日常


最近、空を見ることが減ってきた。



「起立、礼、着席」
変わらず今日が流れてく。
雲が形を変えながら、広い空を流れるように。

誰しもが窓際の席に憧れを抱くだろう。
僕もその内の1人。
つまらない授業には打って付けの暇潰しになる。
ガラス(近頃は防犯の為、プラスチック素材が主流だが)1枚を挟んだ向こうに、穏やかな日常がある。
僕らは、黒板と机に忙しく目を動かす、そんな日常をおくっているというのに。
そう思うと少し可笑しくなった。

背中に何かが触れた。
振り返ると、怪訝そうな瞳がこちらを見ている。
「何だよ」
「お前ニヤニヤしてんなよ、
気持ち悪い」
それだけ言って、奴は机に目線を落とした。
姿勢を元に戻し、僕もまた、僕らの日常に溶け込んでいった。


下校時刻。
この小さな社会の日常が終わりを遂げる時間。
部活に行く者、遊びに行く者、バイトに行く者、家に帰る者、
それぞれがそれぞれの日常に帰っていく。

ただ1人、所謂、非日常を味わおうとする者がいた。
あの子は誰だっけ…
見た事はあるが名前が分からない。
よし、A子ちゃんと命名しよう。
A子ちゃんは、屋上へと通じる階段を、1段1段ゆっくりと上っていた。
ここの高校は屋上が立ち入り禁止となっている。
頑丈な鍵が掛けられてるその屋上に、何の用があるのだろうか。
たしか、A子ちゃんは帰宅組だ。
知人がそんなことを前に話してた気がする。
僕は不穏な空気を感じた。
これからA子ちゃんは、非日常へと足を運ぶ。
それは同時に、僕も、この小さな社会もが、少なからず踏み込んでしまうであろう予兆だと。

A子ちゃん

消えたい。


そんなことを考え始めたのはいつからだっけ。
思い出せる記憶では、この言葉がいつも浮かんでいた。
特に辛い経験をしていた訳ではない。
家族も友達もいるし、食べるものも着るものも、帰る場所だってある。
でも何故だか思ってしまうのだ。

「おーい、早く帰るよー」
「あ、ごめんね」

私は何を望んでいるのだろう。

今日もいつも通り、ミーちゃん、森さん、私の3人で帰る。
ミーちゃんは世に言う天然ガールだ。1つ1つの発言が、予想の斜め上の上を飛び回り激突してくるので、聞いてて面白い。
森さんは、そんなミーちゃんに的確なフォローと言う名の突っ込みを入れる天才だ。ただ、少し抜けてる所があるし、勉強も苦手みたい。
私は…

オレンジ色に染まるアスファルトの中、だいたい話題を振って来るのが森さんだ。
「今日の19時から○○あるんだよー
絶対見なきゃ」
「あれだよね、えっとぉ
歌を唄いながら…歌うやつ」
「「・・・」」
「それ唄ってるだけだね」


「んじゃ、また明日ー」
森さんは学校から家が近く、歩いて来ている。
ミーちゃんは、少し心配になるがバス通い。
私は電車。
別れ道、3人はそれぞれの日常へと帰っていく。


夜。
日課化してしまった、寝る前に考えること。
"このまま永遠に目覚めなきゃいいのに"
そして眠りにつき、軽快な目覚ましの音で今日が始まる。


「久々にさ、変な夢見たんだけど」
「どんな夢ぇ?」
「パンツ1丁のゴリラに
「しゃるうぃーだんす?」ってカタコトで言われた」
「えー!!可愛いねっ」
可愛いんだ…
微かに頬に感じる風が、雨を呼んでいる様な気がした。

予感は的中。
お昼頃から雨が降り出した。
「傘持ってきて良かったー」
「えっ、私持ってきてないよぉ」
「天気予報で雨降るって言ってたじゃん」
森さんは2匹目のタコさんウインナーを頬張りながら、ミーちゃんに箸を向けた。
その箸が私へと向く。
「まさか持ってきてないの?」
「その、まさかです」
ありゃりゃと言わんばかりに、ため息をつく森さん。
ミーちゃんは卵焼きをとても美味しそうに食べていた。
きっとどんな食べ物でも、この子が食べれば美味しそうに見えるんだろうな。
私の手元には粉々になった、メロンパンのカスだけが残っていた。
「2人ともどうするの?」
「え?なにがぁ」
「帰りだよー」
またまたため息をつく森さん。
お弁当のタコさんウインナーは1匹だけになっていた。
「はぁフィッチぇ、きゃべりゅ」
「何だって?」
1切れの卵焼きは、やっとの事で小さな口に吸い込まれたみたいだ。
ゴクッ
「走って帰るぅ」
「バス停まででも、結構濡れるよー」
「じゃあ、森さん入れてよぉ」
上目遣いで頼むミーちゃん。
きっとこれが男の子なら、100%落ちてるところだが、残念なことに相手は森さんだ。
「ごめん、部活で帰るの遅くなるんだよねー」
部活と言っても、何をする訳でもないみたいらしい。それゆえ活動は、週二回だけ。
「終わるまで待ってるぅ」
「帰りは部活の子とご飯行く予定よ」
「ガーン…」
口を尖らせぶーぶー言うミーちゃんは、何かのキャラクターみたいだ。

そんなこんな言ってるこの子には、これから運命の出会いが待っている。
その話は後ほど…


放課後になっても、やはり雨は降り続いていた。
結局、ずぶ濡れで帰ることになったし。
「6月でもまだ寒いな」
タオルで髪を拭きながら、窓にぶつかる雨粒を目で追ってみる。
"森さん、楽しんでるかな…"

森さん

森さんは、突っ込み役だが、ミーちゃんに負けず劣らず天然ガールだと思う。
いきなり変なこと言い出したりするし。

そんな森さんは友達が多い。
部活をやっているからと言うのもあるが、誰にでも対等に接するし、言いたい事をはっきり言って、それ故悪意が無いところが周りに人を集める。
悪口だってそんなに言わない。
ただ、噂系は大好物だけど。

「黒髪ストレートにして、なびかせる!!」
と入学当初宣言をしていた。
今では本当になびかせてる。
きっと努力家なんだろうな。


「私、部活入ろうと思ってるんだー」
それは高校生活が始まって半年ぐらいたった頃だった。
「えーいきなりだねぇ」
「同じ委員会の子に誘われてさ、週二回だけって言うし、楽しそうだからさー」
ふふん♪
何の曲だか分からない鼻歌をうたってる。
機嫌が良いのだろう。
「えっ森さん、委員会入ってたの!?」
「「そこかーい!!」」

部活に入った森さんは、交流関係が瞬く間に広がっていった。
同級生はもちろん、先輩や後輩、先生、工事のおっちゃんと色んな人と繋がりを持った。
真面目な子もチャライ子も様々だったけど、森さんは誰の影響も受けなかった。
流されない子なのだ。
それには森さんの性格的な事もあるが、一番の理由は家族が関係してると思う。

森さん家は世に言う母子家庭だ。
小さい頃に親が離婚をし、森さんは母親に引き取られた。
母親はとても優しい人で、どんな事でも許してしまうらしい。
父親が浮気をしてた時も、浮気をさせてしまった私が悪いと、自分を責めてしまった。いたたまれなくなった父親は罪悪感からさらに浮気をし、そっちの女へ行ってしまったみたいだ。
その後母親は、何事も無かったかのようにいつも通りの生活をおくり出した。
森さんが言うには
「別にお父さんを憎んでるとかは無いよ。
ただ、今はお母さんが壊れないように、私が側 に居たいなって思ってるんだ。だから、グレたりとかやってる暇がないの。家に帰って、お母さんがニコニコとスーパーの話をして、私に学校どうだった?って聞いてきてさ。どんな話でも笑顔で真剣に聞いてくれるし、そんなお母さんの支えに少しでもなりたいの。そしていつか一緒に温泉に行くんだー」
と、照れながら言っていた。

ミーちゃん

ミーちゃんは生まれもった、純粋な天然だ。
本人は自覚してないけど。
だか、この性格だと周りの好き嫌いはけっこう激しい。
それ故なのか心はとても強い子だ。
しかも可愛い。

そんなある雨の日、
ミーちゃんは下駄箱の前で立ち尽くしていた。
彼女は傘を忘れてしまったのである。
お昼に友達と話した会話が脳裏に浮かぶ。
「はぁ、森さんご飯食べに行くとかずるいなぁ」
うん、そこかい。

「どうしたの?」
声がするものの、自分を呼んでるのでははないだろうとミーちゃんはため息を洩らし続けていた。
トントン
「ひゃっ!!」
「わっ!!」
「ビックリしたぁ…ごめんなさい!!」
謝るミーちゃん。
話しかけてきた男の子は、いやいやと微笑んだ。
「こちらこそいきなりごめんね
もしかして、傘忘れたの?」
「エスパーですか!?」
「エスパーです」
男の子は面白そうに応えた。
「もし良かったら、傘に入る?送ってくよ」
「え、」
あからさまに不審がる相手に
「あ、襲ったりとか変な事はしないよっ」
と、フォローを入れた。
焦る姿に少し安堵したミーちゃんは、彼を信用し入れてもらうことにした。


それをきっかけに2人は次第に惹かれ合う。
そして、すれ違い、また惹かれ合い、恋に落ちていった。

哀しくて涙し、嬉しくて涙し、無理して笑って、愛しくて笑った、そんなかけがえの無い日々を送っていった。
この高校生活は、これからの長い人生のほんの何年かにしか過ぎないけど、きっと2人にとっては大切で忘れられない瞬間(とき)になるのは間違いない。


ミーちゃんはそういう子だ。

僕とA子ちゃん

A子ちゃんはその後、どうなったんだろう。
なんて、考えは無かった。
僕にとっては、非日常だろうがその内日常に戻って行く。
A子ちゃんにとってもそうだろう。
人形(友達)が理想を絵に描いたような生活をしていても、自分は何も変わらないのだ。
何か満たされる訳でもなく、ただ、映画を観ているような感覚になるだけ。
A子ちゃんは気づいてるけど、気づかないフリをしてたのかな。無意味な事をしてると思っても、意味を求めてしまうのが面白い。
次はもっと気をつけようね。

「今度の人形(友達)はもっと日常らしい日常をくれる子にするからね」
ボロボロになった彼女に新品のバービー人形をプレゼントした。
彼女は掠れた声で
ありがとう…
と、微かに微笑んだ。
「また、僕を"日常"に連れてってね、
A子ちゃん」



最近、空を見ていない。

日常

日常

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-02

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  1. A子ちゃん
  2. 森さん
  3. ミーちゃん
  4. 僕とA子ちゃん