雨の日、夜桜を見に行く

今月も来ました。来れました。良かったです。

見たのは多分、怖い夢。

「ばああ!」
その夜、布団で眠っていた私は突然、跳ねるように飛び起きた。
「は、はあ、はあ、はあ・・・」
夢を見た。何の夢かは分からない、もうまったく思い出せなかったけど、とにかく私は夢を見た。恐ろしい夢だった。
「・・・」
と思う。
息を整えてから、改めてちゃんと横になって乱れていた掛け布団とタオルケットを直した。それから少しの間、暗闇の中で目を開けて、天井を眺めていた。怖い夢だったと思う。多分。でももう何も思い出せない。それにしても大声を出してしまった。近所の人から苦情が来たらどうしよう。でも暗い。まだ夜だ。とにかく何であれ今はまだ寝るべきだろうか?私はすぐに目を閉じた。しかしすぐにまた開いた。眠くなかった。
枕元に置いてあるアラームセットした携帯の画面を灯す。
「・・・一時・・・」
眠ってからまだ一時間しか経っていないのか・・・。
「・・・」
外はまだ真っ暗で、まだ当分朝日は昇ってきそうにも無い時間帯。
それなのに、
私は、
眠れない。
どうしよう。
もう、
眠くない。
だったらゲームしようか?いや、パソコンをつけて動画でも眺めようか?いやいや、読書灯をつけて、本を読むか?う~ん。しばらく暗闇の中で蛍光灯の紐が揺れているのを見て考えていたが、どうも何をするにしてもしっくりこない。大体その時の私は、眠たいんだけど眠くない、眠りたいんだけど眠れないという妙な状態だった。不眠症とは違う。そんな深刻で期間もロングのものじゃなくて、私のコレは多分、今日だけの一日フリーパスみたいなものだと思う。
眠れない。
とにかく今日はもう眠れない。
多分。おそらく。
「・・・ん?」
その時やっと窓の外から何か音がしているのに気がついた。
私は暗闇の中むくりと起き上がって、せっかく直した布団も払いのけて、カーテンを少し開いて外を見てみた。
「・・・雨・・・?」
暗くてよく分からなかったけど、外では静かに雨が降っているみたいだった。耳を澄まして聞いてみると、シトシトという控えめな雨音もちゃんと聞こえる。カーテンを閉じると、そのまま布団に横にならずにパソコンの前に置いてある椅子に座って、暗闇の中で少し黙っていた。
私はそこでなんとなく、近所に咲いていた桜の事を考えた。
この雨で桜も散るだろうか?
もうすっかり満開だろうからなあ・・・。
特別、桜に対して興味があるわけじゃない。
花見にしても同じ。別に興味ない。むしろ苦手だ。自身が人見知りという事もあるし、あと個人的に花見の場に対してサバト的な恐怖がある気がする。それに幾つになっても、そういうものを楽しむことが出来ない自分というのが未熟で、不完全な人間だと思う。いつも恥ずかしく思っている。
ただ、
考えてみたら花見っていうのは、何も皆でわいわいして、騒がなくてはいけないというものでも無いのだった。一人でも花見は成立する。皆で行っても、一人で行っても花見は花見だ。
そして、この時間だったらもう、おそらく誰も花見には行っていないだろう。深夜だし。窓に吊り下がっているカーテンを見つめた。外は雨も降っているし。
私は自室の暗闇の中で、満開に咲いていた桜が雨で散っているところを想像した。
「・・・」
黒い背景の中でハラリハラリと散っていく桜の花びらは、ずいぶんと鮮やかに見えた。


シャワーを軽く浴びて浴室から出ると、深夜一時半になっていた。私は急いで着替えをして、冷蔵庫から缶ビール一本を取り出し、それを上着のポケットに突っ込んだ。更に以前ローソンで買ってきていたハバネロカルパスを逆サイドのポケットに突っ込むと、鍵と持って家を出た。
外は暗く、でも相変わらず雨が降っていた。
「あ」
再度、ドアを開けて玄関に置いてある傘を取り、私はこんな深夜、小雨の中、夜桜を見に行く事にした。


家から歩いてちょっとのところに広めの空き地が併設された神社がある。ちょっと前にその近くを通った時、遠目からちらっと桜が咲いていたのを見ていた。
そこに行ってみることにした。
夜中だし、雨も降っているし、あまり遠くに行くほど桜が好きなわけでも無いし。
でもまあ、とにかく夜に歩いて、桜を眺めて、缶ビールを飲んで、カルパスを食べて、それで家に帰ったら、もしかしたら眠くなるかもしれないという期待はあった。
「・・・」
その夜は静かだった。とても静かだった。街灯もあったり無かったりする道を私は神社に向かって歩いた。
雨が傘に当たる感覚だけある。寒くは無い。寒かったらこんな事はしなかったかもしれない。とはいえ別段暖かい訳でも無い。雨が降るだけの静かな夜だ。誰もいない。車も走っていない。どの家にも明かりが灯っていない。皆とっくに眠っているんだろうか?午前二時頃、確かに深い時間だ。でも、そんな事あるんだろうか?まるでなんだか、自分だけがこの世界に居る様なそんな気持ちになる。真夜中だからだろうか。私は神社に向かって歩いた。その間も雨は止むことなくシトシトと降り続いている。

