空気銃

Twitterで募集したお題、「エアガン」
季節はずれの文章ですがお楽しみください。

空気銃

 子供ながらにその黒く煤けた塊がかっこよく見えたのだろうか。出店の、当たりもしないくじ引き屋台だったか射的屋台だったかの、一番景品。
 ひときわ目を引くそれは、子供じゃ抱えきれないほど大きなエアガンだ。
 年齢制限のかかるであろう大きさのそれは景品棚の一番上で悠々と子供だった自分を見下ろしていた。
 まるで、〝貴様に我を使いこなすことができるか?〟と、挑戦的な言葉を投げかけてくるかのように。気分はまるでRPGの主人公。選ばれたものしか手にすることのできない伝説の宝と対峙している妄想に浸る。
 片田舎の小さな祭りだったこともあり、屋台の景品を手に入れることのできる強運の持ち主はもう、ヒーローだ。あれを手にすることができれば隣のクラスのあの子も、否、彼女はお姫様で――……なんて妄想も良くしたものだ。――結局、そのエアガンを手にする子供はおらず、誰も〝伝説の勇者〟になることは叶わなかったのだけれど。
 そんなことを思い出したのは、たまたまその出店がやっていた神社の近くを通ったからで、年取ったなとスーツ姿の自分を笑った。
 たまには墓参りにも来なさいよ、と電話口で小言を言われて貴重な休みを削り、渋々里帰りをし、病気で亡くなった父の墓に手を合わせてきた帰りである。ごめんな親父、仕事が忙しくて、だなんて親不孝に言い訳をしたはいいものの、なんだかいたたまれなくなって5分もせずに帰ってきてしまった次第である。
 しかし、暑い。残暑とはよく言ったもので、はっきり言って、暑い。日が暮れれば少しはマシになるのだろうけれど、それにしたって、暑い。
 木陰を求めて、少し遠回りになるが涼しい小道を歩いていると、神社にたどり着いたのである。
 セミが最後の力を振り絞って命を叫び、夏の熱い風がざわざわとお喋りし、アスファルトが容赦なく身を焦がす。人の姿なんて無くて、まるで、どこかに迷い込んでしまったかのような、そんな雰囲気だった。……実際のところ、一番日の高い時間帯に外に出歩く人がいないというだけなのだけれど。
 ――ここに、ここにあのエアガンでもあれば。
 ……だから、だからなんだというのだ。ポツリと浮かんだ自分の感情を笑う。
 大人になって欲しいものはある程度買えるようになった。エアガンだって、買おうと思えば、ネットでワンクリック、こんな暑い中出歩かなくてもクーラーの効いた部屋でテレビを見ながら待っていればいいのだ。なんて便利な世の中だろうか。
 でも、だけれども、手に入れた〝宝〟は、ただの黒く煤けたプラスチックの塊なのだ。質の悪い、チープな、云わいるただの子供のおもちゃだ。
 大人になってしまえば、あの頃の〝宝〟はあちらからやってきてくれるのだ。自分の足で探しに行くこともしなくていい。それが、どれだけ楽しく、どれだけ大切なことかを、今になってようやく理解したというのに。もう、遅いとでもいうのだろうか。
 もしあの時、エアガンを手にしていたら、何か変わっただろうか。――否、現実に向き合うのが早くなるだけできっと何も変わらないだろう。〝宝〟を手にしたところで、〝伝説の勇者〟になんてなれなかったのだ。
 無情だな。実に無情だ。
 そうひとりごちてその場を後にした。きっと今年もここで〝伝説の勇者〟を夢見て大人になろうと頑張る子供がいるだろう。
 願うことならば、その子には。
 ……否、何も言うまい。
 〝伝説の勇者〟になれなかった自分が残す言葉など、何もないのだから。

空気銃

空気銃

夏、あのエアガンを持てば自分も大人になれると思っていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-24

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