犬日和 甘噛み軍団

山吹桃子

甘噛み軍団

 飼い犬が肺がんで死んでから一か月たった。毎日の暮らしにぽっかりと空いた穴は塞がらない。家族と道で会うと、足元に犬を探してしまう。
 耐えられないから新しい犬を飼おうとペットショップへ行った。

 駅の繁華街から十分くらい歩いた場所にある郊外型のペットショップだ。
 中に入ると、明るい照明のもとにガラスの陳列ケースが並んでいた。ケースの中には、チワワ、トイプードル、シェトランドシープドック、ボストンテリア、マルチーズ、ダックスフント・・・生まれてからまだ日が浅い子犬ばかり。二辺をケースに囲まれたオープンスペースにはケージを三つ組み合わせて犬のスペースを作り、中に大きくなってしまった子犬四匹がいた。
 柵につかまって立ちあがっているのはトイプードルの赤ちゃん。茶色の毛はカットしたことがないのか、背中はカールが伸びてしまって「毛虫ちゃん」と呼びたくなるような山嵐状態。(後日、散歩中に「狸ですか?」と聞かれた)。くりくりした黒い目でこっちを見て、尻尾をぶんぶん振っている。
 柵の中にはほかにトイシーズー、スピッツ、マルチーズがいた。スピッツとマルチーズは白。マルチーズはお姫様っぽくおっとりとして可愛らしい。トイシーズーは黒の豪華な巻き毛で、顔は全体的にぺったんこだが、鼻のあたりはトイプードルに似て出っ張っている。座ると体型はシーズーで、どっしりとしている。
「この子は、とてもおっとりしているんですよ」と店員さんが話しかけてきた。毛虫風の毛が伸び放題トイプードルを指して「この子を抱っこできますか」と聞くと、「この子は悪戯ですけど、抱っこすると大人しいんです」と意味深なコメントともに抱っこさせてくれた。この店員さんのコメントは後で何度も思い出すことになる。
 毛虫犬は神妙に抱っこされている。ケージに残った三匹はケージにつかまって立ち上がり、「あたしも抱っこ」「僕も抱っこ」とてんでに主張し始めた。店員さんが来て二匹抱っこし、友人が黒のトイシーズーを抱っこした。
 毛虫犬を落とさないように注意しながらケージに戻した。残りの三匹も戻された。トイシーズーはごろりと寝転がったが、スピッツとマルチーズは走り回る。毛虫犬のトイプードルは「あたしはこのお家に行くわ」と決めたのか、そばから離れない。立ち上がってこっちを見るので、頭を撫でると、指を口の中に入れて噛み始めた。
「甘噛みしている」
面白がって騒ぐと、明るい声のト―ンを聞いて「あの子が褒められているわ」と三匹が寄ってきた。柵につかまってみんなが立ち上がったので、もう片方の手を出して撫でようとした。マルチーズとスピッツは指を一本ずつ捕まえて口に入れ、トイシーズーはセーターを手首のところから引っ張って口に入れ、みんなで一斉に噛み始めた。
 ちゅぱちゅぱちゅぱと噛む。たまに奥歯や犬歯にあたって痛い。でも犬は痛くないから四匹で楽しくちゅぱちゅぱと噛み続けた。

犬日和 甘噛み軍団

犬日和 甘噛み軍団

犬に関するエッセイです。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-22

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