手紙

拝啓 

 お久しぶりです。この二年間あなたに全く連絡を入れることが出来なくて申し訳ありません。連絡を入れなければいけない、と思ってはいたのですが中々その機会に恵まれませんでした。
 いえ、機会に恵まれなかったという言い方は卑怯ですね。時間はいくらでもあったのですから。ただ、私はあなたに何を書けばいいのか分からなかったのです。
 
 覚えていますか?私達がまだ大学生だったあの頃、私達はひたすらこの汚い世界に対する嫌悪と私達の純白さについて話合っていました。
 こういう言い方はあなたのもっとも嫌いとするところであると分かってはいますが、それでもやはりこの言い方がもっとも適していると、私は思います。
 考えてみれば、あなたの作品を読んだ時から私はあなたの虜になっていました。生来的に持っている孤独感を共有できる人を、初めて見つけられたその喜びが、あなたに分かるでしょうか。
 いいえ、きっと分かってくれるはずです。例えどんなに歯車がかみ合わなくなってしまったとしても、互いに孤独と言うことだけが私達をつなぎとめていたのですから。
 文学部に入ってその作品集を一通り読んで、私は初めて泣きました。友達と一緒に部室で読んでいたというのに、ボロボロと涙がこぼれてきてしまうのです。初め、私はこの涙がどこからやってくるのか私には分かりませんでした。
 あなたの作品は、ハッピーエンドでは無かったものの、バッドエンドでもありません。私は、この涙はそのどうにもならないやるせなさに私が感動したのだと推察しました。
 家に帰りあなたの作品をもう一度読み直して、私はまた泣いてしまいました。この時、この涙が作品からくるものではないと私は悟ります。そうして、永遠に理解されないであろうあなたに向けた哀れみの涙なのだと私は再び推察しました。
 翌日、あなたの作品をもう一度読み直して、これが喜びの涙だということに初めて気づいたのです。
 私はこの世界を諦めて生きてきました。私の求める愛は大きすぎて、そして私の心は誰かによりかかるには重すぎるということを嫌という程知りながら生きてきたのです。そして、これは私がこんな風に生まれてきたせいであり、誰にも理解されないものだと心のどこかで諦めて生きていたのです。
 もちろん大学一年生の十八歳の小娘に、そんな明確な分析が出来る訳がありませんが、それでも感覚的に理解しました。
 ああ、私は始めてよりかかることの出来る人を見つけたのだと。
 もっと正確に言うと、私と同じくらい重い愛情を持ち、そして求めているとよりかかりあうことが出来るのだと。
 次の日、私はすぐにその作品の作者を探しに行きました。先輩に聞き、あなたの学科と出ている授業を調べ上げ、自分の授業もサボってあなたに会いに行きました。
 あなたはすぐに私を見つけましたね。あの時私達はまだ部室で一回見たことがあるだけの関係でした。それでも、あなたは私をすぐに分かったし、私もあなたのことをすぐに見つけ出すことが出来ました。
 あの時の心情をなんて表現すればいいのでしょうか?文芸部なのですから、きっと言葉にしなければいけないのでしょう。しかし、私には運命なんていう陳腐な言葉しか浮かんではきません。
 だからあれはきっと運命だったのでしょう。
 二ヶ月後、私達はつきあっていました。あなたはいつまでも関係を変えたがらないので、私から告白したんでいたね。
 大学の隣の橋の上で、人目も気にせずに抱きしめてくれたことをよく覚えています。きっとあなたにとっても私が始めて思う存分よりかかることの出来る女だったのだと思います。これは私の願望が入っているかもしれませんね。
 生活感の希薄なあなたの部屋で、私達はあらゆる話をしました。私達が受けてきた不当な不幸のこと、何故何も考えていない馬鹿のために私達が悩まされなければいけないのかということ、世界がどれだけ汚いのかということ。
 今思えば幼稚としか言いようがありませんね。しかし、私達はあの時、それが幼稚なんてかけらも思ってはいませんでした。
 私達は世界の誰よりも物事について悩んでいて、それは私達がそう生まれ育ってしまったせいだと信じていました。
 そして、そう信じてあなたと傷を舐めあうことが出来ていたあの頃が、私の人生でもっとも幸せな時期だったと思います。

 段々とその幸せが崩れ始めたのはその年の秋でしたね。あなたは隣で眠る私に向かって言い放ちました。
「俺はまだ誰かを好きになったことがないのかもしれない」
あなたがどういう気持ちでこの言葉を言ったのかは私には分かりません。ただ、私はあなたが私の孤独を埋めてくれるほどにはあなたの孤独を埋められていないということを知りました。
 これが私にとってどれほどの失望だったか分かるでしょうか。いえ、失望なんて言葉では言い表せません。かと言って絶望と言うのはおかしいですね。あの時の私は愚かにもわずかな望みにすがりついていたのですから。
 私はまずあなたの周りで何が起こっているのかを調べることにしました。私はあなただけを見ていて、その外の世界なんていうものにはとんと無頓着でした。二人の世界で閉じこもっていられればそれだけで良かったのです。
 しかし外の世界が私達の殻を壊そうと言うのならばそういうわけにもいきません。その元凶を調べ上げ駆逐する必要がありました。
 三日かかって私はその元凶を突き止めました。これは私の友達から聞いたのですが、よくもまあここまで気づかなかったものだと呆れられたものです。
 あなたの親友である男が私を好きだという内容でした。私がどれだけうんざりさせられたか、想像にたやすいことと思います。
 私にとって無邪気で無悪意な好意ほど苦痛なものはありません。何故ならそれは独りよがりで他人にどれだけの迷惑をかけているかも考えずに吐き出される自己陶酔の感情だからです。
 何故私がそんなこのような馬鹿な男に悩まされなければいけないのか、何故このような男をあなたが親友として見ているのか、私は腹が立ってしょうがありませんでした。 
 あの男は私の何も理解してはいなかったし、恐らくちょっと優しくされて私に惚れただけでしょう。この私の言葉があなたをとても傷つけるとは分かっていても、私はそう主張します。
 あなたにとってあの男のどこに魅力があったのかは分かりませんが、私にとっては凡庸で馬鹿でうんざりするほど裏のない人間でした。私にはあのような男の存在を認めることが出来ません。
 私達の孤独からくる苦しみなど一生理解することなく、綺麗なまま死んでいく男です。何の裏もない男をどうして好きになることができましょう。その人は一生他人を苦しめる苦しみを味あわないのですから。
 私はその種の人間を心の底から憎んでいましたし、今でも憎んでいます。今でこそそういう人間にも少しは悩みのようなものがあるとは分かりはしましたが、当時は本当にこの世からその種の人間を駆逐したいと思っていました。それが出来ないからその対極に居るあなたと二人だけの殻に閉じこもることを渇望したのです。
 さて話を戻しましょう。その男が私のことを好きだと知ったところで、私に出来ることはありませんでした。その男は親友の彼女を好きになるということに凡庸な罪悪感を抱いていましたし、あなたは親友の抱いている罪悪感に対して気後れしていました。
 その男が私に告白でもしてくればそれが一番楽だったのです。私がそれを綺麗に断って、それで終わり。しかし、ことはそう簡単に運ぶはずがありません。
 罪悪感を持っている男が私に告白することは有り得ないのです。私はなんのアクションも取ることが出来ずに、ただ少なくなっていくあなたからの呼び出しを嘆いていました。
 全てが終わったのは冬休みに入ってすぐ、私の誕生日でしたね。クリスマスの翌日、それが私の誕生日です。思えばこんな日に生まれた時点できっと私は呪われていたのです。
 あの日のあなたを私は決して許すことが出来ません。何日ぶりか分からないくらい久しぶりに愛を確かめ合い(この言い方はおかしいですね、あの時すでにあなたに愛はなかったのですから)幸せに眠る私をあなたはたった一言で私を絶望に落としたのですから。
「俺、あいつの事好きだから」
私は頭が真っ白になりました。だってそうでしょう?そんなこと頭が受け入れるはずがありません。
 何故あなたはそんな事を言ったのですか?嘘でもいいからもっとマシな理由は無かったのですか?何故ここまで私はどうしようもなくなってしまうのですか?
 私はあなたもあの男も未だに許してはいません。許せるはずがありません。
 しかし、今では私にも5歳年下の可愛い女の恋人がいます。結局あなたが同性愛者であったのと同様に私も同性愛者だったのです。この恋人のことは後で詳しく話しますが、きっとあなたがあの男を好きになったのと同じように私もこの子のことを好きになったのだと思います。
 今でこそあなたの「俺はまだ誰かを好きになったことがないのかもしれない」という言葉を冷静に受け入れることが出来ますが、当時の私にそれを受け入れるキャパシティなどあったはずがありません。
 その後あなたは陽が暮れるまで私を追い出しはしませんでした。私が我慢できなくなって泣いてしまうと、あなたはそっと私を抱きしめました。あなたは本当にずるい人ですね。私はすがるものを何も見つけられずに、あなたの冷たいぬくもりにただ甘えていました。いえ、甘えるしかなかったのです。

手紙

手紙

何日かに分けて書いていきます。

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更新日
登録日
2012-05-19

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