ラーメンを食べに行った話

奈良へ男二人でラーメンを食べに行く話です。

幼馴染がアホでしゃーない。

会社帰り、ハモやんとメールしてたら、「明日ここ行かへん?」と一軒のラーメン屋を紹介された。「明日休みやし、ええで」と返信し、その日は寮に帰って寝た。

次の日、俺が駅前で待っていると、ハモやんが普段はかけないお洒落眼鏡にニット帽を被って、「草ちゃ~ん、待ったぁ?」と30メートル向こうから走って飛びついてきた。
「気色悪いわボケ」と頭にチョップし、「おんどれラーメン食うのに眼鏡か」と聞くと、「そ、ラーメンだからこその眼鏡!」と両手の人差し指でこちらをびしっと指してきたので、片方を曲げてやったら「痛い痛い、草ちゃん!」と泣きそうな声で訴えた。

時間は朝の9時。ここから奈良の店に行くまで、2時間ほどかかる。
「切符買うで」とホームの階段を上りだしたら、ハモやんが女子高生たちのスカートをのぞき見しようとするので「ボケナスか!」と蹴りを入れた。

電車に揺られて30分。
とあるゲーム制作会社に勤め、夜も遅めなハモやんは、俺の肩でぐーすかぴーすか寝こけている。
「ふざけんなよ」と思いながらも肩を貸してやっていたら、やたらくすくす笑って見てくる女子軍団がいる。今は海外映画でもホモの要素を持ち込むのが流行っているので、そういった世襲だろう。
電車ががたっと揺れ、「ぐごっ」と唸ったハモやんは、そのまま膝に落下してきた。が、起きず。
「おいマジふざけんなよ」と思い、「おい、起きぃ!」と膝をがたっと揺らすと、そのまま通路にどさっと倒れた。
「ふあっ!?」と跳ね起き、「あれ、ここ何処?草ちゃん」ときょろきょろしている。
耐えきれなくなったのだろう、周りが笑いだす中、俺はハモやんを連れてその駅で降りた。

「お前マジふざけんなや!?こっちが恥ずかしいんじゃ!」

そう怒鳴りながら、駅名を確認する。
とっさに無人駅で降りてしまったせいで、場所が全然わからない。看板を見たが、錆びついたそれは名前の部分が剥がれ落ちていて、「宵」という頭文字以外読めない。
なんやろ、ここ。なんか蝉が泣いてるし、もの凄く暑い。汗がセーターに染み込む。

「宵?宵って何?ここ何処?草ちゃん」
「そんなん知らんわ、てか次の電車待ってたらええやろ」

きょろきょろするハモやんに俺はそう返し、どかっと古びたベンチに腰を下ろした。かろうじて屋根はついているが、山の上の断崖絶壁という感じで、降りる階段がホームの隅っこにちょこんとついている。
たぶん墓参りとか、そういった用途以外無い土地なんだろう。
ハモやんは暫く大人しくベンチに座り、スマホで音楽を聴いていたが、しばらくしてから口を開いた。

「・・・なんか、電車遅ない?」

それは俺も思っていたところだ。南近鉄大阪線なら、10分置きに来るはずなのだが、優に40分ほど経過しているのに、なかなか電車はやって来ない。

「あれ、ここ県外やよ草ちゃん、wifi繋がらへん」
「データ通信オンにしたらええやろ」
「僕のん定額1やねん」

こいつのケータイはau使用だ。確か定額1は10GBしかデータ通信を行えない。
しゃーないな、と自分のポケットwifiをオンにしてネットを繋いだ。

「あ、あれ?」

覗いたマップには、見たこともない地図が表示されていた。電車の線は一本しかなく、駅名は「宵闇」。周りには森と田んぼと、気づかなかったがホームの下には、

「う、海!?海があるよ草ちゃん!」

ハモやんがワーワー言って飛び跳ねては、パシャ、パシャッと自撮りする。
「ほら草ちゃんも」と言って写真を撮ろうとしたハモやんをぐいとどかして、マップを大きくしたり小さくしたりして、自分たちが何処にいるのか何とか探ろうと試みる。だが、この宵闇駅の先にはとてつもなく長いトンネルがあり、その先が突然「奈良駅」となっていて、訳が分からない。戻ろうにも駅員も券売機も無いし、この地図上では行きの電車しかない。

