公衆電話はどこですか?

 田中がバスの中でスマホのニュースを見ていた時、設定していたスマホのアラームが鳴った。
(お、もうそんな時間か。とりあえずバスを降りて、電話しなきゃ)
 田中はこれからクレームのあった顧客のところにお詫びに行くのだが、忙しい相手なので、訪問する前に必ずアポイントを取らないといけない。まさかメールというわけにもいかないから電話をするつもりだが、相手の忙しい時間や、不機嫌なタイミングにかけては逆効果になる。こういう場合、いつも田中は12時55分に電話を入れるようにしている。
 普通、会社の昼休みは12時から1時だから、大抵の人間は5分前には自分の席に戻る。食事の後というのは、どんな気難しい人間でも気が緩むものだが、午後の仕事がスタートすると再びガードが上がってしまうから、その直前を突くのである。
 降車のチャイムを鳴らし、スマホをポケットにしまおうとして、田中はブラウザ画面がフリーズしていることに気付いた。
(ちぇっ、なんだよ、こんなタイミングで。一旦電源を切るか。あれっ、ボタンを長押ししても反応がないぞ)
 焦って色々触り過ぎた為か、スマホ会社のロゴマークの画面で完全に固まってしまい、全く反応しなくなった。バックライトが点いたままの状態だから、放って置けば自然に充電が切れるだろうが、それまでどうしようもない、と田中はあきらめてしまった。
(しょうがない。降りてから公衆電話を探そう)
 実は、こういう場合、電源ボタンだけではなく、ホームボタンも同時に押せば簡単に強制終了できるのだが、今の田中は、それをネットで検索することができないのである。
「降りる方、いらっしゃいませんか?」
 運転手の呼びかけに、田中はハッとした。いつの間にかバスが止まっていたのだ。
「あ、降ります降ります!」
 田中は慌ててバスを降りた。だが、滅多に降りないバス停なので、近くに公衆電話があるのかどうかがわからない。とりあえず、バス停の正面にある古くさいコンビニに入ってみると、初老の店員が小さな声で「らっしゃいせ」と言った。
「すみません。公衆電話ありますか?」
 店員は目をショボショボさせ、小さな声で応えた。
「ああ、昔はあったなあ」
「じゃあ、今はないんですね」
「そうだなあ。昔は良かったなあ」
 田中はちょっとイライラしてきた。早くしないと、1時になってしまう。
「どこか、この近くにありませんか?」
「そうさなあ。ここから100メートルほど先にスーパーがある。そこに」
「良かった。そこにあるんですね」
「ああ、三年前までなあ」
 さすがに腹が立ってきた。
「ちょっと!昔の話じゃないんです!聞きたいのは、今です!どこかにないですか?」
「うーん、近くにはないなあ。ここから三つ目のバス停が駅前だが、確か駅にはあったなあ」
 先ほど田中が降りた駅である。引き返すことになるが、やむを得ないだろう。当然、1時も過ぎてしまうが、それもしかたない。
「わかりました。ありがとうございました」
 田中はやや切り口上でそう告げると、店員がまだ小声で何かしゃべっているのを無視してコンビニを出た。
 幸い、反対方向のバスがすぐに来たため、1時半には駅に着いた。なかなか公衆電話が見つからず焦ったが、ついに構内の隅っこにあるのを発見した。だが、その変わった形の公衆電話にはこう書いてあった。
《この電話はテレフォンカード専用です。カードはコンビニなどでお求めください》
(おわり)

公衆電話はどこですか?

公衆電話はどこですか?

田中がバスの中でスマホのニュースを見ていた時、設定していたスマホのアラームが鳴った。(お、もうそんな時間か。とりあえずバスを降りて、電話しなきゃ)田中はこれからクレームのあった顧客のところにお詫びに行くのだが、忙しい相手なので、訪問する前に......

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-30

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