詩 三編

かつての詩 三編 

   男              

人生に疲れた男が
とぼとぼ歩いて行く

誰からもかえりみられず
重い足を引きずって
とぼとぼ歩いて行く

雨に濡れた黒いアスファルトの道を
骨の曲がった傘をさして
前を向いたまま
とぼとぼ歩いて行く

彼の目には何も映っていない
彼の耳には何も聞こえていない
彼の心には何も響かない
彼の口は何も語らない
ただ
とぼとぼ歩いて行く


    宣 言       

 雨よ、降り注げ
 私の上に降り注げ
 髪も上着も重たくしおれ
 身体が熱くなり
 気が遠くなるまで
 黙って単調に降り注げ
 私は首をしなだれ
 いつまでも歩き続けるだろう
 道で出会った見知らぬ婦人は
 鼻の先から私を一瞥して通り過ぎる
 向かいからやって来る中年の男は
 哀れみと軽蔑の眼差しで
 私を葬り去る
 私は雨粒の細かい軌跡を
 目を細めてながめる
 頭を濡らした雨水は
 私の目を塞ぎ
 鼻水を混ぜ、口を閉ざせ
 頬からしたたって上着に落ちる

 雨よ、もっと降れ
 私に上にもっと降り注げ
 ズボンも靴も下着までも
 雨水になめられ
 身体は重く熱く
 理性は薄れ行く
 並木の緑葉の上にしたたった水滴は
 灰色の空を反映して
 七色の輝きを失い
 白い形を崩しては、またできる
 私はとぼとぼと
 いつまでも歩き続けるだろう
 黒く濡れた歩道の水面に
 ゆがんだ私の顔が映る
 道行く人は
 私の鏡を蹴散らす
 もう街灯がつき始めた

 お前の行き着く所はどこなんだ
 お前は何を望んでいるのだ
 お前はいったいどうしたいんだ
 いつまでもそうやって歩き続けるだけなのか
 雨はいよいよ激しく
 むせび泣くようにいよいよ深く
 薄明かりの街全体を包もうとしている
 雨が私を打ちのめすのを望んでいるだけなのだ
 雨が私の意識を彼方に押しやり
 私の理性を蔑ろにし
 私の精神を疲れさせ
 肉体をぼろぼろにし
 それでもなおかつ《私》が残るなら
 私はその《私》を待っているのだ
 雨よ、激しく降り注げ
 私の上に激しく降り注げ
 髪も上着もズボンも靴も
 重くぐっしょりと輝け
 身体は熱く、そして寒い
 気は遠く遠く、そして彼方へ
 雨よ、私の上に降り注げ



    絶望の淵で        

小雨が降り続く中、
このまま大地に横になることができたら、
どんなにか心地よいだろう。
一切の営みから逃れ、
すべての責任から解き放されて、
無心に大地に横たわることができたら、
どんなに快いだろう。
戦地でのアンドレィとはまた違った平安が、
訪れてくるだろう。
絶望の中の平安が私を包むのだ。
私は一切の束縛から逃れ、
この大地に横になりたい。
肉体が冷えきって、熱を帯び、
精神が参ってしまっている今、
周囲のすべてのことが煩わしいのだ。
公的人間のつながりが、
絶望的な義務感が、
苦痛なのだ。
私は解放されたい、この義務感から。
そして、この霧雨の降る大地に、
静かに横たわりたい。

詩 三編

詩 三編

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted