いつかなんて信じない

恋愛に「いつか」はつきもので、だけどその「いつか」は、いつか来るのだと思っていた。信じていた。信じたかった。

だけどあんな恋愛は二度とできない。と、私は夕方薄暗くなり始めた空を見上げて心の中で呟く。だってあれは私の全てを捧げてもかまわないって思っていた。だってあれは初恋だった。
夕ご飯の香り、もしくは早めの入浴の匂いが漂っているこの出来立てほやほやの春の空気にのんびりと足を運び入れては前へ進む。この地球上ではこれは散歩という行為に分類されるのだろうか。私は考え事をしたい時、まあカッコつけずに言ってしまうのなら未練に心を委ねたい時とかセンチメンタルに浸りたい時はふらっと外出する。財布は要らない。定期も要らない。ただこの足が赴くまま、ただ匂いを嗅ぎながら、脳味噌だけを高速回転させてのんびりと近所を歩く。過ぎてきた男たちの中で、唯一いつまでも私を縛りつけ離さない人。なんというか、ヨリを戻したいとかじゃなくて、あれ程の恋愛はもうできないだろうとあの頃から私に囁きかけてくる。ずっと。ずっと。

ちょうど3人目の男と別れたばかりだ。それが今の私の端的な立場。彼のことも、勿論十分すぎるくらいに好きだった。付き合いたての頃は運命なのだとさえ思っていた。周りの友達には友達の友達なのだと説明していたが、実際はサイトで知り合った。そんな風に言葉だけで言ってしまえば出会い系とかネットでの出会いみたいな部類に括られてしまうだろうが、それがどうしても許せなかったから誰にも言うつもりなんてなかった。今までも。これからも。出会い系サイトなんて呼ばれるようないやらしいものじゃなく、健全な恋活サイトみたいなものだ。狭いコミュニティー内での決まった毎日にうんざりしていた私は、他大学の友達が増えればいいやくらいの軽い気持ちで登録をした、ような気がする。私の顔だけに寄ってたかってくる男たちは一目で分かるし、見た目で分からなくてもメッセージ一つ交換すればすぐ分かる。その辺の見極めの力が自分にあることは知っている。まあそうだ。そんなことはどうでもよかった。そこで知り合った彼は、のんびりとした超マイペースな、でも割りにしっかりとした人だった。自宅が近かったのもあり、近所の河川敷で二人で落ち合っては将来の話や大学の近況を話すようになり、気が付いたら彼は彼氏として私の隣にいた。急行電車より各駅電車を好むことも、自然の中でのんびりと過ごすことが好きなことも、お洒落なことも、最初は全てが私にぴったりとパズルのピースの如くはまっているのが分かったし、離れるなんて選択肢は毛頭なかった。素直に好きだよと言ってくれる人も初めてだったし、私にはお金を惜しげもなく使ってくれた。だけど。、、、だけど。

車がぶうん、とうなるような音をたてて私を追い越していく。それを見ながらふと我に返って風がさっきよりも冷たくなってきたことに気が付き、家までの道を軽く練り直してから住宅地をうねうねと歩き続ける。1年記念日の少し前だった。ホワイトデーには気持ちは固まっていた。明確な理由はないし好きじゃなくなったと断言できる訳でもない。それでも、このまま続けてちゃだめだと心の中で叫ぶ声が聞こえてしまう程には冷静になってしまっていた。大してカッコよくもないよなあと思ってしまっていたこともその瞬間に気づき、終わりのベルは止まらなくなっていた。
ただいまあと家の中に呼びかけると、おかえりいと珍しく機嫌の良さそうな母の声がする。母親と父親が恋愛をして私は生まれた。そんな当たり前なことが、最近ひどく厚いガラスの向こうを見ているようなそんな気持ちにさせる。出会うべくして出会うと誰かは言うし、偶然の重なりが奇跡を生むと誰かは言う。けれど私は思うのだ。何はともあれ、経験をしてこそなのだと。根底にある恋愛一つがっしりと逃さずに持っていればいい。それ以外は長く留まるが負け。早く手を引き、次を見るのが勝ちだ、と。

