ペチカ

 みーちゃんと私は中学生。私たちは双子だ。みーちゃんは白い。お餅のように白い。そこに椿の花びらが舞い落ちてきたように、ぽてっと唇がくっついている。さらに泉は大きな瞳。時折そまる柔らかい頬。かたちのいいおでこを覆う夜のような長い髪。つまり私もそのような顔をしている。みーちゃんはおさげ髪、私はそのまま垂らしてる。皆は髪型で私たちを見分けてる。それくらい、私たちはそっくり。私達はクソださいブレザーを着ている。紺色でガバッとしたジャケットに、膝下のプリーツスカート、胸元にはえんじ色のネクタイ。中学校の制服って、どうしてどこもサイズが合ってないんだろう。高校の制服はたいてい体にフィットしてるのに。成長期だってことを計算したとしても、やりすぎだよ。
 今は平日の昼。私たちは学校をおっぽりだした。いつものことだし、家には誰にもいない。お父さんもお母さんも私たちには愛想つかしてるから。だから私たち、かまわずマッチ片手にここまで来た。今頃皆は餌(給食)を貪っていることだろう。


 ここは、田舎道にぽつんと立ってる納屋の裏。道には誰も歩いてない。ここら辺ってどこもそう。過疎化って言葉がふさわしい。道路は土埃に汚れて黄土色になっている。道の右側は果てしなく広がる田んぼ、左側は林檎畑だ。田んぼは五月なので水がはっている。この時期の田んぼって好き。大きな鏡みたいに空を映し出している。どこまでもその鏡が連なっていると、もう一つの空があるみたい。両側から微かに肥料の臭いがする。もう少し行くと民家がある。どの家も古くてテンプレート農家って感じ。それにしても、静かだ。
「みーちゃん。バレないようにね」
「うん、まーちゃん」
 みーちゃんはマッチを擦った。しゅっ。
「あちち」
 みーちゃんの指先に火が灯った。小さな棒切れにこの一帯を焼け野原にしてしまう程の力を持った魔法が宿る。私たち、この魔法を見るために、マッチを持ち歩く。私たちは見つめ合って、私たちにだけ通じる言葉で呪文を唱える。双子語ってやつだ。たいがい赤ちゃんの時に消えてしまうんだけど、私たちにはまだ残ってる。みーちゃんは燃えるマッチを納屋の裏につまれた藁に落とした。ぼうっと音がして、あっという間に真っ赤な炎が渦巻いた。
「逃げよう」
「うん」
 私たちはきゃははと笑って逃げ出した。私たちの運動靴がぱたぱたと音を立てた。振り返ると、炎はもう納屋の柱まで這い上がり、真っ黒な煙を力強く吹いていた。納屋の周りをかげろうが揺らいでいた。
「壊れちゃった!」
「壊れちゃった!」
「壊しちゃった!」
「この世界のもの、みんなみんな燃えちゃえ!」
 みーちゃんの言葉に私は涙が出る程笑った。きゃはははは。私が一歩踏み出すたび、背中の鞄がガタガタ鳴った。走れ、走れ、どこまでも。


