特別な日
こんな気持ちが……こんな思いがあってほしい。だって大好きな人との特別な日なんだから。
彼氏の考えた、ちょっと特別な日のお話し。
特別な日
「明後日なんだよなぁ……」
俺はその日の夜、自分の部屋で悩んでいた。
(なんで、言えないかな…)
携帯のスケジュ-ルを見れば『麻紀・誕生日』の文字がある。
明後日は麻紀…俺の彼女の誕生日…
何度も一緒に過ごした日だけど…今年は特別な日だ。
計画は立ててあった。
まずは、前に麻紀が『見たい』って言ってた映画に行く。
チケットは手に入れてある……
まぁ…ペアシ-トってのは…アレだけど……
少しずつ貯めた小遣いも、良い金額になっている。
途中で喫茶店に入っても大丈夫。
夕食も大丈夫だ。
それも…ファミレスじゃない、もう少し良い所だってOKなくらいだ。
プレゼントも用意してある。
『アイツに似合いそうだな…』
そう思って買ったネックレスだけど、しっかり選んだ物だし…
多分、気に入ってくれると思う…
渡すのは映画の後……食事とかの時だろうな…うん。
問題は……その前だったりする…
『明後日空いてないか?』
その一言が言えない…
恋人同士なんだから、『今更なにを!』って感じなのに…
誕生日…それも、付き合ってから初めての…と意識した瞬間、
なんだか妙に気恥ずかしくなって言えなくなる…
「はぁ…」
溜息が出る。
今日だって言うタイミングは、たくさんあったのに…
(損な性格だよなあ…)
明日…明日を逃してしまえば…計画は無駄になってしまう…
(明日こそは…)
俺は、そんな妙な覚悟を…決めていた。
明日
「じゃあ席、頼むな。」
「わかったよ~」
いつものように入ったファ-ストフ-ド店。
放課後、二人で待ち合わせをして…途中で軽く寄り道をして帰るのが俺達の定番。
俺はカウンタ-でコ-ヒ-を二つと適当な食べ物を注文して麻紀の座っているはずの席へ向かう。
(えっと…どこだ?)
夕方という時間帯のせいか、店内は結構混み合っている。
「耕太~」
名前を呼ばれた方へと眼を向ける。
「耕太~こっちだよ」
麻紀は窓辺の二人用のテ-ブルを確保していた。
「ほい」
トレイを真ん中に置いて、俺は麻紀の向かいに座わる。
「ありがとう。耕太」
二人で定番のポテトやナゲットを食べながら雑談に興じる。
「それでね。この頃は練習が厳しくなってきたんだよ」
「一年なのに?」
「人数が少ない…からかな?」
「でも、それなら直ぐにレギュラ-いけるんじゃないか?」
大抵は、麻紀の部活…剣道の話か俺のくだらない話だけど…
俺はこの時間も好きだった。
一緒に居られる…それと……
「う~ん…どうなんだろうね?」
「まあ…廃部にならなきゃ、大丈夫だろ」
「む~~。また、そういう事、言うんだから…」
そんな風に過ごしていると、なんだか優しい時の流れ…そういうのを感じるから。
「ははは…悪い。」
持ってきた物も、殆ど食べ終わり残ったコ-ヒ-を飲みながら俺は考えていた…
『明日、空いてないか?』
この一言を言うタイミングを…
(……ん~と…)
「耕太、今日は何も入れないんだね?」
「ん?」
ふと顔を上げると、麻紀はコ-ヒ-にミルクを入れているところだった。
(…タイミング…ここしかないよな…)
自分を促すように胸の中で呟く。
俺は、そっと、カップを置いて話しかける。
「えっとさ……明日は、お前の誕生日だったよな?」
(…言えた…)
何を悩んでたんだ…って位、あっさり言えた。
「え?」
俺の前に座る麻紀が、いま正に口をつけようとしたカップから手を離し不思議そうな目で俺を見つめる。
すこし驚いたのか、上ずったような声を上げた。
「だから…明日は麻紀の誕生日だったよな?」
もう一度そう言ってから麻紀を見つめる。
「そうだけど…どうしたの?」
そう言いながら麻紀は柔らかく笑った。