「嘘やろー!どうすんねん!?」
どこやここー、と海に向かって叫んだら、ハモやんも「ここ何処ー!?」とヤッホーのノリで叫んできた。思わずチョップを入れる。
「少しはビビらんかい!」

宵闇、よいやみ、と駅名を検索しても,ウィキペディアが応えるばかりで探している答えが出ない。
そのうち、ぎったん、ばったん、と、何か線路の来たほうから音が聞こえてきた。じっと目を凝らすと、小さな物体が、シーソーのように揺れる機械のようなものを載せてゆっくりと線路上を走ってくる。

近くまで来て、それは止まった。

手押しのトロッコに、若い男女と小学生くらいの子供が三人乗っている。着ているものが妙にレトロチックだ。
「ふーう、あっついなあ」と、花柄のワンピースを着た女の方が汗を拭いながら言い、白いシャツを着た角刈りの男のほうが、「なんや、兄ちゃんら、こんなとこ来てしもて、さてはこの駅で間違うて降りたんやろ」と笑いかけてきた。
子供たちがくすくす笑いながら、「でっかい眼鏡ー」と、ハモやんを見て笑っている。ハモやんは我を忘れてシャッターを押し続けている。暫くお互い動かずにいたが、うるさいので「それ、止めえ」とハモやんにチョップを入れた。

よいしょーっと線路から駅へ上ってくる親子に、「あのー、ここ何処なんですかね・・・?」と聞いたら、男が「それ、聞くう?聞いてまうん?もう戻れんくなるかもしれへんのに?」と笑った。俺たちはぞぞっと退いた。
あほ、と女が男の背中を叩いてから、「兄ちゃんら、奈良駅行きたいんやろ?このトロッコ使たらええわ」
私らはここが終点やから、と女が言い、子供たちを連れてホームの隅の階段を下りていく。こわごわ覗いていると、女がつと振り向き、「美代子によろしくな、ハモやん」と言った。

「え・・?」

ハモやんは「?」という顔をして立っている。女も行ってしまった。後に残るのは前後のトンネルから吹く初夏の風だけだ。木々が揺れる。
「なんや、ハモやん、知り合いか?」と聞くと、ハモやんは、「いや、そんな、まさかな。でも・・・」と言い淀み、「・・・後で話すわ。なんか怖い」と言った。

それから俺たちはえっちらおっちら、トロッコを漕ぎ、トンネルを抜けようと頑張った。
汗を拭い、「なんも見えん」とハモやんが曇ったお洒落眼鏡を捨て、ようやくトンネルを抜けて光が見えたと思ったら、地面ががくがくぐにゃぐにゃと揺れだし、俺たちはトロッコから光の中へ、ぽーんと放り出された。

はっと目を覚ますと、そこは電車の中。膝の上にはハモやん。寝オチかい。
「起きい」とべしと頭を叩くと、ハモやんはがばっと起き、ついで大粒の涙をぽろぽろと零した。
「え?」と驚き見ていると、ハモやんは、「き、昨日なあ、ぼ、僕のばあちゃん、死んでん、み、美代子は、僕の、か、母ちゃんや!」と叫んだ。
周囲の視線が一斉に集まる中、俺はぞーっと一人青ざめ、ハモやんはわんわんと泣いた。お洒落眼鏡はその顔にかかっていなかった。

奈良駅に着き、繁華街を目指して歩く。

「・・・今日のラーメン、絶対美味しい気がするわ」と俺が言うと、「僕も」とハモやんがずびっと鼻を鳴らした。

ハモやんのスマホで撮った写真を確認していたら、右目の下にホクロがある婆さんとハモやんが楽しそうに過ごしている写真が何枚も出てきて、ハモやんはずっと泣いていた。俺はあの女にも、同じホクロが確かにあったな、と考え、怖かったが、ハモやんの涙のほうがなんだか大事に思えた。

