A君とB君
ずいぶん前に御好評いただいたものです。
少しでも喜んでいただけるならと、受け狙いで書きました。
とある午前の食事前。
AとBという男子が教室の成績表の張り紙を見て睨み合っていた。
彼らは中学二年生。名前の並びが近いのでそれも気にくわない。
二人とも来年の受験で評価される今を大事にしている。
BはAに言った。
「この中でライバルいねーなんてのはな、なーんにもしてねー証拠だ」
「おまえレベルに言われたかねーよ」
鼻もひっかけずAは即答した。二人は同列一位のライバルだ。
「どんぐらいなんだ、おまえ。今日の株価、九時半にどーなっていたか、わかんのか?」
BがAに言い返す。
「つか株なんてカンケーないし、今のうちにできることをしねーやつが頭でっかちになんのよ。けっきょく青春のムダヅカイ」
「ってことは頭脳でオレに劣っているのを、みとめるわけだな?」
Bは辛抱強く粘って強気で言った。
「えらっそーに。株なんか高校生や俺たち中ボーにできるワケねーだろ。あれ、なんだ、資本金がねーとな、やっぱし」
Aはありったけの知識を総動員して言ってみたが、ライバルの言葉に驚いた。
「だから、今のうちからためてくんだよ」
「はあっ?」
Aはろくに言い返す言葉をもたない。学生の少ない小遣いを狙う商業企画品にどうしても手が出てしまう。
「おまえが馬鹿なのわかったか? できるのはテストだけの毎回同列一位の傲慢主義くん」
「う……金だけあって、何にするんだよ、か、彼女にプレゼントねだられたら『今、貯金してる』っていうのかよ、馬鹿か?」
「そういう手もアリだ。オレは未来の大人の世界でアソブ。おまえは高校デビューで頭打ちがせいぜいだな」
というよりか、おまえ自分でモテる気でいる? とBは挑発的だ。
「今の言葉、忘れるなよ。俺は高校へ行ったらモテてモテて、モテまくってやるからな!」
おそらくBの言葉はAの心に突き刺さったのだろう。Aは本当に高校デビューした。
二十年後。
Aは五人目の赤ん坊を背負って買い物をしている処をBに目撃された。彼は店の中。Bは表のルーフを開けたフェラーリを模した、軽量化抜群のECOカーで、ドライブスルーの注文票を見てた。二人の再会はまるっきりの偶然だった。
Aは目を反らしたがBは「おめでとう」と乗り物から降りてきて手を打ちならし、Aの子供の頭をなぜた。赤子は彼の背中ですやすやと気持ちよさそうに眠っている。
「イヤミなのか? 自分は高いクラシカルモデルのオープンカーで、隣に女を乗せて。馬鹿にしてんじゃねーぞ」
「馬鹿になぞしていない。あれは中古だ。ハリボテだしな。おめでとう。おまえの遺伝子が喜んでいる」
Aの背中でその赤子が泣き始めた。
「は! この不況で、何度目かの給付金でガツガツ稼いでやったよ。ざまあみろだ。おー、よしよし」
Bは、申し訳ない、と言うように、帽子を脱いだ。ふっさふさの黒髪の後れ毛が風にそよいだ。
「この子が二万円*十二月分稼いだのか。オレは二百万円でハリボテECOカーを入手したが、未だに子を産ませてもいいという女は見つからん」
Bは今から老後をどう送るか算段中だ、とおどける。変わったな、とAは思う。
「タイへゆけ、まるで王様みたいになれる」
「飽きたんだ、それは」
Aときたら、相変わらず王様気分が抜けてない。Bには以前のような覇気はなかった。
「Aくうん、荷物もってえー」
「ああ、待ってろ」
「あつあつだな」
Bは淡々と言った。口笛まで吹かれたので、Aはあごでしゃくった。
「おまえの方こそ、まだまだ恋人気分なんじゃないのか」
Aがそんなことをするものだから、Bの女がオープンカーからでてきた。長い金髪をかきあげてのびをしながらしなやかな動き。彼女はサングラスを外し、安スーパーにはうんざり、という傲慢な視線を周囲に浴びせかけている。
Bは彼女のモデルのような腰を抱いた。軽く口づけをし、もうちょっとだから、とその耳にささやきかけた。Aは女性の揺れるロングの金髪を視線で追いながら、どうしたことだと首を振る。
彼女の後ろ姿を見て目を細めるようすはまんざらでもないようなのに、Bはふらふらと身体を揺らして苦笑い。
「これがあいにくと、未だに恋人の一人なんだよ。オレにとっても、彼女にとっても」
聞けば前身はまほろばの女王、もしくは月夜の女神である、とふざけた口調。その言い方から、なにか本気ではないな、とAは直感した。要するにやられっぱなしなのだろう。
「結婚もしてはいないのか? 紹介もないのか」
「ない。だから、未だにオレの子供を産ませたいと思うような女が見つからん、と言っただろう」
惚れた弱みのようなものを見せまいとしているんじゃないか、Aはそんな風にも勘ぐった。
「彼女でもか。難儀だな」
「ああ、難儀だとも」
「はかなくなってく、おまえの遺伝子によろしく」
「やれやれ、これだから大昔の知人というものは困るよ。無粋に人の心にずかずか上がり込もうとする」
「結局、おまえの言ったとおりになっちまったけど……俺はこれで満足してるぜ」
Bはパンパン、と拍手した。
「おめでとう。今は君が勝者だ。君の遺伝子を愛してくれた細君にもよろしく」
「女じゃねーけどな」
Bの表情は凍り付いた。
「その趣味はいつ頃からだ」
「ブワァーカ。冗談に決まってるだろ。怒るとマンモスみたいだがな。お袋みたいに良い奴だ。あいつの両親はなくなっているがな」
言ってAは暗いため息をついた。
「おっと、口を滑らせた。んじゃ、美人の妻が呼んでるんで、すぐいかなきゃな。おまえも早いうちに子供作っとけよ」
Bはあきらめた様子で言い捨てた。
「保険か」
と。
「んなことあるか! 相変わらずだなおまえ。あのなあ、子供には子供の人生があんの。それをサポートすんのが親の義務。義務教育だ」
「案外利口じゃないか。素直に成長すればおまえの子供はこの国の貴重な歯車の一端を、担ってもらうのに期待できそうだ」
「そういうものかな? まあ、親ってもんは、子供に無理難題ふっかけられて成長するのだ。それになんたって、かわいいもんな」
ふいーっとスーパーのカートに寄りかかり、
あー、煙草吸いたい。と呟く。
「子供のために禁煙を! なんてえ野郎だ」
「まあ、どんなんでも良いよ。この子が望むなら、日本国憲法に触れない範囲で、どんなことでもしてやるさ」
「親バカだな」
Bがぼそっと言うと、
「馬鹿になんなきゃ、親やる資格ねーよ。愛して育てる、これ必須よ」
愛、とBはクスリと笑った。
「おーい、Aくーんー! 手伝ってってばー」
「愛ねえ、勘違いの産物だろ」
Aの細君はまだ呼んでいた。
「カート二台か、どうやって持ち帰るんだ」
「バンを一台買ってある。軽くて丈夫な原始時代の煙はいてるの」
Bは大仰にのけぞるフリをした。
「な、なんと、君は生きる公害だ!」
「冗談だよ。つい最近買い足したの。通勤用のと別に」
「だ、だろう。そう思っていたんだ」
今時、煙つきとはアナクロな、と心に言い聞かせるように呟いていた。Aは言う。
「だからって、本物の馬鹿になっちゃ駄目だ。褒める時はほめ、叱る時はしかる。アメとムチだ」
「動物使いみたいだな」
「なんとでも言え。女好き。色魔め、ぺっ、ぺっ」
「人々から色欲がなくなれば、地上は動物たちの楽園だ」
「俺は色欲じゃなく彼女を愛していて、結婚へと持ち込んだの。故にゴムはつけない。生まれた子供は責任持って、全員育てる気満々」
Bはこらえようとして逆に、派手に吹き出してしまった。
「失礼、君は親バカなんじゃないな。馬鹿親だ。あこがれるよ」
「ねーえー、Aーくーん」
「ちょっとこのカート、持ってて。バランス悪いからだっこにするから」
Aはするするとこなれた手つきで負(お)ぶい紐(ひも)をとき、赤子を胸にくくりつけるのにBの手を借りた。
(?)
別になんと言いうこともない作業だ。
「はいはーい、せいこちゃんなーにー?」
Aはそのまま、細君の呼ぶ方へと行ってしまった。
「これをどうしろというんだ」
カート置き場に置こうにも、中身入り。
Bはカートを隅に置き去りにし、店を出た。
彼はもう何台目かになるクラシカルモデルのECOカーを走らせつつ、憂鬱そうにため息をついた。子供か。
先ほどのやりとりを遠目で見ていたのだろう、女が、
「やあね、コドモなんて。一緒に町を歩くなんて気が知れないわ。みっともない。それに私はいや。産後にプロポーションが崩れるの」
「みめかたちが良い子を養子にするのか? 育てるのはどうやる」
「人を雇うわ。家庭教師もよ。私の故郷の実家ではそうしてた」
寄ってくる女の格はこんなものだ。こればっかりは頭が良く金があってもどうにもならない。
女はBの陽物をこねると、彼の前のジッパーを口でおろし、誘うようにキスをして舌でなめ上げ、絡め取るように挑発的に彼に視線をなげた。
「よせよ。シャワーを浴びなきゃならなくなる。それにチューブトップじゃレストランに入れない」
「あん、分かってるわ。私は普段、無口なテーラードで通っているんですもの」
彼女は背後のシートに積み上げた大量の収穫物をちらりと見て満足そうに、ねぶりはじめた。Bは反応しながらも、オートナビにチェンジすると、大きく息をついた。
ドライブスルーの店員には多めの額(チップ)を渡し、ルーフを戻した。
「おい、昼間っからやってるぜ」
「男はともかく、いいオンナだな。オートオペレーターのロボ車でお楽しみか」
なんのかんのいっても、結局自分はこういう女と結婚するのかもしれない、年も重ねると、Bですらそう思うようなときもある。
彼は幼い頃からこつこつ苦労を重ねるのが好きな質で、しかも思い切りも良い。先生には気に入られるわ、上司には引き立てられるわで、バブルならまだしも、いまどき珍しい若くして大株主の一人。
新卒のときにはすでに株をやっており、今のままでは絶対に株では儲からない、と見て合法的なあらゆる手段を用いてがつがつと資金を作り上げ時期を待った。
そもそも会社には社会勉強のためだけでなく、自分の会社を立ち上げ、独立するための人脈作りのために入った。たえず新しい風を入れておくためだった。
結果は出た。カギは不動産だ。
一方でやたらとBの金を使う女の感覚がわからない。
彼は家庭的な女性を求めていた。共に苦労をし、こつこつ財を築き上げるのが理想なのだ。だが、今の生活ではそんな女性に出会うのは片目をつぶって針に糸を通すより難しい。
今の女には好きにさせた。それがいけなかったのかもしれない。女には教育が必要だ。また別の女をあたるか、と、足の間の物には現実逃避ぎみに運転をオート操縦にすると、ルーフを戻し、Bはリクライニングシートを後方へ倒した。
羽根のような軽さでふわりと乗りかかる女が、窮屈そうにもだえ、バストをゆすってはBの顔にこすりつけるので、やけにもえた。
「フェラーリで充分楽しんだら、次は何にする?」
「悪魔的なあなたも見てみたい。だからディアブロ」
「俺は君にやさしくしているかい?」
「だから、あいしているのよ」
曇った車窓に嬌声がくぐもった。
了
A君とB君
以前にお読みくだすった方々には、48手を聞きまわり、恥をまきちらしましたが、それでもお許しいただけるなら、お読みくだすってありがとう存じます。