三題噺「弁当」「歯車」「ガードレール」(緑月物語―その7―)

緑月物語―その6―
http://slib.net/5465

緑月物語―その8―
http://slib.net/6002

 宮都から酒野たちを帰校させた永田麗美は、宮都の中心にほど近い宮都記念公園に来ていた。
 彼女の前には宮都の街並みが大きく広がっている。空には今日も地球がその壮大な姿を横たえていた。
「あーまったく。どいつもこいつも」
 まさか到着早々問題を起こすとは。思い返す度にげんなりする気分を変えようと、麗美はポケットから取り出した無煙煙草をくわえる。
 彼女が無煙煙草を吸うようになったのも、担任を持つようになってからだ。
 昔は火を点けるタイプの煙草が主流だったらしいが、今ではこの火を使わない無煙煙草しか売られていない。
 副流煙で誰かに迷惑をかけることもないし、服に匂いもつかないからと手を出したのが運のつき。
 それ以来、毎日一度は吸わないとストレスが溜まるようになってしまった。
 まさかストレスを解消する物がストレスを溜める原因になるなんて。
 その日の無煙煙草は、いつもよりニコチンの減りが早いように感じた。

「先生~、弁当も食べずに何してるんですか?」
 そんな麗美の背後から誰かが嬉しそうに声をかけてきた。
「……何だ間宮か、飯は食ったのか?」
 間宮雅。クラスの問題児の一人で、おそらく校内一の被虐体質。つまりはドMだ。
「あれ? 先生もしかしてダイエっとぉおぅうぐばぁ!」
 呼吸するように暴言を吐く間宮の顎を、ノーモーションで振り上げた小型空気圧縮砲の銃身が跳ね上げる。
「相変わらず神経を逆なでする奴だな、お前は」
 ついジト目で睨むも、間宮にはあいにく逆効果だ。
「あぁ、その冷たい視線! 体が焼けるように熱い!」
「やめろ」
 思わず腹部に二、三発ほど圧縮された空気の塊を撃ちつけてやる。
 近くにいたカップルが、まるで化け物でも見たかのような形相で逃げていく。
 まったく、どいつもこいつも。地面で嬉しそうにのびている間宮を見下ろしながら、麗美はため息をついた。


「先生、神樹がまた何かしたの?」
 宮都記念公園から宮都中心部の大広場までの道すがら、間宮は永田の後ろをついていきながら話しかける。
「……お前たちには関係のない話だ」
「えー、だってさあ」

「あいつのせいで虎井は死――」

 気付けば顔面を永田に撃たれていた。
 道の脇にあるガードレールに叩きつけられた彼は、いつものように笑顔を顔に貼り付ける。
「……てへ。怒った?」
 永田はしばらく間宮を見つめた後、無言で踵を返すと、そのまま彼を振り返ることなく広場へと歩いて行った。

「あ~、ちょっと調子に乗りすぎたかなぁ」
 空に浮かぶ地球を眺めながら、間宮は一人呟いた。
 ――七臣大厄災。
 半年前のある日、突然現れた危険種レベル5の超巨大生物が、一つの地区と緑月軍の大隊クラス三つを半壊させた大事件。
 彼のクラスメイト――虎井亜美も、その時死んだ。
 最期まで一緒だった神樹は、彼女の死について何も語ることはなかった。

 虎井亜美が死んでから、間宮は変わった。
 表面上は変わらないように見えても、彼という存在を構成するパーツからは主要な歯車がいくつか欠落してしまっていた。
「……あぁ、そういえば先生に言い忘れてたや」
 だから彼は気付くことができなかった。

「宮都警察署から、元軍用のグリーンモスが”二機”逃亡した、って……」

 彼にも、誰かが死ぬ運命を変えることができたということに。

三題噺「弁当」「歯車」「ガードレール」(緑月物語―その7―)

緑月物語―その6―
http://slib.net/5465

緑月物語―その8―
http://slib.net/6002

三題噺「弁当」「歯車」「ガードレール」(緑月物語―その7―)

「あれ? 先生もしかしてダイエっとぉおぅうぐばぁ!」 呼吸するように暴言を吐く間宮の顎を、ノーモーションで振り上げた小型空気圧縮砲の銃身が跳ね上げる。 「相変わらず神経を逆なでする奴だな、お前は」 ついジト目で睨むも、間宮にはあいにく逆効果だ。 「あぁ、その冷たい視線! 体が焼けるように熱い!」 「やめろ」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted