サッカーボールのボール生
我はサッカーボールである。日々人間たちに蹴られ、転がり、飛ぶことを生きがいとしている。我の機嫌が悪い時には、人間たちの思いもよらぬ方向にわざと転がってやる。そして、人間たちがアっと目を見開き、驚く様を我はコートの外から見物し、ほくそ笑んでいる。もちろん、気分が良い時にはパスを成立させてやったり、ゴールに入ってやったりもする。暗い倉庫にぎゅうぎゅう詰めにされているときには、周りのボールたちは早く外に出たいと叫んでいるが、我は無暗に鳴かず、凛とした構えを崩さずにいる。これが我のボールとしての日常である。さあ、我にどんな感想を持っただろうか。我も相当の変わり種であることは自覚しているが、同期のラグビーボールや、バスケットボールやらのひねくれボール共に比べれば、我などまだかわいいものだということを伝えておきたい。
さて、今日は少年共の試合があるということで、我に指名がかかった。そして今、我はコートの中を転がりまわり、少年共のチームの勝敗の行方を左右する役目を担っている。奴らは餌に群がる鳩のように我を取り囲み、そして黒い靴が我を取ったと思えば、次の瞬間には赤い靴へ、またその次の瞬間には白い靴へと我をたらい回しにしていった。
しばらくそんな風にしていると、辺りが急に静かになった。ふむ、PKというやつか。今日の我はどうも気分が乗らない。適当にゴール上にでも飛んでいこう。今回の少年共はどうも我を上手に操ることのできない奴らで、先ほどから我の不満は高まるばかりであったのだ。
赤い靴の少年が我の前へ立った。こやつ、随分と神妙な面持ちをしているな。たしか、今回の試合に勝つことで、初めて県大会とやらに進めるのであったか。ならば、是が非でも勝ちたいのであろう。だが、我にとって人間どもの事情などどうでもよい。我は、我の気分に従って転がり、そして飛ぶのだ。
少年が我を蹴ろうと走り出した。我は特に何も考えず、それを眺めていた。少年の赤い靴が我に触れる。我はゴール上に向かって飛ぶ。そのつもりであったが、予想外の出来事が起こった。少年の蹴る力は凄まじく、そして真っすぐであった。我は軌道修正を試みたが、無駄な努力に終わった。我の意思に反し、我はネットの中へ勢いよく叩き込まれた。
少年の目を思い出した。彼の光輝く目、鋭く前を見るあの目に我は気圧されたのだ。我の意思を初めて覆したあの少年。少年に対し、我は畏敬の念を抱かずにはおれなかった。我に人間のような鼓動というものがあったとすれば、我は今もなお激しく脈打っていることだろう。
倉庫の扉が開き、光が差し込んできた。人間たちが我らを持ち出していく。暖かく、天気の良い昼だった。そんな中、土の感触を味わいながら、我は今日も転がる。
サッカーボールのボール生