みつあみの少女に恋をしている。
みつあみの少女に恋をしている。
みつあみの少女とは、朝のバスが一緒だ。
わたしがバスに乗ると彼女はすでに乗車していて、わたしが降りる停留所の三つ前で、彼女はバスを降りていく。 彼女が降りる停留所の次の停留所が高校の目の前なのだけど、彼女はその高校の制服ではない、このあたりでは見かけない制服を着ているため、おそらく電車で三十分のところにある街の公立高校、ないしは私立高校に通っているものと思われる。彼女が降りる停留所から徒歩三分のところに、私鉄の駅があるのだ。
わたしは毎朝バスに乗った瞬間、みつあみの少女が運転手側の後ろから二番目の座席にいることを確認し、胸を高鳴らせる。
みつあみの少女は今時珍しく、洒落っ気のない、昔の女学生を思わせる正統派はみつあみをしている。
ゆるく太めに編んでみたり、色や飾りのついたゴムを使ってみたり、かわいい髪留めをつけてみたり、そういうのは見たことがない。ぎゅうぎゅう引っ張りながら、ぎちぎちに編んだと思われるみつあみを、黒か茶色のゴムで、まるで首でも絞めるかのようにキュッとかたく結んでいる。
膝下丈のスカートがよく似合っている。足首が隠れるほどの長さの、白い靴下も。
清純という言葉は彼女のためにあるのではないか。そんなことを考えながら、通路を挟んだ出入り口側の後ろから二番目の座席に座り、彼女の横顔を盗み見るのがわたしの日課となっている。
その旨を喫煙仲間の風間くんに話したら「へェ」なんて、どうでもよさそうな声が返ってきた。
風間くんは“デザイン科のお兄さん”と呼ばれている。
わたしと風間くんは二十歳を過ぎてから専門学校に入学し、デザイン科に通っている者同士だ。
同級生は高校を卒業して間もない子たちばかりで、当然ながら喫煙所に立ち入る生徒は数少ない。
風間くんはお兄さんと呼ばれているのに、わたしはお姉さんではなく“ママ”と呼ばれている。年相応の化粧と服装を心がけているつもりだが、風間くん曰く周りの女の子たちが年齢より幼く見えるせいで、わたしが際立って大人に見えるのだそうだ。まァ、大人であることにはちがいない。
「それ、中学生?」
風間くんに訊ねられ、わたし灰皿にたばこの灰を落としながら、首を横に振った。
「たぶん高校生」
「年下が好みだっけ」
「ううん。前の恋人は三十代の人。おっぱい大きかった」
これまたどうでもよさそうな感じで、風間くんは、たばこ片手にスマートフォンを操作し始めた。風間くんのスマートフォンが、カッカッカッと音を発する。そういえば風間くんは、おっぱいの大きい人が苦手なのだったか。
そんなことをぼんやり思い出しながら、くゆる紫煙の向こうにみつあみの少女を見た。
ガラス一枚を隔てた向こうに、彼女は立っていた。
みつあみの少女は蔑んだ目をしていた。それがわたしに向けられたものなのか、少女の瞳に映る世界に対してのものなのかはわからなかったが、もしかしたらわたしはみつあみの少女に口汚く罵られたいのかもしれなかった。
前の恋人はわたしのおしりを平手で叩くのが好きな人だったし、前の前の恋人はわたしのからだによく噛みつく人だった。おしりを叩かれるのも、からだに噛みつかれるのも、痛みを感じた瞬間に酷く興奮したことを覚えている。
イヤホンで音楽を聴いているでもなければ、参考書を開いているでもなく、うとうとしているわけでもない。
バスの窓から緩やかに流れる風景を、毎朝じっと眺めている彼女のことを、わたしは知りたい。
彼女の皮をぺろりと捲り、内側を暴き出してみたい。
見た目の清純さとは裏腹に、ほんとうはとても性格が悪かったらどうしようか。
わたしが盗み見ていることに気づいていて、わたしのことを内心ボロクソに貶していたら、どうしようか。
彼氏がいっぱいいたら、どうしようか。
学校の友だちをいじめていたら、どうしようか。
お母さんのことを「くそばばあ」なんて呼んでいたら、どうしようか。
カッカッカッカッカッと忙しく指を動かす風間くんに、わたしは問いかける。
「ねェ、風間くん。大大大好きな人がものすごォく性格悪かったら、どうする?」
「大大大好きな人なんてものがいたことがないから、わかんない」
しれっとそう答える風間くんのすねを、わたしは蹴った。
うそつき。
人相は悪いけれど、でも、雨の日に傘を持って迎えに来てくれる優しい恋人が風間くんにいることを、わたしは知っているよ。
涙目ですねをさする風間くんを見捨て、わたしは喫煙所を後にした。
みつあみの少女は今朝も窓の外を眺めていた。
彼女の横顔を思い出したら二本目を吸う気が失せたので、もし、みつあみの少女と恋人になれたら、わたしはたばこをやめられるかもしれないと思った。
みつあみの少女に恋をしている。