ヒガンの花

1話 【突然の誘い】

二月

「お前寒くねーの?」

その発端は五分さかのぼる。
広樹は八時に親友と駅前で待ち合わせしていた。
親友と会うのだから動き易さを優先し、黒のハイカットの靴にジーパンで紺色のパーカーを着て行った。
顔はなんともいえないが、髪は一昨日散髪をし、もみあげ付近をスッキリさせ短髪にしてもらった。
すると、待ち合わせ時間から二分ぐらい遅れて行くと親友の大都が駅前にいた。
大都は赤のスニーカーにチノパンを履きVネックで黒の長袖のシャツ一枚の親友が高級腕時計を見ながら立っていた。
顔は面長で鼻は高く目はクリッとし眉毛は濃く俺から見て結構イケメンだと思う。よく見るとイメチェンをしたのか髪は刈り上げていた。「広樹、遅いぞ!」と言ってきた。
「それよりお前長袖1枚で寒くね~の?二月だぞ!」と大都に問う。
「え、別に…」

そんなことはどうでもいいらしく大都は歩き始めた。
なんかおかしいと思った広樹は今日の目的を思い出した。
そうだ今日は大都のオススメの居酒屋に行くんだった。
大都はここ、ここと言わんばかりに指を指していた。
その居酒屋は駅から百メートルぐらいだろうか。
そこはビルの間に挟まっているかのような所だったのだが、居酒屋は見た目より広い。
あまり人は入っていないが何故か賑わっていた。
電球色でオレンジに照らされ、とても雰囲気の良い店だ。
その店に入るとその理由が一瞬で分かった。
広樹が最初に目に入ったのはテーブルにサラリーマンが四人がいた。
騒がしくよく聞くとなにやら理想の女性について語っていたようだった。
ふとカウンターに目をやると、二人の男がいた。六十歳くらいだろうか若かりし頃の話をしているのだろうか。笑い声が絶えなかった。
その居酒屋に広樹たちを入れて八人しか居ない。

広樹たちは適当に奥のテーブルに座った。
「おい、生中頼んで!」広樹にむけて大都は言った。
「すいませーん生中二つ!」
広樹は大都に言われた通り店員に生中二つを頼んだ。

「お待たせしました。生中です」
それを受け取り、大都がビールを飲みながら話し始めた。
「いきなりだけどさー、華道一緒にやってみない?」
広樹はビールを吹いた。
「確かに。いきなり過ぎる」
華道なんて自分とはかけ離れた世界だ。
いまいちピンこない。
芸術のセンスもそこまでいいわけではない。
気を取り直した広樹は改めて聞き返す。
「んで、華道って?」
「そのままだけど」
と笑って答えた。
聞いたことを後悔した様子の広樹はため息をついた。
「華道って花をザクザク刺していくやつ?」
「お前が思っているの多分生花。俺が言ってるのは自由花」大都は笑いを堪えながら注意した。
「まぁどっちも華道なんだけどな」
そうだなと納得していると
広樹は大都が企んでいることに気づいたようだった。
広樹は冷静になり大都にこう言い払った。
「大都、真剣な話なら明日話そう!こんな酒の場じゃダメだ」
そう言って広樹は千円札を置いて店を出て行った。広樹を追いかけるようにして大都は勘定を済ませ店を出た。

