雪の降る頃に~めぐる季節~
春が始まりだとすれば、冬は終わり……終わりがあるから始まりがある……
だけど、そんな冬にも春の息吹は潜んでいた
始まり~それは冬~
冬…
空が高くなり、空気の匂いが変わる。
吐き出す息が白くなり、身を切るような冷たい風が吹き抜ける。
やがて……雪が降り、一面を白く染める。
全てを塗りつぶす白い雪。
始まりが春ならば、終わりは冬。
静かな、白の世界。
それは冬……
……そして、今年も冬が来た。
だけど白く積もった雪の下には、春の息吹が待っている……
二人の感じ
「う~、さすがに冷えるなぁ」
白くなった息を手に吹きかけながら、すっかり白くなってしまった町を歩く。
夏は暑くて嫌だったが、こう冷え込むと冬も嫌になってくる。
俺は、できるだけ体を小さくして寒さをしのぎながら歩いてゆく。
見慣れた公園の前を横切り、いつもの角を曲がる。
「あっ……悠一」
見覚えのある女の子が立っている。
「よぉ。麻紀」
軽く手を振ってやる。
「おはよう、悠一」
「あぁ、おはよ」
いつもの挨拶に麻紀は、笑顔で答えてくれた。
「今日は遅れなかったね、悠一」
白い息を吐きながら、麻紀が話し始める。
「まあ、この寒い中、麻紀を待たせるのも悪いと思ってな」
「ふ~ん」
そういって悪戯っぽく麻紀は笑った。
吉沢 麻紀は俺の幼馴染だ。
小学校の頃からの付き合いで、いわゆる腐れ縁。
もともと家も近いということもあって、一緒に学校へ行く事が多い。
8時すぎに家を出て、この道で出会う。
今日はたまたま遅れなかったけれど、あまり遅れるとわざわざ家まで迎えに来たりする。
まったく世話好きな奴だと思う。
「何だよ……その言い方……」
「べつに~。ただ、寒くて目がさめただけなんじゃないかと思ったから」
読まれてる……
「嘘じゃ…ない」
苦笑いをしながら言い訳をする。
まぁ、無駄だってのは分ってるけれど……
「はいはい……解ったから早く行こう?今日は、折角ゆっくり行けるんだから」
「ああ、そうだな」
鞄を脇に抱えなおして、ポケットに手を入れなおす。
麻紀と一緒に歩きだす。
変わらない、いつもの事。
「風が随分と冷たくなったよね」
不意に強くなった風に髪を押さえながら麻紀が言う。
学校へと向かう道。
雲が切れて眩しい光が広がって行く。
「わぁ」
麻紀が、空をうれしそうに見上げる。
「ほら悠一、太陽だよ。久しぶりだね」
「ああ、このところ雪ばっかりだったからなあ……」
二人で空を見上げた。
雲の切れ間に輝く太陽、
そして高く澄んだ青い空。
冬の晴れ間の青い空。
それは何処までも続いているように見えた。
たわいのない話をしながら、学校の前までやって来る。
「あれ?」
まだ予鈴まで、かなりの時間が有るのにたくさんの生徒がいた。
ふと気になった事だが、気になるとちょっと不安になる。
「今日は、何かあったっけ?」
麻紀に聞いてみる。
「え?今日……?」
そういって暫く考え込む。
「う~んと何も無かったと思うけど……」
「何にもない?」
「そうだよ?いつもと同じだよ?」
麻紀が知らないというのなら、本当に何も無いんだろう。
昔からしっかり者の麻紀が、忘れていることはないだろう……
だけど……やっぱり何か不安が残る。
「じゃあ何でこんなに人が居るんだ?」
もう一度聞いてみる。
「別に普通だよ」
「いや、何かあるんじゃないのか?昨日は、こんなに居なかったはずだぞ?」
「いつものとおりだって。悠一が、普段、何も見てないだけなんだよ」
「ぬっ……そんなことはないぞ。昨日はたしか……」
反論しようとして、昨日に事を思いだしてみる。
「昨日はたしか……」
何かあったっけ?……
「ぬう……」
「大丈夫?悠一?」
難しい顔をして、考えているオレを心配したのか、麻紀が声を掛けてくる。
「悠一?」
「ダメだ!思い出せん!」
結局、思い出せないという結論にたどりついたオレは、素直に、麻紀の言葉を受け入れる事にした。
「すまん、確かに麻紀の言う通りみたいだ。どうも普段から何にも見てないだけみたいだ」
「だから言ったのに。悠一はいつも、ぼ~っとしすぎなんだから気をつけなきゃね」
麻紀の言葉には納得してしまう。
昔からそうだった。
まるで母親か、姉のようにオレの事を見ていて、くだらないことでもちゃんと応えてくれる。
そしてそれは、まるで悟らせるような口調だから、結局は受け入れてしまう。
オレに言わせれば、麻紀はきっと世話好きな、お姉さんと言った感じ。
ときどき間の抜けた事もするし、同い年だけれど、それでもやっぱりお姉さんだろう。
「わかった?悠一」
「あぁ。わかったよ」
俺は軽く笑って、そう答えた。
下らない話で、無駄に時間をくったのだろう。
さっきよりも、さらに多くの生徒が集まっていた。
「結構、時間使ったんだな……」
「そうだね……悠一はすぐムキになるから」
校門をくぐり、学生玄関へ。そして、ちょうど靴を脱いだ時、
「おはよう、お二人さん」
声を掛けてきたのは、親友『緑川 浩平』だった。
「おはよう、浩平君」
「よう。 今日も冷えるな」
麻紀もオレも笑顔で答える。
こいつ、緑川 浩平も幼馴染。特に高校に入ってから……いまは違うけど、一年の時は同じクラスだった。
男が見ても悪くないと思える顔。人見知りをしない明るい性格で、一気にクラスの人気者になった。
実際、オレも浩平とは良くつるんだし遊びにも行った。
学年が上がり、クラスも変わったけれど、それは今も変わっていない。
ただ……
時々下らない事を真剣に考え、実行する。
この前は……確か『学年美人コンテスト』とかいうのを計画した。もっとも事前にクラスの女子に発覚し、計画は水泡へと帰したのだが……
オレに言わせると、悪戯好きの子供と言った感じ。
「今日もまた、一緒だったのかあ?ゆういちい?」
「私の家が、悠一の通学路にあるから……ね」
麻紀が少しはにかみながら答える。
「だからって、毎日ってのはねぇ……」
浩平がニヤニヤと笑いながら、オレを見る。
「お前なぁ……何度も言ってるだろ?オレと麻紀は、お前が考えてるような関係じゃないって……」
「あぁ!解ってるって。『そういう』関係じゃあ無いんだろ?」
「そういう関係?」
「いや~、麻紀ちゃんが気にする事じゃないよ。なぁ?」
笑いながら浩平が肩を組む。
どういう関係だと言いたいんだ?コイツは……
「お前はホントに、そういうの好きだな」
「まあ、そういうお年頃なんだよ」
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
予鈴が鳴る。
「おっと、やべぇ。そろそろ行かねぇとウチの担任はやかましいんだ。悠一また後でな~」
そう言うなり浩平は、走っていってしまう。
「なんだかなあ」
教室へと、消えていく浩平の背中を見ながら俺はつぶやく。
「さてと、オレ達も行くか?」
「……」
「どうした、麻紀?」
「う、ううん。 何でも無いよ。行こっ!悠一!」
少しだけ顔を赤くして、麻紀が教室に入ってしまう。
「おい、麻紀ちょっと待てよ。お~い」
麻紀を追いかけて、俺も教室へと入っていく。
(だけど……本当はもう一人いたんだよな……)
そんな思いが離れない……あのころ……一緒に居たもう一人………
ガラッ!
教室の中は、すでに生徒でいっぱいだった。
自分の席へと向かう途中で、麻紀に声をかけようとしたが、友達と何かを話しているようなので止めておく。
「ちょっとすまんな~」
雑談に興じる男子生徒をどけて、席につくと同時に、ガラガラと戸を空けて担任が入ってきた。
「よ~し、点呼を取るぞ~。全員、席につけ~」
今日も一日が始まる。
今年の冬は、どんな冬になるのだろう……
放課後の出会い
放課後。何をするでもなく窓の外を見ていた俺に、不意に同じクラスの女の子が声を掛けてきた。
「ねぇ、堂本君?ちょっと、いい……?」
特に親しい女の子ではない……だけど、そう邪険にもできず
「あぁ、うん。 いいけど?何?」
取りあえず、返事をする。
「え―っと……」
妙なタメ、何か、言いにくい事なのかな。
「あのね……」
もしかして……
「その……」
オレの期待が、あるはずのない方向に膨らみかけた時、女の子がやっと話し出す。
「あのね。私、麻紀ちゃんにノ-ト借りててね。それで今日の放課後に返す約束してたの……だけど……今日はちょっと用事があって……だから……」
ちょっと間をおいて、
『お願い』と言うような目で
俺を見る。
「……」
それだけの事を……意味ありげに……
(馬鹿だなあ、俺……)
「堂本君?ダメかな~?」
「あ~えっと、かまわないよ?どうせ放課後は暇だから」
自分がろくでも無い想像をしていたのを隠して、笑いながら答えた。
「わ!ありがと~」
女の子の顔がパッと明るくなる。
どうやら、気づかれなかったみたいだ……
「ありがと~、それじゃ、これ、お願いするね」
それだけ言い残して、教室を出て行く。
俺も軽く手を振り返した。
しかし……あれだけの事なのに……あんなにタメ無くてもいいのに……
女の子ってのは、よくわからない……
渡されたノ-トを手に考える。
(どうしようかな……)
軽く悩んだけど、やはり今日頼まれたのだから今日の内に片付けておくのが良いと思う。
麻紀もノ-トがいつまでもないってのは困るだろうし……
「さて……探すか……」
俺はノ-トを手に教室を出ると、麻紀を探す事にした。
決して広くない校舎。ありふれた学校。
麻紀の行きそうな場所なんて、簡単に見つかると踏んだのだけど……
いざ探してみると見つからない……
学食……
ホ-ル……
図書室……
どこにも麻紀は居なかった。
(困ったな……)
歩きながら考える……他に麻紀が行きそうな所は……
「あっ!そうだ!」
麻紀は、部活じゃないか。
なんで思いつかなかったんだろう?きっと部室にいるはずだ。
俺は部室に向かう事にした。
1階奥の部室棟までやっては来たけれど……
(麻紀は……何部だっけ?)
俺は、ここまで来てすごく大切な事を忘れていた。
(うえ……なんで思い出せないんだ……)
いつも一緒にいるのに、肝心なことはなにも知らない……
大事な何かをしまい込んで……それが見つからなかったときのような焦り……
妙な不安が俺を焦らせた。
(落ち着け…おもいだせ……)
廊下の真中で、必死に思い出そうとしていると……
「あの~、何かご用ですか?」
突然、後ろから呼びかけられた。
振り向くと、一人の女の子が微笑んでいる。
「あ、うん。ちょっとね」
一年生かな?ちょっと子供っぽい感じがする。
「部の見学ですか? それとも入部希望の方ですか?」
後輩
俺はブルブルと首を横に振る。
「いや、麻紀を捜しに……」
つい、いつもの癖でそう言ってしまった。麻紀がどれほど身近なのか……
「麻紀……?あの~失礼ですけど、麻紀って吉沢先輩のコトですか?」
「へっ? あ、ああ、そうだけど……知ってるの?」
俺がそう聞くと
「はい! 麻紀先輩とは同じ部ですから!」
と、その子は笑顔で答えた。
「あ、そうなんだ?それじゃ、悪いけれど麻紀を……」
麻紀を呼んでくれる?
そう言おうとしたのだけれど……
「麻紀先輩に、御用ですよね?目の前のお部屋が部室ですからどうぞ!!」
ちょっと強引に手を引かれた。突然のことに俺は戸惑いを隠せない。
「ちょっと!まって!俺は麻紀に用事があるだけで……」
「それならちょうどいいです!さあ、どうぞ!」
「えええ~~」
部室へと押し込まれる。この子……マイペ-スというより強引な子だ!
(何でこうなったんだろう?)
女の子は帰り支度をしている他の子を呼び止めて何かを話している。
(俺はただ、ノ―トを返しに来ただけなのに……)
「じゃあ、また明日ね」
そんな声が聞こえてくる。
どうやら他の子は帰ったようだ。
「あの、麻紀先輩は職員室に行っているそうです」
「あ、そうなんだ?それじゃあ……また出直そうかな…?」
立ちあがり、部屋を出ようとすると。
「待ってください。すぐに戻ってくるかもです!随分と前に行ったそうですから!」
「え、でも。部活あるし……邪魔しても悪いし……」
「そんな事無いですよ!今の時期はグラウンドが使えないので、ほとんど自主練か筋トレです!」
「いや、でも……」
「かまいません!それに、一人で居るのも、寂しいし……ね!先輩!」
俺は……
「ん~……結局は麻紀に会わなきゃいけないし……どうしてもって言うなら……」
結局、俺は残る事にした。
「わ!ありがとうございます!」
キラキラとした目で女の子は喜ぶ。
「邪魔にならないようにするけれど……ね」
俺が笑うと
「ありがとうございます!一人で居るの寂しいんですよ」
そういって笑う。
なんだか、この子のペ-スに飲まれてる気がする。
「そういえば、自己紹介がまだだったかな?俺は堂本 悠一っていうんだ。2年だよ。え~と、君は?」
「あっ、はい!私は、『綾瀬 みさき』って言います。よろしくお願いします!悠一先輩」
「悠一先輩……?」
まるで俺のことを、以前から知ってるみたいな雰囲気だ……俺は……みさきちゃんに会った事あったかな……?