「今までもそうやって割りとあんたの方から別れよって手引いてきたんでしょ」ぴかぴかと点き始めた新宿のネオンをぼんやりと見つめていた私は、焦点をやっと隣の友達に合わせる。サークルの追いコンを終え、慣れないヒールを引きずりながらこの都心を歩く私は果たしてこの場所に上手く溶け込めているのだろうか。「いや、今まで寧ろ振られたことの方が多いよ」「え、そうなの?」「うん、まあ比べちゃうんだよねどうしても」またか、というような顔をしている友人の横顔は、見なくても想像できる。「例の初恋初彼?」「そう」私だって分かっている。初恋と比べたら劣ってしまうことくらい。あの頃は年齢も年齢だったし、時期も時期だったからあれだけのめりこんだだけだ。でもね、と口の中でもぐっと誰にも気づかれないように言う。でもね、やっぱり6年間の片思いって大きいもんなんだよ。みんなしたことなくて分かんないからそんなこと言うんだよ。もう別の話題に移った友達の声が耳の鼓膜を僅かに揺らしている。その振動に微かに心地よさを感じながら、今から帰る私には知る由もないこの新宿の夜を思った。

まあそこそこかわいい方だと思っている。別に自分は芸能人になれるとかモデルになれるとか、しょっちゅうスカウトされるようなずば抜けた容姿を持っている訳ではないことくらいは分かっているが、サークルの中で黙って立っていればその女子の中では割と上位で、歩いていれば何人かが軽く振り返るくらいには自分を磨いてきたつもりだ。だからって今いるコミュニティー内で男に媚びたり、これから入るであろう新入生を食おうと思ってはいないし、なんならネタに走ってできる限り男にモテないようにキャラを綿密に作り上げてきた。、、、ああ、まあ言い訳かな。男とは友達止まりなことが多い。だからって訳じゃないけど、写真と文字だけで勝負できる恋活サイトで力試しをしてみたかったっていうのはある。実際サイトで知り合って連絡を取り合い一回でも会った相手はその後も何度もしつこく連絡してきたし、あたしがしかとしない限りは音信不通になってしまうことはなかったから、そこそこやっぱり魅力はあるんだろう。そんなもんだ、男なんて。あたしが追えば逃げる。逃げれば追う。これはあたしの持論に過ぎないけど、女は追ったら負け。好きな男ができたなら、ぐいっと土足で踏み込んで一度期待させたら思いっきりそっぽ向いていればいい。そんなもんだ、男なんて。そんなもんだ。

そんなひねくれた考えを持ち始める前は、あたしだってまあそれはそれは純粋な女の子だった。なんならまあ結構な不細工だったし、女らしくもなかったし、自分が魅力的だなんて毛頭思えなかった。今こうして化粧しながら思うと女の子なんて磨き方次第だし、やる気さえあればいくらでも可愛くなれる。チークを軽くのせて、バイト前に鏡で出来栄えを確認しながらうん、悪くない。と口の中でもごっと呟いてみる。一人の男の子に夢中になって、頑張り方も可愛く見せる見せ方も知らなかった当時のあたしは眉毛をそり、母に怒られたものだった。その男の子だってずば抜けてカッコよかった訳でもなかったし、でもスポーツがずば抜けてできて、穏やかで、そこいらの男みたいに女の子といっぱいしゃべってきらきらとまぶしい欠片を体中に纏っているような人ではなかったが同性に人気のあるお父さん的な寡黙な人だった。多少はあたしの思い出の中で美化してしまっていることくらいは分かっている。それでも、今でもなお素敵な人だったと言えるのはなぜなんだろう。初恋ゆえなんだろうか。なんなんだろうか。

いつかなんて信じない

いつかなんて信じない

運命の人なんて、ごみ焼却場から指輪を探すようなものだ。女はその中をダミーをかじりながらも、汗をぬぐって今日も漁り続けるのである。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted