箱の中のあなたへ

忘れかけていた記憶が
今甦る
あなたからのメッセージが届いた
その日から・・・

prologue*


 夏の終わり
 蝉たちが精一杯音量を上げる中

  大学の裏通りの小さな路地を
  心迷い導かれた小さなお寺
 

  作務衣姿の男性に案内され部屋に入ると
  チャンダンの香りが懐かしく心地よい


  部屋の片隅には
  ふっくらとした女性が座っていたが
  視線は私を通り越し
  左後ろを見上げていた


  簡単に挨拶をすませ席につくと
  さっそく本題にはいる


 「で?今日は何の相談かしら?」



 「えーっとぉ…」

 何をどこから話せばいいの?

  何が悩みで
  何のためにここへ来たのだろう…

 


  今までずっと

  心から消えることのない過去を
  引きずりながら生きてきた


  1日が終わるのが怖くて
  泣いてばかりの夜が続いた


  食事も喉をとおらず
  仕事も何も手につかない状態だった


  自分ではどうすることもできず
  いろいろな人に相談してみた


  心療内科にも行っても
  うつ病だと診断され
  よくわからない気休めのお薬をもらった


  ストレスの原因を消し去る
  という魔法をかけてもらい


  もう泣かなくなった
  けれど…

  それは決して
  私が欲しかった解決策ではなかった


  信じるとか信じないとか
  そんなことはどうでもよくて

  こうであってほしいという願いを
  叶えて欲しかっただけ

 
  苦しみや悲しみが消え
  ただ空っぽになった


  更に生きる意味を見失った…  



  


  だからといって…

  お寺に相談に来るなんて
  大げさに思われるかもしれない

  だけど知りたかったの

  彼が今何を想い
  どう生きているのか


 「彼のことが気がかりで次の恋に進めないんです」


  口ではそういっても
  実際次の恋に進むつもりなんて
  ないからここへ
  来たのかもしれない

  
  そんなことは言われなくても
  最初からわかっている様子の先生は

 
 「そうでしょうねぇ」

  と私の左後ろをチラッと見上げた


 「だって彼
  今もあなたについて来てるもの」


  つられて私も後ろを振り返る
  けれど
  何か見えるわけもなく



 「その彼って
  格闘技やってる人?」

 「丸刈りで、道着のような作業着のような服を着ているけれど?」


  たったそれだけで
  彼だ!っと思うことは
  気が早いでしょうか?

  これって心理的誘導作戦でしょうか?

  ほかにも当てはまる人って
  いるでしょうか???


  私はまだ彼のことを何も話していないし
  生年月日だって言っていません

  それに
  そう言われても驚かなかったのは
  なんとなく自分でもわかっていたから

 
  その言葉が欲しくて
  ここへ来たのだから


  はっきりと他人の言葉として
  耳に入れておきたかったから


  喜ぶことではないかもしれないけれど
  とにかく私は嬉しかったし

  ホッとしたの…

 
 そしてこの日

 今までずっと欲しかった言葉を
 聞くことができた

 霊的なものだろうが
 心理的なものだろうが
 そんなのどっちでもいいの

 とにかく欲しかった言葉だった



「彼はどうして私の側にいるのですか?」


「毎晩あなたのことを想い
        祈っているからですよ」


 その想いが念となり
 私の周りを取り巻いている


「愛しているなら何故
      愛してくれないのですか?」


「俺なんかと一緒になっても幸せにしてやれない
  待っていてくれなんて言えるわけない
 だけど他のやつと一緒になるのは嫌なんだ…」


 なにそれ…
 
 彼の言葉を知ることができても
 彼に言葉を伝えることはできないもどかしさ


 直接本人に伝えられたらいいのに…

「俺なんかなんて言わないで
    出会えたこと
  あなたが存在することが嬉しくて
 そばにいられるだけで幸せだったのに…」


 5~6年なんてきっとあっという間だよ
 おばあちゃんになるまで待つつもりだったんだから
  
 
 ある時あなたが言ったでしょ

「最後まで待ってくれ」って

  
 あの時は苦しかったから
 
「最後っていつ?
 それっておばあちゃんになってからかな」

 なんて
 軽い口調で応えたけれど…

 
 心のどこかで
 今も信じて待っていたのかもしれない


 一人ぼっちでも
 一方通行でもないってことが
 わかった今


 あなたが祈る
 夢の中の私に負けないように
 素敵な私になれるように
  
 また会えるそのときを
 変わらない笑顔で迎えられますように…

最後のあなた

 あなたの顔を最後に見たのは
 もうずいぶん前になるね


 12月にしては
 よいお天気でぽかぽかしてた

 あなたは好きな音楽を大音量でかけながら
 ご機嫌よさそうに車をいじってた

 私が来ても
 こっちなんて全然見てくれない


 わざとかな?


 それから
 チラッと目が合うと
 いつもと同じ笑顔に
 いつもと同じ大袈裟なハグ


 最初の頃は
 恥ずかしかったけれど
 大きく手を広げられると嬉しくて
 周りなんて気にせず
 飛び込んでしまう大きな胸の中


 やっぱり今日もあなたが好き


 もうすぐクリスマスだけど
 私たち
 付き合ってるわけじゃないから

 今年会うのは
 もう今日が最後かもしれない


 似合わないかもしれないけれど
 クリスマス柄のネクタイと
 私お気に入りの音楽CDをプレゼント

 この曲が
 あなたと私だったらいいな
 そんな曲ばかり集めたCD
 
 あなたは気づいてくれたかな?


 これが最後なんて知らずに
 笑顔で手をふった
 

 またすぐ会えると思っていたから
 振り向きもしなかった…



 今思い返すと
 やっぱりあなたは
 オレンジ色の光だった


 最後に見たあなたの笑顔は
 このまま私の中で大切に保管しておきます


 いつか必ずもう一度…


 それからのあなたは
 私の誕生日に一番に
「おめでとう」って電話をくれた

 一度すごく泣いたから
 それからは忘れずにね


 バレンタインには
 あなたのことだけを考えて
 チョコレートケーキを作ったりもした
 渡せないのに…


 メールも電話も
 自分からはできなかった

 あなたの気まぐれを
 ただ待つだけだった


 そんな恋愛とはいえないような関係なのに
 ずっとずっと繋がっていたかったから
 それでもいいと思ってたの

 その感覚にもだんだん慣れてきて
 あなたのことばかり考える時間よりも
 自分のことを楽しむ時間が増えてきた


 彼からの電話を
 携帯をにぎりしめてまで
 待つことはなくなっていった…


 そんな日が続いていた
 ある真夏の夜


 私は花屋のバイト中
 夜の繁華街にいたので
 あなたの声がよく聞きとれなくて
 冷たい態度に感じたかもしれない

「元気そうだな
  俺なんてもう必要ないな」

 すぐそんなこと言うの
 
 あなたが側いなくても元気でやってますが
 それはあなたが遠くても
 いつも私のこと想ってるって
 どこにもいかないって
 信じてるからだよ

 
 すごく久しぶりの電話に
 内心ドキドキで
 飛び上がりそうで
 立ち上がってウロウロして
 ごまかしてたんだからね
(人前だしね)

 
 いつも突然電話をしてくるくせに
 いつも勝手なお願いばかりで

 面倒臭そうに答えながらも
 本当は嬉しいんだから

 いつも気づかれないように
 平静を装うのが大変なんだよ


 頼まれなくったって
 スケジュール帖には
 ずっと前から○(まる)がしてある

 毎年ちゃんと勝手に調べて
 その日はいつでも動けるようにしてる

 知らなかった?

 だって
 長い時間一緒にいられる
 年に1度だけの大切な日
 

 今年もちゃんといつも通り
 電話はかかってきた


「今年も頼んだぞ」

          「了解♪」

 そんなやりとりが
 いつもドキドキするほど嬉しかったんだよ


 だけど…

 この電話が最後の電話になるなんて
 気づくことになるのは
 それから5ヶ月以上も先のこと…

 鈍感すぎる私…


 に、今では腹が立ちますね

  その電話を最後に
  自分から連絡することもしないので
  あなたからの次の連絡を待ち続ける日々

  刻々とその日は近づいているのに
  何も連絡がない


  さすがにおかしいな
  もう準備しなきゃいけないのに

  だんだん不安になってきた

  どうしよう
  私から電話しても大丈夫かな?

  何度か電話をかけてみたけれど
  すぐに留守番電話サービスに
  つながってしまう…


  今は出れないのかな
  それとも拒否?


  こんなこと今までなかったから
  急激にマイナス思考に陥った私は
 「私なんてもう必要なくなってしまったんだ」って
  勝手にそう思いはじめた


  そう思いながら
  不安になったり苛々したりの繰り返しで
  大切だったその日は過ぎ去り
  それからも何日も何日も待ったけど

  何の連絡もなかった

  少しずつ諦めはじめ
  自分を見失いはじめた


  知らない誰かに甘えて
  大切な人に八つ当たりして
  イライラしたり
  泣いたり無になったりした

  とうとう仕事もやめて
  また昔のように部屋に引きこもった

  
  あの頃ちょうど
  街でパトカーを見かけるたびに
  感じた不安からは目をそらしたまま

  彼はいなくなった
  きっと私の態度が悪かったからだ

  そう思ったほうが
  楽だったし
  難しいことは考えたくなかったから

  
  ただ現実から逃げることを選んだ私だった…
 


  


  そして月日は流れ
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  その月日には
  語りきれない何かがたくさんあるけれど
  箱の中のあなたには秘密ね


  まず
  あなたの生霊が本当にいると信じたとして
  次に私は何をすればいい?


  会いに行くべき?
          
  手紙を書く?
         

  そもそもどこにいるの?
  こういうのって
  どうやって調べるの???
  ネット?

  全然見つからないー


  そこまで教えといてよ生霊さん!
  と思いつつ…

  
  彼に昔紹介された人やお世話になった人
  彼の地元を訪ねてみようと
  出かける準備をしていると

  急に足がガクっとなり動けなくて
  数日寝込んでしまったの

  

  あぁ…
  探してはいけないの?

  まだ今じゃないのかな
  ただ「僕はここにいるよ」って
  知らせたかっただけなのかな

  
  あなたが私にどうしても会いたいと願ったとき
  私もあなたに会わなければ前に進めなくなったとき
  きっとまた何か
  次の導きがあるかしら

  今はこうしてあなたの言葉を聞くことができ
  安心できたから

  また会える日まで
  この物語は一度幕を下ろします


  あなたのことを思い出しながら
  そして少しずつ忘れながら
  最後のページに向けて
  少しずつ幕を下ろしていくことに
  しますね

  箱の中のあなたが
  この作品に触れることが
  いつかあったら
  また私に笑いかけてくれますように

  少しの期待を
  残したまま…

出会い


 あの時あなたに出会えたことは
 運命なのか奇跡なのか
 今ではもうわからない

 最近ではよくある話だから

 今ではいろんなサイトやツールがあるから
 ブログや一言なんかを書いていると
 どこかの誰かが足跡を残しコメントをくれる


 そして私もお礼の足跡を残し
 コメントを返す

 繰り返しているうちに
 なんだか気になる人が
 出てきたりする

 よくある話でしょ?


 気になるというか
 気が合うのかな
 心地よいやり取りが続き
 いつの日か
 もうすでに昔からの知り合いのような
 そんな感覚に陥る


 きっと今ならたくさんの人が 
 経験したことのある感覚


 数年前の私にとっては
 すべてが初めてのことで
 すべてが新鮮だったから
 恋に落ちるのは簡単だったのかもしれない


 カーテンも開けずコタツにもぐりこみ
 顔と手だけを出して
 ポチポチと携帯をいじる


 起き上がるのも面倒で
 外に出るのも億劫で
 人と接っするのが怖かったあの頃

 誰かと出会えるなんて
 まったく考えていなかったし

 いつかまた
 笑える日がくることも
 知らなかったから

 ただ心の声を
 文字にして吐き捨てた

 ほんと性格悪くて
 子どもっぽさ丸出しの素の自分

 どうせ関係ないから
 嫌われてもよかったし
 笑われてもよかった

 そんなどうしょうもない私に
 気になる言葉を残す人が現れたの


 幸せで健やかなときには気づけない
 本当に当たり前でありきたりな言葉たち


 「ありがとう」

           「大丈夫だよ」

     「おはよう」

 
「頑張りやさんだね」   「無理するな」


        「泣け!笑え!」

 
 そのとき一番ほしかった
 大切な言葉たち

 
 顔も声も年齢も職業もまったくわからない
 どこかの誰かさんのことを
 もっともっと知りたくなった


 いつのまにか起き上がり
 一生懸命携帯電話とにらめっこしてた


 カーテンの隙間の日差しが
 オレンジ色に見えはじめた


 




 
 

箱の中のあなたへ

箱の中のあなたへ

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-20

Copyrighted
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