「あ、すいません!私、ちょっとなれなれしいですね……」
「いや、別に構わないよ。ただ、あんまりそうやって呼ばれないからビックリしただけだよ」
「そうですか?じゃあ、これからも『悠一先輩』でいいですか?」
「ああ、いいよ。『みさきちゃん』」
二人で笑う。
長い間、忘れていたような優しい時間。
静かに降る雪がその優しい時間を強調していたように思った。
「麻紀が、そんなに速いなんてなぁ」
「でも悠一先輩は麻紀先輩と、お付き合いが長いんじゃないんですか?」
それから俺とみさきちゃんは色々な話をした。
この部屋が陸上部の部室であること。
麻紀が短距離の選手であること。
みさきちゃんが麻紀にあこがれて陸上をはじめたこと……
色々な事を話した。
「いや、そうなんだけど……俺は多分、麻紀に負けた事無いからなあ……」
「じゃあ、凄く速いんじゃないですか!」
「そんなことないよ。きっと麻紀が手を抜いてるんだよ。あいつは優しいからね」
「そんなこと無いと思いますけど……」
「……そうかなあ……?」
そんな会話をしていると……
ガチャ……
不意に金属の音がした。
ドアが開くと見慣れた女の子が入ってくる。麻紀だ。
「よお、どうした?職員室に呼ばれるなんて」
「え?あ、悠一?どうしたの??こんなとこにいるなんて?!」
ある程度は予想していたけど、麻紀は俺の予想以上に驚いていた。
「うん……いや、たいしたことはないんだけど……頼まれごとをされてて……これ、お前に返しておいてくれってさ」
預かっていたノ—トを麻紀に渡す。
「ありがとう、悠一。 でも、わざわざ部室に来なくても良かったのに」
「いいんだよ。ないと困るだろうし、何より今日やれることは今日やっておくほうがいいからね」
「ふ~ん。いつもそうだと私も有り難いんだけど~」
「あの~……」
俺と麻紀の会話に、疎外感を感じていたのか、みさきちゃんが寂しそうな声を出す。
「あ、悪い、みさきちゃん。確か、麻紀に用事があるって」
「そうなの?」
「ああ、さっき話してたんだ。それで待ってたんだもんね? な、みさきちゃん?」
促されて、みさきちゃんが話し出す。
「あ!はい!先生が、自主練のスケジュ-ルを出してくれって……それで!はい!」
「あ、忘れてた。ゴメンネ、みさきちゃん。そんな事で待たせて」
「いえ、悠一先輩と、お話してたし……楽しい時間でした!」
「そう……なんだ……」
そう言うと二人が俺の方を見る。
なんだか恥ずかしい……
「あ……うん!それじゃ用事も終わったし。俺、帰るね!」
俺は、何だか居心地が悪くなって部室から出ようとした……
だけど……
「あ、待って。 私も帰るから」
「わ、私も帰ります」
「へ?」
結局、家が近いと言う事がわかって三人で帰ることになっった。
だけど……
(なんだろう………?)
俺は妙に居心地が悪いまま家へ帰ることになった。
今日は、何だか疲れた……
みさきちゃん……か……
面白い子だと思う。それでいて何か放っておけない……だけど……
麻紀の事も気になる。
何だか、いつもと違ってたような……いくつもの何かが噛み合っていないような……
まあ、いいか。そのうちわかるだろうさ……
長い付き合い
さっきから、下で麻紀が呼んでいる。
「悠一!!はやく~!!」
「わかってるって!」
俺は勢いよく制服を羽織り鞄を持つと階段を駆け下りた。
家から学校まで走る。
「お~い!早く早く!」
「はぁ……悠一……お願いだから、寝坊しないでよ。」
「悪かったって!オレだって、したくてしてるんじゃないんだってば!」
「もうちょっと早く寝ようよ……」
「ったく。 オレの都合も考えてくれよ。面倒くさかったら、置いていってくれ。」
「そんなコトしたら悠一、学校来ないでしょ?」
「いや……さすがにいくとは思うけど……」
「それなら、いつもより早く寝て早く起きようよ!夜更かしばっかりするからだよ!」
まったく、本当に母親か姉だと思う。寝る時間の心配までするなんて……
「わかったって!悪かったよ!」
「全然反省してないでしょ!!」
白い息を吐きながら俺たちは走る。白い街を……白い道を……
「う~~超濃厚は失敗だったかなあ……」
昼に食べたパンのせいだろうか?どうしようもないくらいのどが渇く……
新発売だからって飛びついた、『超濃厚マヨネ-ズやきそばパン』は失敗だったみたいだ……
「なんかのまなきゃ……」
俺は喉の渇きを潤すべく自動販売機へと向かった。
「悠一」
麻紀に声を掛けられた。
「なに飲んでるの?」
「ん?見てわからないか?ほら」
俺は500mlの大型缶をズイッ!って感じで、麻紀の目の前へ。
「コ-ラ?」
「なんか喉が渇いて死にそうなんだよ」
「珍しいね?お昼に塩辛いのでもたべたのかな?」
そういって笑う麻紀はいつものようだったけれど……どこか……なにか違う雰囲気だった。
「なんだよ、お前も買って欲しいのか?」
「そういうわけじゃないよ……」
「じゃあ……用事かなんかか?」
「あ、うん……そんな……とこかな……」
なんだかハッキリしない……なんかいつもと違う……
「ねぇ、悠一?」
「ん?」
「悠一……今……好きな人いる?」
とんでもなく突然な会話……こんな事一度もなかった……よな……?
「……なんだよ……急に?」
突然の質問に戸惑う……
いったい、どういう風の吹き回しだろう?
「突然でどう答えていいかわからないけど……なにかあったのか?」
麻紀は少し俯き、なにかを探すような表情をした後……
「何かってわけじゃないけど……さっき皆で好きな人の話をしてて……それで……ねっ?」
困ったような、それでいて恥ずかしさを隠すような……そんな不思議な表情で麻紀は言った。
「え~っと……なんか話の流れで触発された感じかな?」
「あははは……そんな感じかなあ……ねぇ悠一……居るか居ないかだけでも教えてくれないかな……」
そう言ったいつもの麻紀と違って、なんだか……なんだか……
「悠一。お願いだから……」
ひどく儚げで、いつもと違う雰囲気だった。
「え~っと……居るか居ないかだけだな……」
「うん……」
いつもなら冗談の一つでも言いたいところだけど、今日は……今の麻紀にはそんなことはできなかった。
「いるよ……」
俺は小さくつぶやいた。
「え?本当に……?」
「ああ、好きな人はいる。だけど、これ以上は言えない……」
こんな場所で、ホントのことは言えない。
「どんな……人?」
「それも言えない」
「……」
麻紀は残念そうに、目を伏せた。
「そんなこと訊いて、どうするんだよ?」
そう……こんな事を聞いてどうするんだろう……俺だって気になる女子はいる。
好きな人は?って言われれば、気になる女子は何人かいる……その中には……
「ううん……どうしようって訳じゃないの……」
そう言って、麻紀は力なく首を振る。
「麻紀にはいないのか?好きな男子とかさ」
どうしようもない空気の中で逆に訊いてみる。
それは、もしかしたら大きな間違いだったのかもしれないけれど……
「えっ、私?」
「ああ。俺に聞いたんだから、これで、おあいこだ」
「わ、私は……」
麻紀は、しばらく黙っていたが、
「……いるよ」
小さくそう呟いた。
「………」
何も言えなかった。
本当は、『おお!誰?!浩平か!』って、茶化すつもりだったのに……
「そうか……」
それしか言えなかった……
(そうか、いるんだ……麻紀にも……)
「誰なんだ?」
絞り出すように俺は尋ねる……そして……
「……だよ……」
麻紀は誰かの名前を呟く……だけど……
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
大事な何かを隠すように予鈴がなった……
「あ!休み終わるよ!ほら!早く戻らなきゃ!!」
麻紀は、逃げるように教室へと走っていく。
「………」
麻紀の好きな人……か……
誰なんだろう……
それは突然に
放課後、なんとなしに商店街へと足が向いた。
なにかモヤモヤした気持ちが離れない。だけど……何か……何かが変わる。そんな予感もする……不思議な気持ちだった。
「だけど……なあ……」
そんな曖昧な予感で街へと出たものの何もすることがない。
アテも無く街を彷徨う。あのレコ-ドショップも、あの本屋も……何かが違う。
どうしても入る気にはなれなかった……
そんな風にフラフラと歩いていた時……
「あれは……」
見覚えの有る後姿をみつけた。
だけど、
(麻紀かな?でも……こんな街中で呼ぶのもな……)
俺は恥ずかしさもあって声を掛けられなかった。
やがて……麻紀の背中は、行き交う人の間をしばらく見え隠れした後、消えていってしまった。
(しかし……どうしようかな……)
駅前の商店街にやってきたものの特に用事はない。
(浩平でも誘えばよかったか……)
浩平が居てくれれば、こんな風に時間を持て余すことは無かっただろうと思う。
さっきだって、浩平なら『お~い!麻紀ちゃん!』って躊躇う事もなく呼んでただろうな……
だけど、それは今となっては仕方のない話だ。
ただ一人でブラブラと歩くしかない。どうしようもない時間……
「あれ~?もしかして、堂本?」
そんな風に、ブラブラと歩いていると突然、声をかけられた。
「え?」
振り返ってみると、笑顔の女の子が居る。
「あの?誰だっけ……?」
「やっぱり!悠だ!久しぶりだね~~わかる?私だよ、わ・た・し」
片目をつぶり悪戯っぽく笑う女の子。
だけど……
「え~と……」
誰だろう?俺たちとは違う制服……なんで俺を知ってるんだろう?