 廃線、ネギ畑、竹やぶを通り越し、私たちは高架橋の下に逃げ込んだ。ここには毎日のように来る。誰も通らない橋の下に、枯れた葦が敷き詰められている。誰かが残したヘタクソな落書きが、コンクリートの壁を彩っている。壁は苔むして雨の染みが滲んでいる。長らく整備されていないに違いない。周りはニセアカシアの林だ。風が吹くと木々のざわめきに包まれる。今は花盛りなので、甘い甘い匂いがそこら中に満ちている。私たちはこの香りが好きだ。この橋を辿ってゆけばもう浅い川にたどり着く。木と川の水に囲われているせいか、ここは森の奥みたいにひんやりしている。私たちは天然のクッションにドサリと座り込んだ。長い距離を走ったせいで膝がガクガクしている。みーちゃんは肩で息をしながら、大きな声で笑った。私も笑った。みーちゃんの頬から汗が一粒流れ落ちた。私はその汗を舐めたいと思う。
 今頃納屋は真っ黒に焼け落ちているだろう。田んぼと道路に挟まれているから惨事にはなるまい。私たちはコツを知りつくしてる。だって今までも色んなものを燃やしてきたから。死んだカエル、轢かれたカラス、解剖したフナの内臓、私たちの宝物のアクセサリー、いらなくなった教科書、サツマイモ(これは例外)、小学校の時つけてたネーム、体操着、お母さんが買ってくれたピンクのお揃いのワンピース、初潮の経血がしみ込んだナプキン、へその緒。そして今日、初めて建物を燃やした。打ち捨てられた小さな納屋。なくなっても、きっと誰も気づかない、不憫な納屋。私たちが安楽死させてあげたの。
 マッチに炎をともす時、私たちは神様になったような気分になる。この世の生死を選択できる神様に。炎に包まれた物体は綺麗だ。それがどんなに汚くて、無意味で、馬鹿げたものでも、その瞬間だけは紛いもなく光り輝く。そして炎に照らされたみーちゃんは美しい。死を見届ける悦楽に頬が紅潮して、瞳が潤み、唇が微かに開いている。まさに彼女は運命を司る女神だ。私がそう言うと、みーちゃんは私の手首を掴み、言った。
「違うよ。私が美しいのなら、まーちゃんだって美しいの。私たちは双子の天使なのよ。そうでしょ?」
「うん、そうだね」
 私たちはそのまま顔を近づけてキスをした。みーちゃんのリップクリームを私の唇で全てはぎ取った。みーちゃんの舌先を吸込んで、まんべんなく唾液を絡み合わせた。唇を離すと唾液が一筋、私たちを繫いでいた。みーちゃんはうっとりと微笑んでいる。蜜みたいに黒目が濡れてる。
「みーちゃん、私、みーちゃんだけを愛してる」
「私も。まーちゃん、大好き」
 そして私たちは何度もキスをする。


 私たちはニセアカシアの花を摘み、髪飾りにして遊んだ。私ははしゃいでくるくると回った。甘い香りが私を包み込む。私自身が花になったみたいだ。ニセアカシアの花は白く房になっていて、毒がある。枝には刺があるので注意しないとチクリとやられる。
「あ痛」
 ほらね。
「どうしたの、まーちゃん」
「トゲに刺された」
「わ、ほんとだ。血が出てるよ」
 私の白い、みーちゃんそっくりの指先に、ぽちんと赤が膨らんでいる。みーちゃんは私の指を口に含んでじゅるじゅると啜った。みーちゃんの口の中は柔らかくて、温かくて、私はお腹に妙なしびれを感じる。みーちゃんのピンク色の唇の先がつんと尖っている。みーちゃんの唾液に濡れた指を、私は自分でも口に含む。みーちゃんはさらに二房花を摘んできて、私の頭の両側にぶらさげる。
「まーちゃん、猟師に撃ち殺された兎みたい。ね、ジャケット脱いで」
 みーちゃんは私のジャケットを剥ぐ。セックス前の男性がやるみたいに。そしてネクタイの結び目も解いて、胸元にだらんと垂れさせた。それは白いブラウスに飛び散った血みたいに見えた。
「ほら、ね」
 みーちゃんが笑うと目のはしっこがとろんと細くなる。私はふざけて両手をつぼめて、胸の前に突き出した。
「まーちゃん完璧に白兎だ」
 みーちゃんは笑う。私はみーちゃんにも同じような装飾を施し、一緒に撃ち殺された兎になった。私たちは葦の上に寝転び死んだフリをした。私たちはポケットのマッチで自分達の火葬をしよう。私たちが炎に包まれたら、それはそれは美しいだろう。ニセアカシアが燃える匂いはどんなだろう。煙もやはり甘いのだろうか。