それは一瞬の出来事だった。

2話 【変人な友人】

朝起きると大都からメールが一通来ていた。
その内容は「十一時にお前の家行く」
そのメールの内容を見て広樹は昨日の事を思い出した。

思い返してみると条件はいいと思う。
実際、俺はフリーターだ。

広樹は先日バイトを辞めたところで絶賛就活中だ。
それを聞いた大都は自分を思って華道の仕事に誘ってくれたのだった。
正直この話はとてもありがたい。

現在、時刻は午前九時だ。

スウェット姿にボサボサ頭でトイレに行き洗面台に行くと歯ブラシを手に取り、五分ぐらい歯を磨いた。

その後、朝の帯番組を一時間ぐらい観て服を着替えようと思った瞬間、インターホンが鳴った。

スマートホンを見ると現在時刻は午前十時半。

どうせ大都だろう。

そう思い、放っておいたが鳴りやむ様子はなかった。
インターホンを連打するのは大都しかいない。

ジーパンを履き長袖にジャンパーを着込んで玄関を出た。
予想通りインターホンの前に立っていたのはチノパンにパーカーを着た大都だった。

大都は「暇だったから早く来てみた」と満面の笑みで話しかけてきた。

やっぱりコイツはおかしい。

二月の冬に長袖一枚で来る。

そして今回もそうだ。俺はコイツに振り回されている。
俺は(早速玄関を閉めてやろうか。それか殴ってやろうか?)という言葉が頭の中に浮かんだ。

だが優しい? (自称)
広樹は「お前来るの速えーよ!三十分も速えーぞ!」
「やっぱり、お前面白い。五分前行動じゃなくて三十分前行動は聞いたことない」

大都にイラついている広樹の文句は止まらない。

「まじバカ? あ、ごめん。バカにバカって言っても分からないかー? ごめんなー」とおちょくりを混ぜながら広樹のマシンガントークは止まらない。

そんな事はお構いなしに大都は「どこ行くー?」と大声で広樹のマシンガントークを止める。まるでマシンガンに大砲の玉がぶち込まれたように。

怒りが収まったのか「それじゃあ、コンビニ行って時間でも潰すかー!」広樹はスッキリした様子だ。

大都がその一言に引っかかり
「え、逆に時間以外何潰すんだよ! まさかのコンビニ?よっ! クラッシャー広樹!」
とおちょくって来た。

「コイツ、こういうところウゼー」と大都に聞こえないように俺はつぶやいた。


五分ぐらいで自分の家から二百メートルぐらい離れたコンビニに二人は着いた。

「何買うー?」大都に問う。
そうすると大都は「からあげさんでも買うかなー」
広樹は「俺もからあげさん食べよかなー」
「からあげさん二つ頼んどいてー」広樹は笑いながら
言う。

仕方なしに大都はからあげさん二つを頼み会計を済ませコンビニを出て来た。



自分の家に向かう。
大都はからあげさんをハイと広樹に渡し、お金の請求をする。

「からあげさん百六十円やったぞ。金払え」
広樹は「家来るの三十分早かったからその罰でチャラで」と笑いながらからあげさんを食べた。
大都はくっ、っと苦い顔をし



ちょうど広樹の家に着いた。

3話 【あらためて】

「昨日の話だけど…」
ファミレスのメニューを見ながら大都は問いかけてきた。
「ああ、昨日はゴメンいきなり帰って」と広樹は謝った。

大都は別にいいよと軽く流して話を続けた。

こういう大人の対応は憧れると広樹は思いながら話を聞いていた。

「昨日の話の続きだけどな、自由花って言うのは華道の中でも決まり事を一切取り払って生け方が自由なのが自由花って言うんだ」

「まぁ、ホテルやホールのロビーとかで飾ってあるかな」
「ああ、めっちゃカッコいいやつね」と俺は相槌を打つ。
「たぶん想像しているので合ってる」と真剣な顔で話す。

大都の今の職業は華道家だ。

十年ぐらい修行していた。どこの流派かは忘れたが。
師範の免許をとり今に至る。

大都の家は別に華道とは全く関係無く大都の父親はサラリーマンでIT企業で母親はパートタイマーでスーパーで働いていると本人から聞いたことがある。

大都はなぜ華道家になったのか俺には分からない。

確かに友達に将来の夢の理由なんて聞かないが。

大都は真剣に「どうする?おせっかいかもしれないけど」と広樹に強制ではないことを主張する様に言った。

俺は大都が改めて羨ましく思えた。
大都はプライベートでは結構ふざけているが、仕事の話になるといきなり真面目になる。

俺は大都に長年付き合っているがこのギャップにはなかなか慣れない。

二十二歳で職が無いのは恥ずかしい。

周りの友人に置いていかれているのは自分でも感じ取っている。
周りの友人は大手一流企業や地元の企業に就職していっている。
大学の時の就職活動も大学四年生のときに失敗し、アルバイトも先日辞めてしまった。

劣等感に押しつぶされそうになった時もあった。
いろいろな経験をすると将来得するはずだ。
仕事に対する姿勢を変えられるはずだ。

自分に失望している今、この話は自分を変えられるそう思った。

しかも大都の誘い方も自分の為でもなく俺の為に誘ってくれている。

持つべきものは友だど実感した。
この誘いを断るのは流石に心が痛む。

とりあえず、俺は大都の仕事しているところ見学させて欲しいと懇願した。

すると大都は「マジか、恥ずかしいけどお前なら良いかな。どうせ一緒に仕事する時見られるけどな」と広樹の前向きな考えが嬉しかったのか大都ニコッとした。

「お前のセンスがどうか知らんけどな」と今度はいたずらに笑った。

それは大都の仕事からプライベートへのスイッチが切り替わった証拠だった。

4話 【何ここ?】

「ここ俺のアトリエ」

広樹は大都のアトリエに入らせてもらった。
そこは白を基調とし透明感のある空間だ。

高級感がにじみ出ている大都のアトリエの一階部分は四十坪ほどの広さで住宅地にある事から住宅用の土地に建っている。普段ふざけている大都の意外な一面を見ると結構緊張してくる。