でも、確かにどこかで会ったような……
「あ~、もうっ!ジレッタイなぁ~!!」
急に大きな声を出された。
「ちょ……なんだ?いきなり?!」
「私だよ!わ・た・し!!忘れちゃったの?ちっちゃい頃、一緒に遊んだじゃない!私、真琴!河合 真琴だよ!!」
(真琴……河合 真琴……真琴?!)
「真琴……真琴か!!」
「そうだよ~もう!酷いなぁ、悠は……すっかり忘れちゃってたんでしょ!」
「いや、だって突然だったし……」
そう、コイツは河合 真琴。麻紀と浩平……そして真琴。いつも一緒に居た幼馴染だった。
そんな中でも、いつも元気が良くて俺と一番に気が合って……遊んで……
そして……
俺は真琴が好き……だった……
思い出せなかったのは、真琴が……子供だったあの頃よりずっと綺麗になった……から……なんだと思う。
「いや……ごめん!急に声を掛けられたから驚いちゃって……」
「謝ってもダメ。私を忘れるなんて!!」
「本当にごめん!取りあえず今日は何でもおごるから、許してくれよ」
「うふふぅ……仕方ないなぁ。いいよ、それで許してあげる」
「ただ……財布事情もあるから手加減してくれると助かるんだけど……」
「解ってるよ~だ。それより早く行こう!」
真琴はそう言うと一番近いファストフ-ド店を目指して走り出した。
「ほら!早く!悠!」
「今行くから、ちょっと待ってくれ!真琴!」
真琴を追いかける。とても懐かしい気持ちが胸に溢れた。
いくつかの食べ物、そしてドリンク。ありふれたファストフ-ドの店内……
「確か……あの時、浩平が『真琴ちゃんのバカ!!』って泣き出してさ」
「あったあった!靴、投げただけなのにね~」
「いや、投げた後が悪かった。池に落ちたし、確か、買ってもらったばっかりの靴だったはずだから」
「う~ん、そうだっけ?」
「そうだったんだよ」
俺と真琴は昔の話で盛り上がっていた。
「はぁ……結局、あれから浩平と遊ばなくなっちゃたんだよね。」
「俺と麻紀で、結構、誘ってたんだけどね」
「うふふ……浩平に麻紀かあ……懐かしいなあ。もう、6年も会ってないんだね……」
「ああ……そうだな……って……真琴?なんでここにいるんだ?」
再会の嬉しさで、すっかり忘れていたけれど、真琴は小5の冬に転校したんだ。
「あれ?言わなかったっけ?去年こっちに戻ってきたんだよ?」
「いや、今初めて聞いた……というか、あれ以来、初めて会うんだけど……」
「あはは、ゴメン。悠ちゃん」
「帰ってきてたなら連絡くらいしろって!」
「アハハハ!ごめんごめん!」
真琴は、笑ってごまかす。まったく……真琴は……
「ま、6年も経ってるし、仕方がないか……それで今は何してるんだ?」
「いま?隣町の学校いってるよ。でも、家はこっちだし……放課後はこの辺にいるかなぁ?」
「へ~そうなんだ?なら今度どっか皆で遊びに行かないか?麻紀と浩平も呼んでさ」
たわいもない提案だったはずなのに、真琴は急に窓の外に目をやり遠くを見つめるような表情になった。
「何か都合悪い事でもあったかな?」
真琴は窓の外を見たまま
「ううん……そうじゃないけど……ほら、悠も言ってたじゃない?『連絡くらいしろ!』って。連絡もしてないのに会って遊ぶって、なんかちょっとね……」
乗り気じゃない。とってつけたような理由……
何か俺の知らない……忘れてしまった出来事でもあったのだろうか?二人に会いたくない理由があるのだろうか?
「まあ、真琴が乗り気じゃないなら仕方がない……色々急だったしなあ……」
「そういう事で納得してくれる?」
俺も真琴と同じように窓の外を見る。冬特有の灰色の空が広がっている。
「ああ……それで納得するよ」
賑やかな店内。だけど、俺たちはそんな中でただ窓の外を見ていた。
「ぷっ……」
どれくらいそうしていたのだろう?小さな笑い声がして俺は真琴を見た。
「なんだよ?真琴……」
「いやあ~悠が物思いに耽る顔なんて初めて見たから、なんだか可笑しくなっちゃって……ね!それより悠の学校の話してよ。そっちはどんな感じなの?面白い話とかあるんじゃない?」
「え?あぁ、そうだなぁ……この前の話なんだけど、浩平が……」
「うんうん……」
結局、俺と真琴は暗くなるまで話し込んだ。
4時間近く……これは店側にとっては良い迷惑だったろうな……
「んじゃ、またね悠ちゃん!」
「またな!気を付けて帰るんだぞ!真琴!」
「わかってるよ~!ありがとね~!」
真琴は、何度も振り返り、嬉しそうに走っていった。
だけど、真琴が帰ってきてたなんて……
6年ぶり……言葉にしてしまえば簡単だけど、俺たちには随分な時間……
小学校から中学。そして高校……長い時間だと思う。
色々と変わったけど、変わってないこともあった。
『悠!』 『悠ちゃん』
麻紀だって、そうやって呼ぶことはないのに、真琴はあの時のままで呼んでくれた。恥ずかしいような……懐かしいような……
だけど、それは悪い気分では無かった。
(また会いたいな……)
今度は、いつ真琴と会えるのだろう……
真琴
『そうだよ~もう!酷いなぁ、悠は……すっかり忘れちゃってたんでしょ』
真琴が帰ってきた。
『謝ってもダメ。私を忘れるなんて!!』
そう言って真琴は怒った。
でも……忘れてたわけじゃない……
悲しすぎた事だから
忘れきれない事だったから
記憶の奥に閉じ込めた
決して開かないように……
『うふふぅ……仕方ないなぁ』
真琴が笑う。
あの頃と同じ優しい笑顔で……
泣きたくなる……どうしてかは解らないけど……
『んじゃ、またね悠ちゃん』
手を振って真琴が走っていく……
記憶が……思い出の扉が開いた……
「うあ……?」
不意に肩をゆすられた。見上げれば麻紀が居る。
「悠一?今日もまっすぐ帰るの?」
放課後何か話したそうな顔の麻紀。
「ああ……とくに何もないしね。麻紀は部活だろ?」
俺は軽く伸びをしながら答える。
「え……?う……うん……」
いつもと違う……なにか歯切れが悪い……それはそれで心配だけど……
「起こしてくれてありがとう。それから麻紀……部活頑張れよ!それじゃ、また明日!」
俺は麻紀にそう言って教室を出た。
「うん……また……明日……」
また明日。そう、何も変わらないはずの明日。
俺は商店街へと走り出した。
放課後に会いたい
あの日……6年ぶりに真琴と会った日から、俺の放課後は商店街に行くことになった。もちろん会えない日だってあるけれど……
それでも、真琴に会えるかもしれない。そんな単純な理由は……そんな単純なことだけなのに……ワクワクとした気持ちと、何かが胸を締め付けてくるような、少し苦しい感じ……その二つが混じり合い不思議な熱を持っていた。
「悠!!」
商店街を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
考えなくても解る。
今、俺を『悠』って呼ぶのは、真琴しか居ないから……
「よう。真琴」
振り返えれば、やっぱり真琴。