目的の神社はドブ川を挟んだ向こう側にあった。後はそのドブ川に架かっている小さい橋を渡れば、神社の敷地内に入ることが出来る。しかし、
「・・・」
私はその橋を渡らなかった。
理由は橋の向こうから見える神社の敷地内に、先客が居たから。
それも、一人二人とかでは無い。
何十人と。
深夜、こんな雨の降る深夜、敷地内を囲むように満開に咲き誇っている桜の木々の下、彼らはそこで宴を繰り広げているようだった。
最初は目を疑った。
こんな深夜に?
雨も降っているのに?
「・・・」
でも、すぐにどうでも良くなった。
私だってこんな夜中に、桜を見に来ているじゃないか?雨だって降っているのに。たった一人で、まるで夢遊病者のように。
それに私から見る限り、彼らは楽しそうだった。彼らの宴はずいぶんと盛り上がっている。跳んだり跳ねたりしているものもいれば、手拍子を叩いたり、肩を組んで揺れたりしているものも居た。互いに酒を酌み交わしているものも居た。子供も大人も老人も、男も女も、皆そこにいた。皆一様に楽しそうだった。
ぼんやりとオレンジ色の照明でも灯っているのだろうか?周りは真っ暗なのに、そこだけ、その宴の場所だけ明るくなっている。桜の木々のある場所だけが明るかった。そんな光景によーく目を凝らすと、桜の花びらがハラハラと舞っていた。
それはとても、綺麗な光景だった。
美しいかった。

その宴の場所には雨が降っていなかった。
桜の木々が雨を防いでくれているのだろうか?
それにしても不思議だ。
私がいるこちら側は相変わらずシトシトと雨が降り続いている。
それなのにあの宴には雨が降っている様子が一切ない。あの場所だけ降り注ぐ雨が、桜の花びらになってしまっているのかもしれない。
そんなのはおかしい。
それに、音も何も聞こえなかった。
あんなに楽しげに皆で踊ったり歌ったりしているというのに、小さいドブ川のこちら側に居る私には、一切まったく何も音が聞こえない。
おかしかった。
はっきり言って異常だった。
「・・・」
しかし、彼らはとても楽しげなのだ。だからいい。部外者である私にはそんな事どうでもいい気がする。
ドブ川のこちら側、薄暗い場所で、相変わらず雨が降り続ける中、私は傘を差したままポケットの缶ビールを取り出し、それを飲むことにした。
そこからでも桜は見える。十分すぎるほど見える。桜は綺麗だった。
今まさに満開という感じ。花びらもひらひらと舞い降りている。
そんな光景を見て、来て良かったと少しだけ思った。
カシュ。
私が缶ビールを開けると、その音が聞こえたのか、ドブ川を挟んだ向こう側の宴に参加している数人が私の事を見つけた。その数名は立ち上がると、橋の近くまで来て、
「おーい」
「おいでよー」
「たのしいよー」
と、手を振りながら口々に私の事を呼んだ。
私は参加するつもりはなかったので、軽く会釈をして、その場に留まった。
しかし、彼らはあきらめずに私の事を呼び続けた。
「おーい」
「たのしいよー」
「おいでよー」
私はその場から動かなかった。これは想像だ。私の勝手な想像。橋を渡って、あの宴に参加したら、おそらく、
「おーい」
「おいでったらー」
「友達になろうー」
彼らは、橋を渡ってこなかった。
私も橋は渡らなかった。
「おーい」
「きれいだよー」
「一緒に花見をしようよー」
彼らは笑顔だった。皆、楽しげで幸福そうな笑顔だった。そうしてこちらに向かって手を振っている。私のことを呼んでいる。橋を挟んだ向こう岸から。
私は缶ビールを飲み干すと、ハバネロカルパスには手をつけずに、家に帰ることにした。
雨も降っているし、少し眠くなってきた。
「帰らないでよー」
「なんで帰っちゃうんだよー」
「一緒に楽しもうよー」
背中に声が聞こえた。その声は私が家に帰るまで聞こえるような気がした。

でも、

なぜか急にその声が止んだ。
振り返ってみると、何処から現れたのか、パジャマ姿のおっさんが一人ふらふらと橋を渡っていた。
橋の向こうでは宴に参加していた皆が、そのおっさんが橋を渡るのを今か今かと見つめていた。皆、笑顔だった。
そうしておっさんが橋を渡りきる直前、橋の向こうにいる誰かの手が伸びておっさんの服を掴むのが見えた。おっさんの体は橋の向こう側で待っていた人だかりに飲まれ、一瞬で見えなくなった。
それからすぐに、肉や骨を砕くような音が聞こえてきた。
その音は、ちゃんと私の耳にも聞こえた。
私は家に帰った。

家に帰ってから、またシャワーを浴びた。風呂場から出て体を拭くともう午前三時だった。
眠気が来た。布団に入ったらすぐに寝ることが出来ると思えた。朝まであと三時間は寝ることが出来る。
私は布団に入って、頭まで布団をかぶった。
眠気は覆いかぶさる様にすぐに来た。
意識は混濁して途切れた。


その三時間の間、私はまた夢を見た。内容は橋の向こう側から彼らが私を呼んでいる夢だった。
でも夢でも私は橋を渡らなかった。

朝起きてから、自分が人見知りでよかったと思った。


それからすぐに桜は散った。
今はもう葉桜になっている。

もう真夜中に起きて桜を見に行く事もない。

雨の日、夜桜を見に行く

屋台のチョコバナナ食べたい。

雨の日、夜桜を見に行く

寝れなくなったので、ちょっと行ってみたんです。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted