しょうじきなうそ
「アナタの"嘘"を盗みにきました」
「はぁ・・・・」
やわらかい壁によしかかる男。
布切れを集めて作ったような黒い服に包まれながら、笑う。
「ぽかーんとした顔、なかなか画になってますよ」
「それは失礼ですね。」
静かな午後3時。
紅茶片手にクッキーをいただく。
その貴重なその時間をこの男に現在進行形で切り取られている。
「いきなり現れて、なんですか貴方は。」
男は大げさに体をのけぞらせて高らかに笑った。
「これは、やけに冷静だ。嘘を盗むといっているのに。」
勝手にクッキーを手に取り、ポイっと口にほおりこむ。
「なんで、よりによって嘘なんですか?そんなもの盗めないでしょう」
「否、盗めますね」
唇についたクッキーの屑を指でツイッとふき取り、あっけらかんと言う。
「アナタは"嘘"の正体を知らない。」
コホンと一息。やわらかい壁をムイっと押して、男は部屋を歩き始めた。
「嘘はね、厄介な奴ですよ。なんともね。相手を騙すだけじゃない、自分自身も騙している」
「はぁ。」
「ワタシはね、嘘を集めることでこの世に平和がやってくるんじゃないかと、思うんですよね」
ニタリ、と笑う男。
「誰も嘘をつかなければ正直者だ。実にまっすぐだ。争いなぞ何も起こらないだろう」
「嘘をつかない人間なんて、いるはずない」
「いますね。」
ズイと近づき、紅茶のカップを強引にとられる。
「嘘をつかない人は、嘘しかつけない人だ。しょうじきなうそつき、なのですヨ」
「?」
「何を問われようと嘘でしか返せない。つまり、発した言葉の逆が本音だと確信できる。天邪鬼のようなものですかね」
カチャン、とカップを皿に置く。中身はすでに無い。
「つまり嘘とは正直。まことに真っ直ぐな言葉だ。なら何故"嘘"を人は悪いようにとらえるのか」
「本当の事を言わない人間なぞ信用されないでしょう。だから嘘は悪いんですよ」
「その通り、悪いのは人間だ、嘘は悪くない。」
「ふむ」
「一番最初に、ワタシはアナタの"嘘"を盗むと言いましたね。」
クッキーをほおばりながら、静かにうなずく。
「だが悪いのは人間自身である。人間が悪い限り嘘は消えませんね。」
「じゃあ、やっぱり盗めないじゃないですか」
「その通り。盗めません。ワタシは嘘をつきました。」
男は黒い服を揺らし、再びやわらかい壁に身をうずめた。
「なんだ、貴方も、嘘つきなんだ」
「ええ。ワタシは"嘘"ですからね」
「どういう事ですか」
「さぁ、ご自分でお考えなさい。それでは。」
男は消えてしまった。
時計は、午後の3時を指していた。
しょうじきなうそ
嘘をついていたのは、誰なんでしょうね。