「見かけたから、声掛けただけ」
「なんだよ……それ?」
「いいじゃん。それより、せっかくだから一緒に歩かない?」
「あぁ……いいな。行くか」
二人で商店街を歩く……季節がらだろうか……商店街は赤や緑、そして派手な飾りで溢れている。
「悠は、クリスマス何かあるの?」
楽しそうに歩いていた真琴が急に振り向いて言う。
「クリスマス?」
「そうだよ!クリスマス!冬の一番のイベントだよ!」
「クリスマスかあ……麻紀は部活だろうし……浩平は……なんか企画してたみたいだしなあ……まあ、俺は……特に何も予定はないだろうなあ……」
俺は正直に答える。
「真琴は何かあるのか?」
「私?わたしは~~ひ・み・つ・だよ」
そう言うと悪戯っぽく笑って見せた。
「秘密って……予定あるのか?」
「秘密は秘密。私だって女の子だからね!」
何だかはぐらかされた……だけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
それはきっと、真琴がとても嬉しそうにしていたから……
「まあ、真琴はなあ……」
「む!なんか今、悠の悪意を感じたぞ!!」
俺たちは笑いながら商店街を歩いた。離れていた時間を埋めるように……
やがて日が落ちる。そんなに時間は経っていない、まだ夕方の時間だというのに……
「ああ……良かったら家まで送ろうか?この辺りなんだろ?」
「う~ん……嬉しいけど私の家、向こうなんだよ……」
そう言って、真琴の指差した方向は、俺の家とは正反対の方向だった。
「そうかあ……逆じゃしかたないかあ……」
「ゴメンね。悠……今度はもっと一杯遊ぼうね」
「ああ!今度は、ゆっくり遊ぼうな!」
「うん!」
名残惜しそうな真琴に手を振って、俺は家へと向かう。
ただ、『また明日』そう言えない俺たちが悔しかった。
二人
その日の放課後、俺は公園にいた。
それは真琴が俺に声を掛けてくれる時間……俺が真琴を見つける時間……それには少しだけ早い時間だったから……
「静かだな……」
冬の公園は静かだ。
冬の晴れ間は珍しいけど、今日のように晴れた日は空も高いし、空気も澄んでいる。
寒いのだけは、仕方がないけれど……
除雪された公園の散歩道を歩いていく。
小さな遊具やベンチは雪の下に埋まってしまっている。だけど、そういう景色も何か新鮮に感じる。
道なりに歩いていく。白くなった世界に光る太陽が眩しい……
「あれ?」
公園の真ん中に見知った姿を見つけた。子供の頃に走り回ったあの噴水……そこに居る、あの後姿は……
(真琴だ……)
いつもの時間には、まだ早い。それに、真琴の家とも反対にあるこの公園になんで?
俺が真琴に声を掛けようとした時だった。
「私は、あの時とは違うの!」
突然、大きな声で真琴が叫んだ。
「私は、あの時とは違うの!私は……帰ってこれた。ずっとずっと帰ってきたかった、この街に帰ってきたの!」
「真琴ちゃん……」
(え?なんで?麻紀と真琴が?)
俺は思わず木の陰に隠れてしまう。見てはいけない、知ってはいけない事をのぞき見してしまったような罪悪感……
そして……
何で麻紀と真琴が一緒に?連絡してないって……それより、なんで二人が喧嘩なんか……
色々な事を考えてしまう。言いようのない不安が胸をよぎる。
「あの時の私は……自分に自信を持てなかった……でも、今は違うの!今は自信を持って言える……負けない自信があるの!」
「わ、私だって持ってる……!」
「じゃあ、どうするの!どうしたいの!麻紀!」
(止めなきゃ……でも……)
二人の声が誰もいない公園に響く。だけど……その声は……
無理をしている。そう感じさせる声……それが俺を躊躇させた……
「私だって!あきらめたくないの!負けたくないの!……だけど……だけどね……」
麻紀が俯いてしまう。その声には力がなく……そして涙でかすれているようだった。
「わかってる……わかってるよ……麻紀!」
真琴はそう言うと、そっと麻紀に近寄り手を握った。
「ごめんね……麻紀……でも、ちゃんと言っておかないと……そうじゃないと、ズルい気がしてたの……だから……」
「うん……私もわかってる……だから……」
麻紀が顔を上げる。しっかりと真琴を見つめる……そして……
「言って……」
かすれた声。だけどはっきりとした声で麻紀が言う。
「ありがとう……麻紀……私は言うよ……」
そして、真琴は何かを決意したように空を見上げ……
「私は、負けない!麻紀にだって負けないよ!!」
力強い声だった。だけど、それだけじゃなくて優しさを感じる声だった。
「真琴ちゃん……私も負けないよ……」
かすれた声だったけど麻紀もしっかりと答えた。
「ごめんね……麻紀……でも、ありがとう。これでスッキリしたよ……これでちゃんと進めるから」
「わたしも……ありがとう……だね」
二人は手を握ったまま見つめあう。優しい雰囲気が俺にまで伝わってくるようだった。
どうなる事かと不安だったけれど……二人が喧嘩っていうのは俺の勘違いだったみたいだ……
「また……遊んでくれるかな……電話とかしてもいいかな……?」
「うん……もちろんだよ……また、みんなで遊びたいよ……」
空気が暖かい……優しい空気……まるで昔に戻ったみたいな……
(なんだかわからないけど……よかったな……二人とも……)
俺はそっと公園を離れた。何がどうなって、ああいう状況だったのかは解らないけれど……
ただ……なんだか俺は安心していた……
思い出の夢
『答えてよ、悠ちゃん』
『悠一……』
女の子が二人。
『どっちが好きなの?』
……苦い記憶……
初めて、自分が嫌になった思い出……
放したくなかった。
都合の良い言い訳だ。
どちらかを選べば、どちらかを失う……
だけど、俺は両方とも失いたくなかった……
だから……
『二人とも好き』
そう答えた……
『……ずるいよ……』
消えそうな声……
辛い記憶……
できれば思い出したくない記憶……
『悠ちゃん……』
『悠一……』
酷く寂しそうな声が、遠くに聞こえる……
「悠一!!いつまで寝てるの!!」
母さんの声で目がさめた。
「……いま起きた!」
のろのろとベッドから起き上がる。
朝から酷く気が重い……随分と懐かしい……そして、嫌な夢を見たせいだろう……
(あの後だったか……真琴が転校したのは……)
制服に腕を通しながら思い出す。
あの後……真琴の転校が担任から告げられ、お別れの会が開かれて……
「悠一!!いつまでかかってるのよ!!麻紀ちゃんが来てるわよ!!」
物思いから引き戻される。
そして響く麻紀の声。
「悠一!!はやく~!!」
「わかってるって!」
俺はその声に弾かれるように、勢いよく階段を駆け下りていった。
かくれんぼ
その日の放課後、俺は商店街を歩き回っていた。
いつものゲ-ムセンタ-を通り過ぎ、レコ-ドショップの前へ……
(居ないなあ……)
店内を確認して、また歩き出す。
今度は本屋からコンビニ……そして、二人で行ったファストフ-ドの店へ……
(居ないか……)
真琴が居る予感はするのに、肝心の真琴が見つからない。
(あっちにいってみるか……)
まるで、かくれんぼのようだ……でも、心配も焦りもない……
(でも……まあ、こういう時は必ず……)
思い出が蘇る。懐かしい景色が広がっていく……
『悠ちゃん。み~つけた!』
『うあ~また、俺が一番?』
『また悠一が鬼か~』
『悠一。これで、もう三回目の鬼だね』
……かくれんぼ……
真琴は必ず、俺を最初に見つけた。
俺も一生懸命、隠れたけど……
それなのに、真琴は必ず最初に俺を見つけ出した。
『悠ちゃん。み~つけた!!』
『またかよ~~』
……でも悪い気はしなかった……
俺を見つけて得意そうにしている真琴。だけどその眼は……優しかった……
どんなに走っても、どんなに息を切らしていても、真琴の眼は優しかった。
それは、麻紀とは違う、もっといい匂いのする優しさ……
その違いに気がついたのは、俺の背が二人を追い越してからだった。
『ほら、悠ちゃん!10だよ!!』
真琴が走りながら笑っている……
(必ず真琴が見つけてくれるんだよなあ……)
そう……探しても見つからない。だけど、見つけてくれるのが真琴なんだ……
「悠!」
後ろから声がした。
(ほら……やっぱりな……)
俺は笑いだしそうになるのを堪えて
「真琴!また会ったな!」
そう言いながら振り返った。
「悠、もしかして探してた?」
「別に……会えるかなとは思ってたけどさ」
「うふふぅ……そういうことにしとこうかなあ~」
真琴がいつもの様に悪戯っぽく笑う。
「それよりさ悠!今、暇?暇かな?暇なら、ちょっと一緒に行こうよ!」
そう言いながら真琴が腕を絡めてくる。
「ちょ……俺はまだなにも……というか!まて!どこに行く気だ!」
「いいからいいから!暇なら問題ないでしょ?」
真琴の顔が近い……
「いや……だから!」
「はいはい!今更いまさら~」
真琴は俺を引っ張るようにして進んで行く。
「だから!ちょっと待てって!」
悪い気はしない。だけど胸の高鳴りは収まりそうもなかった。
誘いは公園で
「んで……公園?」
真琴が俺を引っ張って来たのは、あの公園だった。
「いいじゃん!なんか懐かしくなってね~。それとも、なあに?どっか別なトコ想像してたの?」
「そんなんじゃないけどさ……」
もっと、たとえば……買い物とか……服とかアクセサリ-とか、そういうのを想像していたのだけど……真琴にそれを言ってしまえば何を言われるか……
「とりあえず、その辺歩こうよ~、うわ!あれまだあるんだ?あの滑り台!」
真琴が走り出す。
「ちょっと待て!真琴!さすがに寒いし自販機行ってくる!ついでに奢ってやるけど、真琴は何がいい?」
「私、ココア~!え~!?おごってくれるの?悠?」
「だから、そう言っただろう?おごってやるって……」
「わ~い!!」
自販機へ向かう。雪を踏みしめる音……後ろで聞こえる真琴の声……
俺は口角が上がっていくのを抑えられなかった。
ベンチも埋まってしまった公園。
俺たちは一番大きなナナカマドの木に寄りかかり話をしていた。
寒い冬の公園。不思議な二人だと思う。
「ねぇ、悠」
「ん?」
不意に真琴が俺を呼ぶ。
「あのさぁ、明日も暇?」
「なんだよ……明日もって?まあ……前にも言ったけど予定はないからなあ……暇だよ」
何でもない。そんな風に俺は答えてコ-ヒ-を一口飲む。
「じゃあさ!明日つきあってよ!」
「はぁ?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。
「いや……明日クリスマスだろ?なんか予定があったんじゃないのか?」
「なんで?」
真琴が俺の顔を覗き込む。俺は思わず顔をそむけてしまう……
「いやだって……この前、秘密だっていってただろ……だから、なにか大事な予定があるんじゃないかって……」
俺が呟くようにしてそう言うと、真琴はキョトンとした表情の後
「あはははは!何それ!悠!それ気にしてたの?!」
盛大に笑い出した。
「な……笑う事じゃないだろ!」
「あははは!だって……あれ……『私も予定ないんだ~』とか恰好悪くて……だから、ちょっと悪戯っぽくいってみただけで……あははは!」
本当におかしくて仕方がない。そんな風に真琴は笑う。
「ったく……悪戯にもほどがある……」
俺は一気に缶コ-ヒ-を流し込む。恥ずかしいような気もするけれど、だけど俺は何だか安心したような……悪い気はしていなかった。
真琴は暫く笑っていたがやがて……
「で!悠!まだ返事聞いてないよ!行くの?行かないの?」
そう言って、そらしたはずの俺の顔を覗き込んだ。
ハッキリしなさい!そういう眼で……だけど、面白がっているような……それでいて優しいような……不思議な感じ……
「俺でよければ……」
もっと気の利いた返事もあっただろうけど……格好いいセリフがあっただろうけど……それでも……
真琴の表情は花が咲いたように明るくなる。
「それじゃ、決まり!明日の5時に商店街で待ち合わせ。いいでしょ?」
「いや、ホンとにいいのか?」
「もう、私がいいって言ってるんだからいいの!」
真琴はとても楽しそうだったけど、俺はどうにも煮え切らない。
真琴とのデ-トは嫌じゃない。だけど……どちらかといえば、俺から誘いたかったし……
「でも……」
そんな気持ちが、どうにも煮え切らない返事をさせる。
「大丈夫。ちゃんと私がエスコ-トしてあげるからね!」
「それって男が言うセリフなんじゃ……」
違うんじゃないか?そう非難の眼で言ってやった。だけど真琴は何かひらめいたような顔のあと
「じゃあ~明日は楽しみにしててね!悠子ちゃん!」
そう言って走り出した。
「この!真琴!まて!!」
「やだよ~~」
雪の公園。鬼ごっこのような俺たち。
「あははは!悠!明日!遅れないでね!」
「絶対に遅れないっ!」
まるで子供の頃の様に走り回る俺たち……
真琴とのデ-ト……クリスマスデート………体が熱いのは、走っているだけじゃないはずだった。
不思議
「う~ん……」
時間がたつのが遅い。
普段なら寝て起きて終わりの授業なのに、今日に限っては眠れない……
(真琴とデ-ト……か……)
持て余す時間。窓の外を眺めながら俺は思う。
凄く不思議な感じがする。
6年も前に居なくなってしまった女の子。
それっきり、会うこともなかった……
再会したのはつい最近の事……
俺が好きだった女の子……
その気持ちを、本当に忘れていたんだろうか……
いや……あの時はきっと……苦しくて、悲しくて、つらくて……そうして忘れようとして……
忘れてたつもりになっていた……?再会してからの俺は自分で思うほどにおかしくなっている気がする……
忘れてたはずの真琴の事ばかり考えてて……忘れてた真琴の事を思って……
そんな真琴と、クリスマスって日に二人で過ごす。
本当に不思議だ。
(アイツは……真琴は俺の事をどう思っているんだう?)
