異世界に喚んでみた

異世界に喚んでみた

          01

 ゲイラル将軍がカーウェンのもとを訪れたのは、軍会議が始まる一時間ほど前のことだった。
宰相(さいしょう)殿。カーウェン宰相殿。朗報ですぞ!」
 口ひげを蓄えた屈強な男で、王国の鎧をまとっていなければ無頼漢(ぶらいかん)とも見て取れる、大柄な体躯である。その彼が大声を張り上げてカーウェンの部屋に飛び込んできたものだから、何事かと身を(すく)ませてしまうのも仕方がない。
 こちらは中背の痩躯、後ろから見れば女性文官と見間違われても不思議ではない出で立ちなのだ。戦場に身を置くゲイラルとは圧倒感がまるで違う。
「朗報? ゲイラル将軍、どういうことです?」
 朗報と言うだけでは何も分からない。
 敵国の新たな情報が掴めたのか。自国周辺を跋扈(ばっこ)する魔物たちの討伐状況が進んだのか。それとも何か強力なアイテムが発見されたのか。ともあれ朗報と言うからには、他国や魔物たちからの猛攻にジリ貧となっている現状の突破口――もしくはその糸口となるようなことだろう。
 そんなことを考えていると、ゲイラルは「ええ、ええ、そうですとも!」と何度も頷いて見せた。
「うちの隊の者がものすごい発見をしたのです。これで戦況は一変しますぞ」
「ほう、それほどすごい発見なのですか。すぐにでも教えてください。この後の会議でぜひ取り上げましょう」
「もちろんですとも」
 そしてゲイラルは変わらぬ大声で言うのだった。
「異世界から勇者を召喚するのです!」
 
          02
 
「異世界では、我々の世界が大きな話題となっております」
 カーウェンに語ったときと同じく胸を張り、声を張り、ゲイラルが進言すると、会議の場はたちまちどよめきに包まれた。
「召喚ですと?」
「まさかそのような手があったとは」
「いやしかし、そう上手くいくかどうか……」
 この世界の他に、もう一つ別の世界があることは知られていた。
 その世界の名は――地球。その中の日本という国に、多くの人類が生活しているのは把握している。だが、それだけだ。それ以上のことは知らない。魔法の力を用いても、そこが限界なのだ。
「彼らが『異世界』と呼ぶのは、まさしくこちらの世界のこと。彼らもまた、こちらの存在に気づいているようです」
 ゲイラルは言う。
「魔法の力を行使し、彼らの文献(ぶんけん)をいくつか読み取ることに成功しました。解読に多少の時間がかかりましたが、今後のことを考慮すれば安いものです」
「して、その文献には何と?」
 老将軍の問いに、ゲイラルは頷く。
「そこには異世界の記述が溢れんばかりに並んでおりました。どうやら彼らは、我らの世界だけではなく、もっと多くの異世界を認識しているようです」
 周囲から、おおおお……とどよめきが起きる。
「それらの文献を読み解くと、彼らの尋常ではない武勇が目白押しでした。そういう体質なのか、彼らはことあるごとに異世界に召喚され、その先々で圧倒的な武力と魔力によって、敵軍を制圧しております」
「なんと……、それは誠か」
「真実でございます。そして自分は、その数々の武勇にいくつかの共通点を見出しました」
 驚愕する老将軍を見やり、ゲイラルはにやりと笑う。
「ひとつ。召喚されるのは一人であること。ふたつ。十代の男であること。みっつ。現地にて必ず複数人の少女を調達すること。よっつ。あちらの世界で不慮の事故で命を落とした者が、こちらの世界に転生する可能性が高いこと」
 指折り説明するゲイラルに、老将軍は――いや、他の将校やお歴々も、当惑の色を隠せない。
「すまん、ゲイラル将軍。ちょっと何言ってるか分からない」
「ふむ、それは賛同一致(さんどういっち)マンの持ちネタですな」
「賛同一致マン?」
「向こうの世界で有名な、二人組の芸人の名称でございます」
「いや、知らんけど」
 ともあれ、とゲイラルは続ける。
「こちらで用意するのは強力な召喚士と、十代前半の娘を四、五人。あと、筆談用の羊皮紙(ようひし)とペンです。文字はだいぶ解読が進んできましたが、会話となるとまだまだ未知ですからな」
「しかし……」
 老将軍はいまだ難色を示している。まあそれも無理はない。むしろ当然と言っていい。少女を何人用意したところで、彼女たちは戦場においてはまるで役に立たないどころか、足手まといにしかならないだろう。向こうの世界で落命した者がこちらで転生すると言っても赤ん坊スタートだろうし、死んだときと同じ年齢や容姿だったとしても、どこに現れるのか見当もつかない。魔物の目の前に出現して一瞬で再び死ぬことだってあるだろうし、最悪、敵国の要人となり、こちらの敵として現れるかもしれないのだ。
「大丈夫です。心配なさるようなことはありません」
 しかしゲイラルは自信満々に口の端を上げたまま、ダメ押しとばかりに進言する。
「どの文献でも、彼らは必ず勝利を収めています。文献の大半はなぜか途中で記述が止まっていましたが、それは気にするようなことではないと思われます。彼らを召喚すれば、我らはようやく勝利をこの手にすることことができるのです!」
 
          03
 
 軍会議が終わり、昼食を済ませた後、ゲイラルはさっそく自国の召喚士を四人集めた。それぞれ名のある召喚士たちだ。カーウェンは他の将軍に声をかけ、町娘を調達させてくれている。あとはこの召喚術を成功させるだけだ。
 王宮の地下、召喚用の広い一室。石畳に描かれた複雑な紋様。まもなく召喚の儀が始まり、そして異世界『日本』から勇者がやってくるのだ。否が応でも胸が高鳴る。それは出陣前の武者震いに似ていた。
「さあ、始めてくれ!」
 ゲイラルや他の将軍たちが見守る中、召喚士たちは互いに目を合わせ、ゆっくりと両手を広げる。難解な詠唱が紡がれ、声が重なっていく。紋様が仄かに発光し始めたと思った次の瞬間にはもう、その光は大きな柱となって天井へと吸い込まれていく。あまりの眩しさに顔を背けるが、まるで部屋中が発光しているかのように、目を閉じていても視界が白い。
 地面が揺れ、大きな振動がゲイラルたちを襲う。思わず両手を床につけ、四つん這いの姿勢でもって、何も見えないなりに周囲に気を配る。あちこちから聞こえてくる声から察するに、他の将軍たちも自分と同じような状態なのだろう。召喚士たちはこんな揺れの中、よく直立したまま術を続けられるものだと感心する。見えていないので、直立しているかどうかはもちろん確認のしようがないのだけれど。
 どのくらい経過しただろうか。おそらくわずか数分の出来事だったとは思うが、それでも体力の消耗が激しい。自分の精神力のほとんどを召喚の儀に吸い取られたかのようだった。光が収束し、地震が治まると、そこにはやはり直立のままの召喚士たちと、そして――
「お、おおおお……」
 感嘆の声を上げるゲイラルの目の先――紋様の中心には、ひとりの少年がへたり込んでいた。
「や、やったぞ! 成功だ!」
 飛び上がるゲイラルに続いて、将校たちも起き上がる。
「なんと、成功したのか!」
「若い男……まさしく文献のとおりだ」
 喜びと緊張が渦巻くその中を、ゲイラルは慎重に少年へと歩を進める。
 落ち着け。第一印象が大事だ。ここさえ乗り切れば――少年に我々を味方だと認識させれば、あとはすべて上手く事が運ぶ。
 狼狽(ろうばい)する少年の前に立ったゲイラルは、精一杯の笑顔を貼り付け、彼に手を伸ばして言った。
「ナンカ、コーフンシテキタナ」
 それは少年の元いた世界の芸人、賛同一致マンが必ず用いる台詞だった。彼らは毎回この台詞のあと、コントと呼ばれる寸劇を始め、観客たちを笑わせる。つまり、はじめましての挨拶のようなものだと思っていたのだが……。
 しかし少年からすれば、わけもわからないままわけのわからない場所に飛ばされ、無頼漢とも取れる筋肉だるまたち(ほぼ全員帯剣)に囲まれ、中でも一番強そうなおっさんに脂ぎった笑顔で見つめられて「興奮してきた」なんて言われたものだから、パニックどころの騒ぎではなかった。へっぴり腰で退路を探し、それでも周囲一帯を囲まれているため、その円の中を悲鳴を上げながらぐるぐる逃げ惑うという、なんとも目の当てられない惨状と化した。
「お、おい、少年。いや、勇者殿。話を聞かれよ」
「ギャー! ギャー!」
「我々はお主の特異なる能力に期待して……」
「ギャー! ギャー!」
「ナ、ナンカ、コーフンシテキタナ!」
「ギャー! ギャー! ギャー!」
 交渉を試みるも、まったくの無駄だった。
 おかしい。こんなはずではなかったのに。
「そ、そうだ! 女だ! カーウェン宰相殿、少女はまだですか?」
 ゲイラルがそう叫ぶのと、部屋のドアが開けられるのはほぼ同時だった。
 カーウェンの部下がまず姿を現し、続いて四人の町娘たちが入ってくる。
「さあ勇者殿、この世界の娘たちですぞ!」
 指し示すその先には――顔の上半分がまるっと埋まるほどの大きな目をした少女たち。もちろん魔法による幻視なのだが、いまの少年に(仮に平常心だったとしても同じ結果だっただろうが)それを見破る術はない。しかも、内二人は、ここに子供ひとりくらいなら収納できるのではないかと思えるほどの大きな胸を携えている。はっきりいって妖怪の類だ。
 巨大な眼球と胸を持つ、人ならざる者が集団で少年に走り来る。恐怖が最高潮に達した少年はふっと力が抜け、その場に倒れ込んだのだった。
 
          04
 
 その後どうなったかというと――
 少年は再び元の世界に戻された。あれではどうにも使い物にならないというのが、その場にいた全員の総意だった。
 強烈な印象や恐怖はあったと思うが、それでも短時間のことである。向こうで目が覚めれば、きっと夢だったと思ってくれるだろう。
 将校たちも、今回の騒動は初めからなかったものと捉え、各々の仕事に戻っていった。
「おかしい。なぜあんなことになってしまったのだろう……」
 王宮の休憩室で、ゲイラルは首を傾げる。
「こちらは彼らの文献にあったとおりにしたはずだ。はじめましての挨拶。大きな目と胸を持つ少女。そして何より、彼らは幾度も異世界へと召喚され、ないしは転生している。何が原因なのか、さっぱり分からん」
「他人の力に頼るなという、神の御心だったのかもしれませんね」
 ゲイラルの対面に座るカーウェンは、コップの水を口に運びながらそう言った。
「自国のことは自国で解決せよということなのかもしれません」
「ふうむ、そうなのですかなあ……」
 指先で口ひげをさすりながら、ゲイラル。
 結局のところ、ふりだしに戻っただけだった。
「しかし、俺はまだ諦めませんぞ。彼らの文献を今以上に読み解き、今度こそ我が国の勝利を確実なものにしてみせましょう」
 拳を握り力説する将軍を見やり、カーウェンはやれやれと、人知れずちいさく肩を竦めるのだった。

異世界に喚んでみた

異世界に喚んでみた

「異世界から勇者を召喚するのです!」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-27

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