黒珠の少女が髪を切るとき ~Afternoon tea~

黒真珠はその美しさゆえに髪を切ることを禁じられていた。

もう切るって、決めたんです。

家から一歩も出なくなって早10日は経とうとしています。
今の時期、私の国は雨期に差し掛かり、自庭に咲く紫陽花を傘をさして楽しむ方も少なくはありません。
「せめてこの時期だけでも外に出られたら良いのに・・・。」
家だけでは行う事も高が知れています。雨の時期は人通りは格段少なく、ほとんど人など通らない道なのに、、、。
「母様」
「なぁに?」
「雨期の間、ほんの一時でも良いから、外の紫陽花が見たいの、ダメかしら?」
何度目かの質問に、もう母様も疲れたのだと思いました。
「はぁ、少しだけよ?父様に怒こられちゃうから、少し紫陽花を摘んで終わりにしましょう?」
等々お許しが出たのです!!
とっても私は浮かれていました。
「母様ありがとう!!愛してるわ!」
そうお礼をいって私は庭へ駆けだします。思い髪を引きずりながら、走る途中で付いた土や草、それに枯れ葉などをそのままに、一目散に紫陽花の元へと。
「うわぁ!綺麗!」
紫陽花の花弁には天から落ちて来る雫が散りばめられ、葉には雨蛙達の群れが合唱をしていました。
「ここだけ世界が違うみたいだわ」
「本当ですね、本当に綺麗だ」
「でしょう?本当にきれ、、いだわ」
今、外には私以外居ないはず、、
ふと顔を紫陽花から外すと、そこには以前、道を尋ねられた青年が立っておられました。
「すみません。あなたのきらきらした瞳が綺麗で、どうしても話しかけてしまいました。」
「ふふっ、そのような『くさい』台詞を言われたのは初めてよ?」
「これは失礼しました。お嬢様?」
少し見つめ合ったあと、私達は何か面白くてしばらく笑いあっていました。
しかし今思えば、彼をあの時長居させておくべきでは無かったと、後悔することになるのです。
あの雨の日から何回か、息のあった私達は庭の隅っこでお話するようになりました。勿論、私のお屋敷から抜け出すのは大変でしたし、何より髪が長かったので括ってもらうようにと、お手伝いさんに頼むようにもなりました。
そして、ある日。青年が私にこういったのです。
「ごめんねお嬢様。俺はもう君に会うことができなくなりそうだ。」
と。一瞬何を言われたのか分かりませんでした。
深い深呼吸をした後、あの時の私は彼にこう問うたと思います。
「そうですか、それはとても残念ですが、私は貴方に会えて、お話ができて、とっても嬉しかったですわ!」
流れ出る涙は止まりません。しかし、どうせお別れしなくてはならないのならば、私は彼を精一杯の笑顔で送らなくては、と思ったのです。
「あ、あぁ。俺も、君に会えて、少し笑える機会が増えたんだよ。毎日同じ事の繰り返しで、つまらなかった日常がまるで、まるで」
そこで彼は言葉を詰まらせました。多分泣きそうになっていたのだと思います。
「泣かないで?別れは必ず来るものだから、どうせならわらっていたいじゃない!」
俯く彼に、私は声をかけつづけました。
「そうだね、では俺も、笑って君とお別れするよ。」
「えぇ、そうしてね?」
「じゃあ、さようなら」
「さようなら」
そうして私達の短い物語は幕を閉じたのです。

ほんの一時でした。ほんの一時。
あの雨の日、紫陽花を摘みに出かけたあの。あの一時の夢のような時間の中での出来事のよう。
その夜、少し私は涙を流したと思います。


それから時は過ぎ、私は19になりました。
あれ以来私はまた母様から外に出ても良いという事を聞かされ、外に出るようにもなりました。街に出るようにもなりました。
街に出た最初の日、街の方々からの目線はとても痛かったですが、今はとても優しく話しかけてくれます。
多分住んでいたであろう彼のいたこの街を、私はとても愛しく思いました。
そしてある日、こんなことを街の方から聞いたのです。
「あぁ、そういや一番町に住んでた男がね、髪の長い美少女にご執心って話は前話題だったよ、もしかしてそれ、お前さんのことかもねぇ、」
全身の血がざわめいた瞬間でした。
「あ、あの。その方は今どちらに」
どくどくと私の心臓がなっているのに気づきますが、そんなことはどうってことありません。早く、早く彼の居場所を、、。
「なぜかねぇ、処刑されちまったんだよ」
え、
「処刑、、、、ですか、、」
「そうさ、なんせそのお嬢様に『髪を切る』って事を教えちまったかららしいのさ」
これまでの私の記憶が走馬灯のように溢れ出るのが分かりました。
いても立ってもいられず、私は家へと駆け出します。
父様、父様、あの時私が『あんなこと』を言わなければ、彼はいきていられたのですか??私が、私が私が、。。
聞きたいことはいろいろありましたが、私はふと思ったのです。
全ての元凶は
「私の髪」
ということに。ならばこのような長いだけの髪なぞ、切ってしまえば良い。
ザクッ、ザクッザクッ
家に返った私は急いでもの切りバサミを手に取り、鏡も見ず切りました。
そして父様のいる執務室へ向かったのです。
父様のいる部屋の扉はとても重かったのを、今でも覚えています。
「お父様」
不格好に切ったわたしの髪を見て、父は大層驚かれていました。
「そ、そなたその髪はどうした!!」
しかし私は構わず続けます。
「なぜ彼を殺さなければならなかったのです」
「仕方がなかったのだ」
「私は理由を聞いているのです!!」
私の今まで見たことの無いような剣幕に父は全てを語りました。
この国の代々伝わる黒い髪の伝説。そして、その伝説に現れる勇者の話を、
「そんなことで彼の命は、、」
私は大層悔やみました。悔やんで悔やんで悔やんだ結果、私はあることを決めました。

そして、私は20を迎えました。街では盛大に私が20になったことを祝う祭も開かれました。
その日は一生忘れない思いでになったことを、私は誓いましょう。
そして、それよりも忘れたくない私の大切な大切な思い出。
あの青年との思い出は、絶対に忘れません。
そしてあの時決めた『あること』
私はあの青年にもう一度会うことを決めました。
どんなところにいたって、必ず見つける、と。
祭も終盤。街の方々に終盤の挨拶も終わらせ、私は一足先に自室へ向かいます。
「私の髪を切ってくれてありがとう。あなたは私の死に際に付き合ってくれる唯一の友達よ?」
もの切りバサミを片手に、暗闇の中そう告げた言葉を私の遺言と致しましょう。
「さようなら、父様、母様、街の人達、」
私はとても楽しかったですわ。でも、彼に会いに行かなければなりませんの、


では皆様。
「逝ってきます。」

黒珠の少女が髪を切るとき ~Afternoon tea~

『黒真珠の少女と孤独の勇者』というタイトルで、あの少女の国では伝説が語り告げられて来たそうです。近々それと青年視点の物語も書きたいと思います。

黒珠の少女が髪を切るとき ~Afternoon tea~

一人の青年と、黒髪の少女が、一時の物語を紡いで行きます。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-08

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