灰色の雲が垂れこめている。でも、ゆっくりとだけど流れているように見える。
「あ~それから、この時代の社会体系として……」
先生の声が遠くに聞こえる。
酷くゆっくりと流れて行く雲を見ながら、俺は真琴の事ばかり考えていた。
君といる幸せ
(……おそい……)
時計は、5:26
待てない時間ではないけれど、少し辛い。まだ雪が降らないだけ救われてるんだろうけど……
(5時って言ってたよな……?)
少し不安が沸いてくる。……そんな時間に嫌気がさしてきた頃だった。
「悠!」
明るい真琴の声がした。
「遅いぞ。真琴……」
「ゴメンって!着替えに戻ったら思ったよりも時間かかっちゃって。それよりさ。ねぇ悠?似合ってるかなぁ、この服?」
そう言ってクルリと回って見せた。
白のコートにロングスカート。薄い青のマフラ-が良く似合っていた。
「悠?どうしたの?」
「あ、いや……良く似合ってるよ。」
本当に良く似合っている。でも、いつもの制服と違うどこか大人びた雰囲気が俺を戸惑わせた。
「でしょ? 悠の為に着て来たんだよ」
そう言って嬉しそうに笑う。そんな真琴の姿がまるでイルミネ-ションに輝くようだった。
「それは嬉しいけど……ごめん真琴。俺は学生服のまんまだ……」
ひるがえって自分を見ると、いつもの制服。しかも、コートのボタンをかけ間違ってるのに気づいて急いで直す始末だ。
「うふふぅ……いいんだよ!私は悠が来てくれただけで、良いんだから」
「そっか、じゃあ問題無いのかな」
「そう!問題ないの!それより行こっ」
そう言って、真琴は腕を絡めてきた。
「ちょっ……待て!真琴……こんな人ゴミの中で……」
「いいから、行くよ!悠!」
すぐそこにある真琴の顔。俺はなんだか恥ずかしくなって思わず顔をそらした。
腕を組んで商店街を歩く。
賑やかで華やかで明るい雰囲気。商店街の、どの店もクリスマス一色になっている。
「ね!次はここ行ってみようよ!」
「お……おう……」
俺は真琴に連れられるまま、いろんな店に入った。
縫いぐるみだらけの店……
「うわ~なんか、ふっかふかだよ……悠も触ってみてよ。気持ちいいよ~」
甘いお菓子の店……
「どれも美味しそうだよね……どれが一番なのかな?」
綺麗な服が並ぶ店……
「ねえねえ!これ可愛いくない?私に似合うかなあ~」
そういった店に入る度に、真琴は眼を輝かせて幸せそうに笑う。
そんな真琴を見ていると、俺も自然に笑顔になる。
『幸せ』
そういう感覚なんだろうか?
まるで、昔に戻ったような……真琴を見ているだけで幸せだった、あの頃へ……
「いつもの制服が一番似合うんじゃないか?」
「むう!なんか意地悪な感じがする!」
「冗談だって。真琴はどれも似合うと思うよ」
「それも、なんかとってつけた感じだ~」
俺たちはいつになく笑い、はしゃぎ、そして、この時間を楽しんだ。
「今日はありがとね。悠」
「うん?」
「付き合ってくれて、ありがと……」
「それは俺も同じだよ。真琴」
散々はしゃいだ俺達は、夜の公園でジュ-スを飲みながら語り合っていた。
冬の風が吹いていたが、遊びつかれた体には心地良いぐらいだった。
そんな風を感じながらオレと真琴は、澄んだ冬の空を見上げていた……
「悠?」
空を見ていた真琴が、話しかけてきた。
「ん?」
「悠は、私と麻紀……どっちが好き?」
「え?」
突然の事に戸惑う。
「前もきいたよね?こんな事……」
「あぁ……あった……」
あの思い出……にがくて苦しい思い出……
真琴と麻紀に呼び出されて……できれば思い出したくない思い出……
「あの時……悠は『二人とも好き』って言ったよね……」
「ああ……」
「私はね……とっても辛かったんだ~。悠が私を選んでくれなかったから……」
「ごめん……あの時の俺はズルかったんだ……真琴も麻紀も離したくなくて……」
光る街燈。輝く星……遠くに見える商店街の光……
「解ってる……解ってるよ。だけどね……悠……」
真琴は、少しだけ辛そうな顔をする。
「私は答えて欲しいんだよ……だって……悠の事、忘れられなかったんだから……」
「真琴……」
真琴の眼に光るものが見えた。
「私は……悠を諦められなかった……麻紀に負けたくなかった……だから……」
そう言って、真琴は後ろを向いてしまう……溢れてくる涙を隠すように……
とても居心地の良い関係だった。
強引だけど、明るくて元気な真琴。
優しくて姉のように接してくれる麻紀。
その二人に挟まれていた俺……
真琴とは良く喧嘩をした……
麻紀には迷惑ばかり掛けた……
それでも側にいた。いてくれた。
いい関係だったんだ……
俺が真琴を好きになるまでは……
「真琴……」
答えなきゃならない……
6年も思ってくれていた真琴の為に……
辛い思いをさせた真琴の為に……
「真琴……俺は……俺は……」
思いの代わりに
「俺は……俺は……!!」
だけど、言葉が出てこない。伝えるべき言葉が思いつかない。
それでも俺の思いは確かで……だから俺は言葉の代わりに真琴を抱きしめる。
「ゆ、悠?」
(好き……なんだ……真琴……)
そうじゃなきゃ、クリスマスの夜に誘われて遊ぶなんてしないと思う。一緒には居ないと思う。
好きだから、ここに……真琴の側に居る……
「悠……」
「俺は真琴が好きだ……」
真琴の肩は少し震えていた。
「ごめん……随分と待たせて……」
「過去形じゃ……ないの……?」
消え入りそうな声で真琴が呟く。
「過去形なら『好きだった』だろ……」
「そうだね……」
真琴の掌が俺のの掌に重なる……暖かな手の感触……
「真琴……」
「悠は優しいからね……」
重なっていた手が、そっと離れる。
「悠は、きっとそう言ってくれると思ってたんだ……」
酷く寂しそうな声が、オレの胸に響く。
「真琴?」
「嬉しいよ……でもね……」
真琴は、白く光る息と共に言葉を繋げる。
「忘れてた子に……言う言葉じゃないよ……」
『好きだ』
言葉に嘘は無い。その気持ちにだって嘘はない……
だけど……たった一つ……
忘れかけていた……忘れていた……
会うまで、思い出せなかった……
その事実が俺の言葉に……思いに傷を付けている……
「それでも……やっぱりうれしいなあ……」
真琴は後ろを向いたまま、空を見上げる。白い息が夜空へと消えていく……
「真琴……」
傷が深くなる。
そして、俺は何も言えなかった。
否定できない……本当の事……
傷だけが深くなっていく……
「ねえ……悠……麻紀のトコに行ってあげて……」
呟くように真琴が言う。
「……どうして……?」
「引越し……」
「え?」
「麻紀、引越しするんだって……」
「……引越し?麻紀が?」
「うん……」
初めて聞いた。麻紀は俺に何も言わなかった……そんな大事な事なのに……
「な、何、言ってんだよ……俺……聞いてないぞ……そんな事……」
「辛いからって……側に居ると、辛くなるからって……」
「………」
真琴が続ける。
「だけどねえ……そうやって別れるとさ……もっと辛くなるんだよ……」
辛かったんだ。
急に別れなきゃいけなかった真琴には、そうやって別れる事の辛さが痛いくらい解るんだ……
「ね……だから……悠……お願いだから……」
抱きしめている真琴の背中が震えていた……
麻紀……
真琴……
俺がずっと言わなかったから……決めなかったから……
……罪悪感が沸いてくる……
だから……俺は決めた。どうするべきなのかを……
離したくない
「いいんだ……」
そう言って真琴を抱く腕に力を込める。
「なんで?!どうして、麻紀のトコに行かないの?!」
真琴が涙混じりに声を荒げる。
「麻紀が選んだ事だから……」
俺は静かに答える。
「悠……」
「麻紀が選んだ事だから……だから……俺は行けない……」
「悠!逃げるの?辛い事だから逃げるの?」
真琴の質問に、俺は首を横に振る。
「じゃあ、どうして……」
「逃げてない……逃げないから……俺は真琴を抱きしめてる……」
「悠……」
俺はできるだけ静かに話を続ける……
「昔、真琴が好きだった……」
「………」
「あの日から……どれくらいかは覚えてないけど……泣きながら忘れた……だけど、それはさ……忘れたつもりだったんだと思う……そうしてたんだと思う……」
「悠……」
「だけどさ……やっぱり『つもり』だったんだって今は思う……だって……俺は……」
一度だけ空を見上げ、そして俺は言う。
「やっぱり、真琴が好きなんだよ。あの日、真琴と出会ったあの日から……ずっと真琴の事ばっかり考えてたんだから……」
「悠……」
「好きなんだ……だから今、俺はここで……真琴と一緒に居たい……」
「………」
真琴は黙ったまま……何も答えてはくれない……
当たり前だ……いくらなんでも都合が良すぎる……それが本当の想いだったとしても……
「ごめん……都合が良すぎたな……俺……」
真琴を抱きしめている腕に……体に暖かさが伝わってくる。
離したくない……でも……
「っ……」
最後の温もりを感じながら手を離そうとした時 、真琴の手がそっと俺の手に重なった。
「真琴……?」
「いいよ……私もね……都合が良いから……同じだよ……」
「ごめんな……ずっと待たせちゃって……」
「いいよ……だって今日で……ね……」
別れた人間が、再び出会う。
伝えられなかった思いが、クリスマスの夜に伝えられた。
真琴……
強引で、明るくて元気で……
でも、優しい真琴……
大好きな女の子……
重なった手がとても暖かかった。
抱きしめた背中が暖かかった……
俺も真琴も何も言わずに、そうしていた。
「悠、離してくれる?」
どれくらいそうしていただろうか?真琴が急にそんなことを言い出した。
「何で?」
「好きな人を真っ直ぐ見たいから……それから……プレゼントをあげたいから……」
優しい言葉……
「ああ……ごめん……俺、何も用意してないや……」
「いいよっ!クリスマスは来年もあるから」
「そうか……」
「そうだよ」
真琴が手渡してくれた小さな箱……
「いま、開けてもいいか?」
「うん」
所々が破れて中のボ―ル紙が見えている……でも、そんな事はどうでも良かった。
一番大事に思っている人から貰ったモノなんだから……
シュル……
カサカサ……
「手袋?」
出てきたのは、小さな手袋だった。
手にはめて見ようとしたけれど、小さくて無理だった。
「真琴……これ、小さくてはけないんだけど……」
そう言うと、真琴はいつもみたいに悪戯っぽく笑みを浮かべた後
「だって、小学校の時に作ったヤツだもん」
そう言って笑った。
「………?」
俺が言葉の意味を測り兼ねていると
「嫌がらせだよ!6年も待ってたお返しだよ!」
そう言ってまた笑う。
目の前で笑う真琴に、あの頃の小さな真琴の笑顔が重なって見えた。
「そっか……それじゃ……仕方がないし、鞄にでも付けて歩くかな?」
「うふふぅ……恥ずかしくないの?」
「平気だよ。真琴にもらったものだしね」
「ほんとかなあ」
星が輝いている。
真琴と過ごす、初めての二人っきりのクリスマス。
綺麗で静かで……そして、暖かいクリスマスだった。
雪の下では
季節は巡って行く。
真琴に告白をした、雪降る冬……
麻紀と別れた冬……
やがて、桜の舞い散る春が訪れ……
うだるような暑さの夏が過ぎ……
秋の高い空が冬の気配を感じさせ……
そうして、また巡ってくる冬……
クリスマスの日。
俺は真琴と一緒に、あの公園で夜空を見ていた。
あの時と同じ澄んだ冬の空。星が瞬いている。
手には小さな箱。
そう、それはクリスマスプレゼント……
「もう、一年経っちゃうんだね……」
感慨深そうに真琴が呟く。
「早いなあ……真琴と付き合ってから、もうそんなに経つのかあ……」
「いろんな事があったね」
「あぁ……」
色んな事があった……
麻紀が引越しで遠くに行ってしまった事。それは悲しくて寂しい事だったけれど……今度は違う。ただ泣くだけじゃない。再会を約束した雪の日……
桜の下で真琴と笑いあった事。桜の舞い散る公園を二人で歩いた。舞い散る桜にはしゃぐ真琴が可愛くて……
夏の暑い日に行った海。浩平と麻紀。俺と真琴……久しぶりの4人、あの頃に遊んだ幼馴染……全力で遊び、笑いあった太陽と海の思い出……
枯葉の舞う秋の真琴の誕生日。秋の色は少し寂しいけれど、真琴といれば違って見える……
そして……今日……
「ねえ!悠!プレゼントくれるんだよね?」
不意に真琴が俺の顔を覗き込む。
「去年は渡せなかったから……今年はちゃんと用意したさ」
「当たり前だよっ!ず~っと楽しみにしてたんだからね!」
真琴が笑ってくれる。
「あはは……ハ-ドルたかいなあ……それじゃ……これ、メリ-クリスマス。真琴」
「メリ-クリスマス!悠!」
俺が隠した小さな箱は真琴の手の中へ……そして……
「開けてもいい?」
「あぁ、もちろん」
「えへへ……なんだろなあ~悠からのプレゼント~」
真琴は、手渡した小箱を子供のように開け始める。
「うわぁ、可愛い!」
俺が選んだのは小さな時計……
これからも一緒に時を感じられるように、そう願って選んだ小さな時計……
「どうかな?気に入ってくれたかな?」
「うん!すっごいかわいいよ!ありがとう!悠!」
真琴は、溢れるような笑顔で答えてくれる。
遠い時間……
忘れかけた……忘れたつもりでいた女の子との再会……
自分の気持ちの確認……
そして……出会いと別れの冬……
「真琴……」
「うん?」
俺は、そっと真琴の手を握る。
「一緒に居よう……いつまでも……」
「モチロンだよ。私は……悠が大好きなんだから」
「俺も……真琴が大好きだよ……」
冷たい風の吹く公園……白く埋まってしまう街……
だけど、また春が巡ってくる。雪の下では、そのための準備がもう始まっているのだから……
そして、それは俺たちも同じ……
長い長い冬の下で春の準備は始まっていたのかもしれない……それは春の息吹に似て……小さく……でも強く……
その長い、長かった冬の分だけ、強く根を張り続けていたんだと思う。深く広く……
今、俺たちは夜空を見上げている。
俺は真琴の手をしっかりと握る……二度と離さないように……
真琴は小さく笑った。だけど、しっかりと握り返してくる手の熱さ……
俺も何も言わない……ただ握りしめる……
真琴も何も言わない……ただしっかりと手を握る……
そうして、二人で空を見上げた……
澄んだ冬の夜空……輝く星が俺たちを見つめている。
雪の降る頃に~めぐる季節~
数十年前に書いたノベルゲ-のシナリオを書き直し。さて、今回は前作で名前だけの登場だった、あの子のお話。
面白かった・そう思っていただけたなら幸いです。