雪の降る頃に~いつもそばに~

雪の降る頃に~いつもそばに~

春が始まりだとすれば、冬は終わり……終わりがあるから始まりがある……
それは、俺の……俺たちの関係にも……

始まり~それは冬~

冬…
空が高くなり、空気の匂いが変わる。
吐き出す息が白くなり、身を切るような冷たい風が吹き抜ける。

やがて……雪が降り、一面を白く染める。
全てを塗りつぶす白い雪。

始まりが春ならば、終わりは冬。
静かな、白の世界。
それは冬……

……そして、今年も冬が来る。
始まりのための、終わりの冬が……

二人の感じ

「う~、さすがに冷えるなぁ」

白くなった息を手に吹きかけながら、すっかり白くなってしまった町を歩く。
夏は暑くて嫌だったが、こう冷え込むと冬も嫌になってくる。
俺は、できるだけ体を小さくして寒さをしのぎながら歩いてゆく。

見慣れた公園の前を横切り、いつもの角を曲がる。

「あっ……悠一」

見覚えのある女の子が立っている。

「よぉ。麻紀」

軽く手を振ってやる。

「おはよう、悠一」
「あぁ、おはよ」

いつもの挨拶に麻紀は、笑顔で答えてくれた。

「今日は遅れなかったね、悠一」
白い息を吐きながら、麻紀が話し始める。
「まあ、この寒い中、麻紀を待たせるのも悪いと思ってな」
「ふ~ん」

そういって悪戯っぽく麻紀は笑った。

吉沢 麻紀は俺の幼馴染だ。
小学校の頃からの付き合いで、いわゆる腐れ縁。
もともと家も近いということもあって、一緒に学校へ行く事が多い。
8時すぎに家を出て、この道で出会う。
今日はたまたま遅れなかったけれど、あまり遅れるとわざわざ家まで迎えに来たりする。
まったく世話好きな奴だと思う。

「何だよ……その言い方……」
「べつに~。ただ、寒くて目がさめただけなんじゃないかと思ったから」

読まれてる……

「嘘じゃ…ない」

苦笑いをしながら言い訳をする。
まぁ、無駄だってのは分ってるけれど……

「はいはい……解ったから早く行こう?今日は、折角ゆっくり行けるんだから」
「ああ、そうだな」
鞄を脇に抱えなおして、ポケットに手を入れなおす。
麻紀と一緒に歩きだす。

変わらない、いつもの事。

「風が随分と冷たくなったよね」
不意に強くなった風に髪を押さえながら麻紀が言う。

学校へと向かう道。
雲が切れて眩しい光が広がって行く。
「わぁ」
麻紀が、空をうれしそうに見上げる。
「ほら悠一、太陽だよ。久しぶりだね」
「ああ、このところ雪ばっかりだったからなあ……」

二人で空を見上げた。

雲の切れ間に輝く太陽、
そして高く澄んだ青い空。

冬の晴れ間の青い空。
それは何処までも続いているように見えた。


たわいのない話をしながら、学校の前までやって来る。

「あれ?」

まだ予鈴まで、かなりの時間が有るのにたくさんの生徒がいた。
ふと気になった事だが、気になるとちょっと不安になる。

「今日は、何かあったっけ?」

麻紀に聞いてみる。

「え?今日……?」

そういって暫く考え込む。

「う~んと何も無かったと思うけど……」
「何にもない?」
「そうだよ?いつもと同じだよ?」

麻紀が知らないというのなら、本当に何も無いんだろう。
昔からしっかり者の麻紀が、忘れていることはないだろう……

だけど……やっぱり何か不安が残る。

「じゃあ何でこんなに人が居るんだ?」

もう一度聞いてみる。

「別に普通だよ」
「いや、何かあるんじゃないのか?昨日は、こんなに居なかったはずだぞ?」
「いつものとおりだって。悠一が、普段、何も見てないだけなんだよ」
「ぬっ……そんなことはないぞ。昨日はたしか……」

反論しようとして、昨日に事を思いだしてみる。

「昨日はたしか……」

何かあったっけ?……

「ぬう……」
「大丈夫?悠一?」
難しい顔をして、考えているオレを心配したのか、麻紀が声を掛けてくる。

「悠一?」
「ダメだ!思い出せん!」

結局、思い出せないという結論にたどりついたオレは、素直に、麻紀の言葉を受け入れる事にした。

「すまん、確かに麻紀の言う通りみたいだ。どうも普段から何にも見てないだけみたいだ」
「だから言ったのに」

麻紀の言葉には納得してしまう。
昔からそうだった。
まるで母親か、姉のようにオレの事を見ていて、くだらないことでもちゃんと応えてくれる。
そしてそれは、まるで悟らせるような口調だから、結局は受け入れてしまう。
オレに言わせれば、麻紀はきっと世話好きな、お姉さんと言った感じ。
ときどき間の抜けた事もするし、同い年だけれど、それでもやっぱりお姉さんだろう。

「納得した?悠一」
「あぁ。納得した」
オレは軽く笑って、そう答えた。

下らない話で、無駄に時間をくったのだろう。
さっきよりも、さらに多くの生徒が集まっていた。
「結構、時間使ったんだな……」
「そうだね……悠一はすぐムキになるから」

校門をくぐり、学生玄関へ。そして、ちょうど靴を脱いだ時、
「おはよう、お二人さん」

声を掛けてきたのは、親友『緑川 浩平』だった。

「おはよう、浩平君」
「よう。 今日も冷えるな」

麻紀もオレも笑顔で答える。

こいつ、緑川 浩平も幼馴染。特に高校に入ってから……いまは違うけど、一年の時は同じクラスだった。
男が見ても悪くないと思える顔。人見知りをしない明るい性格で、一気にクラスの人気者になった。
実際、オレも浩平とは良くつるんだし遊びにも行った。
学年が上がり、クラスも変わったけれど、それは今も変わっていない。

ただ……
時々下らない事を真剣に考え、実行する。
この前は……確か『学年美人コンテスト』とかいうのを計画した。もっとも事前にクラスの女子に発覚し、計画は水泡へと帰したのだが……
オレに言わせると、悪戯好きの子供と言った感じ。

「今日もまた、一緒だったのかあ?ゆういちい?」
「私の家が、悠一の通学路にあるから……ね」

麻紀が少しはにかみながら答える。

「だからって、毎日ってのはねぇ……」
浩平がニヤニヤと笑いながら、オレを見る。
「お前なぁ……何度も言ってるだろ?オレと麻紀は、お前が考えてるような関係じゃないって……」

「あぁ!解ってるって。『そういう』関係じゃあ無いんだろ?」
「そういう関係?」
「いや~、麻紀ちゃんが気にする事じゃないよ。なぁ?」

笑いながら浩平が肩を組む。

どういう関係だと言いたいんだ?コイツは……
「お前はホントに、そういうの好きだな」
「まあ、そういうお年頃なんだよ」

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
予鈴が鳴る。
「おっと、やべぇ。そろそろ行かねぇとウチの担任はやかましいんだ。悠一また後でな~」
そう言うなり浩平は、走っていってしまう。
「なんだかなあ」
教室へと、消えていく浩平の背中を見ながら俺はつぶやく。

「さてと、オレ達も行くか?」
「……」

「どうした、麻紀?」
「う、ううん。 何でも無いよ。行こっ!悠一」

少しだけ顔を赤くして、麻紀が教室に入ってしまう。

「おい、麻紀ちょっと待てよ。 お~い」
麻紀を追いかけて、俺も教室へと入っていく。

教室の中は、すでに生徒でいっぱいだった。
自分の席へと向かう途中で、麻紀に声をかけようとしたが、友達と何かを話しているようなので止めておく。

「ちょっとすまんな~」

雑談に興じる男子生徒をどけて、席につく。
同時に、ガラガラと戸を空けて担任が入ってくる。
「よ~し、点呼を取るぞ~。全員、席につけ~」

朝のHRが始まる。

今年の冬は、
どんな変化をオレに与えるのだろう?

ノ-トの運命

昼休み。購買に行こうとしていた俺に、不意に同じクラスの女の子が声を掛けてきた。

「ねぇ、堂本君?ちょっと、いい……?」

急いで購買に行きたい所だけど邪険にはできない。

「あぁ、うん。 いいけど?何?」

取りあえず、返事をする。

「え―っと……」
妙なタメ、何か、言いにくい事なのかな。

「あのね……」

もしかして……

「その……」
オレの期待が、あるはずのない方向に膨らみかけた時、女の子がやっと話し出す。

「あのね、麻紀ちゃんにノ-ト借りてたんだけど、隣のクラスの子に貸しちゃったんだ。放課後に返す約束だったんだけど、今日はちょっと用事があって……だから……」

ちょっと間をおいて、

『お願い』と言うような目で

俺を見る。

「……」
それだけの事を……意味ありげに……
(馬鹿だなあ、俺……)

「堂本君?ダメかな~?」
「あ~えっと、かまわないよ?どうせ放課後は暇だから」

自分がろくでも無い想像をしていたのを隠して、笑いながら答えた。

「わ!ありがと~」
女の子の顔がパッと明るくなる。
どうやら、気づかれなかったみたいだ……

「ありがと~、それじゃ、これ、お願いするね」
それだけ言い残して、教室を出て行く。
オレも軽く手を振った。

あれだけの事なのに……あんなにタメ無くてもいいのに……
女の子ってのは、よくわからない……

渡されたノ-トを手に考える。

どうしようかな……

走る俺たち

(明日でも、いいか。)
オレは、そう決断をして家へ向かった。
そう明日、また会えるんだから。


次の日の朝。
いつもの様に麻紀と会う。

「おはよう、悠一」
「おはよう」
挨拶をして学校へ向かう。
昨日の雪はもう、積もり始めている。
本格的な冬が、もうすぐやって来る事を予感させた。

「ああ、そうだ。 昨日預かってたんだ。」
オレは、鞄からノ-トを取り出し、麻紀に渡す。

「あっ、ありがとう。悠一」
「いや、気にするな。たいした事じゃないから」

俺は、笑いながら麻紀に言ってやる。

「ふふっ……そうだね」
「預かっただけだしなあ」

二人で笑った。
白い道路が、眩しかった。


「麻紀先輩!」
少し進んだ所で、麻紀が呼び止められる。
後ろから走ってきたその子は俺たちの前まで来ると、白い息をハアハアと吐きながら挨拶をする。

「ハアハア……お、おはようございます。麻紀先輩」
「おはよう、みさきちゃん。どうしたの? そんなに走って……?」

(みさきちゃんっていうのか……)

「その、前に麻紀先輩が見えたので……」
「そんなに、走らなくても良かったのに……」

クスッと、麻紀が笑う。

取りあえず、みさきちゃんの息が戻るまで待つことにした。
俺はその間、灰色がかった空を見ていた……

一通り息を整えた『みさきちゃん』は、

「あの……麻紀先輩?そちらの方は?」

俺を不思議そうに見た後に、そう言った。

「あ、ごめんね、みさきちゃん。こっちは悠一、私の幼馴染だよ」
「あっ、そうなんですか?そうなんだ……」

そういって、二人がオレの顔を見る。

「あ~、おはようみさきちゃん」
俺は取りあえず挨拶をする。

「あっ、こちらこそおはようございます。悠一先輩」

何だか妙な感じだ。
そんなやり取りを見ていた麻紀が、笑い出す。

「何だよ、麻紀?何かおかしいか?」
「だって、初めて会ったのに、もう名前で呼んでるんだもん」

「仕方ないだろう!だって名前しか知らないんだから。なあ?」

「えっ? あっ、はい。そうですよ、麻紀先輩」
「そういえばそうだね……ふふっ。ごめん。じゃあ、歩きながら自己紹介でもしたら?」
「あっ、いいですね。そうしましょう、悠一先輩?」


結局、歩きながら自己紹介をする。
みさきちゃんこと『綾瀬 みさき』ちゃんは、麻紀と同じ陸上部に所属している事。
そして、みさきちゃんが、麻紀にあこがれて陸上を始めた事などを聞いた。

「へぇ、そうなんだ。麻紀が、そんなに速いなんてなぁ」
「でも……悠一先輩は麻紀先輩と、お付き合いが長いんじゃないんですか?」

みさきちゃんが、オレと麻紀を見る。

「……そ……そうだけど……」
「どうした、麻紀?」
「う、ううん、何でも無いよ。 悠一」

少しだけ顔を赤くして、麻紀は黙ってしまった。

「どうしたんですか?」
「いや、別になんでもないよ。ああ……さっきの話だったよな?」
「はい……」

なんだろう?
怪訝な顔をしてるけれど……

「オレ、麻紀と走って負けた事無いんだよ。だからかな?」
「じゃあ、凄く速いんじゃないですか!」

パッと表情が明るくなる。

「そんなことないさ。きっと麻紀が手を抜いてるんだよ」
「そんなこと無いと思いますよ」
「う~ん、どうなんだ麻紀?」

「え? 何?」
どうやら聞いてなかったらしい。

「オレと走ってるときに、手を抜いてるのかって事」
「えっ、手なんか抜いてないよ。 悠一が速いんだよ」
「ほら、そうですよ!やっぱり!」
「う~ん……俺は絶対、違うと思うけどな」
「だったら、一緒に走ってみましょうか?」

「「え?」」
突然の提案に、俺と麻紀は顔を見合わせた。

「走ってみれば、わかると思いますよ!」
そういって、走り出してしまう。

「あっ、みさきちゃん!」
麻紀が声を掛けるが、もう届いてはいなかった。

「しゃあねえ、行くぞ麻紀!」
「はあ……今日は全然、遅れていないのに……」

結局、いつもより30分も早く学校へついてしまった。

「やっぱり……速いですよぉ~」
「私……本気で走ったからね……」

そう、俺が一番だったのだ。

「だから……これは男女差の……」
「悠一先輩、陸上やればいいのに~」
「こんな事で、速くても陸上じゃダメだって!」

上履きに履き替える。

「ほら、麻紀。行こう」
「あ、うん。じゃあ、また後でね」
「あ!は……はい!また部活で!」
みさきちゃんと、別れて教室に向かった。

しかし……

朝からダッシュは……キツイ……

オレはそのまま、午前の授業を受けることもなく……昼まで眠ってしまったのだ……

まったく……とんでもない朝だった……

長い付き合い

さっきから、下で麻紀が呼んでいる。
「悠一!!はやく~!!」
「わかってるって!」
俺は勢いよく制服を羽織り鞄を持つと階段を駆け下りた。

家から学校まで走る。

「お~い!早く早く!」
「はぁ……悠一……お願いだから、寝坊しないでよ。」
「悪かったって!オレだって、したくてしてるんじゃないんだってば!」

「もうちょっと早く寝ようよ・・・」
「ったく。 オレの都合も考えてくれよ。面倒くさかったら、置いていってくれ。」
「そんなコトしたら・・・悠一、学校来ないでしょ?」

「いや……さすがにいくとは思うけど……」
「それなら、いつもより早く寝て早く起きようよ!夜更かしばっかりするからだよ!」

まったく、本当に母親か姉だと思う。寝る時間の心配までするなんて……

「わかったって!悪かったよ!」
「全然反省してないでしょ!!」

白い息を吐きながら俺たちは走る。白い街を……白い道を……



「う~~超濃厚は失敗だったかなあ……」
昼に食べたパンのせいだろうか?どうしようもないくらいのどが渇く……
新発売だからって飛びついた、『超濃厚マヨネ-ズやきそばパン』は失敗だったみたいだ……

「なんかのまなきゃ……」

俺は喉の渇きを潤すべく自動販売機へと向かった。

「悠一」
麻紀に声を掛けられた。

「なに飲んでるの?」
「ん?見てわからないか?ほら」
俺は500mlの大型缶をズイッ!って感じで、麻紀の目の前へ。

「コ-ラ?」
「なんか喉が渇いて死にそうなんだよ」
「珍しいね?お昼に塩辛いのでもたべたのかな?」

そういって笑う麻紀はいつものようだったけれど……どこか……なにか違う雰囲気だった。

「なんだよ、お前も買って欲しいのか?」
「そういうわけじゃないよ……」
「じゃあ……用事かなんかか?」
「あ、うん……そんな……とこかな……」

なんだかハッキリしない……なんかいつもと違う……

「ねぇ、悠一?」
「ん?」
「悠一……今……好きな人いる?」

とんでもなく突然な会話……こんな事一度もなかった……よな……?

「……なんだよ……急に?」
突然の質問に戸惑う……

いったい、どういう風の吹き回しだろう?

「突然でどう答えていいかわからないけど……なにかあったのか?」

麻紀は少し俯き、なにかを探すような表情をした後……

「何かってわけじゃないけど……さっき皆で好きな人の話をしてて……それで……ねっ?」

困ったような、それでいて恥ずかしさを隠すような……そんな不思議な表情で麻紀は言った。

「え~っと……なんか話の流れで触発された感じかな?」
「あははは……そんな感じかなあ……ねぇ悠一……居るか居ないかだけでも教えてくれないかな……」

そう言ったいつもの麻紀と違って、なんだか……なんだか……

「悠一。お願いだから……」

ひどく儚げで、いつもと違う雰囲気だった。

「え~っと……居るか居ないかだけだな……」
「うん……」

いつもなら冗談の一つでも言いたいところだけど、今日は……今の麻紀にはそんなことはできなかった。

「いるよ……」

俺は小さくつぶやいた。

「え?本当に……?」
「ああ、好きな人はいる。だけど、これ以上は言えない……」
こんな場所で、ホントのことは言えない。

「どんな……人?」
「それも言えないさ」
「……」
麻紀は残念そうに、目を伏せた。

「そんなこと訊いて、どうするんだよ?」

そう……こんな事を聞いてどうするんだろう……俺だって気になる女子はいる。
好きな人は?って言われれば、気になる女子は何人かいる……その中には……

「ううん……どうしようって訳じゃないの……」

そう言って、麻紀は力なく首を振る。

「麻紀にはいないのか?好きな男子とかさ」

どうしようもない空気の中で逆に訊いてみる。
それは、もしかしたら大きな間違いだったのかもしれないけれど……

「えっ、私?」
「ああ。俺に聞いたんだから、これでお相子ってやつだしな」

「わ、私は……」

麻紀は、しばらく黙っていたが、

「……いるよ」
小さくそう呟いた。

「………」
何も言えなかった。
本当は、『おお!誰?!浩平か!』って、茶化すつもりだったのに……

「そうか……」
それしか言えなかった……

(そうか、いるんだ……麻紀にも……)


「誰なんだ?」

絞り出すように俺は尋ねる……そして……

「……だよ……」
麻紀は誰かの名前を呟く……だけど……

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン

大事な何かを隠すように予鈴がなった……

「あ!休み終わるよ!ほら!早く戻らなきゃ!!」

麻紀は、逃げるように教室へと走っていく。


「………」
麻紀の好きな人……か……
誰なんだろう……

運命の放課後

放課後、なんとなしに街へと向かう。
なにかモヤモヤした気持ちが離れない。だけど……何か……何かが変わる。そんな予感もする……不思議な気持ちだった。

「だけど……なあ……」

そんな曖昧な予感で街へと出たものの何もすることがない。
アテも無く街を彷徨う。あのレコ-ドショップも、あの本屋も……何かが違う。
どうしても入る気にはなれなかった……

そんな風にフラフラと歩いていたとき……

「あれは……」
見覚えの有る後姿をみつけた。

(麻紀か?)

俺は……

「お~い、麻紀~」
見慣れた後ろ姿に声をかけた。それは何でもないいつもの事だったはずなのに……

だけど……

「ゆう……いち……?」

振り返った麻紀は酷く疲れたような……とてもいつもの麻紀とは思えない顔をしていた……

「おい、麻紀?!大丈夫か?具合悪いのか?」
「う、ううん……ありがとう。大丈夫だよ……」

そう言って、麻紀は笑って見せた。
でも、俺にはその笑顔が無理をしているようにしか見えなかった。

「そうか、ならいいけど……なあ、今、暇なのか?」
「あ、うん。 別に用事は無いよ」

「んじゃ、どっか行かないか?少し休んだ方が良さそうだしな?」
「う~ん……いいけど……そんなに心配しなくてもいいのに」
「まあ……それでもな。やっぱり心配だしさ」
「あはは。ありがとう悠一は、やっぱり優しいね」

オレと麻紀は、並んで歩き出す。
何度も……そして、いつもの事なのに……それなのに……
言いようのない違和感が俺の背中に張り付いていた。

「なぁ、麻紀? 今日のお前、何か変だぞ」
休憩がてらに入ったファ-ストフ-ド店で俺は麻紀に言った。

「そんな事無いよ……いつも通りだよ」

そう言ってまた、麻紀が笑う……

「そうか?」
「そうだよ……ねっ」

違う。やっぱり違う。無理をしてる……

麻紀……なにがあったんだ?

「何か考え事でも有るのか?俺でよければ聞くけれど?」

「ありがとう……悠一は優しいからね……」
そう言うと麻紀は辛そうな表情をした。

「いや……ほら!いつも迷惑かけてるからさ。その、お礼みたいなもんだと思ってくれれば!」

「そう……だね……ねえ……悠一……」

「ん?」
「あの……ね……」

麻紀はそれだけ言うと黙ってしまった。よほど辛い事なのかもしれない。
俺は何もできない……だから……麻紀の言葉を待った。

どれくらいたったのだろう?ほんの数分のような、何時間も経ったような……そして

「悠一……?」
「ん?」
麻紀はやっと話してくれた。
絞り出すような……そんな声で……

「悠一は……悠一は私が居なくなったら……どうする?」
「は?」
「私が居なくなったら……どうする?」
「何、言ってんだ?ずっと一緒にいて、そんな訳……」

『無い』

そう言おうとした時、
俺はは麻紀が今にも泣き出しそうな顔をしているのに気が付いてしまった。
何時も笑っている麻紀……それが……

「悠一……」
「麻紀……俺は……そうなったら……俺は……」

俺は……

オレは………


「……どうすれば……いいんだろう?」
「悠一?」
「麻紀……オレ、どうすればいいんだ?」

「……」

「ごめん……なんか突然だし、それに……そんな事……考えた事なくて……」

「悠一……ゴメンね。変な事きいちゃったね」
「いや……俺こそ……」

「やっぱり、今日は変だね。疲れてるのかな?」

「ああ……そうかもな……昼から少し変だったしな……」
「それじゃあ、私……帰って休もうかな」

そういって麻紀は席を立とうとする。

「麻紀!」

オレは呼び止める。

「な……なに?」
「あ、あのさ……」
「?」
「上手く言え無いけど、その……ちゃんと答える。俺が……俺はどうするのか。ちゃんと答えてやる!だから……そのなんだ……一人で悩まないでくれ。お前が暗いと俺も辛いからさ」

今、言える精一杯の答え……情けない答え……

だけど……

「……うん。待ってるからね。悠一……」
麻紀は小さくうなずいて、
恥ずかしそうに早足で去って行った。


麻紀が帰ってから、一人で暫く窓の外を見ていた。

「どうすればいいんだろう?麻紀がいなくなるなんて……居なくなった時の事なんて……」

夕焼けに染まる空、白い街を染める真っ赤な夕焼け……

ひどく綺麗で……そして何か悲しい……そんな景色だった……



コチコチコチ……

時計の音が気になって何度も寝がえりを打つ。

あれからずっと……

「くそっ!!」

……駄目だ。

麻紀のことが気になって眠れない……

麻紀が居なくなったら、オレはどうするんだ?もし、そうなったら、俺はどうするんだ?

(どうしたい?!どうすればいい?!)

どんなに考えても答えは見つからない。
何もかもが間違ってる気がする……

(ちくしょう……)

もう少し考えてみよう……
俺にとって麻紀は……そして俺たちの関係は……なんなのか……を……

きまずい日々の始まり

昼休み階段で、麻紀とすれ違った。

「よ……よう」

俺が片手を上げて通り過ぎようとした時……

「悠一。ちょっとまって」

麻紀が俺を呼び止めた。

「あ、うん……?」
「ちょっと」

そう言うと、麻紀は俺の制服の襟を直し始めた。

(なんだ……?)