結局宵闇駅で撮った写真は一枚も出て来なかった。
駅を出ると、冬の木枯らしがぴゅーっと吹きつけ、俺たちは寒々と駆け足で店を目指した。

僕は瀬川鱧太郎、通称ハモやん。僕は不思議な目に遭うことがよくある。

昨日から会社でホラーゲーム「夜の訪れ」のバグ探しをしている。えんえんプレイして先輩の作ったゾンビにもだいぶ愛嬌が感じられるようになったころ、作業を終え、濡れタオルをレンジでチンしたやつを目に乗せて「あー」と言いながら椅子の上で背中を反る。
「おつかれー」と真里菜ちゃんがコンビニで買ってきたスイーツとお茶を置いて行ってくれた。真里菜ちゃんは社員じゃない。この会社「ビルゲイツ」はビルの二階にあり、真里菜ちゃんは三階にあるモデル事務所で売れないモデル業をやっている。
見た目は十分にかわいいのだけど、背が小さいからあまり需要がないんだそうだ。ボブの栗色の髪型、水玉のワンピースに似合ってる。
「レトロモダンな感じ」と今日の撮影の内容を軽く話してから、別の社員にお菓子を配りに行く。

彼女が入り浸るきっかけになった理由、僕が深夜に階段の踊り場で夜景を見ながらコーヒーを飲んでいたら、真里菜ちゃんが撮影事務所から飛び出してきて、階段をででっと転がり落ちてきた。
半分剥かれたその生白い肩を見て、僕はゆっくり階段状を見上げると、おっさんがカメラ片手にドアの前で立ち尽くしているのを確認した。それから真里菜ちゃんが濡れた目でこちらを見上げ、小さな声で「タ・ス・ケ・テ」と言うのを見てから、僕は持っていたアツアツの缶コーヒーを持って階段を上がり、動けないでいるチビで禿げたおっさんのカメラを奪い取ると、それにコーヒーを垂らした。しゅうしゅうとデジタルカメラは音を立ててショートし、おっさんが何かがなり立てる前に僕はおっさんを俵背負いで担ぎ、踊り場の手すりからその体を半分投げ出した。

「助けてくれ」「悪かった」「二度としない」「消えるから」

そう言わせた後で、僕はおっさんをゆっくりと下ろし、スマホで写真を撮った後、「僕なあ、ネット会社勤めてんねん。おっさん、この意味わかるやろ?」とわざと笑って言った。
おっさんはこっくり頷いて、急いで事務所に引き返していった。真里菜ちゃんは服を戻し、荒い息をしていた。
「もう大丈夫やよ」と僕は声をかけて、スーパーの袋から肉まんを取り出し、「食べ」と渡した。真里菜ちゃんが泣きながら頬張る中、僕はすぐ隣にあった会社のドアを開け、先輩と社長に事の顛末を話してから、「僕だけじゃ不安なんで」と言い、がやがやとみんなを撮影事務所に向かわせた後、真里菜ちゃんをビルゲイツに招待した。

皆がスマホとカメラ片手に帰って来て、「あのおっさんかーなりまいっとったで」と報告を聞き、先輩が「よっしゃ、雑魚ゾンビの顔あのおっさんにしたろ」とにっとこちらに笑いかけてきたのを見て、真里菜ちゃんはようやく笑った。

それから真里菜ちゃんの仕事は激減したが、彼女は堂々と「やりたいことをやるの」と言って事務所に通い、こうして僕らのところに遊びに来てくれるようになった。あのおっさんは業界から完全に消えた。ここら辺りは僕の仕事じゃない。たぶん社長のコネだろう。
うちの社長は沖縄から上京し、紆余屈折を得てここ大阪に来た人で、かなりの実力とコネを持ってる。でも太っ腹で、口ひげなんかはやしてて優しい。いつも真っ赤なアロハシャツを着ている。

社員が実力者が多いので、基本社長はお飾りのように顔を出すだけ。僕は生来の粘り強さを買われてゲームのデバック要員として勤めている。
社員は在宅勤務も含めて22人程度。基本的に売りをテーマにした作品を作ってるわけじゃいので、根本的にこだわりたい人にはうってつけの会社だ。
まあそれなりにコアなファンも多い。そのおかげで食っていけてる。