「ん~いや…ほら、初めてだろ…」
「初めて?」
「俺と麻紀が付き合って…からのさ。」
「だから、あれだ…明日、二人で出かけないか?」
「えっ…それって…」
俺は照れ隠しに頭をガシガシとやる。
「…その何だ…デ-ト…したいんだよ…明日空いてないか?」
「その癖直らないんだね」
麻紀がクスっと笑う。
そして…
「もちろんだよ!嬉しいよ!」
そう言って、満面の笑みで笑いかけてくれた。
(やっぱ、コイツの笑ってる顔…良いよな…)
本気でそう思う。
春の日差しみたいな…優しくて暖かな笑顔。
俺はきっと…麻紀の、そういう優しさ…暖かさが大好きなんだ。
「やっぱ、麻紀は笑った顔が一番だな」
「耕太…はずかしいこと言ってるよ…」
さっきまで笑っていたかと思うと、今は恥かしそうに俯いている。
ころころ変わる表情と仕草。
そんな麻紀を見ていると、ふと思ってしまう。
…やっぱ告白して良かった…と。
そして、あの日の事も思い出す…
恥かしい記憶でもあるが、何よりも俺達の関係が変わったあの日の事を…
あの日
…『広瀬 麻紀』
中学入学以来、ずっと同じクラス…
そのうちに、なんだかんだツルむようになって…
休み時間に、たわいも無い話をしたり昼を一緒に食べたり…
麻紀が笑ってくれると、何だか一日が楽しくて…
あの頃は隣に…一緒に居れる事だけで嬉しくなっていたっけ…
『いつ?』そんな事は覚えていない。
ただアイツが良いなって感じていて……ふと気が付いたら、もう麻紀しか見えなくなっていた。
『告っちゃえよ!』
クラスの男どもに何度もそうやって冷やかされた。
それくらい、俺の想いはバレバレだったのに…
それなのに…
きっかけが中々なくて…
いろんな事を散々悩んで…
ようやく俺が覚悟を決めて告白したのは…
高校に入学して…また一緒のクラスになってから…つい3ヶ月前の事だった。
あの時の事は良く覚えている。
夕方の小さな公園…
世界全てを溶かしてしまいそうなくらい…真っ赤な夕焼けだった…あの日…
俺は…あの日…それまで押さえ込んでいた想いを伝えた。
まるで二人だけの世界にいるような…いつもと違う少しだけ神聖な景色。
だからこそ…俺は言えたのかもしれない。
『麻紀…あのさ…俺は……お前の事が…』
『本当は、ずっとずっと伝えたかったんだ。だけど…な…なかなか伝えられなくて…その…』
人間、追い詰められると言うか覚悟が決まると言うか…
『えっと…な…その…なんだ…』
まあ、そういう状況になってしまうと前フリなんか忘れて…
『俺と付き合ってくれ!』
本題を『ど真ん中』に投げ込んでしまうものなのだと知った。
『………』
『………』
『………』
『………』
暫くの間、俺と麻紀の間に沈黙が漂った…
(やっぱダメだったか…あ~もう…最悪じゃネエか…)
『耕太……あのね…』
やがて小さく麻紀が俺の名前を口にした。
俺は、断られるんだろうなと思っていた。
……だけど、麻紀は……
『…嬉しいよ!耕太…私…ずっと待ってたんだよ!』
そう言って抱きついて来てくれたっけ…
あんまりにも恥かしくて、忘れてしまいたい気もするけど…
多分、頭を金属バットでブン殴られようが、怪しい薬を飲まされようとキット忘れられない…そう思う。
それだけ、俺の中であの日の事は恥かしさと言う面でも、大事な思い出と言う面でも特別な記憶となっている。
あの真っ赤な夕焼けと共に…
秘密
「……うた…耕太?」
「耕太?」
不意に名前を呼ばれて俺は、
「お…おう?!」
思わず変な返事をしてしまった。
どうやらすっかり物思いに耽ってしまっていたらしい。
「どうしたの?」
麻紀が俺の顔をのぞき込んでいる。
「いや…なんでもないさ。少し考え事してただけ…」
その一言に俺は頭をかきながら謝った。
「考え事?」
何か、やましい事を考えてたんでしょ?
今度はそんな目で俺を見つめてくる…
(…ったく、まさか『告白して良かった…なんて考えてたんだ。』なんて言える訳が無い…)
「明日の予定を考えてたんだ…」
俺はあわててごまかした。
「ふうん…」
「………」
こういう時の女ってのは、何か特殊な能力が開花してるんじゃないかと思う。
『考えてる事なんか解ってるんだよ』そんな眼と表情をするから…
「ちゃんとしたいんだよ。俺から言い出した事だしさ」
取り繕ったような言い訳をしてしまった。
…本当は、考えてある。
プレゼントも用意してあるし、行く場所も決めてある…
だけど…秘密にしておきたかったから……
「そんなことないよ。私の為に…って考えてくれるのは嬉しいよ。」
そう言うと、麻紀の表情が、パッと明るくなる。
「えっと…それじゃ、明日の11時に商店街の入り口で…それでいいか?」
「うん。大丈夫だよ」
急に誘ったようなものだったけど…麻紀は本当に嬉しそうだった。
「明日は楽しみだよ!!」
そう言って麻紀は笑ってくれる。
柔らかな夕焼け。あちこちの家から漂う幸せの匂い……そして、麻紀の笑顔。
(幸せだ……)
そう思う。世界はこんなにきれいで幸せであふれている。それがどんなに些細な事だったとしても……
そう思えるのはきっと……
「耕太!また明日!楽しみにしてるからね!!」
「おう!明日だ!」
どういう挨拶だったんだろう?だけど、麻紀の笑顔は今までになく輝いてて……
そして、俺は今までになく浮ついていた。
思い 耕太
風呂から上り、頭を拭きながら部屋に戻る。
『 You've Got Mail』
ヴィ~ヴィ~
机の上に置かれた携帯電話。
軽い振動と繰り返される音声呼び出しが俺を迎えた。
「いいタイミングだな」
ボソッと呟く
『 You've Got Mail』
ヴィ~ヴィ~
「はいはい…」
携帯に返事をしても仕方が無いのだけど…思わず声を出してしまう。
「よっ…っと」
頭にバスタオルをかけたまま、俺は携帯に手を伸ばす。
『 You've Got …』
「はいはい。解ったから」
何回目かの声を遮るように、携帯を開ける
『メ-ルが一件届いています。』
画面に表示される事務的なメッセ-ジ。
だけど…差出人は見なくても、わかってる。この呼び出しはアイツ専用だから。
どこで受信しても誰かがそばに居ても、この呼び出しならきっと変な勘ぐられ方はしないはず…
そんな単純な理由で選んだ呼び出し。
でもアイツからのメ-ルなのに素っ気が無さ過ぎるな…
今度、アイツの好きな歌手の曲に変えてやろう…
アイツも自分のメ-ルが『 You've Got Mail』じゃ寂しいだろうしな…
そんな事を考えていると、自分の顔がだんだんニヤケて来てるのがはっきりと解る。
(こんな顔…見せられないな……)
「ったく…」
俺は頭に乗せていたバスタオルを乱暴に投げると、頭をガシガシとやる。
自分しかいない部屋なのに、何でこんなに恥かしくなるんだろう…
「っと」
決定のボタンを押して、受け取ったメ-ルを展開する。
『件名:こんばんは
差出人:麻紀』
もっと女子っぽい文面でを送ってきても良いのに、妙にシンプル。
それが麻紀らしくて『いいな』と思う。
『こんばんは。耕太はもう寝ちゃったかな?
明日は楽しみにしてるから、寝坊なんかしないでね。
おやすみなさい。
麻紀』
たったこれだけのメ-ル…
だけど…
麻紀が恥かしそうに携帯を握っている姿が浮かんでくる。
アイツは心配性だから、きっと何度も新着メ-ルの確認とかしてるんだろうな。
まあ、普段でもメ-ルはすぐに返信していたんだけど。
(明日は特別だしな…仕方がないか…)
「……さて……」
少し考えてから、俺はボタンを押していく。
返信…件名…本文……
順序良く操作をこなしていく。
声に出して言うと恥かしい事も、文字だと素直にかける気がした。
…最後に送信決定
「よしっ…」
『送信完了しました』
メ-ルの送信が無事に終わった事を確認して携帯を枕元へ投げる。
「それから…っと……」
机の上に置いてあるものを確認する。
プレゼント…大丈夫…
アイツが見たがっていた映画のチケット…あるな…
…全部ある。
「よし!」
全部、確かめて俺はベットへと潜り込む。
普段ならこんな時間には寝ないけど、明日は遅れるわけには行かないから。
「おやすみ。麻紀…」
俺は穏やかに眠りに入っていった…
思い 麻紀
『新着メ-ルがあります』
そのメッセ-ジが画面に出た時、私は自分でも信じられないくらいドキッとした。
送信してから、何度も確認していた新着メ-ル。
(いつもならこんな事はしないのに…やっぱり明日が特別だからかな?)
「…きっとそうだね」
誰に言うともなく、麻紀は少し微笑みながら受信のボタンを押す。
『件名:Re;こんばんは
差出人:耕太』
返信をあらわす『Re』が耕太っぽい
(少し位、気を利かせて件名を変えてくれればいいのにな…)
そんな事を思いながら本文を表示させる。
『明日は、お前の誕生日…それも俺と麻紀が付き合ってから初めてのだぞ。
そんな特別な日に寝坊する彼氏がいるか!
安心して今日は寝ろ。主役が寝不足じゃ間抜けだぞ。
』
そこまで読んで、
「む~…もう少し、言いかた考えて欲しいなあ…」
そう言いながらも麻紀は小さく笑っていた。
耕太が明日を特別な日だと思ってくれてるいる。
(ちょっと乱暴な感じもするけどね…)
再び画面へと目を戻す。何行かの空白が続いているのは解っていたから。
(…離して書いてあるんだね)
何が書いてあるんだろう?
ドキドキしながら、カ-ソルを操作していく。
『
それから、俺は麻紀の事が本当に好きだ。
俺は心から、麻紀のことを愛して……』
「わっ!…」
パン!
思わず携帯を閉じてしまった。
(…今…凄く恥かしい事…書いてあったよね…)
顔が赤くなっているのが自分でも解る。
「ふう…」
一度、軽く深呼吸をしてから携帯を開いた。
そして、ゆっくりメ-ルを読んでいく。
『
それから、俺は麻紀の事が本当に好きだ。
俺は心から、麻紀のことを愛しているから…
本気で、いつまでも一緒に居たいと思ってる。メ-ルでってのが悪い気もするけど…本当だからな。
明日はちゃんと迎えに行く。待っててくれよ…お姫様。』
「メ-ルでも…嬉しいよ…」
普段なら絶対に言ってくれないような事が書いてある。
素直に嬉しい。
何度も読み返して、そっと目を閉じてみる。
(きっといつものクセ出てたよね。耕太は照れると絶対にやるんだから…)
頭をガシガシやりながら、メ-ルを打ってる耕太……
クスッ…
いままで何度も見てた姿だけど想像だと何時もよりも子供っぽい感じがする。
ちょっとだけ可笑しい。
(…そうだ…記念に取っておかなきゃ)
メ-ルを消してしまわないようにメモ帳へコピ-。
「うん!」
無事にコピ-が終わったのを確認して、そっと携帯を閉じる。
明日は絶対に良い一日になるね…
忘れられない誕生日になるよ…
だって……そういう一日にしてくれるんだもんね…
「おやすみ。耕太。私も大好きだよ。」
そっと呟いて、麻紀は心地よい眠りへ入っていった。
待ち合わせ
「私…遅れた?」
待ち合わせにした、駅の前で麻紀が言った言葉はそれだった。
「いや、待ち合わせ時間にまだ5分もあるぞ」
「…ビックリしたよ…」
「言っただろ?今日は『特別な日』だって」
「そんな大事な日に寝坊する彼氏なんかいないぞ」
「うう…ごめんね。耕太…」
「…信用ないんだな…俺」
「そんな…疑ってたわけじゃないんだよ」
「まあ、仕方ないか…普段が普段だし……」
少しだけ意地の悪い顔をしてみせる。
「ほら」
俺は、そっと手を差し出す。
「え??」
「…手…繋いで歩きたいんだけど…」
きっと今、俺の顔は真っ赤だと思う…
「うんっ、楽しみだよ」
麻紀がそっと俺の手を握る。暖かくて柔らかな手の感触。
「よし!行こう!」
「うん!」
「でも…どこに連れていってくれるの?」
「任せておけよ。ちゃんと考えてあるからさ」
そうして俺達は歩き出す。
それは他人から見れば、手を繋いで歩いているだけかもしれない。
街を歩けばどこにでもある風景なのかもしれない…
そんな小さな事だけど…
だけど、俺には…俺達には、それが凄く楽しくて…嬉しくて……
だから、思うんだ…
今日は麻紀に特別な日だって言ったけど…
本当は……
きっと毎日が…隣に麻紀が居てくれて…微笑んでくれて…
俺にとって毎日が特別なんだって事。
やわらかい風
駅から続く商店街を歩いて行く。
縫いぐるみだらけの店…
甘いお菓子の店…
綺麗な服が並ぶ店…
そういった店を見る度に、麻紀は眼を輝かせ幸せそうに笑う。
そんな麻紀を見ているとオレも自然に笑顔になる。
…だから……
人通りも少なくなった辺りで俺は大仰に言ってやった。
「ああ…そうだ…肝心な事を忘れてた!」