 私たちはニセアカシアを枝ごと追って、花を提灯みたいにぶら下げながら帰った。まだ兎の真似をして、スキップなんかしていた。私たちは上機嫌で「ペチカ」を歌った。

『雪の降る夜は楽しいペチカ
 ペチカ燃えろよお話しましょ
 昔昔よ燃えろよペチカ

 雪の降る夜は楽しいペチカ
 ペチカ燃えろよ表は寒い
 くりやくりやと呼びますペチカ

 雪の降る夜は楽しいペチカ
 ペチカ燃えろよじき春来ます
 今にやなぎももえましょペチカ』

 みーちゃんはこう続けた。
「私たちのマッチはペチカ ペチカ燃えろよこの世の冬を なぎ払ってよ小さなペチカ……」


 私たちは家に帰った。家はいつでも海の底のようだ。誰もいなくて、薄暗い。夜遅くお母さんが帰ってくる。私たちは食卓に呼ばれ、虚ろな夕食をとる。私とみーちゃんは冷凍食品で済ませてもいいんだけど、お母さんは一緒に食べるといってきかない。かといって私たちに寂しい思いをさせたくないとか、そういった優しさではなく、ただ母としての役割を果たさなければいけないという義務感からくる行動のようだった。目の前にお惣菜のコロッケがぽつりと置かれた白い皿が並んだ。私たちはそれを無言でもそもそ噛んだ。お母さんはテーブルの上に飾られたニセアカシアを一瞥して、言った。
「随分無神経な臭いね。まるで鬼百合みたいだわ。明日には捨ててらっしゃい」
 みーちゃんがお母さんを睨んだ。
「嫌だよ。私たち、この匂いが好きなの」
「まあ。そうなの?麻理子」
「うん」
 私は心の中で名前で呼ばないで、と叫ぶ。私にとって、みーちゃんの唇から漏れる言葉だけが、全て。お母さんはコロッケを一口食べる。
「相変わらず変わった子達ね。誰に似たのかしら」
 みーちゃんと私は顔を見合わせる。変わった子で結構。みーちゃんの唇が、そう動く。食事を終え自室に戻ろうとする時、電話が目に入った。留守電が十件も入っていた。どれも学校からだ。私たちは履歴を消去した。どうせ誰も聞かない。


 私たちは一緒のベットで抱き合って眠る。お母さんに内緒で買ったシルクのキャミソールを身に着けて。その下着はつるつるしていて、裾にふわふわキラキラの飾りがあしらわれていて、まるで外国の売春婦みたいでとても下品なんだ。でもそれ着ていると私たち、何だか冒険してるみたいにドキドキしてしまう。そういうのって大切でしょ?私たちはお互いの服の裾をつまみあげ、太腿が露になるのを面白がってくすくす笑った。足首をからみあわせ、背中に手を回し、額を付き合わせて瞼を閉じる。みーちゃんのふくらはぎはすべすべだ。今日のところは、秘密の遊びはお終い。
「明日、何を燃やす?」
 みーちゃんが言った。
「さあ。でも、おっきなものがいい。世界が滅んじゃうくらいの」
 みーちゃんは艶めかしく微笑んだ。
「そうだね。そうしよう」
「みーちゃん、お休みなさい」
「まーちゃん、お休み」


 朝目覚める頃には、お母さんはもういない。お父さんは結局帰ってこなかったようだ。どこで何をしているのか、みーちゃんも私もしらない。お母さんはどうなのか分からないけれど、すでに諦めているように思える。私たちの親は色んなものを諦めている。言うことを聞かない双子の娘を、夫を、妻を、家族を、自分達の人生や幸せを。でもそんなの、私たちの知ったことじゃない。
 私たちは朝ご飯を食べずに家を飛び出す。どうせ学校には行かないから、ジャケットは家に置いてゆくことにした。制服の中であれが一番野暮ったい。全部ぶかぶかなのがいけないんだ。私たちは真っ直ぐ高架橋の下に向かった。林の向こうから、誰かが何かを焼く匂いが漂ってくる。馴染みのある匂いに、私たちは目配せをする。みーちゃんはマッチを取り出し、あてどなく擦っては吹き消す。しゅっ、ぼっ。ふぅーっ。しゅっ、ぼっ。ふぅーっ。その仕草はタンポポの綿毛を吹き散らすのと似ている。私たちのあぐらの前に、マッチの亡骸が次々と溜まってゆく。マッチを一箱燃やしてしまって、真っ黒な棒切れ散らばる中、私たちは向かい合って両足を絡ませ、互いの肩に頭をあずけた。
「みーちゃん。私、学校嫌い」
「今さらどうしたの、まーちゃん」
 みーちゃんの吐息が耳をくすぐる。声の掠れが鼓膜を揺らして、得体の知れないもどかしさに、私は彼女の首筋を舌でなぞる。
「ううん。でも、皆死んでしまえばいいと思って」
「私もそう思う」
 みーちゃんは私に応えて私の鎖骨にキスしながら言った。けれど燃やす価値すらない、と彼女も私も沈黙で語った。私はマッチの燃え滓を煙草みたいに噛んだ。焦げた味がする。
「私、みーちゃんと二人ぼっちになりたい」
「うん、私も」
「世界にはみーちゃんと私しかいらないの」
「そうだよね。私たち、溺れているみたい」
「うん、ずっと前から」
「誰も私たちに気づかない」
「お父さんもお母さんも」
「クラスの皆も」
「私たちは私たちに通じる言葉を交わすことで生き延びてきた」
「だからもう、私たち以外の居場所なんていらないの」
「みーちゃん、行こう」
「うん、まーちゃん」
 私たちは歩き出した。みーちゃんの手が伸びてきて、私の手をそっと握った。みーちゃんの手はしっとりと湿っていた。私、みーちゃんがしようとしてること、分かる。私、まーちゃんのしようとしていること、分かる。分かる。分かるんだ。走れ、走れ、どこまでも。


 私たちが向かった先は自宅だった。みーちゃんは裏口から石油のタンクを持ってきた。去年の冬、ストーブにくべるために買っておいてたやつ。みーちゃんも私も、それが余ってることを知ってた。私たちはジョウロにそれを注いで、家の周りに満遍なくそれを撒いた。まるでここに、新しい花が咲くように。実際咲かせるんだ、これから。みーちゃんが最後の一滴を撒き終え、私の元に戻ってきた。みーちゃんの三日月型の唇から犬歯がのぞいている。みーちゃん、本当にきれい。私は右手にマッチ箱を持った。みーちゃんは左手にマッチ棒を持った、二人、中央にその手を持ってゆき、力合わせてマッチを擦った。小さな棒切れには、この一帯を焼け野原にしてしまう程の力を持った魔法が宿っている。私は、私たちにだけ通じる言葉で呪文を唱える。みーちゃんは燃えるマッチを、私たちの家に向かって放り投げた。ゴウッ。今まで聞いたどんな音よりも恐ろしい響きだった。それは音というより、轟きだった。炎はあっという間に家を包み込み、めらめらと燃え盛った。燃えてしまった。私たちのキャミソール。私たちのアルバム。お母さんの化粧品。お父さんのパソコン。彼らのくたびれたスーツ。着たくもないだろう、スーツ。カラッポの冷蔵庫。カラッポの洗濯機。誰も触らない、私たちの部屋のドアノブ。カラッポの、カラッポの家。私たちは笑った。きゃはははは。きゃはははは。次から次へと涙が出た。お腹がよじれそう。
「みーちゃん、逃げよう!」
「うん、まーちゃん!」
 私たちは手を繫いで駆け出した。火の粉が私の頬を撫でた。暖かく、暑く、穏やかに。
 

『雪の降る夜は楽しいペチカ
 ペチカ燃えろよじき春来ます
 今にやなぎももえましょペチカ』


 私たちは電車に乗った。無人駅行きの切符を買った。その駅の周りは山に囲まれていて、人里から遠く離れている。電車が動き出す。数少ない乗客が、私たちを振り返る。私たちがあまりにそっくりだからかもしれない。私たちが彼らに構わずキスをしていたからかもしれない。私たちが平日の昼であるにも拘らず、制服姿でいるからかもしれない。私たちのブレザーが濡れていて、肌に貼り付き、ブラが丸見えになっているからかもしれない。私たちから石油の奇妙な匂いがしたからかもしれない。私たちは家に火をつけてから、余っていた灯油を頭からひっかぶった。私たちだけの楽園に向かうため。みーちゃんの唇はぬるぬると滑って、私は噛まずにいられない。みーちゃんの唾を飲む音が聴こえる。石油の味。私たちは本当に笑っていたの?私たちは本当に女神だったの?私たちは悪魔に魅入られたの?そんなのどうでもいい。確かなのは、私たちは全てを壊すため、ここに存在していたということ。私たちのクソださい鞄には、最後のマッチが一箱。電車のアナウンスが私たちの目的地を読み上げる。みーちゃんと私は、これから打たれた兎になる。だけど怖くないよ。だって私の隣には、みーちゃんがいるんだもの。

ペチカ

ペチカ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-02

Public Domain
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