大都は一階は事務所と言い張っているがオシャレだ。

「二階の方が面白いから」

大都に勧めめられるがままに二階に行くと階段の向かい側の壁は三メートル四方ぐらいのガラスでぶつかると割れそうだ。

そこには二メートル五十センチぐらいの作品が四つぐらいある。

それは白を基調としシンプルなもの、ジャングルみたいになっているものなどが置いていた。

「これ頼まれたやつ?」と大都に聞いた。
「そうだけど、その辺にあるのは今日出荷するから見るなら今日だけだぞ」

「別にそんなに見たかねーよ」と広樹は恥ずかしそうに言った。
だが内心はこんなすごいの作れるんだと思っていた。

ずっと見ていたいと思った。
それ程凄い作品だ。

それを作る大都の姿を想像するだけでも興奮した。
大都はそろそろ仕事にとりかかるかなーとつぶやいた。

やっとあいつの仕事姿を見れる。そう思うとワクワクする。

大都は「仕事するから集中するからそこの椅子に座って」と広樹に言った。

俺は言われた通りに部屋の端にある椅子に座った。
大都は一つの器を取りそこに白いマーガレットを真ん中より左にいける。

白いコブシの花びらを散らばらせて、白いテイカカヅラの花を器から五センチぐらいのところに添えたすると真ん中に藤の枝を右に垂らすようにいける。

広樹は大都の作業に食い入って見ていた。

大都は「出来た!」と満足した様子だ。

大都は一息ついて作品の説明に入った。

「仕方ないからお前に説明してあげるわ。これは白を基調としてみた。この中に藤の枝の色と藤の花の紫色が目立つように配置した。今回使った花の花言葉は友情とかかな」

「素人の君に分かるかなー?」と要らないおちょくりを言われた。

大都は広樹に「これお前のために作ったぞー。受け取らんかったら殴る!」と半ば強制でプレゼントする。
広樹は「マジ?、くれるの?ありがとう。なんか男二人で気持ち悪いな」と笑いながら照れて話した。