あんまりにも麻紀が、楽しそうにしているから…
「え?」
「誕生日おめでとう。麻紀」
あんまりにも麻紀が、幸せそうに笑うから…
「ありがとう。耕太――んっ!」
…ちょっとだけ俺に沸いた悪戯心。
「……こ…耕太……」
不意打ちで唇を奪った。
「油断してるからだ」
麻紀は真っ赤になって恥かしそうに俯いている。
「誕生日おめでとう。麻紀…大好きだ…」
俺はそう言って、少し笑って見せる。
「も…もう……」
柔らかく吹いた風が俺達を包んだ。
夏の匂いがする風…
ちょっとだけ切れた雲の間から、優しい晴れ間が顔を出していた。
映画
駅前から出発するバス。
もちろん席は隣同士…
それに乗って向ったのは、街で一番大きなショッピングモ-ル。
麻紀が見たがっていた映画も、ここのシネコンでやっている。
「あ…これ……耕太覚えててくれたんだ?」
シネコンの入り口に貼ってあるポスタ-を見て、麻紀が言う。
「まあな…観たがってただろ?だからさ…」
「ありがとう…」
俺は用意しておいたチケットを取り出し、カウンタ-へと向った。
…初めて知ったけど…ペアシ-トってのは結構…恥かしい……
「う~ん…ゆったり映画が観れるね。」
麻紀は随分満足しているようだけど…
「そ…そうだな…」
まず…なぜか真ん中の絶好のポジションに席が有る…
「こんな良い場所、取ってくれたんだね。」
「お…おう…」
二人分の椅子がセットになったペアシートは、中間にある肘掛が無い…
「広い席だよね」
「そ…そうだな…」
しかも、身体を寄せ合って映画を観れるってのが売りみたいで…
「どうしたの?」
「いや…なんでもない…」
ビ-…!
酷く場違いな音と共に、館内が暗くなっていく…
「ほら、耕太。始るよ!」
麻紀が俺を嬉しそうに見つめていた。
その顔を見ると何だかこっちまで嬉しくなる。
でも…俺は……映画をまともに観れそうもなかった…
特別な日
「楽しかったね~~」
「そうだな~」
俺達は、夜の公園でジュ-スを飲みながら語り合っている。
映画の話…
途中で寄ったゲ-ムセンタ-のこと…
ちょっとだけ、大人びた雰囲気だった食事のこと…
少し冷たい風が吹いていたけど、遊び疲れた俺達には心地良いぐらい…
そんな風を感じながら俺と麻紀は、夜空を見上げていた。
「今日は…ありがとうね。」
麻紀が笑顔で言う。
「すごく…楽しかったよ。いっぱい考えてくれたんだよね?」
「あ…うん…まあな……」
「でも…キスは、びっくりしたよ。」
「あ…えっと……あれは…だな…」
俺は、右手で頭をガシガシとやる。
「やっぱり、やっちゃうんだね。その癖…」
クスッと麻紀が笑う。
「えっとな…まだ、あるんだ…」
「え?」
俺は手の中に隠した箱を麻紀に渡す。
「ほら、プレゼント…気に入ってくれるといいんだけど…」
「開けてもいい?」
「あぁ、もちろん。」
そう言うと麻紀は、手渡した小箱を子供のように開け始める。
…
…
…
「わ…可愛い…」
箱の中に、シルバ-のネックレス…
真ん中には白く光る石が一つ…
「お前に似合うんじゃないかなって……」
初めてかも知れない。そんな気持ちでプレゼントを選んだのは…
「ありがとう…耕太…」
うっとりしたような眼で、ネックレスを見る麻紀…
「この真ん中のは、何て名前の石なんだろうね?」
「えっとな…それムーンストーンって言って6月の誕生石なんだ…」
「耕太…」
「それで、その石な…昔から『愛をもたらすと信じられていた』って石らしいんだ……」
俺は麻紀を見つめて言う。
「俺の…気持ちだと思ってくれると嬉しいんだけど…」
「うん!」
麻紀が溢れるような笑顔で答えてくれる。
「麻紀…」
俺は、そっと麻紀を抱き寄せる。
「誕生日…おめでとう…」
「ありがとう…耕太…」
ちょっとだけ冷たい風が吹く公園…
見上げた夜の空に星が輝いている。
「本当に、今日は特別な日にしてくれたよ。ありがとう…耕太。」
麻紀が今日一番の笑顔で言ってくれた。
そして……俺達は静かに二度目の口づけをした………特別な日の特別な思い……
月だけが、それをを知っていた。
特別な日
いかがでしたでしょうか?面白かった!そうおもっていただければ幸いです