「内側」


「内側」


電車に揺られながら、ボーッとしていた。外に降る雨が激しく車両の窓を叩く。今夜降る雨は無慈悲でとても冷たかった。
ふと向こう側の席に若い男が座った。私はボーッとそれを眺める。
ふと、男と目があう。違和感を感じる。少し間が空いた後に私は激しく動揺した。男の風貌が明らかにおかしかったからである。真っ黒なパーカーのフードを目深くかぶり、髪が長くべっとりと顔に張り付いている。薄い唇が薄っすらとつり上がっているように見える。
恐ろしいほどに、顔と風貌が自分にそっくりだった。さながら目の前に大きな鏡があるのかと思うほど、自分に似ていた。鋭い目が長い髪の先から睨むようにこちらを見ている。私は男から目を離すことがどうしてもできなかった。何かいけないものを見てしまったかのように、鼓動がどんどんと早くなる。顔、風貌、動き、細部に至るまで自分に似ていた。
それでも私はわかっていた。この男が自分とは全く別の生き物だと。なぜかはわからなかった。それでも、身体全身の細胞が叫ぶように、モゾモゾと動き回る。

こいつは俺じゃない。似てるけど違う。同じように見えて全然違う。危険だ離れろ逃げろ。

恐怖と競うように鳥肌がたった。
男は私から目を離さず、にこりと笑った。そして聞こえるか聞こえないかぐらいの声で確かに言った。
「お前は俺にそっくりだな」
恐ろしくそっくりだ。一卵性双生児のように、違うところなどない。男が不気味な声で笑い声をあげる。ボソボソと、口の中でクチャクチャとガムでも噛むかのように、歯と歯の隙間から声を漏らし笑う。
「びっくりした?」
何を言っているのかわからない。
「びっくりしたろ」
もう一度男が言った。私は何も言うことができなかった。見てはいけないとわかっていても、私の眼球は言うことを聞かない。脳も命令を出さない。まばたきもできない。
「憎しみは檻だと、聞いたことがあるか?」
男の目は冷たい。
「聞いたことがあるはずだ。お前の好きな作家が書いていたろう。その檻から早く出ろ、と。なぜ、お前はその檻からでない」
男がまた笑う。
「早く出た方がよかったんだ。でもお前は出なかった。自分の手の中を見ろ。それはなんだ?」
わけがわからなかった。やっとの事で男から目を離し、私は自分の両手を見た。

「自分が何をしたのか、わかってないのか?」

両手が真っ赤だった。清潔な血でぐっしょりと濡れていた。もう一度男を見た。

「俺は見ていたよ。隣でずっとな」

何がどうなってる。
なんで血がついてる。それが自分自身の血ではないことがすぐにわかった。身体はどこも傷ついていなかった。ただ、なぜか心にぽっかりと穴が空いたような、虚しさだけが残っている。

「なんだよこれ」

私はやっとの思いで呟いた。その声は電車の音にかき消される。
なんだよこれ。

「お前は自分を無くしちまったようだね」男が唄うように言う。「そりゃあ無くすよなぁ。だってお前は自分の母親を殺したんだもの」
男はそう言うとゲラゲラと笑った。

「覚えてねぇよなぁ?」

覚えてなかった。情けなく首を振る。男は窓の外を見ながら苦しそうに顔を歪める。

「この世界に降る雨は無慈悲で冷たいよなぁ」

男がふいに笑うのをやめ、お前は可哀想なやつだ、と微笑み呟いた。

「だから俺が代わりに殺してやったのよ」

「内側」

二重人格って訳ではありませんが、常に内側を感じて生きています。もう一人の自分が、いつでも自分を見ていて、いつか俺を助けようとでてくんじゃねぇかって。皆さんはそんな気持ちになったりしませんか?

「内側」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-23

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