ともだち

みーんみんみんみんみん――・・・。
せみの声が空を夏一色に染める、気持ちいいほど晴れた日。

あっちゃんに出会ったのは、そんな、小学校六年生の夏でした。

「えー、転校生を紹介します。川野明子さんです。川野さんはお父さんの転勤で、秋田県からこの新潟にいらっしゃいました。皆さん、色々と教えてあげてくださいね。」
先生が川野さんを紹介した。
「では川野さん、何かひとことお願いします。」
そう言われると川野さんは一歩前へ出て、右手をあげて元気よく挨拶をした。
「川野明子でーす!ずっと秋田にいたので、新潟のこと全然わかりません。たくさん教えてください!あと、私のことは、あっちゃん!て呼んでください!よろしくおねがいしまーす!」
元気の良い子だなぁ。
あっちゃんの第一印象は、そんな感じだった。
あっちゃんは転校して来てから、すぐクラスの人気者になった。
「あっちゃん!秋田ってさぁ、なまはげっているんでしょ?」
「“悪い子はいねが~!”って言うんだろ!?」
「うん、いるよ!だからいい子にしてないと怒られるんだ~。“泣く子はいねが~っ!!”」
「やだ~こわぁ~い!」
なまはげのマネをしたあっちゃんがみんなを追いかけた。
楽しそうだなぁ、と、私は日直当番のノートを書きながらその光景を見ていた。
あっちゃんのまわりは、いつも太陽があるみたいにほんわかしていた。
みんなの心まであったかくするみたいな。
私もあっちゃんの太陽に当たりたいなぁ。そう、思った。

ある日の休み時間。私が花に水をやっていると、教室に元気な声が響いた。
「サッカーする人この指とーまれ!」
クラスの男子が人差し指をあげた。やるやる~!と、いっせいにその指がたくさんの手に包まれた。
もちろんあっちゃんも「私も私も!」と言って指に止まった。その後、「あっ、ちょっと待って!」と言って、辺りを見回した。
「あっれぇ~、運動靴、どこにやったっけ・・・。」
あっちゃんがガサゴソ運動靴を探している間に、教室はあっと言う間にあっちゃんと私だけになった。
そのうち、私が花に水をやっているのにあっちゃんが気づいた。
「あれ、かなちゃんお花の当番?」
にこにこと暖かい空気で話しかけて来るあっちゃん。
「違うよ、川野さん。」
私が呼ぶと、あっちゃんは首をぶんぶん横に振った。
「“あっちゃん!”」
「・・・あっちゃん・・・。」
私が小さな声で繰り返すと、あっちゃんは満足そうに「そうそう」とうなづいた。
私は花を見ながら言った。
「ほんとは飼育係がやることになってるよ。だけど、枯れかけてたから・・・。」
私が答えると、あっちゃんはへぇ~、と言った。
「優しいんだね!」
あっちゃんがにこっと笑った。
「でもさ、係のやることなら、ちゃんと言わなきゃ。」
私はまた首を振った。
「言ってもやらないよ。」
「なんで?言ったことあるの?」
私はやっぱり首を振った。
「じゃあ、言ってみないとわかんないじゃん!」
またにこっと笑うあっちゃんが、本当に太陽みたいだなーと思った。
「でも・・・。」
私が言いかけたとたん、あっちゃんが「あった!」と言った。
「運動靴、雨で濡れちゃったから乾かしてたんだった!」
窓際に置いてあった運動靴を掴むと、あっちゃんは教室の外に向かった。
「私お花のこと言ってみるー!サッカー、来ないの!?」
あっちゃんの言葉に、私はまた、首を振った。
あっちゃんは私に向かって、パンチ!ってやってから、元気よく校庭に向かった。

