詐座

詐座 ━━さくら━━

数十年に一度咲く さくら

それは、選ばれた者達のみが
呼び込まれ 見ることになると云う

全ての桜の元となる

━━詐座(さくら)━━


今年はその【さくら】の咲く【凶年】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

某【桜の名所】に
訪れた人々

此所には眼を見張るばかりの
有名な桜の巨木がある。

幾つかの桜の木に囲まれ
この場の中央に立つ巨木は
幾多の天災にも倒れる事なく

その昔、この地が戦禍に捲き込まれ
大火となった時でさえ
まるで、その炎を寄せ付けぬかの様に
ただ一本だけ生き残った。


━━この桜には不思議な言い伝えがある━━━

数年に一度

数多(あまた)訪れる見物客の中、
ただ1人だけが忽然と姿を消す 】

というものだ。

最近ではこの言い伝えを
知る者も少ない

ただ、この地に昔から住む老人などは

『アレは《人食い桜》だ、近寄ってはならない
人の命を喰らい生き延びる魔性だ』

また、あるものはいう
『あの桜には神が宿っている』

言い伝えを信ずる者は
そう畏れ、見物どころか
桜に通じる道も
回り道をし、通ることさえしなかった。


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そして、ある春の日
折よく天候は快晴、
桜の花も今が盛りと咲き誇っている

あと1日2日訪れるのが遅れれば
もうこれ程の桜は拝めないだろう

花見客達は皆
笑顔を浮かべ正にこの世の春を満喫している

愛を語る恋人達
絵に描いたような団欒の家族
花に例え人生を説いている神父


そんな雑多な矯声が渦巻く
花見会場

その場で最も幸せそうな者達の席へと
ひとひらの
黒い花びらが舞い降りていく

『なんだろ…コレ』
「そういうのもひとつ位あるでしょ♪」

ある者の頭の周りを舞い揺れ
肩へと落ちる


その花びらを払おうと、手を振れた瞬間

全ての景色が吹き飛び
その場にいた最も近しい者のみを伴い

異世界へ飛んでいた。

其所は小高い丘にも見えるが
まるで中に浮かぶ小島のようにも見える

選ばれた者2人を見下ろす様に咲いているのは
巨大過ぎるサクラの木だ…。

…巨木にしても度が過ぎている

樹齢など想像も出来ない程に
(ねじ)りくねった枝や節々

高さなど…まるで把握出来ない

ひょっとしたら
天まで届いているのではないか…?
そんな事さえ思わせる

何よりも…花が黒い…!
濃淡のグラデーションは
桜そのもの。

たった今まで観ていたのだ。

それくらいは分かる

これは確かにサクラの木であり
サクラの花だ…。

その巨木の下に呆然と立ち尽くす2人の恋人


あまりにも現実から
離れすぎ
呆然と立ち尽くす2人の前へ

忽然と現れた【天女】

━━あなた達は互いの為犠牲になれますか━━

突然の質問、置かれた状態に戸惑い
意味が飲み込めない2人

━━あなた達は先ほど互いの為に『死ねる』
という言葉を発した方です━━

━━━・・・望みを叶えましょう・・・━━━━


二人のそれぞれの頭の中へ直接
飛び込んでくるその語りは

この天女が発する異様な神気は

・・・いや、【女の形をした何か】が
明らかに人間ではなく

自分達ではとても敵わない
絶体的な存在であること。



それこそ何をもってしても抗えない
とてつもなく凄まじい強制力が
働いている


それを本能的に理解させるものだった


━━━━━どちらかの魂を差し出しなさい━━━

━━その魂と引き換えに残された者
の望みを叶えましょう━━━



不思議 に頭へ響くこの言葉が迷う事なく
そのすべてが理性的に呑み込めていく2人。


━━━━━では・・・一刻(2時間)後に━━━━


……その言葉を残し忽然と消える天女

我に帰る二人の前には
いつの間にか豪奢な座卓が置かれ
食べきれない程のご馳走が並んでいる

その中に並ぶ銘茶器を思わせる茶碗の中には
正に甘露としか いいようのない
不思議な飲み物や

いくら食べても飲んでも
一向に減ることがない食物

食べるほどに
飲むほどに

頭がハッキリと冴えてくる。

答えを出さなければ
ならないのに
二人とも
その決断に対する会話は無い

これも不思議な事に
どちらも【謎の天女】の言葉を
何故か理不尽とも感じられない

それは
もうずっと前から
決められいた事

当然決めなければ
ならない事

そう感じてならない。

あとは
どちらが犠牲になるのかを
決めるだけ。

この2人の名を

男は【大生(だいき)
女は【葉子(ようこ)

と、いった。

暫し時が過ぎ
無言でご馳走を食べる大生の脳裏に
彼自身の これ迄の半生がまざまざと
浮かび上がっていく

大生はとても貧しい家に生まれ落ち
苦渋を嘗めながら
その少年時代を過ごしてきた。

親に捨てられ
引き取られた親族に疎まれ

なまじ聡明であった為に
己の境遇が尚の事、
最低限のものであったことを
客間的によく捉えていた

それでも苦学に苦学を重ね
司法試験への勉強会で
良家の子女であった
葉子と巡りあった。

恐らくは
自分とは真逆の生活を送ってきた
葉子に強い憧憬にも似た恋心を抱き

もとより失うモノの無い大生は
それこそ なりふり構わず
葉子に想いを寄せていき
そして打ち明けた


遂には葉子の愛を手に入れ
将来を誓い合うまでになった。

資産家の令嬢である葉子

世間的にも公認となり
その両親の後援をも手に入れて
大生の何よりの夢であった

【 自分を見下した皆を見返す 】

その願いが叶いつつある
その直前の出来事であった。

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数々の珍味への箸を置く大生

葉子の事は勿論、愛しているし
死ねる、と言ったことも
嘘ではない

ふと我にかえり目の前の
葉子を見詰めると
ただ、微笑を浮かべ

『 私が犠牲になるから 』

そう、静かに菩薩のような微笑みで告げる葉子

無理だ、そんな事はできない
とても愛する葉子1人を逝かせられない、

『逆だ!、俺が犠牲になる』と
思わず口に出る大生

再び固い絆を感じ見詰める合う
大生と葉子

…………1人しか助からないならば………


2人の思いが重なる

『ならば、2人で逝こう』

その大生の言葉に嬉しそうに
ただ静かに頷く葉子


そして間もなく一刻が経ち
謎の天女が再び姿を現す

━━答えは決まりましたか・・?━━

二人で眼を見つめ合い

答えを告げる

『2人で死にます』

━━━━それも良いでしょう・・・━━━━

突然二人の足場のみを残し

わずかに愉しい時を過ごしていた小島が
崖へと変わっていく

その眼下にある光景は
まさに地獄

無数の亡者が業火に焼かれ
うごめき
悲痛なうめき声をあげ
こちらを見上げている。

固く手を握り

それでも【二人】で
飛び込もうと一歩踏み出した刹那

業火に焼かれるひとりの亡者が
大生と目が合うと
待ち切れない、とばかりに ニヤリ とわらう

その一瞬、大生はあまりの恐ろしさに

無意識に葉子の手を…

踏み出した彼女の手を振り払ってしまった。

ただひとり落ちて行く葉子

その顔はそれまでの穏やかさが嘘の様に
…たちまちのうちに
眼は夜叉の如く吊り上がり

裂けていく口は悪鬼の如く
大生への憎悪を()えている。

やがて【底】へ堕ち切った、葉子。

たちまち数多の亡者が葉子に群がり

その華奢な身体が引き裂かれていく

その地獄の中であっても
葉子の視線はただ大生を睨み

塵芥(ちりあくた)ほどもずれることは無い

大生は、あまりの惨劇と恐怖に眼を背けた瞬間

景色は吹き飛び…大生は1人再び
ご馳走のならぶ座卓に座っていました。

震える手で
盃を取ると

一口、寒露を含む
まるで先ほどの地獄が夢であったように
薄れていき

又、たちどころに満たされる盃をあけ
浴びる様に呑み

ところ狭しと大きな座卓に
並ぶご馳走、珍味に
狂ったように手を伸ばし
貪り食らうのでした。


━━━望みは叶えましょう━━━

いつの間に現れたのか

謎の天女がそう告げ
霞の様に姿を消していく


その瞬間
座卓にところ狭しと並んでいた
ご馳走の数々が
バラバラになった
葉子の身体である事に気付く大生

今まさに口に運んでいた塊の肉が
葉子の腕であった事に

驚き飛び退き
桜の巨木に したたかに体を打ち付け

ふと桜を見上げると
無数の星の数程の桜の花びら
1枚1枚全てに葉子の怨めしそうな顔が
浮かんでいる。

ザッーと吹く風に散り
大生の体に
『どうしてどうしてどうしてどうしてどうし…』

と桜葉の擦れ合う音のように
こだまし
またその花びらが
次々と大生なの頭上に降り注ぎ
絡み付いていきます

腕を狂人の如く振り回し
恐怖に頭を抱えて
うずくまる大生

どれ程の時が経っただろうか
薄れていく意識の中


突然、
バチっという閃光にも似た音と共に

華やかな花見会場へ
戻っていた大生

しかし、
傍らに居るはずの葉子の姿は無い

葉子の荷物はそのままに
葉子のみが姿を消している…。


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その後の大生は
やることなす事が
恐ろしいほどに上手く進み

およそ
人の羨むものは
全てその手に入っていきます


最初こそ葉子は行方不明として

懸命な捜査が執られましたが
数年が過ぎるうちに

事件は風化され

一人娘をなくした葉子の両親は気を落とし
失意の内にその命を散らしました

その一方でまるで葉子が持っていた幸せを
吸い上げる様に

傍目には誰もが羨む栄耀栄華を
手に入れた大生

しかし、その(じつ)

幸せを感じた事はなく
栄華を極めていくほどに

その心に感じる
虚しさは拡がっていくばかり。

どのような出世を果たし
富を手に入れても
それは己1人だけが
感じるもの

その栄華を共に過ごし、
彼の成功を自分の事のように
喜んでくれる葉子が
居ないからだ、と
いう事にようやく気がついた大生

その事に気付いたその夜の内に
大生の足はあの場所へ向かいました。

そして再び
あの【桜の巨木】の前に立ち尽くす大生


そして、夜が明け

朝日に照らされる中に
その桜の枝へと繋がれたロープは
大生の首に巻かれ

その体は ゆらゆら と桜に
ぶら下がっていました。


陽光の中
かつて【大生で在ったモノ】が
夜の闇から朝日に浮かび上がっていく


その遺体は
爪でかきむしられた痕の残る顔のみを残し

五体の皮は全て引き剥がされていた

その腕と言わず足といわず
むき出しにされた骨

その所々に残る体の肉には
まるで無数の小人に食いちぎられたような
歯形があちこちに残っていたのです。

ザァーっと吹く一陣の風に舞う桜吹雪

と、同時に転がり落ちる
大生の首

無数の花びらと共に転がり
桜の巨木の根本へ転がって行きます

その首をそっと拾い上げ
抱き締める者が ひとり

葉子である。

【 真実 】は【謎の女】の問い掛けにすぐ、
大生が応え
最初からその 身、魂を
最愛の恋人の為に捧げていたのである。

愛しい葉子の為に。

生き残った葉子の願い、

それは

せめて大生がその哀しい人生で
真に望んだ

【全て】を与える事 。

そして
桜へと大生の首を抱え歩いて行く葉子

歩みはそのままに桜の木の中へと
吸い込まれて行く。



ふと振り返った葉子の顔は天女のそれであった。

詐座

詐座

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  • 短編
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  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-01

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