綺麗だ。この心地よさを引きずったまま家に帰りたいなあ。
「アラタくんは貝、食べれる?」
突然話題が変わった。
「え? ああ、大丈夫だけど」
「よかった!」
貝を食べられたら、何なのだろう。嫌な予感がする。小梅ちゃんは満足したようで、さっきまでの勢いはどこへやら、黙りこんでしまった。「ふんふふーん」などと鼻歌を歌っているので正確には黙ってないけど。
小梅ちゃんの鼻歌をBGMに歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくるのを見つけた。何かの箱みたいに四角い顔にワックスで固めた短い髪を乗せ、黒ぶち眼鏡をかけたぼくの友達、剛力ノリオだ。距離が縮まって目が合い、「おう」と声をかける。向こうは軽く片手をあげてそれに応えた。その後、ノリオは一瞬ちらりと小梅ちゃんに目をやり、顔を赤くした。ノリオは小梅ちゃんに絶賛片思い中なのだ。残念なことに、人によって極端にシャイガールになる小梅ちゃんは、これまたシャイボーイなノリオと喋ろうとしない。僕らは立ち止まる。
「まだ授業あんの?」
ノリオにたずねる。
「うん。アラタは?」
「僕は終わり。もう帰るよ」
「ふーん。どっか行くの?」
「いや、行かないよ。帰る」
僕が言った瞬間、今まで黙っていた小梅ちゃんが「え!?」と声をあげた。小梅ちゃんを見て「え?」と返す。
「貝は?」
「え、貝……?」
「ほら、さっき貝、食べにいくって……」
……そうだっけ。いや絶対言ってない。そんな小うさぎのようなはかなげな表情で訴えかけてきても騙されないぞ。いやきっと彼女に騙す気はなくて、こちらが気づかないうちに何かしらの取り決めが成立しているというのは、小梅ちゃんあるあるだ。もしやさっき、貝を食べられるか聞いてきたのは、つまりそういうことだったのか。
「あ、え? ……あー、そうだったわ……」
ノリオの前でやんやと言い合うのもめんどくさいので、とりあえず同意する。
「ふふんっ」
と、どこか悪魔めいた微笑をあどけない顔に浮かべて応える小梅ちゃん。ノリオが僕と小梅ちゃんを交互に見て、明らかに困った様子で立っている。
「じゃあね、ノリオ」
片手を振って歩き出す。
「んー」
と、ノリオも歩き出す。去り際、ノリオが未練がましく、なめるような流し目で小梅ちゃんを盗み見たのを僕は見逃さなかった。気づけば空は青みがかった黒になっている。結局のところ、僕の完璧なプランは崩壊したわけだけど、あまりショックを受けてないのは、心の準備が出来ていたからじゃないかな? この子と一緒に過ごす中で、変なシナプスが鍛えられている。
「よかったーアラタくんが貝好きで!」
いや好きとは言ってないよ……。
「やっぱマテ貝なんかも好きなんでしょう?」
いやそんなおしゃれそうな貝は知らないよ……。
3
電車で3駅移動したところにその店はあるらしい。改札を出てから右側に折れて駅を出ると二車線の通りが真っ直ぐのびていて、左右にあらゆる飲食店や本屋やカラオケボックスなんかが並んでいる。後ろで手を組んで「かーい、かーい」と一人で貝コールをしている小梅ちゃんの少し後ろについてゆっくりと歩く。金曜の夜らしく、行き交う人たちの表情は明るくて声もちょっと騒がしい。それほど広くない歩道のまん中に円を作った大学生のサークルらしき集団から、
「お前マジでやべーよそれ、ほんとチョーやベー!」
などと頭の悪そうな大声が聞こえてきて、ぼくは家で貴族的に優雅に過ごしているはずの時間を想い、軽いホームシックにとらわれた。そんなぼくの気持ちを察することもなく、小梅ちゃんはずんずんと歩いていく。少し先のほうにコンビニが見えて、その前には金髪だったりスウェットだったりピアスだったりのヤンキー3人組が座りこんでたむろしている。ぼくは、こわいなあと思いつつ、コンビニに差し掛かろうとしたところで心なしか早足になった。金髪の男が「あの野郎ふざけんな」と言いながらビールの缶を握り潰した。絶対に関わりたくない人種だ。ヤンキーの前を通り過ぎて間もなく、小梅ちゃんは左手の脇道に入った。その細い通りにはのれんのかかった小さな居酒屋がところ狭しと立ち並んでいる。少し歩くと小梅ちゃんが立ち止まり、目的の店に着いたらしいことが分かった。『貝料理 うみのこ』とある。小梅ちゃんは引き戸を開けながらこちらに振り向いて、
「あのさ、缶けりってあるじゃん。あれってさ……」
と、唐突に話しはじめた。また何の話を始めるんだろうと思いつつ、かわいらしく揺れるポニーテールの後に続いた。
4
なんということだ。この店に入る瞬間から、いま会計を済ませて店を出るまでの約2時間、缶けりの話しかしなかった。小梅ちゃんは席についてメニューを見ながら小学生のときに自分がどれだけ缶けりのプレーヤーとして優れていたかを自慢し、ビールを飲みながらその起源について解説し、生牡蠣を食べながら地方により呼称が変わることへの興味深さを語った。すごいエネルギーだった。ときどき、
「これおいしいっ」
とか、
「ねえこれも食べたい」
などの小休憩を挟みつつ、ノンストップだった。そして厄介なことに、ものすごいテンションで話しつつお酒をぐびぐびぐびぐび飲み続けるので、小梅ちゃんはへべれけになってしまった。ぼくがストップをかけるべきだった。小梅ちゃんはいわゆる酒乱で、普段から予測不能な行動をとっているけど、酔うとそれに拍車がかかるのだ。
「アラタくん、げんきー?」
と、りんごみたいに赤い顔でぼくの顔を覗き込んでくる。顔が近い。アルコールを含んだ熱い吐息が顔を撫でていく。同時に、ほんのり甘いフレグランスの香りがただよってくる。
「……もう、飲みすぎだよ」
「なーに言ってんのーもう一軒いくよー?」
「だめだって。帰るよ」
「やだ」
「だーめ」
「……じゃあ缶けりしよ?」
「なんでそうなるんだよ……無理でしょ」
「えーやりたーい……あっ!」
と突然、小梅ちゃんは前方に走り出した。
「ちょっと小梅ちゃん!」
追いかけるが、小梅ちゃんは酔っ払いでしかもミュールをはいてるくせにやたら速い。ひざ丈のスカートを揺らしながら走る走る。10メートルほどいったところで彼女は立ち止まり、こちらに振り向いて「へへ」と『いたずらして困らせちゃうぞ?』みたいな表情を向けてくる。カラカラと金属質の音がすると思ったら、小梅ちゃんは片足でコーラの空き缶をもてあそんでいた。
「小梅ちゃんちょっと待って落ちついて」
と言い終わる前にぼくの声は「カーン!」という軽快な音にかき消された。小梅ちゃんはこの人が賑わう街中で全力で缶をけってしまったのだ。なんという酔っ払いだ……。幸いなことに空き缶は人に当たることはなく、駅前通りに出たとこでコロコロと止まった。
「うん、やっぱりトーキックの方があたりがいいんだね」
と、よく分からないことを満足げに言うと、また缶に向かって駆け出した。うんざりしながら追いかける。空き缶にたどりついた小梅ちゃんは、しゃがみこんで横になった缶を立てている。僕が追いつく間際、小梅ちゃんは立ち上がり右足を後方に振り切る。
「小梅ちゃん!」
張り上げた声もむなしく、ミュールのつま先は空き缶の中心を力強くとらえた。また「カーン!」という音がして「いて!」と怒気を帯びた男の声が続いた。ヤバい。駅前通りに出て缶の飛んでいった方向を見ると、店に向かうときに見かけたたヤンキー3人組がカップ麺の容器やビールの缶を散らしながらまだたむろしていて、金髪の男が後頭部をさすりながらこちらを睨んでいる。結構時間たってるはずだけど、こいつらどんだけ暇なんだろう。いやそうじゃない。そうじゃなくて、割とヤバい状況だ。
「あ、ごめんなさーい」
とまったく誠意の感じられない声で謝る小梅ちゃん。立ち上がるヤンキーたち。金髪は頭を斜め後ろに反らせてこちらをにらみ、ポケットに手を突っ込み体を軽く揺らしながら、自分がどれだけ危ないヤツかということを全身で表現している。後ろに立つスウェットとピアスは『いいおもちゃが見つかった』と言わんばかりにニヤニヤしている。缶が頭に当たったのは申し訳ないけど、こんなにかわいい子なんだから笑ってゆるしてやってよと思う。だけど、どうやらそんな甘い考えは彼らに通用しないらしい。いやむしろこんなにかわいいから、何か良からぬアイデアが浮かんでしまったのだろうか。主に性的な面で……。つかまったらほんとにめんどくさい。たぶんめんどくさいで済まない。
「お前ら……」
と金髪が言った瞬間、ぼくは小梅ちゃんの手首をつかんで走り出した。
「待ておらぁー!」
ヤンキーたちが追いかけてくる。最初きょとんとしていた小梅ちゃんも奴らの怒声を聞いて勢いよく走り出した。たくさんの人が行きかう歩道で少しだけある隙間をぬいながらとにかく走る。怪訝な顔や好奇の目がぼくらに向けられる。こんな狭いところを走って迷惑をかけているのは分かっているけど今はそれどころじゃないんですごめんなさい。だっだっだ! と3人分の激しい足音が後ろで聞こえる。
「こっち!」
と小梅ちゃんに言って脇道に入る。その通りは全体的にピンク色の光が目に付き、18歳未満お断りのサインが店頭にあったりするいかがわしい店が並んでいる。さっきよりも人が少ないのでスピードを上げる。後ろの足音はさっきより大きくなっている。振り返ると、割と近くにいる。前方でチョッキを着たボーイさんが大きなごみ袋を手に持ったまま『なんだ?』といった表情で僕らを見ている。そのボーイさんとすれ違う瞬間、小梅ちゃんは
「かしてっ」
と言いゴミ袋を奪い取った。困惑していると小梅ちゃんは走ったままゴミ袋のしばり口を器用にほどき、その中身を後ろに向かってばら撒いた。後ろに目をやる。突然目の前に広がったゴミの山にひるむ金髪とスウェット。ピアスはというとゴミにけつまずいて転んだようだ。情けない格好で倒れて呻いている。このシーンはなんかの香港映画でみたことあるぞ。いやいやそんなこと考えている場合じゃない。顔を前に戻す。
「ふざけんなこらぁー!」
もう一度振り返ると、ピアスがさっきよりもスピードを上げて物すごい剣幕で走ってくる。さっきまでピアスとスウェットからは、金髪と違ってどこか楽しんでいるような余裕を感じられたが、ピアスまで本気で怒らせてしまったようだ。隣に目をやると、小梅ちゃんの顔に疲れが浮かんでいた。走り方もちょっとぎこちなくなっている。前方に路地が途切れる先の大通りが見えてきた。大通りをはさんだ向こう側に交番が見える。よし! あそこに逃げ込もう。
「もうちょっと、がんばって!」
と声をかける。だまってうなずく小梅ちゃん。だんだんと大きくなる足音を背後に感じながら、ただただ走る。正面の信号は青。ラストスパートだ。あと少しで大通りに出るところまで来たそのとき、今いる路地と大通りが交わるところの右手から、見たところ七十歳くらいのおじいちゃんおばあちゃんの集団が現れてっぼくらの正面をふさいだ。みんなニコニコしながら列をなし、「やっぱりいいですねーカラオケは」「遠藤さんはとてもお歌がお上手で」などと話しながら牛歩している。しかもやたら人数がいて列は途切れそうもない。もう! おじいちゃんおばあちゃんは寝る時間でしょうが! 後ろを見る。もう少しで追いつかれそうだ。交番への道は絶たれた。仕方ない、他に道は無いか。右手に細い路地がある。スナックが立ち並ぶ細い路地だ。考えてる暇はない。小梅ちゃんの手を引き路地に入る。ヤンキーたちもついてくる。もうとにかく走るしかない。数秒間走ったところで前方に現れた景色にぼくは絶望した。行き止まりだ。全身を虚脱感が襲う。小梅ちゃんも「えー……」と嘆きの声を上げた。無意味と分かっていても行けるところまで行く。徐々にスピードを落としながら高くそびえる灰色のコンクリートを数歩手前にして、ぼくらは立ち止まった。胃のあたりにずーんとした重みを感じながら、疲れきった身体をヤンキーたちの方に向ける。3人とも走った疲れを感じさせないにこやかな表情で、ぼくたちの3メートルほど前に立っている。ピアスはシャドウボクシングをしており、スウェットは両手を顔の高さにあげて何かを揉むようなジェスチャーをしている。金髪はというと頭を斜め後ろに反らせてこちらをにらみ、ポケットに手を突っ込み体を軽く揺らしながら、ぼくたちは完全に終わったのだというメッセージを全身で表現している。小梅ちゃんと握り合った手がぬるぬるしているのはぼくの汗か、小梅ちゃんの汗か、それとも二人の汗がブレンドされたものか。そんなことを考えて現実逃避しているとピアスがハイテンションに言った。
「だれかナックル持ってない?」
「俺持ってるわ」
金髪がポケットからナックルを取り出し、ピアスに渡す。なんでそんなヤンキー漫画でしか見たことないようなもの持ってんだよお前らヤンキーかよ……。
「だれかゴム持ってない?」
スウェットが言った。
「持ってない」
「俺も」
3人とも避妊具を持っていないらしい。まあ、そんな常に持ち歩いてるわけじゃないよね。いやそんな共感してる場合じゃなくて……。
「ま、いっか!」
スウェットが満面の笑みを浮かべる。小梅ちゃんの握る手がきゅっと強くなった。3人がじわりじわりと近づいてくる。少しずつ、奴らとの距離が縮まっていく。小梅ちゃんを見ると、固く目を閉じて震えている。この際あまり意味はないかもしれないが、小梅ちゃんを後ろに隠して、盾になった。もうなんとでもなってくれ。
「おーかっこいー」
ピアスが茶化してくる。そしてナックルを装着した手を振り上げる。ぼくは諦めて目をつぶった。小梅ちゃん、ごめん。
ドン! と打撃音がした。しかしぼくには何の衝撃もない。なぜだ? 目を開けると、さっきまで目の前にいたピアスが消えている。「……かっ……!」と苦しそうな声が足元から聞こえ、見下ろすとピアスが仰向けに倒れている。そしてピアスの襟元をつかんで地面に押さえつけているノリオ。いつの間に? 立ち上がるノリオ。動揺を見せながらも、ノリオに向かって構える金髪とスウェット。ノリオは二人を順に見たあと、金髪に素早く手を伸ばして背負い投げを決めた。息苦しそうに声にならぬ声をあげて苦しむ金髪。スウェットは情けない背中を見せて走り去っていった。
「いくぞ」
ノリオが歩き出す。嵐のごとく過ぎていったアクションシーンと、ギリギリのところで助かった安堵感に座り込みたい気分だったけど、金髪とピアスが倒れているこの場にあまり長くはいられない。小梅ちゃんとともに、ノリオの後についていった。
「ありがとうノリオ、ほんと助かったわ」
「うん」
ぼくはいま、ノリオに対して溢れんばかりの感謝の念を感じていた。
「あ、ありがとう……」
消え入るような声で小梅ちゃんが言った。青白い顔でうつむき、疲れきった様子で歩く小梅ちゃん。無理もない。あのままやられていたら……。
「いやいやー良かったよ間に合って、ほんと危なかったね。俺が2人のあとつけてなかったら今頃どうなってたことやら。はは! よかったよかった!」
ぼくの時とリアクション違いすぎるだろう、なんだよその満面の笑みは。そしてあとつけてたって、マジかノリオ……? 小梅ちゃんも若干顔を引きつらせている。ノリオも、「あ……」と自分が口を滑らせたことに気づいたようだ。まあ、いいか。ほんとに危ないところを助けてもらったんだし、ノリオのストーキングに目をつぶり、お礼のひとつもしないと。
「ノリオ、一杯おごろうか?」
「え、いいの?」
「うん、助けてもらったしさ。どっか行きたい店ある?」
「……コンビニのビールでいいんだけどさ」
「え、どっか入ろうよ」
「いや、コンビニでいいんだけど……公園で缶けりしたい」
マジかこいつ……。この出来事のあとで、マジで言ってんのかこいつ……。なに小梅ちゃんの気を引こうとしてんだよ。ってかそのくだりからあとつけてたのか……。
「やりたい!」
さっきまでゾンビみたいにうなだれていた小梅ちゃんが生気を取り戻して、輝く目でノリオを見つめている。マジか小梅ちゃん……。事件の当事者、マジで言ってんのか……。
「や、やりましょう! こ、小梅さん……!」
初めて会話を交わせたことの感動に目を潤ませて、ノリオが小梅ちゃんに身を乗り出している。まったく、水をさせる状況じゃなくなっている。仕方ないな……。恩人のノリオに免じて、付き合うか。
「……もう、ちょっとだけだよ。あと駅は移動するからな」
「うん!」
二人の幼き子供のような声が返ってくる。帰ったら絶対刑事ボロンコ見て疲れを癒そう。もう誰にも邪魔させない。
「缶けり終わったらカラオケオールね!」
嘘だろ小梅ちゃん……。
かわいい小梅ちゃんクライシス 第1話 『缶けりでクライシス!』