入学から卒業まで

これは、ある高校での一年間の出来事を時系列的に詩にしたものです。

 ここは、高校の入学式会場です。皆さんは新入生です。入学式の最後に学年主任が新入生に言葉を贈ります。

新入生に贈る言葉       

3月21日10時、合格発表の時、
僕は体育館のベランダにいた。
発表と同時に、わーっと歓声が上がった。
「あった、あった」と声を上げる者、
友達と抱き合って喜ぶ者、
早速携帯で電話する者。
この子らとこれから三年間
ともに暮らしていくのか、
今は何も知らずに喜んでいるこの子らと
一緒に歩んでいくのか、
これから始まる彼らの苦難の三年間に思いを致した。

高校生活は、雨でびしょ濡れになる日も、暑くて汗をたらたら流す日もある。
クラブでくたくたになる日も、
合宿でもみくちゃにされる日も、
夜遅くまでリズムに乗って応援の練習に没頭する日も、
文化祭の準備に追われる日も、あるだろう。
ある者は皆と一緒に強大な展示物を作り、
ある者は夜遅くまで残って劇の練習に打ち込むだろう。
ある者は模擬店でおでんを作り、
ある者は焼きそばを焼くだろう。
ある者はダンスの練習に明け暮れ、
ある者はバンドを組み練習に没頭するだろう。
そして、身体を震わせて感動する時も、
クラブの最後の試合が終わって泣きじゃくる時も、
あるだろう。

そして、あなたはそれらのいつの時においても自分の力を培うだろう。
そう、あなたはこの高校で、大きく成長するだろう。
たとえだるいときがあっても、
なかなか進まないときがあっても、
不安に打ちのめされそうになるときがあっても、
あるいは、勉強する意欲を失い学校を去る者があっても、
この三年間という時間の中で、
自分の魂を呼び覚まし、
自分の力を培うのだ。

どこまでも自分を信じ、
どこまでも自分の力を信じ、
力まず、しなやかに、飄々(ひょうひょう)と
自分の力を出し切れ。
宇宙のエネルギーを一点に集中し、
銅鑼(どら)を打ち鳴らせ。
自分の打ち鳴らす鐘の音を胸に響かせよ。
宇宙に響かせよ。
自分の胸と宇宙に響きわたるその鐘の音こそ、
己の姿なり。
どこまでも自分を信じ、
どこまでも自分の力を信じ、
己の姿にこそ随一なれ。



 今日は音楽会の日です。開演に先立ち文化部長より注意があります。

   音楽会の演奏を前にして

 昨年の音楽会において、
 僕は、
 背筋にゾクゾクした電流が走り、
 全身に鳥肌を立て、
 身体を震わせながら、
 静かに涙を流した。
 おお、高校生が目の前で
 この体育館を揺るがすように、
 ベートヴェンの第九「歓喜の歌」を歌っているではないか。
 吹奏楽とピアノの伴奏で「大地讃頌」を高らかに歌っているではないか。
 その迫力たるや、
 地面の底から涌き上がってくるものが
 僕の身体を揺さぶったのだった。
 そして、今年もその音楽会が
 今、始まろうとしている。

 開演の前に言っておこう。
 貴重な時間を割いてこの会場に集まった美術・書道選択の人達よ、
 あなた達にお願いがある。
 今から演奏される曲は、
 あるいはまちがった音が出るかもしれない、
 あるいはテンポがずれるかもしれない、
 あるいは十分に声が伸び切らないかもしれない、
 あるいはあなたの演奏より劣るかもしれない、
 そして、ある者は頭が真っ白になりパニックに陥るかもしれない、
 しかし、どうか暖かい心と眼差しを持っていただきたい。
 あなた達を前にして極度の緊張に達している彼らに
 どうか同じ人間として暖かい心と眼差しを持っていただきたい。

 今日の音楽会に出演する人達よ、
 あなた達にお願いがある。
 まず、あなた達の演奏を聴きに来ている会場の人達に感謝しよう。
 そして、日頃の練習に練習を重ねたその成果を十分に発揮できるよう
 心を整えよう。
 楽器演奏者は、邪念を払い無心になって演奏するのだ。
 高音部の人は腹の底から頭の天辺(てっぺん)に向けて声を出せ。
 低音部の人は腹の底から地面に向かって声を出せ。
 無心になって演奏された楽器の音、
 腹の底から頭の天辺に向かって出されたあなたの声、
 腹の底から地面の底に向かって出されたあなたの声、
 それらの音と声は天を突き抜け、大地を揺るがすであろう。
 演奏する者と聴く者が一体になったとき、
 そこには宇宙が生まれる。
 僕は、今日ここで、その魂が一体になった宇宙を体験したい。