そう思ったけど、俺は特に何を言うでもなく、おとなしく麻紀に従う。

「さっきの時間、上着脱いだでしょ?」
「うん……ちょっと暖房が暑かったからな」
「もう!襟が折れてたよ?きちんとしないとダメなんだから……」
「ああ……それでか……適当に上を羽織ったから……」
「はぁ、ちょと目を離すとコレなんだから。はい、これで良いよ」

「ありがとな麻紀」
「大した事じゃないよ。」

そうして麻紀は教室へと戻っていった。
昨日より、今日の方がずっと良い……でも……答えは……まだ……


何をするでもない。腹は減っているが食欲はわかない……

ぼんやりと中庭を眺めていた時だった。

「あっ!悠一先輩!」

振り向いた先に、みさきちゃんの姿があった。

「こんにちは。みさきちゃん」
俺は笑顔で声を掛ける。

「こんにちは!悠一先輩!」

まぶしいくらいに笑顔の彼女。
今の俺には眩しいくらい……そんな笑顔だった。

「先輩?今お暇ですか?!」
「ん……?暇っていえば暇だけど……」

思わず間の抜けた返事をしてしまう。

「もし、お昼とかまだでお暇だったら、一緒に食べませんか?」

「あ、え?あ……うん。いいけど……」

まだ何度かしか会ったことはない。話したことだって数えるくらいしかない。
みさきちゃんって、こんな感じの子だっただろうか?

何か違うような……

「どうしたんですか? 悠一先輩?」

みさきちゃんは不思議そうな顔でオレを見る。
初めて間近でみた、みさきちゃんの顔……

素直にかわいいと思う。

だけど……なんだろう……胸が苦しい……

「うん……なんでもないさ。ああ!そうだ!そうと決まったら早くいかなきゃ!席もランチもなくなっちゃうよ!」

俺はそんな苦しさから逃げ出したくて……そして恥ずかしくて……学食へと走り出していた。

「あっ! 待ってください、悠一先輩!!」
後ろから、みさきちゃんの声が聞こえる。

「はやくっ! みさきちゃん!」
「まってくださ~い!」

そんな会話が楽しいと思う。
みさきちゃんと居ると、心が和む……楽しいと思う。

そう……それは……
麻紀といるときに感じているのとは違う意味でなのだと思う……

「みさきちゃん!ほら!」
「わかってます~!でも……まって~!」

そんなやり取りをしながら走る俺は、ずっと笑いをこらえていた……


食堂に入ったオレたちは、それぞれ注文をしたプレ-トをを持って空いてる席を探した。
「けっこう混んでるね」
「そうですね~」

少し出遅れた昼食時。込み合う学食は生徒であふれていた。
あちこちで楽しそうな笑い声が聞こえる。

「おっ! あそこが開いてる!行くよ、みさきちゃん!」
「え、あっ、はい」

そんな中、俺が見つけたのは二人掛けの席。

恥ずかしい気もするけれど……それでも、今は楽しい時間なのだと思う。

「ねえ?みさきちゃん?それ食べきれるの?」
「はい、そうですけど……変ですか?」
笑顔で答えるみさきちゃん。

俺はいまいち食欲がわかなくて、うどんにしたけど、みさきちゃんはカツカレ―……しかも、大盛りだった。

「まあ、いつも部活だしね?」
「はい!毎日ですから!」

瞬間は驚いたが考えてみれば、みさきちゃんは陸上部。
練習を毎日やっているのだし。きっと、お腹がすくんだろう。

「うふふっ……変な、先輩……」
「ははは、よし、そろそろ食べようか?」
「はい!!」

周りから聞こえる笑い声、その中で俺たちも笑いあう。
それはたわいもない事、何でもない事……だけど……



「あの……悠一先輩?」
ほとんど食べ終わった頃、みさきちゃんが躊躇いがちに俺の名前を呼ぶ。
「ん?どうしたの?」

「あの……ちょっと……聞いていいかわからないんですが……いいですか?」
「いいけど……何?」

学食の喧騒変わらない。賑やかで明るい空間。だけど……そんな中、何かが止まったような……
動き出すような……そんな感じがまとわりついていた。

「えっと……ですね………その……先輩は、麻紀先輩とその……お付き合いしてるんでしょうか?」

ゆっくり時間をかけて、言葉を選んで……みさきちゃんが聞く。

「俺と麻紀が……付き合ってる……?」

みさきちゃんが、静かにうなずく。

「……はい。その……すいません……何だかそんな感じがしたもので……」

それは俺が昨日から考えている事に近い……俺と麻紀の関係……

「ど……どうなんでしょう……?」
真剣……そんな目で俺を見つめる……

だけど……俺はまだ、それの答えが……

だから……

「……よく……わからないんだ……」

そう答えるしかなかった。

「わからない……?」

「ああ、長い間一緒にいるけど……よくわからない……」
「………」

「なんだろうな……麻紀といると何だか安心するし、楽しと思うんだ……でも……」

俺は胸につかえていたものを、少しづつ吐き出す……

「でも?」
「恋人とは違うと思う……」
「そうなんですか?」
「好きだって言ったことはないし、この今の俺の気持ちが、そういうものなのかが解らないんだ……」

なんでだろう……なんで、こんなことを、みさきちゃんに話してるんだろう?
自分でも解らない。聞いてほしい。話したい。そんな気持ちが、どこかにあったのかもしれない……

「そうなんですか……でも……でも……(よかった)」

小さく呟いた、みさきちゃんの声……だけどそれは、大きな笑い声にかき消された。

「えっと……すいません!変な事きいちゃって……お昼楽しかったです!それじゃ!失礼しますね!!」
「え、ああ……俺も楽しかったよ……」

大きく頭を下げると、みさきちゃんは一年の教室の方へと向かって行った。

「なんで、あんな事、話したんだろう……」

気がつけば、周りはすっかり静かになっていた。
空になった食器……静かな学食……やがて……始業のチャイムが鳴った……

答えを探す……見つからない答え……

放課後、
オレと浩平は、学食でボーッとしていた。
昼は凄い数の生徒が集まる学食も、放課後ともなれば殆ど居ない。
暖かな日差し……静かな場所。昼の残滓……少しずつやってくる微睡……

「ふあ~静かでいいなあ~」
「ああ……」

男二人のどうしようもないほどに怠惰な会話。だけど……心地よい……

「そうだなあ……もし俺が寝たら、帰るときに起こしてくれるか?悠一?」

「浩平よりも先におきたらな……」

「期待しとく……」

怠惰でそれでいて穏やかな会話。心許せる親友との微睡……

がたっ!

突然の物音に、俺は微睡から引き戻される。まだ夢と現の間にある意識の中で目を開ける…

二人の女子が学食の隅の方に腰を下ろすのが見える……

(だれだ……)

だけど、一度微睡んでしまった頭は俺の意識を離してはくれない……

ぼんやりとした頭はまともには働いてくれなかった。


やがて……彼女たちは静かに話し始める。
会話の内容は、かろうじて聞き取れる。
普段なら聞こえない距離だけど、これだけ静かだと聞く気がなくても聞こえてくる。

(あれ……?)

何気なく、聞こえる会話。意識の覚醒と共に、それは俺がよく知っている子なのだと気がついた。

麻紀とみさきちゃんだ……

同じ部活だっていってたけど……朝以外にあの二人が一緒にいるのは初めて見るような気がする。

それにしても……ここに俺と浩平がいるのに気が付かないんだろうか?
二人とも真剣な顔しているけれど……

「……ねえ、みさきちゃん。ききたい事があるって……なにかな?」
そんな麻紀の言葉が聞こえてきた。

「あの……率直にお聞きします……お二人はどういう関係……なんですか?」
「え?二人って……」

「悠一先輩との関係です」

(みさきちゃん……?)

「関係って……」
「その……お二人が……恋人で……付き合ってたりとか……そ……そういうことです!」
「……私と……悠一が……?」
「はい!」

みさきちゃんは、ひどく真剣な顔で麻紀を見ている。
昼間に俺にしたのと同じ質問……

『よくわからない』

俺の曖昧な言葉を……確かめる気なんだろうか……

「どうしたの?みさきちゃん……ちょっといきなりすぎるけど……」

麻紀は戸惑いを隠せない。

「いきなりで……それで……失礼なのはわかってます……でも……」
「でも?」
「麻紀先輩は、悠一先輩をどう思っているんですか?」
「え?」

麻紀の動揺が、俺にも伝わってくるようだった。麻紀だけにじゃなくて……俺にも言われているような……

「私は、悠一先輩が好きなんだと……ううん……好きです。麻紀先輩がいつも話してくれたのと同じ人。ぶっきらぼうだけど優しくて……でも少しだけ弱くて……そんな人が居るんだって。どんな人なんだろうって、ずっと思ってました。そして、初めて会った時、思ってたのと同じ人がそこにいて……私は……一目で好きになりました。だけど……だけど!ずっと傍にいた麻紀先輩がどう思っているのか……それが聞きたくて……」

「………」

「悠一先輩にも同じ事を……聞きました。答えが欲しかったんです。だけど先輩は……『よくわからない』って……」
「よくわからない……?」
「はい……」

みさきちゃんは静かに頷き、そして……

「だから……麻紀先輩にきくんです。答えがないのは……嫌ですから………」

しっかりとした目。

「先輩……教えてください」

みさきちゃんが、何かを決意したように口を開く。

「先輩!教えてください!」

そうい言った。とてもはっきりとした、静かだけど熱のこもった声だった……

「私は……私は……」

麻紀が口を開く。

「私は……悠一が好き……」

(麻紀……)

「私も、悠一が好き……」

もう一度、麻紀が言う。

「やっぱり……そうですよね……」
「ゴメンね……みさきちゃん……でも、やっぱり……これが答えなの……」
「ありがとうございます。先輩……」

それはまるで決意表明……みさきちゃんの思い……

「みさきちゃん……」
「でも、私は……たとえ麻紀先輩でも……諦めたくないって、そう思ってます。すいません!」

みさきちゃんは、そう言うと立ちあがり、麻紀に深々と礼をして出て行った……


気づかれないように……テーブルに伏せたままで、俺は思う。

麻紀……それがお前の答えなのか……あの時の好きな人ってのも……そういう事なのかよ……

でも……

そういわれても……俺は……まだ、答えが見つかってない……

ゴメン……麻紀……それに……みさきちゃん……
俺はこんななのに……


どれくらいたっただろう?ひどく緩慢に麻紀が立ちあがると……

俺の横を通り過ぎていった。

麻紀が俺を……わからないくらい……見えないくらい……疲れ切っていたのだと思う……

(ごめん……)
麻紀が通り過ぎた後、俺は心の中でそう呟いた……


「んぁ?悠一?何かあったのかあ?」
「浩平……」

マジで寝てやがったのかよ……この野郎……

「なにかあったのか……ひどい顔してるぜえ?」
「別に何もね~よ」

「ん~そうか~……にしても……怖い顔だねえ」
「とんでもない夢をみたんだよ……」
「ふ~ん」

浩平は、やがて笑いながら、

「麻紀ちゃんと喧嘩する夢でもみたか?」

そういって俺をみた。

「……そんなもんかな……」

似たようなモノだと思う……俺はそう答えた。

「ま、お前と麻紀ちゃんはさ。お似合いだからなあ」
「浩平……だから、俺と麻紀は!」

イライラする気持ちが言葉に出ていたかもしれない……だけど浩平は見透かしたように笑い……

「わかってるって!『そういう関係』じゃ無いんだろう?」

そういって俺の肩をたたく。

「あ、あぁ……」

ちがう……ちがう……どこかで心が叫ぶのがわかる……

「でもさ……まあ、いいや!さ、帰ろうぜ!もういい時間だしよ!」
「ああ……」

俺はどうしようもないモヤモヤを抱えながら、浩平と一緒に帰った……



居心地が悪い……

麻紀やみさきちゃんの事を考えただけでイライラする。

家に帰ってからの俺は終始イライラしていた。どこにぶつければいいのかもわからない……

「クソッ!!」

ダン!!!
ヤケクソ気味に柱を殴る……

その行為が、何の答えも出してくれないというのは解っているのに……


(俺は……どうすれば……何をすれば良いんだ!!)

「畜生!!」

とにかく腹が立つ。

「俺は……オレは!!」

ダン!!

再び柱を殴る。
この怒りが収まるなら、手なんてどうなっても良かった……



「くそ……何やってんだ……」
何度壁を殴っただろう?ふと我に返った俺は天井を見ていた……

「いってえ……」

右手を見る……拳が切れ、そのうえ腫れている……


「どうすりゃいいんだよ……どうすりゃ……」


自分の気持ちが、思いが……解らない。

たしかに俺は、麻紀が好きだ。
何よりも大切にしたいと思っている、

それだけは言える。

だけど、その『大切にしたい』は、『好き』と同じなんだろうか?

家族に思う『好き』なんじゃないか?兄弟に思う『大切にしたい』なんじゃないか?

みさきちゃんもそうだ……

『好き』なのか?

それは……本当の意味で『好き』なんだろうか……


もう少し、考えてみよう……一人で……
俺なにりでも、はっきりと答えが見つかるまで……

……ごめん、麻紀。
この前の答えだって。まだ出してないのにな………

とんでもなく馬鹿だし……ひどいヤツだよな?俺……

そう思わないか?

なあ……麻紀……みさきちゃん……

思い出の夢

赤く染まった公園……
長く伸びた影…
静かな夕方…
光る雪…

『ねえ。悠ちゃん?私と麻紀ちゃんのどっちが好き?』
オレは、女の子二人に迫られた。

『答えてよ。 ねぇ、悠一』

女の子が二人……確か……
麻紀と……『まこと』……

何時だったかな……小5の時……いや、小6か……
とにかく古い思い出……

『答えてよ、悠ちゃん。』
『悠一……』

あの時、オレは……

『うるさいな! どっちが好きなんて、答えらんね~だろ!!』

そうだ……怒って……そして……逃げたんだ……

『悠ちゃん……』
『悠一……』

『そんなこと言えないし、言いたくない!それに、オレは二人とも好きなんだから!!』

(嘘ついたんだな……俺……)

俺は……『まこと』が好きだったんだ……

だけど、それを言ってしまうと壊れてしまう気がした。

今の居心地のいい関係……大切な関係……

麻紀と『まこと』、そしてオレとの関係……

いつも側に居てくれる、優しい麻紀……

俺が好きな『まこと』……

放したくなかったんだ……


『まこと』と麻紀、その両方を……



『悠ちゃん……それ……ずるいよ……』
『………』

『悠ちゃん……ずるいよ、二人ともなんて』


『だって!俺は本当に……』


『……もういいよ、悠一……ごめんね。こんな事、きいた私達が悪いんだもん……』

『麻紀ちゃん……』

『帰ろう、『まこと』ちゃん。悠一、ゴメンね……変な事きいちゃって……』

『………』

『じゃあね、悠一。また明日!』


『まこと』の手を引いて、帰っていく麻紀……

(ああそうだ……)

二人の姿が見えなくなってから……俺は泣いたんだ……

とんでもなくズルいことをしたようで……麻紀にも『まこと』にも悪いことをしたようで……
そして何より自分が情けなくて……

麻紀に甘えていた自分が……

答えられなかった弱い自分が……

それから暫くして『まこと』は引越した。
『まこと』に俺の気持ちは伝えないままで……

(ああ……今と同じなんだな……あの頃から成長してないって事か……子供のままなんだな……)


「悠一!!いつまで寝てるの!!麻紀ちゃんが来てるわよ!!」
母さんの声で目がさめる。

「ああ、今行くよ……」


ひどく懐かしい夢を見た。
ただ……今の俺には痛かった。
答えの出せない今の俺には……


「悠一、その手、どうしたの?」
「あ?」
「右手。 腫れてるよ」

麻紀は俺の右手をみるなり、そう言った。

「何でも無いよ……」
「だって、こんなに腫れてるよ?これで何でも無いって事は……」
「何でもないって言ってるだろ!!!」

反射的に怒鳴ってしまう。


「悠……一……?」
「ご……ごめん……だけど……麻紀……少しほっといてくれないか?俺の事……」

「悠一……どうしたの?」

麻紀の眼が不安に染まる。

「悪いって思ってる……ただ……」

「ただ……?」

「一人になりたい時もあるんだよ……」

「悠一……」

「ごめん!先行くよ!」

一人で学校へと走った。
後ろで麻紀の声が聞こえたけど……俺は振り返らなかった。

離れてわかること

「悠一先輩!!」
校舎を出ようとしたところで玄関で声をかけられる。
この明るい声は……みさきちゃんだ。

二人の会話を知っている……みさきちゃんの思いを……麻紀の思いも知っている……
だけど、俺はそれを出すべきじゃないと思った。


「よう、みさきちゃん。今帰りか?」
俺は出来るだけ明るく答えた。

みさきちゃんに……この『妹』みたいな子には、心配をかけたくなかった。

どこからわいた気持ちからなのか解らないけど、そう思った。

「あの……悠一先輩?何か、あったんですか?」
「え?」
「なんだか、いつもと違いますよ」

みさきちゃんにはバレていた。


「いつもと違うって?」

「はい……えっと……あの……なんだか寂しそうです」
「ハハハ、そう見えるか?」

笑って答えたが、その通りだった……

側にいてくれる人間……

麻紀が居ない寂しさ……それを俺は感じていたから……

「はい……」
「気のせい、気のせい。それより一緒に帰らないかい?うまいタイヤキ屋知ってるんだよ」
「あ、はい、私は喜んで!でも……麻紀先輩はいいんですか?」
「え?」