僕は時計を見た。午前10時ごろ。
「真里菜ちゃん、散歩行かへん?」
僕はタオルをとって向き直るとそう声をかけた。


外に出る。朝日が眩しい。
「くらくらするわ」と言ったら、「大丈夫?」と真里菜ちゃんが頭に手をやってくれた。これでも僕らはお友達なのだから、勿体ないっちゃ勿体ない。
「大丈夫」と答えて、二人で高架下をくぐり、電車が行くのを見届けてから河川敷に向かう。

川べりに着いたところで、桜を見ながら歩き出した。
「やっと花見の季節やねえ」と真里菜ちゃんがいい、「そやねえ」と返す。
すると、どこからかか細い声で、「みゃー」と聞こえた。

「あ」と真里菜ちゃん。
「子猫」

見ると、道のわきのフェンスの隙間から、黒い子猫が顔を出したところだった。真里菜ちゃんがしゃがみこみ、「にゃー」と言いながら手を出す。「みゃー」と言って子猫はすり寄り、くるりと背を向けて、「なーう」と鳴いてこちらを見てくる。
「なんか、呼んでんなあ」真里菜ちゃんが困ったように僕に笑いかけ、僕は「ん」と言って、ジャケットを脱ぎ、シャツ姿でフェンスを乗り越えた。
ちょっとした暇つぶしだ。

子猫はときどき振り返っては、「にゃーう」「あーう」と鳴き、しきりに僕を呼ぶ。僕はそれに着いていく。
着いた先は河川敷の上の道路で、道の上に大きな黒い塊があった。
もう動かないそれ。

「みゃおーう」
子猫が泣いて、それに体を摺り寄せる。僕は暫く立ち尽くし、「しゃーないな」とつぶやくと、それを両手で抱え上げ、「着いて来い」と子猫を伴て、真里菜ちゃんのところへと戻った。

「どうしたん、それ」と真里菜ちゃんがはっとし、僕は「たぶん、車にでも轢かれたんやろ」と返し、フェンスの下から親猫を出した後で、もう一度フェンスを乗り越え、ジャケットを受け取った。

「弔い、したろな」
高架下から段ボールを見繕い、桜を手折って入れてやった。川に流したそれに、手を合わせる。
「かわいそうに、かわいそうに」そう言って真里菜ちゃんが子猫を抱きしめる。

僕らは子猫を連れ、黙って会社へと戻った。
会社に着くと、みんなが「なんやその猫たんは!?」と歓迎モードで、ちょっと安心した。

子猫のトイレやら餌やら買う算段を決めている先輩方の横で、僕と真里菜ちゃんは朝兼昼ごはんのカップラーメンを啜った。

俺は草平。知り合いからはよく草ちゃんと呼ばれる。

朝からしゃこしゃこと歯を磨いていると、隣から、ドンッと壁越しに大きな音がした。
多分また癇癪でも起こしたんだろう。
そ知らぬふりをして、口を濯ぐ。ペッと吐き出すと若干血が混じっていた。また喉が切れたらしい。

質素な部屋のカーテンを開け、ニュースを見ながら換気する。最近は温かだ。
先日コンビニで買った新聞の連載小説を読みながら、「また今朝も早く起きたな」と、自分の老いなのか健康なのかわからない体の状態を密かに心配する。
出かけるまで一時間半もある。

七時四十分、家を出る。
玄関を開けたら、隣のごみ袋がドア前に置いてあり、缶ビールやスナック菓子ばかりのそれに若干「うげ」と漏らしながら、そそくさと退散しようとする。
すると、ちょうどドアが開いて、中の住人が顔を出した。
若い女、茶色い髪。すっぴんの顔を見て、「うげっ」と声が漏れてしまい、きっと睨まれる。
「おはよーございます!」とけんか腰に挨拶され、「・・・おはようございます」と小さな声で返し、足早に逃げた。

会社に出勤。
周囲に形ばかりの挨拶をし、昼までパソコンの前に座る。午前中はひたすらデータ入力と電話受け。
昼になり、お茶を淹れようと給湯室に向かうと、中から男女の声がする。