 そのために、
 聴く人達よ、あなたは人間の魂を呼び覚まそう、
 演奏する人達よ、あなたは人間の魂を表現しよう。
 今日ここで。
                 

 今日は、芸術鑑賞として『歌舞伎』を観に来ました。上演に先立ち文化部長から注意があります。

歌舞伎を観るために

 ナイフを持って
 試みに自分の腕を切ってみよ。
 切り裂けた肉の間からあなたの血が滴り落ちる。
 その血の一滴一滴の細胞の中に
 実は日本の伝統と文化が刷り込まれている。
 日本に生まれ日本に育った人は、
 日本の伝統と文化の中に生きることによって
 日本古来の魂があなたの血の中に育(はぐく)まれる。
 
 今日、あなたは初めて直接生で歌舞伎を観る。
 歌舞伎役者の立ち居振る舞いと言葉と囃子、
 義太夫の節回しと三味線の音に直接触れることによって、
 歌舞伎の魂はあなたの血の中のDNAに刷り込まれるだろう。
 あなたの身体中を巡っている血の中に歌舞伎の魂が入り込むだろう。
 そして、あなたは日本の伝統と文化を受け継ぐ人となるだろう。

 そのために、あなたよ、
 今日の歌舞伎の舞台に心を傾けよ。
 目を凝らし、耳を澄まし、心を集中させて、
 今日の歌舞伎を観よ。
 歌舞伎俳優の立ち居振る舞いに目を凝らし、
 口にする一言一言の台詞に耳を澄まし、
 地の底から響いてくるような義太夫の節回しを身に受けよ。
 
 そして、もしあなたが、
 歌舞伎役者の演技と台詞に涙を流し、
 義太夫の節回しに身体がじーんときたら、
 きっとあなたの血に歌舞伎の魂が乗り移ることだろう。
 日本の伝統文化、しかも庶民文化の結晶の一つである歌舞伎の魂が
 あなたの血の中のDNAに刷り込まれるだろう。
 切り裂けた肉の間から滴り落ちる血の中に、
 きっと歌舞伎の魂が刻印されるだろう。

 さあ、そのために、あなたよ、
 今日の歌舞伎の舞台に心を傾けよ。
 目を凝らし、耳を澄まし、心を集中させて、
 今日の歌舞伎を観よ。
 歌舞伎俳優の立ち居振る舞いに目を凝らし、
 口にする一言一言の台詞に耳を澄まし、
 地の底から響いてくるような義太夫の節回しを身に受けよ。
 きっとあなたは、
 歌舞伎役者の演技と台詞に涙を流し、
 義太夫の節回しに身体がじーんと来るだろう。

 僕はそんなあなたを待っている。
          



 高校最後の授業です。受験に突入する生徒達に担任が「祈願文」を読みます。
 
     1月30日 祈願文

 高校の全ての授業と定期試験が終り、私立大学と国公立大学二次試験を残すのみとなった今、ここにおいて、3年11組47名の者のために、祈り奉らん。

梵天、帝釈、四天王よ、我らを守護し給え。
釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来よ、我らの為に生きる歓喜と勇気を授け給え。
観音菩薩、弥勒菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩よ、我らの為に知恵を授け給え。

センター試験は終り、業者の「判定」が続々と返ってきた。
しかしその数値に一喜一憂することなかれ。
河合塾のコンピュータがはじき出した「矢印」に負けるな。
駿台のコンピュータの数値に負けるな。
代々木のコンピュータに負けるな。

高校に入学以来、
暑い日も、寒い日も、雨の日も、
やる気のでない日も、疲れてくたくたの日も、眠たくてたまらない日も、
無性に腹を立てた日も、止めどもなく泣いた日も、
クラブでしんどかった日も、文化祭で苦労を重ねた日も、
そして、感動した日も、ぐいぐい勉強が進んだ日も、やる気がみなぎっていた日も、
あった。
そして、我らはそれらのいつの時においても自分の力を培ってきた。自分の身体の中に、身体の奥底に大きな力を培ってきた。

我が祈りは、一人の人間と47名の者の血と魂の感応なり。
一人の人間は、100時間を越える「微分・積分」の授業に全力を投入した。
47名の者は、それに応える予習と復習を必死になってやった。
47名の者は一人一人どんなに忙しいときであっても、夜遅くまでかかってHR日記を読み、自分の<真実>を書いた。
一人の人間は200日を越える日々において、その<真実>に応えようとした。
魂の告白=HR日記は、300ページを越える4巻の書物となった。
一人の人間は、10月26日遠足において、「とおりゃんせ」を歌い、47名の者は笑った。
一人の人間と47名の者は、この一年間毎日顔を合わせ、ともに成長してきた。
これを血と魂の感応と言わずして何と言おうか。

我が血と魂をこの「祈願文」の一文字一文字に込めて、47名の者に贈る。
3年11組47名の者たちよ、
我が思いを知れ。
我が魂を受け止めよ。

我は祈り奉らん。

 底力を出せ、地面の底から底力を出せ。
 3年11組の者達よ、
 培いし力を出せ、あらん限りの力を出せ。
 3年11組の者達よ、
 底力を出せ、地面の底から底力を出せ。

 いよいよ卒業式を迎えました。卒業式の最後に学年主任が卒業生に言葉を贈ります。

卒業生に贈る言葉              

 クラスの劇が終わり、
 緞帳がゆっくりと降りた。
 降りきった途端、
 舞台裏で一斉に歓声が上がった。
 手に手を取り、抱き合って、歓声を上げた。
 中には泣きじゃくる者もいた。
 今まで苦労に苦労を重ねた者ほど
 その感激は大きかった。
 思えば、校舎や校庭のみならず、
 夜遅くまで、公園や河川敷、小学校の体育館や講堂で練習を続けた。
 いくら発声練習をしても声が小さいと言われた。
 何遍やっても演技が臭いと言われた。
 人の集まりが悪く、
 なかなか進まなくて投げ出したくなったことも度々あった。
 大道具や衣装も思ったより大変だった。
 本番近くになってあれも出来ていない、これも出来ていない、と慌てた。
 そして、緊張して迎えた本番。
 ささいなミスはいくつかあったものの、練習の時よりずっとよく出来た。
 今までの苦労が一遍に吹き飛んでしまう瞬間だった。
 
 高校最後の夏合宿に参加した生徒は言った。
「楕円球を追いかけてきた三年間が終わる。毎日、しんどかった。辞めたい、と思うときが何度もあった。目的がなくなったときが何度もあった。雪降る中、足の感覚がなくなるほどグランドを駆け回った。照りつく太陽の下、ただ汗を流し、声を張り上げながらタックルにいった。そうして、今年、最後の合宿にいった。その最後の日、僕は泣いた。・・・・試合に負けたわけでもないのに、なぜか涙がでてきて止まらなかった。みんなも泣いた。そして、涙の中、みんなで部歌を歌った。みんなで肩を組んで、円陣を作り、みんなで大声を出して歌い、そして泣いた。」

 僕は讃えよう。
 この高校を卒業していくあなたを、
 人生の最も輝ける三年間を作り上げたあなたを、
 クラブにおいても、学校の行事においても、そして勉強においても
 全力で闘ってきたあなたを、
 苦しい時も、辛い時も、悲しい時も、不安にかられた時も、投げ出したくなった時も、
 決して諦めず、もう一度自分を見つめ直し、再度挑戦したあなたを、
 刻苦勉励という言葉がまさに当てはまるあなたを、
 僕は讃えよう。
 飯盛山の神々よ、
 刻苦勉励せしこの卒業生を讃えよ。
 かつて卒業した先輩たちよ、
 こぞりてこの後輩を褒め讃えよ。
 
 別れの時は来た。
 卒業し、一人で立ち、
 自分の道を歩み始める。
 将来において、過去を懐かしむ時があるならば、
 高校時代を思い浮かべよ。
 そこには、時をともにしてきた多くの仲間がいる、
 教師がいる、
 しばしの感傷に浸り、また、明日に向かって進むがいい。
 それまでのお別れだ。
             

入学から卒業まで

入学から卒業まで

  • 韻文詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-07

Copyrighted
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