タコライスと目尻

その人は中学の理科を担当する先生だった。
初めて見た時私はもう吃驚した。ギョロギョロとした丸くて大きい目。川平○平並である。茶けた短髪。まあるく突き出たお腹。なんでサイズがあっているのか不思議な白衣。めちゃくちゃ機嫌悪そうな顔。多分親よりご年配。貫禄が歌舞伎レベル。ヤのつきそうな方だった。
こんな柄の悪い人が今日から理科担当...。会ってものの数秒で私は白目を向きそうになった。というのも、私はかなり勉強が嫌いで成績はかなり下のほうで、授業の楽しみといえば教師の世間話程度だったのである。...みんなつまんなかったけどね。だから、中学に入ってまず期待したのは、自分の教科担だった。しかし、ほとんどは真面目で固くてそもそも本人さえ笑わない担任ばかり。だから、ちょうど最後の望みとなっていた理科の教科担だけには、並々ならぬ期待をしていたのだ。
クラスメートも同じだったなのか、後ろの方では溜息が聞こえた。やめてほしい。私だってつきたかったんだ。
と、いきなり、先生が抱えてきた道具をものすごい勢いで叩きつけた。みんなビクッとなる。
あぁー、もうまじかよまじかー。これもうダメだ、恐怖政治だあんなん。私の頭はこんなもんであった。
しかし、授業が始まると、また吃驚。
彼はめちゃくちゃ笑わせてきた。そう、面白い人だったのである。
自己紹介がまず面白かった。自分の最近の悩みであるハゲを暴露し、自身の脂肪をトトロに例え、飛び跳ねては地震を作り、踊り、生徒一人ひとりにあだ名をつけて回って、というかその日の授業は自己紹介と称した彼の漫才で終わったのだ。教科書なんて役に立たん、と笑わせてはその日は一度も開かなかった。
あんなに面白い先生が世の中にいたのか。
私は、その日の授業が終わるのが、惜しくてならなかった。そんな感覚は、生まれて初めてだった。
後から聞いた話、あの時なんで先生は機嫌悪そうだったかというと、滅茶苦茶緊張していたかららしい。まじかよと思ったが、先生は初対面には上がってしまう質らしく、手が滑って道具も落ちるし、とにかくいつも以上に笑わせなくてはと思っていたらしい。まったく愉快な方である。
その日から、先生はみんなによく囲まれるようになっていた。完璧に人気者になっていた。上級生からも好かれていたのか、わざわざ階を降りてきて話に来る人もいた。私もその中に入りたかったのだが、生憎私はシャイなあんちきしょう。遠くから人の群れを眺めることしかできなかったのだ。
そんなある日、授業で先生は私にあだ名をつけてくれた。いつもみたいにみんなを笑わせていた途中でいきなり名前を呼ばれたのだ。私は一気に顔が赤く火照ってしまった。そんな私を、先生はとても優しい目で見ていた。それは本当に優しい目だった。大きい先生の目がすっと細くなって、目尻にシワが深く刻まれるその顔は、どこかで拝んだ仏様のそれだった。今思えば、あの時先生は私が重度のコミュ障だったことを見抜いていたのかもしれない。そんなこんなでつけられたあだ名はなかなか可愛いもので、あまり話さなかったクラスメートからもよく呼ばれるようになった。おかげでいつの間にかクラスメートと接点を持てるようになった。ちなみに今でもそのあだ名は大事に使わせてもらっている。先生、とても感謝しています。先生の世間話もすごく面白かった。し、タメになるものばかりだった。世界の科学事情、貧困、環境問題、戦争。かと思えば、家で奥さんのドレッシングをぶちまけただの育毛剤が効かないだの話し出して、私たちの興味は終始先生のものだった。
さて、全然話が変わるが、タコライスをご存知だろうか。私は全く知らない。前に、はじめしゃちょーというさるYoutuberの方のクッキング動画(?)で見たことがあるのだが、多分あれはバッタモンである。とにかく、私はタコライスの形も色も味も何も知らない。
私の頭の中では...完全にタコの炊き込みご飯である。美味しそう...。いや、でも何か違うと思う。知らんけど。
んで、何でタコライスかというと、先生が答えを間違えた生徒に「タコライス!」と言って笑いに変えていたからだ。なんでタコライス?って思ったが、先生に言われると何だかこそばゆくて嬉しかった。(多分、タコやろうのタコが入ってたからか?)わざわざ言ってもらいたくてめちゃくちゃな答えをいう人もいた。アンパンマンとか、う○ことか。先生はそんなあほな回答を何一つ落とすことなく確実に突っ込んで笑いに変えていた。そんな時の先生も、とても楽しそうだった。それを見る私も、すごく楽しかった。
あれから、五年もたって勿論、中学校も卒業して、それでも私は先生のことを覚えている。あんなに楽しかった授業は、あれから一度もない。きっとこれからもない気がする。
先生は、私の事を覚えていらっしゃるだろうか。いや、ないな。物忘れとハゲが激しいって卒業式言ってたし。しかも、あれだけ先生が手を出してくれていたのに、私は最後まで先生に自分から話しかけられなかったのだ。そりゃ忘れられるわ。人気者の先生は、やっぱりいろんな人に囲まれていて、やっぱり私はそれを恨めしそうに眺めていただけだった。
私はまだ、タコライスの正体を知らない。だから、これからじっくり探して見つけて食べてみたいと思う。
ちゃんと自分で見つけて、いつか先生とどこか出会えたら、あのタコライスの話をしたいから。今度こそ私から話しかけたいから。
先生は思い出して、また嬉しそうに笑ってくださるだろうか。あの、目尻に優しくシワが集まるあの笑顔で。
私は期待でいっぱいである。

タコライスと目尻

はじめしゃちょーさん、面白いですよね。

タコライスと目尻

私の中学生の時の、大好きな理科の先生の話。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-04

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