…ついてねぇ。 全くついてねぇ。俺は大雨の中、歩道をバイクを押して歩きながら何度もそうつぶやいた。
 エンジンを停めてタバコ屋でタバコを買ってるうちに横を通ったトラックに盛大に水しぶきを浴びせられて、どうやら電装系がどっかリークしちまったらしくエンジンがかからない。
 俺の古い大型のカワサキは押して歩くにゃクソ重たすぎる。…走りだしちまえば軽快に走ってくれるんだが…な。エンジンがかからないこいつはただクソ重たいだけのド鉄の塊でしかない。
 一張羅の革ジャンもすっかり水を吸って膨らんでてろんてろんになって、しかもコレがまたクソ重てぇと来てやがる。
 天を睨んでみても、俺の眼力程度じゃ天の神様にはこれっぽっちも効果はないようで、雨が弱まる気配もねぇ。俺は思いつく限りの悪態をつきながらバイクを押して歩くしかなかった。
 少し先に線路のガード下の小さなトンネルがあった。…あそこに逃げ込んで、とりあえず残ったエンジンの熱で少しでも電装が乾くのを待つとするか。ほんの少し安堵のため息をついた。
 ガードに入って、はぁ~っと大きく息を吐いて、俺はとりあえず革ジャンを脱いで袖を絞った。まるで台所のスポンジのように水を含んでいてたっぷりと水が垂れた。
 やれやれだ。俺は革ジャンをバイクのハンドルに少しでも水が落ちるようにとかけた。裾の方からぽたぽたと水滴が滴り落ちる。
 そしてとりあえず一息つこうと革ジャンの胸ポケットからタバコを取り出した。へへっ、こいつは買ったばかりで封を切ってないから中身は濡れてないぜ! 俺は表面のビニールの開け口のテープを引っ張ってくるくるっと封を切った。
 一本口に咥えてジーンズのポケットからライターを取り出し、火を着け……着かない!! 何度もカチカチと着火させようとするが全く火が着く気配すらなかった。
 ちくしょ~…タバコは無事でもライターの方が完全に水没状態だったか…。こんな事ならライターも胸ポケットに入れておけばまだマシだったぜ…。俺は火の着いてないタバコを口に咥えたまま、そこにしゃがみこんだ。
 全く…ホントについてねぇ。せめて誰か通ってくんねぇかな…? そしたらタバコ吸うヤツなら火ぐらい借りられるのにな…。
 そんな事を考えて、トンネルの出口を眺めながらぼけーっと座ってた。こんな天気の中こんなとこ歩いてる物好きはいねぇか…。
 俺はため息をついてタバコをケースに戻すと、そのまま空を眺めながら座り続けた。 残った熱でエンジンから水蒸気があがって、熱膨張の収まっていくカチカチした音を立てていた。

 しばらくすると、俺が入ったのと反対側の方からトンネルの中にアメリカンのバイクを押してくる男が見えた。俺は少し期待をしつつ、彼が近くに来て俺と同じように革ジャンを脱いで絞るのを眺めてた。
 そのおっさんはハーレーダビッドソンのエンブレムの付いたそのバイクに革ジャンをかけた。ハーレーか…俺、ハーレーってよくわかんねぇんだよな…みんな同じように見えて。
 なーんて考えてるとそのおっさんはタバコを取り出し口に咥えた。俺は心の中でよっしゃ!って叫んで、おっさんが火を着け終わったら火を借りようと意気込んだ。
 おっさんはライターを取り出し、火を着けようとした。…が、着かない。何度も何度も着けようとするが着かない。おっさんはうなだれた。密かに俺もうなだれた。
「おう、兄ちゃん! 火持ってないか?」
 案の定おっさんは俺に聞いてきた。俺はため息をついて、ライターを取り出し着火して見せてやった。おっさんは無言でタバコを咥えたまましゃがみこんだ。
 二人とも何も言わずひたすら雨の音とエンジンが立てるカチカチという音、パイプを通って流れる排水の音だけがトンネルの中に響いた。
 
 またしばらくそのまま座ってると、ボロボロの傘を差した、明らかにホームレスと思われるおっさんが歩いてきた。いいよ、ホームレスでもなんでも。火さえ持ってりゃ…。と期待しつつ近くに来るのを待った。
 お? ホームレスのおっさん、手に一斗缶で作ったコンロ? ストーブ? なんかそんなのをぶら下げてる。 って事は火持ってるよな!? 俺はなんとなくハーレーのおっさんと目で合図をしてからホームレスに声をかけようとした、その瞬間。
「なぁ…あんたら火持ってねぇか?」
 なんだって? ホームレスは今なんと言った? 俺とハーレーのおっさんはうなだれて首を横に振った。
「そうかぁ…」
 ホームレスはそう言ってから、ハーレーのおっさんに言った。
「ちっとガソリンを分けてくれ」
 ハーレーのおっさんは目をぱちくりしてから、どうぞ…って言った。
 ホームレスは慣れた手つきで取り出したボロ布にタンクキャップからガソリンを吸わせた。
「プラグレンチ持ってるかい?」
 ホームレスはそう聞いて、おっさんから工具袋を受け取ると、これまた慣れた手つきでプラグを抜いてガソリンの染みた布で拭くと一斗缶に布を入れてプラグをエンジンと一斗缶に当てた。
「ほれ! エンジンかけてみぃ!!」
 ホームレスに言われるままにおっさんがエンジンをかけるとプラグが火花を出して一斗缶の布に引火して、見事に火が着いた。

 ホームレスはニコニコして一斗缶の中の細い棒を集めて火を大きくしていった。
 俺とおっさんは顔を見合わせてから笑ってタバコを取り出した。

 俺達三人は、一斗缶の火に当たりながらタバコの煙をくゆらせた。
 まだ雨は降り続いていた。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-20

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