大都は確かにと頷いた。

5話 【決断】

「どう、見学してみて?」

大都は真剣に広樹に問う。
「うーん、大都が仕事してる姿って結構新鮮な感じする」と広樹は答えた。

「まぁ確かに友達の仕事してる姿ってあんまり見られないからな」と大都は返した。

「華道ってアートじゃん!」

そうだなと大都はうなづいた。

「なんか俺には合っていない様な気がする」と広樹は自信なさげに言った。

広樹はあまり中学校での美術はそんなに点数も良くなく、普通ぐらいだった。

高校では、普通科の高校に進み、選択科目は書道を選択した。

美術はあまり得意ではない。

大都は励ますように「お前やった事無いのにそんな自信無くてどうする!やってみな分からないやろ!」

結構強く言われた。

大都がこんなに一生懸命俺を説得する事はあまり無い。

いや、初めてかもしれない。

大都は遊んでいる時はふざけているのに、仕事の話になると真面目になる。

圧倒される。

こいつは自分の仕事を誇りに思っているのだろう。
だからこんなに一生懸命になるのだろう。

華道家と聞くと敷居の高い感じがする。

しかし、身近にふざけている友人が華道をしているイメージが全く湧かなかった。

だが今回の見学で今目の前にいる遊んでいる時はふざけているこの友人は華道家ということが実感出来た。
大都は「お前、華道一緒にやってくれる?嫌ならいいけど」

こんなに華道は素晴らしいものなのか。
花でこんなに感動したことは無い。

こんな友人に。

俺は意を決して答えた。
「華道やらして!…いや、やらしてください!」
とやる気満々で答えた。

大都もそれに応えて
「まじか!お前なら一緒にやってくれると思ってた!一生続かしてやる!」と大都はよほど嬉しそうに笑って話した。

「明日仕事あるの?」と大都に聞いた。
「いや、明日はお前と遊ぶ予定だったから別に仕事は入れてないけど」

俺は明日も遊ぶ予定だったのかと恐怖を感じながら
「よっしゃー、どっか遊びに行くかー!」と張り切って言った。

「仕方ないなー、お前がそんなに行きたいんだったら行ってあげるかなー」としょうがなさそうに大都は言った。

「え、別にそこまで行きたくないけど」と広樹は困惑して言った。

「なんだよそれ、俺が行きたいみたいになってるって」と大都は予想外の返しに困っていた。
「ウソウソ、じゃあ行こー」広樹は元気良く言った。
「待て、行き先どこ?」と冷静に大都は聞いた。
「まだ決まっていない」と広樹は普通に言った。
「何それ!」びっくりした様子の大都だった。

だが俺はもう行き先を決めていた。
広樹は普段の恨みを込めて大都を振り回す予定だ。

だが、まだまだ広樹の仕返しは終わっていない。

6話 【やっぱり変人】

「着いたー!」と二人は声を合わせた。

現在、時刻は午前十時。

「遊園地!テーマパーク!」
大都はすごくテンションが上がって奇声を発したように聞こえる。

こいつの精神年齢は幼稚園児だろうか。
「お前落ち着け。一緒に歩くの恥ずかしい」

ここに来るまでにも、広樹は大都に振り回された。
それは今日の午前八時まで戻る。


八時ぐらいに起きた俺は相変わらずスエット姿にボサボサ頭で歯を磨いて、これまた習慣になっている朝の帯番組を見ていた。

ゴロゴロしていると八時二十分ぐらいなった。
大都がそろそろ来るだろう。

ちなみに今日の集合時間は九時だ。

パジャマから出掛け着に着替えて大都を待っていると、案の定インターホンが鳴った。

どうせ大都だろう。

そう思い、わざと放っておいたが鳴りやむ様子はなかった。
前日はすっかり大都の性格を忘れて集合時間に合わせてしまったが、今回はちゃんと三十分前に準備して待っていた。

流石に二分ぐらいインターホンが鳴り続けると苛立ってくる。

インターホンが二分も鳴り続けるのは初めてだ。壊れるぞ。

仕方なく玄関を開けた。
「だから何回言ったらわかるの?」と俺は苛立ちを隠せない。

「うちの家は時間に厳しいから。まぁ家の教育?」と何故か大都は自慢げに言った。

「お前の時間に厳しいってどういうこと?遅過ぎるのもダメだけど早過ぎるのもダメ!」と当たり前のことを言った。

「ふーん」と大都は一言。

どうやら大都の心には全く響かなかったらしい。
俺は無駄に酸素を使ったことを後悔した。
俺の今の会話の為に心から光合成してくれた葉っぱに謝った。

そんな会話をしながら駅に行き、切符を買い電車に乗り最寄り駅に着き今に至る。

「何年ぶりだろうなー、中三の春休み中にお前とかと五人ぐらいで来た振りかなー」と大都は懐かしそうに言った。

自分もそんな事もあったなーと思い出していると、ある事を思い出した。

「お前、テーマパーク入って着ぐるみ見るとあいつの頭取ってみようぜ! って張り切って走って行ってあの時俺ビックリした」

「そうそう、着ぐるみの頭取ったら中に中年のおっさん出てきてビックリしたよ。その後走って逃げたよ」と楽しそうに大都は話した。

「俺は遠目から見てたけど、唖然やったな。お前ら本当の馬鹿と思った。」は嫌な思い出を思い出してしまったと後悔した様子で話した。

「着ぐるみを見るのは小学性の夢だけど着ぐるみの中身見るのは中学生の夢だな」と大都は何故か威張った。

そんな思い出話をしているとテーマパークのチケット売り場に着いた。

7話 【仕返し】

「何乗るー?」
フリーパスを買いテーマパークの中に入った広樹は大都に聞いた。

「ジェットコースター行く?」と俺は大都に聞いた。
すると大都は「ダメダメ、吐いちゃう。吐いちゃう」

「よし、お前ジェットコースター乗って来い」と俺は大都を無理矢理ジェットコースターに乗せた。


ジェットコースターは発車した。
広樹はジェットコースターを眺めているとどんどんジェットコースターが上がっていく。

大都は「ちょっと待ってー!」とジェットコースターが落ちる寸前に叫んだ。
自分の耳には大都の声が聞こえる
だが、そんなに叫ばれてももう無理だ。

自分がにやけているのが分かる。
すると、ギャーーと言う声が聞こえて来た。
低音の声が混ざっている。
大都の声が八割を占めているだろう。

十分後ぐらいだろうか。
大都はくたくたで帰ってきた。
「お前覚えとけよ!」と一言。
「今日の仕返しですけど」と俺は自慢げに言った。
「何の?」と大都はまだ気付いていない様だ。

「お前が集合時間の三十分も前に来るから。その仕返し」俺は大都が集合時間の三十分前に来ることはもう慣れたが改めて考えてみると当たり前だがやっぱりおかしい。

「次はどれに乗って貰おうかな」

広樹の仕返しはまだ続く。

「よし決まった。メリーゴーランドに乗って貰おうかなー」と広樹はいたずらな顔をして大都を見た。
「今回は何の仕返しかな」大都も仕返しということは分かっているそうだ。
「昨日の仕返し。昨日も今日も集合時間の三十分前に来るから」

いつものことだか広樹はこの二日間だけのことだけについて言った。

「仕方ないなー。メリーゴーランド乗ってくるかー」と何故か素直だった。
「そうそう。素直で良いよー。大都ちゃん!」
野次を飛ばす。
くそッと言いながら大都はメリーゴーランドの馬に乗った。

小学生の中に百八十センチメートルの大男が一人混ざっている。

異様な光景だ。

広樹は大都がメリーゴーランドに乗った瞬間メリーゴーランドからわざと離れた。
遠目でメリーゴーランドに乗っている友人を見るのも中々悪くはない。

小学生の親がメリーゴーランドの周りにいる。
たぶん子供がメリーゴーランドに乗っているのだろう。

親の前に大都が来ると、小学生の親はヒソヒソ話を始める。大都のメンタルはもうボロボロだろう。


五分ぐらい周り続けるとやっとメリーゴーランドは止まった。
顔を真っ赤にした大都は「心、病んだ」とテンションが低くうつむきながらこっちに来た。

「見てるの面白かった」と俺は笑いながら言った。
「お前恨む」大都は小声で言った。
「ふん。仕返しとはそういうものだよ」と調子に乗っていた。

「二人で何か乗ろうー。せっかく来たんだし」と広樹は言った。広樹は今の所一つもアトラクションに乗っていない。

「観覧車乗ろう」と大都は呟いた。
「お前気持ち悪いやつ選ぶなー。男二人で」
「気分転換だよ」とまた大都は呟いた。
「俺は気分転換するとナーバスになるって」

返事はない。

ボケを無視されるのはとても悲しい。俺は心の中でそう思った。

観覧車がある方向へ二人は向かって行った。

8話 【ん?】

「あれ何山?」
観覧車の頂上近くまで来ると山が見えてくる。
「知らない」と広樹は一言。
俺達の乗っているゴンドラは頂上まで来た。
「うわー、高ー」と大都は下を覗いてる。
「あれ、お前って高所恐怖症じゃなかった?」
「いや。別に」
高所恐怖症じゃなかったのか。
折角仕返し出来ると思ったのに。

俺の記憶違いだった。

もう夕方だ。
沈み掛けの太陽が眩しい。

ふと大都の方を見ると目をキラキラさせて下をまだ覗いている。
観覧車がゆっくりと時間を掛けながら頂上を過ぎると、
眩しかった太陽も同時に見えなくなる。
太陽が沈み、空は綺麗にグラデーションがかってる。
夕方から夜空へ。

観覧車も終わりかかった頃大都がいきなり胸を抱えて苦しみ始めた。
「おい。お前演技上手いなー。さすが」
いや、どこか様子が違う。
大都がふざけているようには見えない。