「だからさあ!」
「もういいわよ・・・!」

なんだか面倒くさそうだと思いながらも、後輩が後ろに立つのを見て、わざと「喉かわいたなあ、お疲れさん!」と声掛けをする。
ふと、中の声が止んで、ドアが開いた。
できる先輩として有名なモテ男君が出ていき、中に入ると、マドンナで有名な同僚がこちらに背中を向けていた。ハンカチで目頭を押さえているらしい。
空気を読んだ後輩が出ていく中、俺はカップ用の緑茶を淹れながら、「屋上、今の時間空いてるで」と一言つぶやき、給湯室を後にした。

デスクで誰かが置いて行った今日の新聞の小説欄を読みながらカレーパンを食べていると、後輩が「先ぱーい、美玖先輩どうしたんでしょうね」と心配そうに、若干好奇心を込めて言ってきたので、無粋な奴、と思いながら、「知らんわ、よぉある痴話喧嘩やろ」
首突っ込むなや、とその頭を丸めた新聞でぽかと殴った。
あたっと笑いながら、そいつは退散していった。やれやれ、空気を読めない若人が多すぎる、と俺は今度は政治欄に目を向けた。

その日は残業もなく、早く帰れると思ったら、空気の読めない部長が「飲み会行く人ー!」と手を挙げたので、拒否権のない俺たちは「はーい」と元気な形ばかりの声を上げ、盛り上がっているフリをし、心の中で「畜生豚め」と歯噛みする。

「先行っといてや」と後輩たちに声をかけ、一人エレベーターの前で待っていると、「あの、草平君・・・」と後ろから呼びかけられた。
振り返ると、昼間給湯室で泣いていた佐々木美玖が立っていた。なんだかもじもじしている。
俺がどきどきしながら「な、何?」と答えると、佐々木さんは「昼間はありがとう、あの、これ・・・」と、紙切れを渡してきた。
受け取ると、アドレスが書いてある。

「よかったら、メールして」

そうはにかんで、黒いつややかな髪を颯爽と翻して彼女は去っていき、俺は「おっしゃあーーー!おら来たあ!」と心の中だけで喝采し、表面上は冷静にそれを胸ポケットに閉まった。

だがしかし。

俺が飲み屋に着くと、佐々木美玖はモテ男の横に侍り、いちゃいちゃといちゃついていた。こちらになど目もくれない。
時間が解決したという奴だろう。

たっはー、この腐れ外道め。俺はビールを煽った。「よっ、男前!」と後輩がはやし立てる。
「うるせえ、飲め飲め」と、俺はそいつの口にビール瓶を突っ込み、他の女子に太宰治の作品の講釈を垂れ、孔子の論語をそらんじて見せ、「うわー、すごーい・・・」と乾いた笑いをいただいてから、笑って酔いつぶれた。

「先ぱーい、飲みすぎっすよ」
気が付くと、後輩に担がれて夜道を歩いていた。俺は歩きながら、佐々木美玖のメアドを取り出し、「これお前にやるわ」と押し付けると、げええと地面に吐いた。
「なんすか、誰のすかこれ」要りませんよと後輩がそれをくしゃくしゃにして、ぽいっと捨てた。
そうだ、要らないんだ。

「要らなーい、要らなーい」
俺は歌いながら、屋台のラーメン屋に入った。親父に醤油ラーメン!と頼んでから、後輩に「俺はもう帰りますからね」と言われ、「帰れ帰れ、ばーか」と言って笑った。

美玖ちゃん、小さい頃、俺が鼻を垂らしていたら、いつもかんでくれた美玖ちゃん。偶然会社で再会するなんて、思ってもみなかった。運命を勝手に感じてた。
ハモやんののろけ話を聞いて、「こいつなかなかやるな」と焦ったことなど、いろいろ思い出した。
「畜生ばーろーめ!」と俺が喚くと、隣に座っていた全身シャネルみたいな美人が振り向いてきて、言った。

「お兄さん、あたしと遊ばへん?」

そこからの記憶が無い。

気が付いたら、俺は自分の部屋にいて、キッチンからふんふんと鼻歌が聞こえた。昨日女が来ていたブランドのコートとワンピースが脱ぎ捨てられていて、俺は昨日の濃厚な記憶と女のきれいに整った顔とスタイルを思い出し、「よっしゃ、ラッキースケベ!」とガッツした。

