太平洋、血に染めて 【パイロット版】

太平洋、血に染めて 【パイロット版】

パイロット版(試作品)です!

*オープニング
 https://www.youtube.com/watch?v=A_CIMjGfEaU
 https://www.nicovideo.jp/watch/nm2765074(予備)

         

「よし、オレは大統領になるぞ!」
 なにを血迷ったのであろうか。空母甲板のまん中であぐらをかいていたヨシオが立ち上がり、夕焼け空に向かってとつぜん()えるのであった。
 すると、みんなは一斉に「えっ」とおどろきの声を(あか)い空にひびかせた。
 ヨシオのとなりで妹のヨシ子が狼狽しながら飛び上がった。彼女はヨシオに向かってなにか言おうとしてるようだが、小刻みに震える口はパクパクしているだけで、言葉は出てこないようだった。その傍らで腰を抜かしている白髪頭の老婆は、彼らの母・お(たき)である。悲愴(ひそう)に歪んだ顔で、ヨシ子のスカートのはしを両手でぎゅっとつかんでいる。お滝は〝への字〟に開けた口から不揃いの黄ばんだ歯をのぞかせながら、まるで気ちがいを見るような目つきでヨシオを見上げていた。しかも、お滝はよほどショックを受けたらしく、人目も憚らず失禁までしている始末だった。
 お滝のすぐうしろ、空母右舷(うげん)にあるスクラップと化したヘリコプターの後部シートで昼寝をしていた若い男は「このバカ、とうとうキレよった」と、丸くした目におどろきと憐れみをにじませながら、ただただ呆然とヨシオの横顔を眺めていた。おなじヘリコプターの操縦席で遊んでいた孤児(みなしご)の小僧は「わあ、すごいなあ。ぼくもなりたい」と、無邪気な笑みを顔いっぱいに広げてヨシオに尊敬のまなざしを向けるのであった。

 空母のブリッジにはミサイルが直撃したらしく、操舵室は完全にふき飛んでいた。舵やスクリューにも、魚雷でダメージを受けている。この空母は完全に航行不能となって、ただ当てもなく太平洋をさまよっているのだ。
 ブリッジの近くに、真ん中から〝くの字〟に折れた戦闘機の残骸がころがっている。その残骸のそばで車座になってポーカーをしている四、五人の男たちも、カードを手にもったまま、ヨシオのうしろ姿をポカンと眺めていた。
 右舷舷側(げんそく)で立ち小便をしていたスミスじいさんは、おどろいて口を大きく開けた拍子に入れ歯を落としてしまったようだ。
「くちがとれた!」
 小僧は入れ歯を指差しながら絶叫した。
 甲板の上を転がる入れ歯を、スミスじいさんは慌てて拾おうとしている。
「ああっ」
 スミスじいさんと、それを見ていた小僧が同時に声を上げた。入れ歯が海に落ちてしまったのだ。素早くつかもうとしたせいで、指先が強く当たってしまったらしい。
 スミスじいさんが身をのりだし、海のほうへ手をのばしたときである。
「あれ?」
 小僧の視界からスミスじいさんが消えた。
「じいちゃんがおちた!」
 小僧は叫びながら駆けだした。
「じいちゃん!」
 両手を甲板について海の上をのぞき込むと、ほとんど髪のない肌色のあたまが、白い波紋の中に浮かんでいた。スミスじいさんは両手で宙を、そして水面をかいている。
「じいちゃんがおぼれてる!」
 両手を甲板についたまま小僧がふり返ると、みんなはヨシオの姿をただただぼんやりと眺めているだけだった。だれもスミスじいさんが落ちたことに気がついていないのだろうか。あるいは、どうでもいいと思ってるのだろうか。ヨシオは空母の舳先のほうから差し込む夕陽の光を正面に浴びながら黄昏ている。腕組みをして仁王立ちになり、メガネを白く輝かせているのであった。
 小僧がふたたび海の上に目をやると、さっきまで見えていたスミスじいさんのあたまはすでになく、右腕だけが、海面から突き出していた。しかも、よく見ると天に突き上げたその右手はにぎりこぶしをつくっていた。そして、なぜか親指を立てているのであった。
「えっ」
 小僧は目を丸くしながら、それがどんな意味なのかを考えようとした。しかし、まもなくスミスじいさんの右腕はゆっくりと、ゆっくりと沈みはじめるのだった。しかたがないので、小僧もとりあえず右手の親指を立てながら見送ることにした。
 このあたりの水深は、およそ一万メートル。もう二度と浮かんでくることはないだろう。こうしてスミスじいさんは、マリアナの海に散ったのだった。
「じごくであおうぜ、べいびー!」
 暗い海の底に向かって小僧が叫んだ。
 それから立ち上がって夕陽に背を向けると、小僧はヨシオのもとへ駆け寄った。ヨシオは、なぜかいつもカタパルトオフィサーのイエロージャケットを羽織っていた。そして、被っているヘッドギアもカタパルトオフィサーのものだった。
 小僧は満面の笑みを浮かべながらヨシオの顔を見上げた。
「ぼくは、そうりだいじんになる!」
 すると、ヨシオは小僧を見下ろし「そうか!」と力強くうなずいた。彼はメガネの奥で目を細くしながら、大きな(てのひら)で小僧のあたまをくしゃくしゃと撫でまわすのであった。
 はるか水平線の彼方に、紅い夕陽が沈んでゆく。
「明日、また会おう!」
 ヨシオが語りかけると、夕陽は彼のメガネを白く輝かせて応えるのであった。

 大きな戦争があった。
 世界は核の炎に包まれ、国家という国家は消滅した。
 生き残ったわずかな乗組員と避難民たちを乗せたまま、大海原をあてもなく漂う一隻の航空母艦。
 ここは太平洋のド真ん中。
 羅針盤の針がくるくるまわる。天国と地獄を交互に指しながら、くるくるまわる。
 今日も夕陽は真っ赤に燃える。
 空と海を朱に染めて。

   ―― じ・えんど ――

太平洋、血に染めて 【パイロット版】

*エンディング
 https://www.youtube.com/watch?v=rxqo5bgf_rA
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm35347432(予備)

【映像特典】
 https://www.youtube.com/watch?v=86kLyjLs-gY
 https://www.youtube.com/watch?v=sE-UfMCTpq4

太平洋、血に染めて 【パイロット版】

※パイロット版(試作品)です!

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
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