「ん?どうした?」

返事はない。

「大丈夫だから…」
大都は苦しそうに言った。

これは大都の気遣いなのだろうか。
「いやいや、全然大丈夫そうじゃねーし」

こいつは大丈夫なのか?こんな時でも冗談はさすがに控えて欲しいところだ。

その後の会話は無かった。
大都の調子が悪くなってきている。
俺は話すのを控えた。

沈黙。

だが観覧車のゴンドラが下るにつれて俺の心拍数は上がっていく。

やっと三分ぐらい経つとや観覧車も終わりに近づいている。

大都の肩を担ぎながら広樹はカゴからゆっくりと降りた。

観覧車係のスタッフに広樹が慌てて
「すみません。救急車お願いします!」
「はい!」
スタッフはケータイを取り出し、電話をし始めた。

大都はうなだれている。

「閉園時間まで10分です。御来園のお客様はお帰りください」

そのアナウンスが園内に響く。

ぐったりしている大都を見た人が心配して集まってくる。
どんどん人が集まってくる。

サイレンの音が聞こえてきた。
どんどん音が大きくなってきた。

救急隊員が野次馬を掻き分けて担架を持って駆けつけてきた。

救急車は駐車場に置いているのだろう。

大都は担架に載せられて救急車へ運ばれた。
付き添いで広樹も救急車に乗った。
救急車の室内は医療器具で溢れている。

運転手を除いた二人の救急隊員は意味の分からない会話をしている。
そして俺に話しかけてきた。
「どういう状況だったのですか?」
アトラクションに乗っていたらいきなり苦しみ始めて…」
「何を乗っていたのですか?」
「観覧車です…」
言うのは恥ずかしいけど仕方がない。
今現在大都は救急車に運ばれているのだ。

その一人が電話をし始めた。
多分搬入先を探しているのだろう。

また自分の心拍数が上がっていく。

質問はまだ続く。
「他のアトラクションには乗りましたか?」
「こいつはジェットコースターの後メリーゴーランドに乗りました。無理矢理乗せました…」
もしかしたらジェットコースターが原因かも知れない。
大都はノリで何でもしてしまうところがある。
今回はそれを利用してついついやり過ぎてしまった。

大都に仕返しすると何故か厄介な事になってしまう。
自分に非があるため何とも言えない。
今回は反省した。
自分のせいでこんな事してしまった。
そう思い始めるとふと最悪のパターンが思い浮かぶ。

死。

その単語が広樹の頭の中を埋め尽くす。

「大都は…大都は大丈夫なんですか⁉︎」
「今の状況では何とも…」
「そうですか…」

自分の拳を握る。
どんどん力が強くなる。

大都の方を見ると苦しそうにしている。
あんなに元気だったのに今は意識はあるが苦しんでいる。
救急車の窓にはカーテンがあり、今どこを走っているのか分からない。

救急車は全く止まらない。
信号は?と思ったが救急車は信号を無視出来る特権みたいなものをもっていることを思い出した。

車に乗っている時、救急車が後ろから来ると道をあけた事は何回かある。
それがマナーだ。

当事者になってみるとありがたいなと思った。


大都の状況は素人の俺には全く把握出来なかった。

9話【思い出①】

「はー、びっくりした」

大都は市民病院に運ばれた。

すぐに手術しなければいけないそう言われ俺はただ呆然としていた。

『手術』この言葉が頭から離れない。
絶望していると気付けばもう外は暗い。

そうだ。
大都のお母さんに電話しなければ。

前何かしらの用事で聞いたのか大都の実家の電話番号がケータイにあった。
ズボンのポケットからケータイを取り出す。
急いで大都の実家に電話を掛けてみると繋がらない。

もう一度。

繋がらない。

留守番電話を使う。
「もしもし」
「山田大都君のお母さんでしょうか?大都君の友達の大楠広樹といいます。お電話お気づきましたら折り返し電話下さい」
ふぅ
ため息をつく。

ただ広樹は病院の待合室で待ってる。
それしか出来ない。

何もする事が無くただ心配するだけ。

今思い出してみると大都と出会ったのは小学校でだった。



小学校の入学式前日の夜。
俺は小学校に行きたくて行きたくて仕方がなかった。
ランドセルの中身を見て何回も確認した。

「広樹ー、忘れ物無い?」
「無いよ」
母親を見ると靴を左右に揺らしてる。
「え、入れたはずだけど…」
ランドセルの中身を再度見る。
上靴が無い。
次は母親の手元を見る。
よく見ると平仮名でひろきと書かれた上靴を左右に揺らしてる。
「お主。これは何というものじゃ?」
「上靴…」
「誰のものじゃ?」
「僕のです…」

今考えると母親は結構変な人だった。

「お主。これが欲しければ明日早く起きるのだぞ」
「はい…」
「よし!じゃあ、早く寝る!」

「今何時なの?」
「今8時30分だけど」

「じゃあ、9時なったら寝るからそれまでテレビ見る」
「早く寝ろ!」

「だってお母さんまだ起きてる。お父さんも起きてる。僕は寝るの?」

「そうです。あなたは良い子だから。寝る」
母親は優しそうに笑った。けど目は笑ってなかった。

2階の自分の部屋に連れて行く。
僕はなすがままに2階へ上がる。

母親は僕を押してホイホイと階段を駆け上る。

2階に着いた。
「明日学校だけど嬉しい?」
「うん!」
母親は嬉しそうにそうかと言い僕の頭を撫でる。

「じゃあおやすみ~。明日学校でしょ!もう寝るのよ」
母親は部屋の扉を優しく閉めた。


「あの子ちゃんと寝てるかなぁ?」
ダイニングテーブルに頬杖をついて夫に聞く。
「ちゃんと寝てるんじゃない?」
夫はソファに寝そべってテレビを見ている。
「そこ疑問形で返す?」
「だって分からないもん」
「じゃあ、見てきて」
はいはい見てきますよと言って夫は2階に上がって行った。

「寝てる」
「あ、そーなの。良かった」

夫は私の前に座った。
「あいつももう小学生かー。あいつ学校に馴染めるかな?」
「広樹次第」
「そうだな。あいつに何があっても学校の事には口出しはしない」
「確かに。そっちの方が広樹の為だしね」

10話【思い出②】

「広樹。起きなさ〜い。起きなさ〜〜い。あなたが起きないと語尾がどんどん長くなっていくよ〜起きなさ〜〜〜い」

なんかうるさい。

頭に響く。
「ん?ん〜〜。ん⁉︎」
朝起きると母親が僕の体をまたがっている。
「何?」
寝起きで機嫌が悪い。
母親のせいだと思うが。

「いや、今日から学校だよ」
母親がウインクしてきた。
「早く起きて朝ご飯食べよ」
「え、今日から学校⁉︎」
「そうだよー」
体に稲妻が走った。
広樹は飛び起きる。

「朝ご飯食べよ」
「うん」

階段を下りると父親が朝ご飯を食べている。
「おぉ、広樹起きたのか。久しぶりに早く起きたのに眠たそうじゃないな」
「うん。さっき目が覚めた」

「今日は入学式だな。嬉しいか?」
「うん」
目を輝かしながら言った。

「お父さんは仕事で行けないけどお母さんが行ってくれるからな。いいなー俺も行きたいなー」
「お父さんは仕事行って来てよ」
父親を追い込む。

「おう、今日も行ってくるよ…」
父親は落ち込んでいた。
仕事三昧でしんどそうだ。

朝ご飯を食べていると
母親から早く着替ろという指令がかかった。
ご飯を口にかき込む。

「あれ、制服どこ?」
また母親に怒られると思っていると
そこにあるぞと父親からの助言が。
ナイス父親。

そう言った父親は仕事の為、家を出て行った。

急いで制服に着替える。
半ズボンを履く。
あれ?短い。
「ねぇーこれ短いー」
「それが普通なの!」
母親は急いでいるのでちょっと怒っている。

「広樹ー、もう準備出来たー?」
「まだー、後もうちょっと」

母親がリビングに来る。
「もう、早くしてよ」
と制服のボタンを留められた。
僕がやるより速い。
これがベテランと素人の差なのか?
広樹は壁を感じた。

「よし!これで大丈夫。じゃあ行こ!広樹」
「うん!」

僕は母親と共に家を出た。

11話【思い出③】

「新一年生の保護者の方々は体育館へ移動して下さい」

校内にアナウンスが響く。

「じゃあ、広樹お母さん体育館行かなくちゃダメだから。先生にちゃんとついて行ってね」
「うん…」


息子はやっぱり自信無さげだなー。
そりゃぁ知らないところでいきなり1人だもんねー。
と広樹を見ていると、
「新一年生の保護者の方々は体育館へ移動して下さい」とアナウンスが聞こえてきた。

……?そうだっ!体育館行かなくちゃ!


「新一年生はこっちだよ~」と大人の人が言っている。

僕は新入生だ。
新一年生じゃない。
だから付いて行かなくていい。

そう安心していると1人で居ると1人の女の人が近づいて来た。
「君、新一年生だよね。こっちだよ」
「僕はしんにゅうせいだよ。だから付いて行かない」
僕は頑なに断った。

「でもね、新入生と新一年生は一緒なの。だから後付いて来てくれる?」
「そうなんだ…」
新入生と新一年生は同じと分かった途端、僕は急に恥ずかしくなった。
自分の顔が赤くなっているのが分かる。

学校の廊下で僕は女の人の後をトコトコと歩いていく。

「君、名前は何て言うの?」
「おおくす だいと…」

「えーっと、だいと君は1組だね」
「何と私が担任の先生なんです!」
「たんにん?」
担任って言うのはあなたのクラスの先生ってこと」
「ふーん」
自分の担任に対する興味はもう無くなっていた。

「ちょうど今から1組に行くところだったから早く行かなきゃ遅刻しちゃうよ~」

「え、もうそんな時間なの?」
「えーっと後2分で教室に行かないと遅刻しちゃうね。入学初日から遅刻はみんなに一目置かれちゃうよ」

僕が急いで走って行こうとすると先生に止められた。
「広樹君、教室の場所知らないでしょ」
そうだった。
すっかり忘れてた。
「あそこが1組の教室だから遅刻しない様に走って1組の教室に行こう」
先生は何故か張り切っている。
「よーい、ドン!」
誰も競走するとは言っていないのに…
ぼーっとしていると、先生は走って行った。

先生は明らかに 走るのが遅い。
完全になめられてる。
これはどうにかして抜かさなければ。
男の意地が僕にもある。

廊下を走る。
全力で走る。
だか、子供と大人の差は大きく差は縮まらない。
だが、徐々に縮まってきている。
「廊下を走るなーー!」と怒声が聞こえてくる。
そんな事関係無い。

あともうちょっとで追い抜く。
そう思った瞬間、
「ここが1組の教室でーす」
僕は息が切れていた。

僕が教室に入った途端、チャイムが鳴った。

12話【思い出④】

「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。今日からみなさんはこの学校の一年生です……」

何故かおじさんが延々と話している。

後から聞くとあれが校長という人らしい。
校長という生き物はいまいち理解できない。

気持ちが落ち着かない。
周りには僕と同い年の人がいっぱい居る。
入学式が始まると不安になって仕方がない。
横の保護者席を見ると、母親が手を振っている。

あんなに学校に行きたくてウキウキしていたのにいざ学校へ行くとこのザマ。

周りは騒がしい。
僕は黙ってる。
まず話す事もないし、話す相手も居ない。
だからより孤独感が増す。

窮屈。
ドーナツの穴に挟まったみたいだ。

思い込みだが周りから見ると僕は邪魔者じゃないのかと思うようになっていた。

ドーナツを食べている時僕は思った。
真ん中に穴が空いてる。
そんなことをするなら真ん中に穴を開けずにしたら良いのに。

ドーナツの穴はドーナツを揚げるのを早くするためとテレビでやっているのをぼーっとしながら見ていたのを覚えている。

僕がドーナツの穴だとすれば周りはドーナツ本体。
僕が穴だから周りの仲を良くしている。
僕が穴だからこそ周りの仲をより良くしている。

こんな事を考えていると孤独感が自分の中でどんどんどんどん増している。

もう自分は病んでいると思った。
これは全部思い込みなのに。
現実になると恐ろしい。



あれ?あの子緊張してる。
やっぱり我が息子面白いぞ!
さすが、私の息子!
周りキョロキョロして見てる。
あれはもう重症だな。
明らかに1名だけおかしい。
そして息子の周りは騒がしい!


そういえば、今日緊張してあんまり眠れなかったなー…
「ふぁ~……」
zzz…zzz……

ふと母親が座っている保護者席を見るとなんと母親が寝ているではないか!


僕は口をあんぐりと開けた。

僕はその後もずっと寝ている母親を見ていた。

進行係の人がマイクに近づく。
「それでは、入学式を終わりたいと思います。」

母親はピクッと反応してはっと起きた。

ヒガンの花

ヒガンの花

絶賛就活中の22歳フリーター・広樹は変わり者の親友・大都から仕事の誘いが来る。 「華道一緒にやってみない?」親友のこの一言から始まった。 華道家の親友・大都は華道界では天才と呼ばれている。が、普段は広樹から見るとただの変わり者。 ちよっとしたアクシデントも⁉︎ 二十二歳フリーターと変わり者の天才。 そんな二人が繰り広げるお仕事ノベル

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-29

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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  1. 1話 【突然の誘い】
  2. 2話 【変人な友人】
  3. 3話 【あらためて】
  4. 4話 【何ここ?】
  5. 5話 【決断】
  6. 6話 【やっぱり変人】
  7. 7話 【仕返し】
  8. 8話 【ん?】
  9. 9話【思い出①】
  10. 10話【思い出②】
  11. 11話【思い出③】
  12. 12話【思い出④】