「草ちゃん、ラーメン卵入れる?」

暖簾から覗いたすっぴんの顔に、俺はうげ、と身を仰け反らせた。

女はにいっと、暖簾に顔を挟みながらおはよーございます、と笑った。

その日、ハモやんのスマホに警察から電話がかかってきた。

僕は鱧太郎。通称、ハモやん。

今日は僕のいけてない友人、草ちゃんについて語ろうと思う。

最近、草ちゃんに彼女が出来た。
しかし駆け込み女房とかいうやつで、草ちゃんは隣同士だから逃げられないし、社宅だから引っ越しもできない。
草ちゃん、お金ないもんな。

彼女の名前は駒施美樹。
いかにもイケイケの姉ちゃんで、梅田とかで飲んでそう。
今回話すのは、草ちゃんがそんな駒施美樹に与えられた絶望と屈辱の限りを話そうと思う。

その日、僕はいつもより早く仕事を終え、さいならと会社を出て、家へと向かって歩いていた。
駅に着いたその時、スマホがなった。邦楽ロックのマイナーな奴。
「はい」
「もしもし、瀬川さんの携帯で間違いないでしょうか?」
「そうですけど」
「お宅のご友人、梢草平さんなんですがね、窃盗を働いたとかで今拘留中なんですよ」
「え」
ぽかんとした。あの草ちゃんが、真面目が歩いているような草ちゃんが、窃盗?
「なんかの間違いやないんですか」
「そう本人も主張してるんですがね、何にしても、証人がいてはりますから」
「証人て、誰ですか」
「梢さんの彼女さんです」
ご存知ですか?と聞かれ、はっはーん、難波金融道、と僕は合点した。

全ては駒施美樹のしくんだことである。

署に着くと、警察官に囲まれて、事務所みたいなところで草ちゃんが、「は、ハモ!」と涙声で縋ってきた。
いつも整えられている髪型も乱れ、ネクタイも曲がっている。
その後ろで腕を組んでいる駒施美樹。ネイルばっちしの指で、ドレススーツと決めている。

「草ちゃん、どういうこと?」

僕が聞くと、訳はこうである。
その日、草ちゃんは駒施美樹に、叔母の葬式があるの、と呼び出され、泣き崩れる彼女を形的に支えていた。
叔母とやらには娘さんがいて、駒施美樹と同い年。正反対の真面目さんだ。
化粧っ気のないその顔に見とれていると、美樹に若干つねられ、いぎっと飛び跳ねた。
こいつ、ウソ泣きか?

そう思ったが、わんわん泣く涙は本物である。
葬式が終わり、美樹は半ば強制的にその従姉さんの家へ片づけを手伝いに行く、草ちゃんも来い、と命じ、なんで俺が、と思いながら着いて行った。
ある部屋で、美樹が「机の中とか見てくれる?」と言って、草ちゃんを置いて去った。
はいはい、とタンスをガラッと開けると、そこに分厚い封筒があった。
拝啓、弥生へと書いてある。
中身を見ると、札束が入っていた。

こ、これは大変、急いで渡さねば。

美樹、と部屋から呼ぶと、がちゃんと音がし、「草ちゃん、何してるん!」と美樹がショックのように口に手を当てていた。

え?と草ちゃん、いや、札束が、と言いかけると、美樹はさっとその札束を奪い、逃走。

ま、待てー!と追いかけ、見失ったところ、警察が待ち伏せしていて、「お兄さん、ちょっとええですか?」と肩を掴まれた。
え、と思う間もなく、草ちゃんは仮逮捕された。

「違うんや、俺やないんや、信じてくれ!」
よしよし、それから?と聞くと、草ちゃんに代わって警察が語りだした。

草ちゃんが捕まったあたりのATMで、草ちゃんにそっくりな人物がマスクをして、現金300万を自分と美樹の結婚費用にと作った口座へ振り込んだ。
その後マスクを捨て、走って逃げた。
その先に草ちゃんがいて、弥生さんたちからの通報で草ちゃんは捕まり、美樹は「そんな人だと思わなかった!」と怒っている、とのこと。

なるほどなるほど。

「すると、美樹さんは口座番号を知ってたんですよねえ」と僕が言い、美樹は「そやけど、何?草ちゃんが振り込んだことには変わらへんよ」とふてぶてしく言う。

僕はスマホを弄り、とあるホスト店の写真を持ち出した。
「ちょっとこれ、見てください」

それは、草ちゃんに何かあったら、もし結婚とか迫られでもしたら、これで俺を救ってくれ、と送信された画像だ。
草ちゃんに瓜二つとも言えなくないホストと、美樹の豪遊しているツイッターの写真。

「ちなみにこっち」

今日真里菜ちゃんに頼んで、モデル仲間と行ってもらったホストの店で、撮られた写真。
森田邦彦、という源氏名のホストの今日の格好は、ホストと言うより、喪中かお悔やみだ。

ガタンと美樹が立ち上がり、スマホを奪おうとする。
僕はそれをひょいと交わし、「女の子はもうちょっと可愛いほうがええと思うよ」と言って笑った。
あまりにも頭を使わなすぎだろう。楽ゲーか。

「ちなみにそこに本人来てるからね」
僕が言うと、後ろから僕の会社の先輩方に連れられた森田邦夫が立っている。暴れたせいでちょっと殴られた後がある。
真里菜ちゃんが、にこっと笑った。
美樹にスカートをまくってお辞儀して見せる。美樹が「あほんだら!」と怒鳴った。

「それにですね、草ちゃん昨日夜に被災地に15万ほど募金してるんですよ。そんなことした人が、窃盗なんて次の日にしますかね?」
僕はラインのやりとりと草ちゃんのIDでログインしたヤホーのページを見せた。
家に行って貯金通帳も取ってきた。草ちゃんはまめなので、ちゃんと記録が残っている。

警察はぽりぽり、と頭を掻き、「君、釈放」と言って草ちゃんの方をぽんと叩いた。
わっと泣いて草ちゃんは僕に抱き着いてきた。
真里菜ちゃんがよしよし、とハンカチを手渡す。

「よかったなあ、よかったなあ」と先輩方。

「あ、君ら一応暴行罪で罰金ね」

え、と先輩方が凍り付いた。

僕と真里菜ちゃんと草ちゃんは笑い、三人で草ちゃんのマンションへと向かった。
今日は鍋パーティー。真里菜ちゃんがトマトラーメン鍋とやらを作ってくれるらしい。
見た目は赤く、最後はリゾット。

「いただきます」
僕らは三人、手を合わせた。

今回は哀れな草ちゃんの話。

「君、会社に支障の出る問題起こしたから、首ね」
そう空気の読めない部長に宣言されてから、俺の日常は崩れ去った。

朝一番、気合を入れて今日から悪縁とも綺麗さっぱりおさらばだ、と出勤したところ、いきなりである。
「は、ええ?なんでですか?」

そう間抜けに聞けば、「なんか盗難騒ぎ遭ったみたいじゃない、ああいうの、迷惑」と手を振られ、冷淡な部長はそれだけで俺を解任し、後輩も同僚も目を合わせてくれなかった。

畜生。
俺が何をしたというんだ。人間失格じゃないが、どこか女のいないところへ行きたい。
そう思いながら電車に乗り込み、でたらめに乗り継いで、港から出ていたフェリーに乗り込み、無心に爪を噛みながら、俺は都会からお去らばした。
夜になり、どこか離島の港に着いた俺は、とりあえず側にあった食堂に入り、民宿もしているというその食堂で世話になることにし、何も腹に入れず誰の顔も見ず、ただ二階の簡素な部屋の畳で布団にくるまり、寝た。

次の日、携帯がけたたましくなり、ハモやんから「何処におんの?」と聞かれ、「わからん、探してくれるな」と一方的にLINEを打ち切り、携帯をごみ箱に捨てた。

すると、とんとんとん、と階段を上がってくる音がして、すーっと隙間が空くと、ほんわりしたチャーシューの良い匂いがし、ベリーショートに髪を切った目の大きな女が、「お客さん、お腹空いたでしょ」ともやしとネギ多めのチャーシュー麺を出してくれた。