戸惑う……

「さっきまで、部室に居ましたよ……?誘わなくても……?」

ダメだ……離れたのは俺だ……今は会えない……会っても俺は何を……

「別に……いいんじゃないか?俺は、みさきちゃんを誘ったんだ。麻紀じゃ無いさ」
「あ、え?私……?」
「ああ!」

…何かが寂しくて、何かが何かが心を乱すのがわかる…

だから、みさきちゃんを見た時、嬉しかった。
何よりも明るい、みさきちゃんを見た時、心が和んだ。

それは酷く狡く、麻紀にもみさきちゃんにも、ひどい事だとは解ってる。だけどそれでも……

「ほら、行こう!みさきちゃん。」
「あ、はい……でも……」
「いいから、いいから」
「あの!悠一先輩!!」

その日、俺はみさきちゃんと楽しく過ごした。
二人でタイヤキを食べて、ゲ-ムをして、カラオケに行って……

とにかく、楽しい一日だった。
そう、麻紀の居ない寂しさを忘れるくらい……



いつもと変わらないはずの一日……

昼休み、席に座り、ぼんやりと窓から外を眺めていた。

「悠一」
鞄を持った麻紀がやってきた。
「悠一。今日はお弁当作ってきたんだ。きっと今日もパンだと思って……」
「麻紀」
言葉を遮って俺は言う。

「な、なに?」
「ごめん……今日はなんだか……食べたくないんだ……」
「そ、そう……じゃ、お弁当おいてくから、お腹すいたら食べてね……」

麻紀が去った後、ゴンッと額を打ちつけて、俺は机につっ伏した。

打ち付けた額と右手……そして……胸が痛かった……

まだ、答えが見つからないんだ

……麻紀……


その日の放課後、いつもの帰り道。いつもの公園……

「悠一」

麻紀がいた。

多分待ってたんだろう。

「麻紀……」
「悠一が、なんだか悩んでるみたいだから……それで……心配で……」
「待ってたのか……?」
「うん……」
静かな公園。すっかり白くなってしまったこの場所……

「ごめん……でも、俺にしか解決できないことだから……」

「でも……私はやっぱり……」

音もない冬の公園に俺と麻紀の二人。
俺の耳に麻紀の声が残こる……

だけど……

「一人になりたいんだよ……」
「悠一……」

「ごめん……もう暫く一人でいたいんだ……」

「わかっ……たよ……ごめんね……悠一……」

走っていく麻紀……

一瞬だけ見えた……麻紀の目に光る涙が辛かった……




あれからなにも見つからない。だけど、何かがかわる気配がある……

休み時間、自販機前でコ-ヒ-を飲んでいたところにみさきちゃんが通りかかった。
「お~い、みさきちゃん」
「あ、悠一先輩」
「教室へ戻るトコ?」
「はい」
「じゃ、オレも戻ろうかな」
そう言って、みさきちゃんの隣を歩く。

「えへへ……」
みさきちゃんは何だか嬉しそうに笑っている。

「ん?どうしたの?俺の顔に何かついてるかい?」

そう言うと、みさきちゃんは
「違いますよ~でも、何も、何でも無いです……」

恥ずかしそうに言う。
「なんだか変だよ。みさきちゃん」
 
不思議に思い、オレは訊き返した。

「い、いえ。ホントに何でも無いんですって!」

そう言って頬を赤らめるみさきちゃんは、ドキッとするほど女の子らしかった。

「えっと……」
「えへへ……」

なんだか、ひどく恥ずかしい……

俺は場の雰囲気を吹き飛ばそうと、口を開く。

「あ、そうだ!この前のタイヤキどうだった?」
「え?あのタイヤキですか?」
「ああ、そうだ。どうだった?結構美味いと思うんだけどさ」

この前のたい焼きの話をしてみる。

「とっても美味しかったですよ。尻尾までクリ-ム一杯で!!」

「いや……急に誘ったし、どうだったかなって思ってたんだ」

「初めてのお店でしたけどおいしかったです!それに、悠一先輩となら何でも、美味しいと思いますから!」
「え?」

「いま恥ずかしい事いっちゃいましたね……」

そう言って、みさきちゃんは俯いた。

なんだろう……とても暖かい気持ちになる……

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン

予鈴が鳴る。


「それじゃ先輩!また!」
「ああ、またね」

俺とみさきちゃんは、手を振って別れた。

何だか妙な感じだったけれど、みさきちゃんといると楽しい……

もしかして……俺は……みさきちゃんを……


一日が終わる。長い授業が終わり退屈な時間から解放された生徒の喧騒が広がっていく。

やがて……それも徐々に少なくなり……そして……教室には誰もいなくなった……

「帰るか……」

教室から出る。夕焼けが広がる廊下……麻紀と浩平が何かを話している。

(なんだ?)

会話は聞こえないが、何となく雰囲気だけは解る。

「………」

麻紀が困っている……戸惑っているのが解る。

浩平の事だから泣かせるような事ではないと思う……

だけど……

「クソッ!」

久しぶりに見た麻紀は、暗かった……俺の気持ちがわからなくて一人になったのに、あんな顔を見るなんて……

(なんなんだよ!)

どうしようもない位、胸が苦しい……

俺は気が付けば、逃げ出すように走っていた。

その日は何処にも寄らず、家へ帰って寝た。

……こんなに苦しいなんて……ただ、答えが欲しいだけなのに……




一人で歩く白い道……冬の空気が刺さるように感じる……

……いっそ、このまま凍えてしまえば、こんなに苦しい思いはしないのだろうか……

「先輩!」

みさきちゃんが走ってくる。

「おはよう。みさきちゃん。どうしたのさ?そんなに走って」
「遠くから先輩が見えたから……それで……」

みさきちゃんは、少し乱れている息を整えた。

「すごいな」

酷く間の抜けた声を出してしまった。
さすがに、部活をやっている子は違う。
基礎体力が凄いのだろうか?どんどん回復していくのが解る。

「あの……何かへんですか?もしかして、髪の毛とか乱れちゃってます?!」

慌てて髪を整え始めるみさきちゃん。

その姿がなんだか可愛いと思う。

「いや……なんでもないよ」
俺は、みさきちゃんの頭に、ポンと手を乗せた。

「あの……先輩……うれしいんですけど、なんだか恥ずかしいですよ~」

少しだけ頬を染めるみさきちゃん。

みさきちゃんって、素直で可愛いと思う。

「みさきちゃん」
「はい……?」
「一緒に行こうか?」
「あ、はい! 嬉しいです!」

そう言って笑うみさきちゃんを見ていると、何故か優しい気持ちになれた。

「先輩、今日は天気が良いですね」

「あぁ、なんだか暖かいね」

雪の降らない、晴れた日は久しぶりだった。

「今日の放課後は何か予定ありますか?」
「何も無いよ。そうだ……また一緒に帰ろうか?」
「はい!」

楽しそうに笑う。
「それじゃあ、放課後、校門で待ってるよ」
「はい!」

心地よいという感覚……
幸せという感覚……
心の一番やわらかな場所に、みさきちゃんを感じた。


昼休み、なんとなく窓の外を見る。
朝の暖かな日差しはどこに行ってしまったんだろう?暗く重い雲が広がり、外は吹雪へと変わってしまった。

まるで……俺の感情のように乱れ、荒れる冬……

何かが違う。
一人で居たいのに一人が寂しい。

どうして?

麻紀が居ないから……

違う……

みさきちゃんが居ないから……


それも違う……

(なんで……なんなんだよ!)


判らない……


一体、何がダメなんだ?


何が違うんだ?


「クソッ!」

ゴンッ!

反射的に机を殴る。

ゴンッ!

虚しい音が胸に響いた。


日が経つにつれて孤独が増していく……

何故だ……
何が寂しいんだ……何が苦しいんだ!オレは!!


(答えが欲しい……助けてほしい……苦しいんだよ……)

一人になって何かが変わった。
その変わってしまったモノを知りたい……


「俺は……どうすれば……」

不安と焦りだけが広がっていった……

一人で冬を

「はあ……」
放課後俺ははボンヤリと、窓の外を見ていた。

(一体、何日たったんだろう……)
そんな事思う。
麻紀と会わなくなってから、一体、何日経つんだろう……
最初こそ俺が意識して避けていたのに、今では麻紀の方から避けている気がする……

ただ、避けられているだけかもしれないけど、アイツなりの優しさを感じる……

きっと迷惑を掛けたくない……そう思ってるんだと思う……


……俺が迷惑させてるのに……

……馬鹿なんだよ……麻紀……優しすぎるんだよ……お前……


「悠一、何やってんだ?」
不意に声を掛けられた……いつのまにか浩平が横に居た……

「浩平か……ちょっと考え事さ……」
「ふ~ん……なあ、考えてる事、当ててやろうか?」
「あぁ……」
「麻紀ちゃんの事だろ?」
「たぶんな……」
適当に答える。

「このごろ変だぜ、お前達……何か喧嘩したみたいでさ」
「そう……見えるか?」
「ああ、今までとは全然違うからな」

浩平がそう言うのならそうなんだろう……

麻紀と同じだけ長く過ごした……いや……男同士だった分、もっと深いのかもしれない……

「………」

「なあ、悠一?オレ思うんだけどさ。気持ち、ハッキリさせたほうがいいと思うぞ?」
「気持ち?」
「ああ、お前さ。麻紀ちゃんの事……好きなんだろ?」
「え?」

浩平の言葉に動揺を感じる……

「浩平……俺は……べつに……」

「ハッキリしろよ!悠一!」

浩平が声を荒げる

「お前がハッキリしないから!麻紀ちゃんが苦しんでんだろ!!」

「浩平……」
「だいたい、お前は昔からそうなんだ!!『まこと』ちゃんのときも、気持ち伝えないでウダウダしやがって!!」

「………」

「どうなんだよ!! 何とか言えよ!!」

「………」
俺は何も言えない……だって、浩平の言葉は真実だから……

「悠一!! この際だから言うぞ!!オレも麻紀ちゃんが好きだ!!」
「浩平?!」
「でもな、ふられたんだ……『待ってる人が居る』って!!お前このまま麻紀ちゃんを待たせるのかよ!!」

「浩平……オレは……俺は……」

そう言いかけた俺を遮って、浩平は……

「ハッキリしてくれよ悠一!オレ、もう麻紀ちゃんの辛そうな顔さ……見たくないんだ……なあ!麻紀ちゃん待ってんだぜ!悠一をさ!いい加減ハッキリさせろよ!!」

浩平が、本気で怒っている。

浩平も、麻紀を大事に思っているから……大切にしたいと思っているから……

「いつまでも逃げんなよ!もうガキじゃないんだろ!?」

そうだ……逃げたくない……

もう……


『まこと』の時みたいな思いはしたくないんだ……

そして

「俺は……」


……もう、泣きたくは無い、

卑怯な人間にはなりたくない……

だから……

「浩平……オレは……」

「オレは……」


そう言えば、あれから麻紀の事ばかり考えていた……
離れてから……ずっと……

麻紀……

会いたい……

きっとこの気持ちが答えなんだ……


「悠一……どうすんだよ……?」

「浩平……俺……」

「行ってこいよ!麻紀ちゃんのとこにさ?」

「浩平……スマン!!」

俺は教室を飛び出した。

「嘘は言うなよ!」
「解ってる!」


「はあ……はあ……ま……麻紀……」

生徒玄関へ向かう、廊下で麻紀を見つけた。

「……悠……一?」
疲れきったような麻紀の声……
今までに聞いたことのない寂しい声……

きっと辛かったんだ……

罪悪感が沸いてくる……

「久しぶり……?でいいのかな……」
「あぁ……久しぶり……なんだな……」

「何か用なのかな……悠一?」

「……麻紀……」

俺はじっと麻紀の目を見つめる。

「な、なに? 悠一?」
「答え……見つけたんだ……」

俺は一度俯いて息を整える。心を決める。

そして、再び顔を上げて言う。

「答え、見つけたんだ……」
「答え……?」

「俺は、麻紀が居なくなったら捜す……見つけるまで捜す!」
「……悠一」

「俺は!麻紀が大事だから!だから!」
そこまで言って大きく息を吸う。

本当の気持ちを伝えるために……

「俺はお前が好きだ!」
「……ゆう……いち……」

真剣な表情の俺を見て、麻紀はコクンとうなずき、

「ありがとう……悠一。私……いますごく嬉しいよ……」

そう答えてくれた。

でもその眼は悲しい……寂しい……そんな色が浮かんでいた……
「麻紀……」

「すごくうれしい……だけどね……ダメなんだ……よ……」

「え?」
麻紀の答えに戸惑う。

「ダメなの……私、悠一と一緒には居れないの……」
そう言うと麻紀は俯いてしまった。

「……みさき……ちゃんか?」

一番最初に浮かんだ事を言ってみる
「ううん……違う……」

麻紀は、首を横に振る

「じゃあ、どうして……」

麻紀は答えてくれない……唯々、重い空気が立ち込める。

やがて……

「私じゃ……私じゃ、ダメなんだ……」

麻紀が呟いた。

「麻紀?」
「私は、悠一の側に居られないから……」
「どう言う事だよ……?」

「………」
「なあ……麻紀……」
「ゴメン、悠一。私、用事、あるから……」
「お……おい!!麻紀!!」

戸惑うオレを残して麻紀は、走って行ってしまった。


どう言う事なんだよ……

『側に居られない』って……

なんだよ……急に!

離さないと決めた

「くそっ!!」
俺は麻紀を追いかけて走り出した。

(納得できない!できるもんか!)

だけど……

『側に居れない』って、どういうことだ?

まさかホントに、居なくなるんじゃ……

「ダメだ!」

考えれば、考えるだけ不安になる。
……麻紀もこんな気分だったんだろうか……

麻紀の家に着いたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。
「もう冬なんだもんな……」
妙なトコロで、季節を感じた。

ピンポーン
ピンポーン

「あらっ、悠一くん。 お久しぶり」
「あ、はい……ご無沙汰してました」
出てきた麻紀の母親に、軽く頭を下げる。

「あの……すいません。麻紀は?」
「それが……まだ、帰ってないのよ……」

「えっ?」

「たぶん、部活だと思うんだけど……」
「そうですか……」

どこ行ってんだよ、麻紀。

「麻紀に用事?それとも……あの事で……」

「いえ、用事じゃないんです!すいません!それじゃ!」

「あっ、悠一くん!!」

挨拶もそこそこに俺は、麻紀の家を後にした。

麻紀に会いたい。
会って、話がしたい。
そのことが、強く俺を動かしていた。
麻紀の顔を見て、話しをしたかった。
そうすれば全てがわかる気がしたし、なにより答えを伝えなければ……



「どこだ……どこに居るんだよ。麻紀!!」
いろいろな場所を捜した。

もう一度学校に戻っても見た。
商店街の方にも行ったが、麻紀は見つからなかった。

「どこだ……」

俺は思い出せる限り麻紀と行った場所を捜した。


(公園……?)

公園……

(そうだっ!公園だ!)

楽しい事も、辛い事もあった場所。
麻紀と遊び、喧嘩もした、あの場所。

そして……

俺が逃げだした、あの公園……


(頼むからいてくれよ!)

俺は、確信を持って走り出した。

答えは出したんだ!
もう逃げたりしない!

だから……


「はあっ、はあっ……」
両ひざに手をついて荒く乱れる息を整える。

暗くなった公園。
誰も居ない公園……

「はあ、はあ、はあ……」
まだ戻らない息のまま辺りを見渡す。

雪に埋もれた遊具……雪囲いの木々……
改めて見た冬の公園は寂しかった。

そして、そんな場所に残る足跡……
俺は追いかけるようにたどっていく……

「麻紀!」

懐かしいジャングルジムの下、街燈の光が微かに照らして……麻紀がいる。

「悠一……?」
振り向いて、麻紀は言った。

「麻紀……やっと見つけた……」

「悠一……見つけてくれたんだね……」
「……麻紀?」

「見つけてくれたってのはおかしいかな……でも、捜してくれると思ってたんだ……きっとココに来てくれると思ってた……」

「随分走り回ったけどな……」

「待つのは慣れてるからね」
麻紀は小さく笑うと、そっと空を見上げた……

「悠一?覚えてる?ここで、私と『まこと』ちゃんで意地悪な事、聞いちゃった事」
「あぁ、憶えてる……あの時はごめん…あの時、俺は……」
「大丈夫だよ……私は知ってたんだ。だから、悠一が『まこと』ちゃんを選んでも良いって思ってたの……」

思わぬ告白に俺は息を飲んだ。俺はあの時、逃げたのに麻紀は……

「だから、あの時私は嬉しかったんだ。 答えてくれなくて……だって、私と悠一、そして『まこと』ちゃんとの関係は壊れなかったし……私も……やっぱり悠一が好きだったから……」

「そうか……」

麻紀は、ためらいがちに頷いた。

「『まこと』ちゃんが引越ししてから、前以上に一緒にいるようになって……私、どんどん悠一が好きになってたんだ……でも……」

「『側に居られない』……か?」

「うん……」
「どうしてだよ!今まで一緒だったろ?!だったら俺たちの関係がちょっと変わったって!」

「違うの!! そうじゃないの!!」

突然、麻紀が声を荒げる。

「じゃあ、どういうことだよ!」
俺もつられて大きな声を出してしまう。

「私だって、ずっと悠一と居たいよ!でも、ダメなの!悠一と別れなきゃいけないの!!」

「だから、どういうことだよ!なんで別れるなんて!」
「………」

「何とかいってくれよ!麻紀!」

「引越し……」

「え?」

「引越しするんだよ!この町から離れなきゃいけないの!」
「な……なんだよ!それ!」

突然放たれた言葉に俺は動揺した。心が乱れるのが解る。

「何で言ってくれなかったんだ!言ってくれれば、俺はもっとお前の側に居たのに……何でだよ!」
「それが嫌だったの!悠一の側に居れば居ただけ……辛くなるから!」

「じゃあ、俺は……どうすればよかったんだよ……お前を捜さなきゃよかったのか!?」

「違う……悠一は悪くないの!私が…私が…何も言わなかったから……あのまま、会わなければ良かった!やっぱり、こんなに苦しいなら……」

麻紀の声が涙でかすれていく……

(ちがう……違うよな……ごめん…麻紀……)

その涙が……声が……俺の心に冷静さを取り戻させる。

(何をしに、ここに来たんだ?なんの為に?答えを出したからだろう?)

俺は自問自答をして言うべき答えを、もう一度しっかりと噛みしめる。

(そうだ。もう……答えは……いや、俺の気持ちは決まってるんだ)

だったら……

「麻紀!」
言葉を遮って、麻紀を抱き締めた。

「ゆ、悠一?」
戸惑う麻紀。
「放さない」
「……え?」
「俺は、麻紀を放さない……」
「………」
「俺はやっぱり、麻紀が好きだから」
「悠一……」
麻紀は顔を上げると、俺の顔を覗き込む。
そして……俺も麻紀を見つめる。

「これで2回目だから……嘘じゃない」
「ありがと……でもね……だめ……なんだよ……」

麻紀の手が俺の胸に触れた。暖かな手が震えている……

離したくない。こんなに好きなのに……離してなるもんか!

「言ったろ? 放さないって。まかせてくれ。別れないですむようにするから」
「そんなこと……」
「まかせろ、俺はもう逃げないから。 お前を選んだんだから……な?」


「悠一……ゆういち~!!」
麻紀が強く抱しめる。
俺は優しく肩を抱く。

……幼なじみで姉のようで……
俺のことばっかり気にして……

優しくて……暖かくて……

麻紀……やっと答えにたどり着いたよ。
麻紀は俺にとって、一番大切な女のコなんだって。


それから俺達は、ベンチに座って空を見た。
寒かったけど澄んだ空に光る星と、肩を寄せる麻紀がそれを忘れさせてくれた。

「悠一……今日、クリスマスだったね……」
「あぁ……でもごめんな。パ-ティもプレゼントも何もできなかった……」
「そんな事無いよ……悠一が居てくれるから」
「俺も……麻紀が居るから……それだけでいい……」

「今日はこのまま、居たいね」
「ああ……ずっと側にいるよ。居たいからね……」
俺は麻紀の肩を抱く。
それだけで良かった。側にいさえすれば、それで良かった。

「あ、雪……悠一、雪だよ」
「本当だ……ホワイトクリスマスってヤツだ」
「うん……」

雪が降り出した。
初めて、麻紀と二人だけで過ごす夜に降り出した雪……

俺は初めて神様に感謝した。
俺達にプレゼントをくれた、神様の計らいに……

雪の降る頃に

次の日、俺は両親を伴って麻紀の家に向かった。

麻紀を俺の家に住ませる為にだ。


『父さん……母さんも。ごめん。頼みたいことがあるんだけど……』

そう切り出したときに酷く狼狽した両親も、大体の事情を話終わった頃には、諸手を挙げて俺の話に賛同してくれた。

まぁ、親父は前から『娘がよかった』と言っていたし、母さんは『麻紀ちゃんなら歓迎するわ』と妙に乗り気だった。

とはいえ……
麻紀の両親を説得するのは、さすがに一筋縄にはいかなかった。

それは当然の事だが……一人娘をいくら幼馴染と言え、男の家に住まわせようというのだから無理も無い事だった。

結局、麻紀が『毎日連絡するから』と親父さんをなだめ、『もうすぐ受験だし、このままのほうが麻紀にはいいかもしれないわ』と麻紀のおばさんが後押しし、そして最後は出張っていた俺の両親が『責任を持って預かる』と説得した。

一体、俺は……何をしてたんだろう……?

「悠一」

家へと帰る道。
何だか解らない無力感にやられフラフラと歩いていると、不意に後ろから呼ぶ声がする。

「悠一!」

振り返ると、そこには麻紀が立っている。

「麻紀……」
「今日は……ありがとう!悠一とお別れしなくてすんだんだから」
「いや、オレ何もできなかったし……」

「そんなことないよ!」
そう言うと、麻紀はオレの側に寄ってきて手を握った。

「悠一が、来てくれなかったら……私……今頃……お別れの挨拶してるトコロだよ……」

麻紀が遠慮がちに言う。

「そうかなあ?」
「そうだよ」
「……まぁ、いいや……そう言う事にしよう」

俺は麻紀の肩に手を置き、そっと抱き寄せる。


すっかり白くなった道と町。

「ねえ、悠一」
「うん?」
「雪、随分積もったね」
「あぁ」
「真っ白になったね」
「そうだな」
「いつまでも……一緒に居れるよね……」

そんな麻紀の言葉に俺は
「居られるよ。放さないって言ったから」
そう強く答える。

ひどく遠回りをしたが、俺と麻紀の関係は変わった。
雪が降り、一面を白く染めるように、俺たちの関係が変わった。
曖昧な幼馴染と言う関係から、恋人同士という関係に。

始まりの冬が来ていた。

粉雪が舞う風が、冬の寒さを実感させる。
俺は麻紀の肩を抱き寄せて、冷えないようにしてやる。

「悠一。あのね……私達……」
その言葉を遮って、俺は言った。
「付き合ってる……お前は俺の恋人だ。」
「悠一……」

二人で空を見上げた。
優しい晴れ間が、顔を出していた。

雪の降る頃に~いつもそばに~

数十年前に書いたノベルゲ-のシナリオを書き直し。メインヒロイン麻紀ル-トのお話でした。今回は名前だけだった、他の子のル-トもかければなあって思ってます。

雪の降る頃に~いつもそばに~

いつも一緒にいてくれた子……一緒に……それが自然すぎて、当たり前だったから……

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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-01

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  1. 始まり~それは冬~
  2. 二人の感じ
  3. ノ-トの運命
  4. 走る俺たち
  5. 長い付き合い
  6. 運命の放課後
  7. きまずい日々の始まり
  8. 答えを探す……見つからない答え……
  9. 思い出の夢
  10. 離れてわかること
  11. 一人で冬を
  12. 離さないと決めた
  13. 雪の降る頃に