白く積もる
【雪・絵葉書・図書室】
雪は真っ白で、澄み切っていて、ちょっとだけ寂しいの。
あの人は、言葉とは裏腹に楽しそうに教えてくれた。
秋の図書室だった。冷房目的の生徒も、テスト勉強のふりをする生徒もいない、静かな室内。雪国で生まれ育ったという彼女は、雪の降らないこの町の小さな高校の小さな図書室の先生になった。
「こちらはすでに、一面雪景色です。都合がつくようなら、私がこっちにいる間に遊びにおいで。人生初の雪景色の中を案内するよ。」
遠い町の消印が押された一枚の絵葉書には、パステルカラーの花畑と、柔らかく整ったボールペンの文字。
先生らしいな。
ため息交じりに絵葉書を置いて、もう先生ではないことを思い出す。俺はもう高校生ではないし、先生も今は先生ではない。
「次、降りるぞ。」
隣から声を掛けられて我に返る。窓の外を見ると灰色の雲に覆われた空の下に、白銀の世界が広がっていた。
新幹線を降りてから、さらに電車とバスを乗り継いで移動するごとに、辺りの雪は深くなっていった。
「おじさんが迎えに来てくれるから。」
そう言われて、しばらくバス停で待つことになった。心許ない小さな屋根と、埋もれかかった時刻表。さすがに車道は除雪されているが、バス停の裏側には真っ白な壁がそびえ立っている。
人通りはもちろん、車もほとんど通らない静かな世界。真っ白で、澄み切っていて、少しだけ切ない。
そうか。
「お、来たぞ」
小さなエンジン音を響かせてやってきた乗用車で、家に招かれる。
「いらっしゃい!長旅だったでしょう。」
労いながら笑顔で迎えてくれた先生。いや、もう今は、
「ちょっと、外眺めてきてもいい?義姉さん。」
「うん、もちろん!家の裏、真っ白だから雪景色堪能しておいで。寒くないようにね。」
あの秋の図書室と、何も変わらない笑顔。何もかもが変わった笑顔。
真っ白な雪の上に、仰向けで寝転んで目を閉じた。雪は降っているのに、音は聞こえない。でも、こうしている間にもきっと降り積もっていく。まるで恋みたいだな。
恋は時に炎に例えられる。灯り、燃え上がり、燃え広がり、燃やし尽くす。でも俺の恋は、きっと始まった時からこの、見たこともない雪のようだった。
音もなく降り積もって、儚くて、煌めいて、どうしようもない無力感に立ち尽くすことしかできなくて。真っ白で、澄み切っていて、少しだけ切ない。
「人生初の雪ダイブ?」
弾かれたように目を開いて、体を起こして顔をそむける。
「マフラーも巻かずに出てくんなよ。」
義姉さんの背中を押して、家に戻った。重そうなお腹に気を遣いながら。目尻を伝った熱い滴は、手袋の荒い毛糸に吸われて消えた。
白く積もる