中の変人
春休みの平日は、特にやることもない
世間というものは全て、箱に入っている、と思っている。
この世界には、百数十の国があるわけで、その国一つ一つにも、世間というものがあって、また、それらの国々を合わせたこの世界にも、世間というものがある。
いわゆる常識人は、その世間の目や声を、日々気にかけながら生きているわけで、やっぱり、地図でしか見たことのないこの世界の絵も、でっかい箱に入っているんだなぁ、と言ってしまうと、アインシュタインなんかに怒られるのだろうか。
テレビを初めて認識したのは、私がまだ一歳の頃で、そのときはまだ、この四角い箱に映る光景がなんなのか、分からなかった。
次第に私は成長していくなかで、あぁこれは世の中の光景なんだな、と思い始め、そしてある時、この箱の中の変人達は、どうやってこんな小さな四角の中で過ごしているのだろうか、と、その仕組みを知りたくなった。
しかしそんな時に限って、その四角い箱は無くなっていた。
主人達がどこかへもっていってしまったのだ。
なぜなんだ、皆楽しそうに、これを眺めていたじゃないか。自分たちだけ納得して、楽しみやがって。
しかし、そんな時にまさか、新たな箱が登場するとは思わなかった。
しかも、今度のは薄い。とてつもなく、薄いんだ。
これは箱というより額縁だ。中身の詰まったお飾りだ。
そんな私の愚考も虚しく、ひとたび電源が入ると、今までの光景とは違う景色が、そこに映っている。
まずでかい。前の箱の倍はある。
そして音。前のより澄んでいて、雑音も少ない。
これには私も、開いた口というものが塞がらない。
高貴稀なるこの私も、彼を受け入れざるを得なかった。
その夜、主人達がテレビに釘付けの中、眠りから覚めた私はふと思った。
いやしかし、これだけ薄い箱の中で過ごしているだなんて、中の人達は息苦しくてしょうがないんだろうな。
私は鳴いた。
中の変人
やらなきゃいけないことはたくさんだ