俺は夢中でかっこんだ。
その様子を笑って見ているので、「何?」と女に言うと、「いや、良い食べっぷりだから」そんなに美味しい?と彼女が聞く。
「うん、旨い」と答え、もう女に未練はないのだとばかりに無視を決め込んで、スープまできっちりと飲み込んだ。

「ごっそさん」
「はいよ」

女は、お昼は卵サンドだからね、島の散歩でもしてくれば、と言い、皿を下げた。
しばらく煙草をふかしてぼーっとしていると、漁師たちがどやどやと階下の食堂に入り、世間話を始めた。
がやがやと賑やかなその情景に見入り、しばらくしてから灰がぽろっと落ちて危うく火傷するところだった。

下着のシャツの上から民宿の浴衣を羽織り、懐手に突っ込んで食堂へ出向く。
女が気づいて、「行ってらっしゃい」と歯を見せて笑い、割と可愛らしい顔をしてるな、と思いながら、「ん」と返して漁師たちの余所者レーダーを潜り抜け、港から町中へと出る。

お土産街を歩いていたら、やたら猫が多いことに気づく。俺はどこへ来てしまったのだろうか。とりあえず慰謝料が手元にあったことに安堵し、ぶらぶらと散歩する。
招き猫の置物がやたら多い店。竹細工を売る店。イカの燻製を炙っているのを見つけて、200円で購入し、かじりながら海を眺めた。
都会からのUターンした奴が開いたような喫茶店や雑貨屋もあり、雑貨屋の方は金持ちの道楽だな、と女性的なエスニックな店内を見ながら思い、店先にアイスボックスが置いてある店で缶ビールを買った。
階段に座ってイカをかじっていると、猫が寄ってきて、「お前こんなん食べたら死ぬぞ」と言って撫でるだけ撫でる。エスニックな店の姉ちゃんが笑いかけてきて、頭だけ軽く下げ、興味はないんだという風に立ち上がってその場を後にした。

夕方、宿に戻ると女が「ちょっと待っててね」と言い、やけに丸っこくてでかい餃子とビールを出してくれた。ううむ、旨い。
「なんか、自分美味しいもんがわかってるなぁ」と言うと、女はくしゃっと笑って、「だって、女やし、仕事やもん」と言う。

俺はそれから一週間そこに滞在し、女の名前が三久だということを知ってから、「三久ちゃん地獄」と自分の中で銘打って、ひとりでくつくつ笑いながら、「三久ちゃん、俺ここで雇うてよ」と申し出た。

それから早三年が過ぎた。
相変わらずネットはしない。ハモやんは自力でここにたどり着き、「もうめっちゃ苦労した、めっちゃ苦労した!」と言って怒っては、俺の作るチャーシュー面をもりもりと食べた。
真里菜ちゃんは、と聞くと、「社長と結婚しちゃったよ」と言い、その子供と真里菜ちゃんとのツーショットを見せながら、「女って、分からへんよな。結局真里菜ちゃんは安パイ取ったし」としゅんともせずに良い、今度付き合いだしたモデルの子の紹介を始めた。

「ラーメン一丁!」と三久が明るい声で言い、「へいラーメン一丁!」と俺がそれに答える。三久の腹には俺の子供がいる。まだ一か月。目立たない。

「草ちゃんとラーメン食べに行くことももう無いなぁ」とハモやんは笑い、今度彼女連れてくるわ、と言ってチャリ銭を置いて帰っていった。
店じまいし、暖簾を外していると、三久が着て、「なぁ」と袖を引っ張るので、俺はそのままラーメン軒と書かれた暖簾で顔を隠すように、軽くその唇を重ねた。

人生で一番、幸せなところにたどり着いたのかもしれない。そんなことを感じていた。

ラーメンを食べに行った話

お題「らーめん」で。

ラーメンを食べに行った話

らーめんを食べに奈良へ。でもアホなハモやんのせいで途中下車。ここ、何処!?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 幼馴染がアホでしゃーない。
  2. 僕は瀬川鱧太郎、通称ハモやん。僕は不思議な目に遭うことがよくある。
  3. 俺は草平。知り合いからはよく草ちゃんと呼ばれる。
  4. その日、ハモやんのスマホに警察から電話がかかってきた。
  5. 今回は哀れな草ちゃんの話。