黒珠の少女が髪を切るとき  ~Morning tea~

黒真珠はその美しさゆえに髪を切ることを禁じられていた。

気持ちの転換ってよく言われます。

突然ですが、あなたはどんなときに髪を切りますか?
失恋ですか?
何かを決意したときですか?
卒業式、入学式を行う時ですか?
心機一転したいときですか?
はたまた、他の理由がおありですか?
「私は、」
私はですね、
「生まれてこの方髪を切ったことが無いのです。」
汚い。と思われるかも知れませんがそこらへんは大丈夫です。
私のお手伝いさんが、30分以上かけてゆっくりと丁寧に洗って下さいます。
勿論、お風呂上がりのドライヤーも欠かしませんよ?
そのおかげか、お父様やお母様、ご学友の方々からも黒くて艶のある、まるで
「黒珠」のようだ。なんていわれているのです。
『こくじゅ』というものが何なのか分かりませんが、褒めてもらえていることくらいは分かります。
でも近頃思うのです。
「このような長い髪では、運動する所か、頭が重くて立ち上がる事もままなりません」
困った私は考えました。
どうしたらこの髪が短くなるのか。
そう、その頃私は『髪を切る』という行為そのものを知らなかったのです。
17年間という長い人生の中で、私は何とも愚か者だったのだろうと今は思います。
しかしいつも髪の長さがいつも同じ私の周りの人たちに、
「何故お母様は髪の長さが変わらないの?」  
と問うていたのです。
でも返って来る言葉はいつも同じ。
「母様も、昔はあなたのように髪が長かったのよ?」
母様は静かに告げるのです。
「でも20を迎えるときの夜、寝て起きると翌日には短い髪になっているのです。」
どんな魔法なのかしらね、と微笑んで私の頭を撫でて、終わり。
いくら聞いても、それだけ。
私は到底信じることは出来ませんでしたが、今はそれを鵜呑みにするほかありません。
でも私にも、ある転機が訪れるのです。
それは小鳥が我が家を駆け回り、蝶や虫達が花々に彩りをくわえる良き晴天の日でした。

相変わらず長い髪をぶら下げて、私は庭でひなたぼっこをしていたら、
「すみません、ビュッセル通はこの道を真っすぐ行ったのであっていますか」
と門の向こうから声が聞こえたのです。
ん?と顔を上げると、私と同じくらいの歳の青年がそこに立っていました。
「えっ!」
と声が上がります。(あ、これは青年の方ではなく、私の方です)
そこには驚くべき状況がありました。
青年の問いに答えてから、私も問いかけてみました。
「すみません、私からも一つよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
笑いながら問いかけに応じてくれる彼が、私はとても珍しかったのかも知れません。
「あなた、何故髪が短いの?」
一瞬の間のあとで、答えは直ぐに返ってきました。
「えっ、えぇと、それは髪を切っているから、では無いでしょうか」
!?!?!?!?
丸で電撃が私の体を突き抜けた様でした。
「あ、ありがとうございました。では、」
「あっ、すみません。よき午後を」
その時は何とか言葉を返すのに精一杯で、ただただ唖然とするばかりでした。

その日の夜、町の青年に髪を切るという事を聞いた。と父様と母様に告げました。
大層驚いておりました。そして静かに、私に語りかけました。
「それを告げた男はどこの誰だったか覚えているかい?」
「いえ、通りがかっただけの方でしたので、」
「そうか。」
父様と言葉を交わしたのは、それが最後だったと思います。
それ以来、私は外にも出してもらえなくなりました。
理由を聞いても『ダメ』の一点張りです。
もう私は諦めるしかありませんでした。

黒珠の少女が髪を切るとき  ~Morning tea~

黒珠の少女が髪を切るとき  ~Morning tea~

久々に自分の中でほのぼのした恋愛ものが書けたと思いました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-07

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