三月二十日、二時二十三分
テールライト
光慌ただしい深夜の道を
僕たちは車で急いでいた
寒々しい霧のたちこめた向こうに
儚い赤の
テールライトが揺れていた
精巧な人形
慌てて病院に駆け付けた時
あなたの心臓はすでに止まっていた
あなたはベッドに横たわっていた
白髪の生えた後頭部は青白く
表情はすとんと抜け落ちて
瞼もくちびるもどこも動かないまま
胸だけが機械に上下させられていた
まるであなたそっくりの人形が
あなたになりすまして 呼吸しているようだった
立ち尽くした僕たちを見回して
お医者さまが重たい口を開いた
咥えていた管が外された
機械も止まった
そうしてあなたは人形から人間にもどった
でも 二度とは動かなかった
幽霊の詩
「昨夜、祖父が亡くなりました」
口に出しても不確かなままだった
自分のことではないようだった
幽霊のような言葉だけがそこにあった
悲しみとはまるで違った
ひっそりとしたむなしさに
心がわずか 揺れている
これは 僕の薄情なのか
それとも疑い深さなのか
病室のモニターに映された一直線の心電図
白い布団の前で揺らめいていた蝋燭の火
手つかずのままの白飯、お酒
棺に横たわる祖父の姿
祖父を綴った詩
どれも実感を与えてくれなかった
あなたがもうこの世にいないこと
ちいさな太陽
穢れなきあなたの魂は
無事 天国にまで届いたのでしょうか
ひつぎを見届けた帰り道
うす桃色のほのかな夕暮れに
ちいさな太陽が ぴかぴか光っておりました
三月二十日、二時二十三分