パーティーの夜。邂逅

物語作家七夕ハル『紙は死んだ!』

 真っ暗な夜、そびえ立つ薄幸の城。コケに覆われている壁たちが行く手を阻もうとせりだしてくる。小高い城の窓。ほのぐらい。弱い明かり。空豆のスープ。鶏のシチュー。きゅうりのリゾット。フォアグラの丸焼き。およそ、富を尽くした食材が並んでいる。19世紀の服を着た召使い。数十人並んでいて客の一言で、万事ぬかりなく望みをかなえるはずだ。「今夜はパーティーに来てくれて、ありがとう」仮面をつけた男が言った。ピエロに似ていて恐ろしくリアルな写真を思わせるマスク。他の出席者たちを見渡してみると、同様に様々な仮面をつけている。一目で仮面とわかるのだが、主催者の男と同じように恐ろしく写実的な人物画を、そのまま立体にしたような仮面。「ガリレオ。君は明日死ぬんだったね?」乾杯のあと主催者は唐突に言い出した。ガリレオと呼ばれたのは、誰かすぐにわかった。皆の視線が一人に集まったのだ。「いやはや、あなたも人が悪い。恐ろしく賢い方のお言葉とは思えませんな」それを聞いて、わずかな仮面の奥で笑い声がおこる。薄暗い月明かりは人を恐れさせる。電灯が、そのとき、巨大なサーチライトのようにガリレオを照らす。驚きの声をあげるガリレオに出席者たちは、動かない。「これは、裏切りか?裏切りか?」低い声で叫ぶガリレオ。椅子が動いている。ピエロは高く。他の者は踊るように回り続ける。そして、哀れな怯えとともに抗議の声をあげ続けるガリレオが一人食卓に残される。ピエロの仮面が少しずつ大きくなる。光の作用らしい。仮面は、近づいている。「この生きた証を受け取れよ。ガリレオ。俺の生きた証をな」「まさか??」ガリレオは、この時はじめて事の重大さを悟ったように、冷静になった。これまでの機械仕掛けは、すべて余興だったのか?弾丸がどこからともなく飛んでくる。銃声はしないが、丸い殺戮者は動き回る。まず最初の犠牲者は召使いだった。非常に美しい若い娘。彼女がフランスの社交界に出れば、マントワール夫人くらいの名声は博しただろう。もちろん、物置としての美であり、無表情な風景画としての名声なのだが。室内を飛び交う椅子の群れ。皆同じように、平然としている。いや、違う。冷たい笑いを仮面が見せている。仮面であったものは顔となり、顔であったものは仮面となる。この反転をあざ笑うかのようにピエロだけは、原始の仮面のように不思議な力をともなってモノであり続けた。「かっ!」音とともに、ドアが開かれた。放物線を描いて、さまよっていた鉄の凶器は、外に出ようというのだろうか?いっせいに、うねりながら波のごとく集まる。「来たな。天敵」ピエロは、この言葉を苦々しい声で発する。ドアの前には、大きな口。牙が見える。すべて弾丸を飲んでしまうと、口を閉じる。一匹のカバである。「よう。ゼウス」カバは、さも当然というようにピエロに話しかける。カバのつぶらな瞳は、高い室内に浮かんでいるピエロの仮面をつけた人間を見つめている。「その名前を呼ぶな。私はお前を許せなくなる」「ふん。そんな言葉良く言えたもんだな。俺を地獄に追いやったのはお前だろう?兄弟」「神は一人で良い。それが、人間たちの願いだ」「それで、人間のまねごとをしているのか?」カバは巨大な口を開けて笑う。その笑い声は、地獄の底から響いてくるような重低音であふれていた。ワグナーのワルキューレが、ふさわしい場面。でも、流れているのは、シューベルトなのだ。笑い声を最後まで聞こうと決意していたピエロは、じっとしている。炎が上がる。カバの口からではない。召使いたちが、火を城に放ったのだ。「これは?」カバは不思議そうにピエロを見る。ピエロの仮面がぽとりと落ちる。ひらひらと木の葉が舞うように、プラスチック製の道化師は、ついに落ちた。かわりに室内の天井あたりに顔。眉は太く。口の繊細さは、キスにぴったり。とがって鋭い耳。ほくろが、静かに頬にのっている。「また人間の顔で遊んでいるのか。兄弟」カバは冷淡な表情をつくる。鼻息まで聞こえてきそうだ。床は、いつの間にか水で、びしょびしょである。召使いたちは皆、炎に包まれていく城とともに消え去っていくのを、良しとしているよう。「ついに地獄の門が開くよ」「人間たちにとって受難となるな」不死の生き物。高貴な生き物である2つは、溶け合うように水に沈んでいく。その周りには、饗宴の炎が所狭しと荒れ狂っている。城は千年間の腐食を数分で受ける。朽ちていく城。朽ちていく人間。朽ちていく2つ。世界は変わる。どこまでも遠くから。どこまでも近くから。

 

パーティーの夜。邂逅

パーティーの夜。邂逅

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-21

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