「サッカーする人この指とーまれ!」
今日もまた、休み時間の主役はサッカーだった。
この前あっちゃんに誘われてから、私もサッカーしに行ってみようかなぁと思った。
そこへ、クラスの女子が2人、私のところに来た。
「ねぇ、山本さんさぁ、あっちゃんに“飼育係が仕事しない”って言ったでしょ。」
「陰口とか言ってさぁ。別にうちら山本さんにやってなんて頼んでないじゃん。」
私はショックだった。一気にあっちゃんが嫌になった。
「優しいね!」って言ったあっちゃんの太陽みたいな顔が、すっと私の中から消えた。
そんなつもり、全然なかったのに。
それから私は、あっちゃんと話をしなくなった。
あっちゃんがサッカーに誘ってくれる前に、教室からいなくなった。
私はわかっていた。本当はあっちゃんのことが好きだったけど、あのできごとから、私は自分とあっちゃんの大きな違いを知った。あっちゃんみたいな勇気は、私にはない。
私のことを思って飼育係に言ってくれたあっちゃんを、私は嫌だと思った。
あっちゃんと話をすると、そんな嫌な自分がたくさん出て来る気がした。
それから何日か過ぎた日、私はまた休み時間に教室から出て、図書室にいた。
本棚に手をかけた途端、ドキッとする声がした。
「かなちゃん!みーっけ!」
あっちゃんだ。私は一気に自分の体温が上がるのを感じた。
あっちゃんが駆け寄って来る。
「ねぇ、かなちゃん最近何かあったの?」
「・・・な、なんで・・・。」
私はやっとそれだけ言った。あっちゃんは口をとがらせた。
「だぁ~ってぇ、私と話すの、なんか嫌みたいだからさぁ~。」
あっちゃんには伝わっていた。隠そうとしていたのに。
「・・・別に・・・。」
私が言ったけど、あっちゃんが、「うっそだ~!」と言った。あっちゃんのキラキラした目が、私を見た。私はあっちゃんから目をはなした。
「ほら!何にもないわけないよ!だってかなちゃん、私がかなちゃんのこと見るといつもそっぽ向くじゃん。」
「・・・・。」
その通りだった。何も言えなくて黙っていたら、またあっちゃんが言った。
「ねぇ、ちゃんと言ってくれなきゃ嫌だよ。どうしたの?」
またあっちゃんに聞かれたけど、私はなんでもないってずっと言い続けた。
それでもあっちゃんは引き下がらない。私は言った。
「いいの。言うと、あっちゃんに迷惑がかかるから。」
私のその言葉に、いきなりあっちゃんの顔が変わったのがわかった。
「・・・迷惑がかかる?何それ・・・。」
あっちゃんは今までに見たことのないような顔をしていた。今のあっちゃんは、太陽じゃなかった。
鬼みたいだ。
何で怒ってるの?あっちゃんのこと思って言ったのに。
あっちゃんは今までよりもっと大きな声で言った。
「言ってくれないとわかんないよ!その方が迷惑だよ!ちゃんと言ってよ、何でも!」
図書室中にあっちゃんの声が響いて、みんながこっちを見た。
それからあっちゃんは、泣きそうになりながらこう言った。
「友達じゃん・・・!」
図書室にいた先生が側に来て、どうしたの?と聞いた。
私は気づかなかった。知らない間に涙がこぼれていた。
まっすぐに「友達」と言われたのは初めてだった。
嬉しかった。太陽みたいなあっちゃんに、私の心の雲は一気に溶かされた。
私たちは校庭の隅に座っていた。私はあっちゃんに、飼育係の女子に言われたことと、私の気持ちを全部言った。
「そっか・・・、そんな風に思われたんだ・・・、ごめんね・・・!」
あっちゃんが謝ってくれた。私は慌てて首を横に振った。
「あっちゃんのせいじゃないよ!」
するとあっちゃんがいきなり立ち上がった。
「私・・・もっかい言ってくる・・・!」
そう言って走ろうとしたあっちゃんの手を私が掴んだ。
「待って・・・!」
あっちゃんが振り向く。
「かなちゃん、止めないで!言わないとダメ!」
「・・・わ、私が言う・・・!」
あっちゃんはびっくりしていた。でもその後、にっこり笑った。
「じゃあ、2人で行こう!」
私たちはサッカーをしている女子2人を呼んだ。
私は、係とかじゃなくても、花は大切にしようって言った。
女子2人は、最初はムスッとしてたけど、私が、別にケンカしたいわけじゃない、花がきれいに咲いてたら嬉しいよねって笑ったら、2人の女の子は顔を見合わせてから、そうだね、ごめんって言ってくれた。言ってよかったなって思った。
あっちゃんは黙っていたけど、ずっと隣にいてくれた。
「・・・ありがとう、あっちゃん。」
私はあっちゃんに言った。あっちゃはにこっと笑うと、言った。
「私も、かなちゃんの気持ち全部、教えてくれてありがとう!」
あっちゃんの笑顔が眩しかった。私はあっちゃんに言った。
「・・・あっちゃんはどうして、私にそんなに一生懸命になってくれるの?」
あっちゃんはちょっと考えた顔をした。
「ん~・・・、なまはげに怒られちゃうから!」
「えっ!?」
「うそだよー!」
あっちゃんはまた笑った。
「わかんないよそんなの。わかんないけど、友達だもん、力になりたいに決まってるじゃん!」
私はその時、初めて、『友達』と言う言葉の本当に意味を知ったような気がした。
一緒に泣いたり笑ったり、その間には迷惑なんて言葉はなくて。
支えたり支えてもらったり、言いたいこと全部受け止め合える。
それが本当の友達なんだって、あっちゃんに教えてもらった。
「かーなちゃん!行っくよー!」
「早く早く~!」
「はーい!」
それから私はみんなとサッカーをすることが大好きになった。

せみの声、広がる青空、夏、太陽、太陽みたいな笑顔、あっちゃん。
全てをくれた出会いに感謝をすると、私は元気よく、地面を蹴った。



おしまい

ともだち

声を大にして伝えたい、私から皆さんへのメッセージです。

ともだち

こんなともだち、いたら最高っ!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-15

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