ウエアラブルロボット

 取引先の営業マンが抱っこヒモをして現れたのを見て、比良田は思わず苦笑した。
「酒井くん、どうした。奥さんに逃げられたのか」
 酒井は顔を赤らめながらも、慌てて首を振った。
「違いますよ、比良田部長。これを見てください」
 比良田が見やすいように体をひねり、酒井は抱っこヒモの中を見せた。それは赤ん坊サイズのロボットだった。白っぽいプラスチックのボディーに、愛くるしい大きな目をしている。
「なんだ、ロボットか。うーん、君の趣味にケチをつけるわけじゃないが、公の場所で持ち歩くのは、ちょっとどうかな」
 酒井はますます顔を赤くして、激しく首を振った。
「違います違います。これは、我が社の新製品なんです」
「ほう。あ、わかった!男性の育児体験用だね」
 酒井はちょっと悲しそうに首を振った。
「それも違います。まだ試作機の段階なので、やむを得ず市販の抱っこヒモを使用していますが、正式販売が決まれば、ちゃんとしたストラップにする予定です」
「うーん、それがよくわからんなあ。どうして、わざわざロボットを抱っこするのかね。第一、重いだろう」
「いえ、それほどでも。えーと」
 酒井は小声でロボットに「何グラムだっけ?」と尋ねた。
《2,837グラムです》
「たった2,837グラムですよ。本物の赤ん坊よりずっと軽いです」
「に、してもだ。抱っこする意味はあるのかい?」
「はい。このロボットは、本来、コミュニケーションの補助が目的です。常時身近に置いて、互いに会話を重ねることによって所有者の個性を学ばせ、いざという時に適切な助言をさせるのです」
「だったら、自立歩行させればいいだろう」
「いえ、それだと人間一人分のスペースが必要になってしまいます。理想の大きさは、えーと」
 また、酒井はロボットに「何だっけ?」と聞いた。
《物語の海賊の肩に乗っているオウムです》
「物語の海賊の肩に乗っているオウムぐらいですが、まだ、技術的にそこまで行きません」
「ふーん、そうか。だが、いずれにせよ、高いんだろうな」
「いえ、それほどでも。予定販売価格は、えーと」
《税込み、129,600円です》
「税込み、129,600円ですね」
「いつ、発売するのかね?」
「はい、えーと」
《来年2月の予定です》
「来年2月の予定なんです」
 比良田は苦笑しながら、こう言った。
「すまないが、ロボットと直接話させてくれないか」
(おわり)

ウエアラブルロボット

ウエアラブルロボット

取引先の営業マンが抱っこヒモをして現れたのを見て、比良田は思わず苦笑した。「酒井くん、どうした。奥さんに逃げられたのか」酒井は顔を赤らめながらも、慌てて首を振った。「違いますよ、比良田部長。これを見てください」比良田が見やすいように......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted