ひとつ星の下
「レミ、レミ。ちょっと大変」
「なに?」
ちょうど、折原レミが、昼休みにヤキソバーグパン(焼きそばパンの中央にハンバーグが乗っている)にむしゃぶりついていた最中である。
親友の木下モミジが、赤面しながら小走りに帰ってきた。
「平野くん、レミのこと好きらしい」
「ぶはっ」
「さっき、中庭で電話してるの、たまたま聞いちゃったの。「バレちゃまずい」とか、「アタックするとか」「今晩泊めるとか」とか「する」とか「しない」とか、子供の名前はレミに任せるとか!」
咳き込むレミをよそに、桃色の目撃談を語る木下。
「二人、昔からそこそこ仲良かったでしょ。まあ、露骨な幼馴染設定よりかは、若干薄い感じ?やっぱそれよね、リアルよリアル」
勝手に話して、勝手に納得する木下。
「そ、そんなアホな…。平野くんとこは警察一家で、うちの親同士が昔から仲いいってだけで…」
「それよそれ!家が隣同士とか、ベタじゃないところがミソなのよ!」
「あのな…」
そこへ、
「折原」
教室後ろの扉から、渦中の平野ヨウヘイが、気まずそうに彼女を呼ぶ。
「ちょっと、いいか?食い終わってからでもいいんだけど」
「え?…あ、いや…」
「ほらほら!」
木下は、マンガの主人公のツレのように、「はやく行きなさいよ」みたいな鬱陶しい仕草で折原の尻を押した。
* *
10分前の事である。
平野は、中庭で昼食中だった。
「い、隕石が堕ちたぁ?」
それは地元の警察署に勤める、平野の兄からの電話だった。平野の父は、そこの副署長でもある。
ちなみに、この会話の途中から、聞き耳をそばだたせていたいたのが、木下である。
電話の向こうで、兄が状況を話す。
『そっちでも2限目くらいに地震あったろ。詳しくは科研と筑波大が、放射線やら同位体の測定をするんだけど、今のところ極秘情報だ』
「そーゆーのってバレちゃまずいのか?」
『とりあえずだよ。今は周辺立ち入り禁止状態。マスコミ発表もガス爆発ってなってるはずだ』
「で、なんで俺に?」
『それが、堕ちたのは折原さんちらしいんだよ。モロに。隣のクラスだろ?』
「うちのクラスだよ。折原レミは」
『家なんかバラバラでさ。さっき会議終わったんだけど、運がいいのか悪いのか、親御さんも今いないんだ』
「折原の親に伝えなきゃダメだろ、まず」
『なんか、地中海クルーズ10日間の旅に行ってるらしい。日曜昼のクイズ番組で優勝したんだとか。今船の上らしい』
「マジで?それってアタック…」
『そうそれ。だから、お前が伝えといてよ。親父も了解してるし。あ、今晩実家に泊まってもらうから』
「うちに?!ちょっとまった!」
『何』
「いきなり、あいつをうちに泊めるって…」
『まあ、母さんもOKしてるし。俺の部屋、もう空いてるんだろ?一緒にゲームでもすればいいじゃん』
「やんねーよ。布団とかどーすんの?」
『お客さん用のが一組あったと思うぞ。ああ、あと、大事なこと忘れてた』
「え?」
『俺もよく分かんねーんだけど、国際基準だと隕石の名前は管轄の郵便局の名前で決めるとかだったらしいけど、民営化っつーの?今は所有する土地の地権者が名前付けていいらしいんだ』
「名前?男とか女の?」
『んー、基本なんでもいいらしい。ま、折原家に命名権があるらしいから。聞いといてよ。相談に乗ってあげな』
「そんなの、あいつに任せるよ。変な名前だったら止めるけど」
『じゃあ、そういうことで』
「はいはい」
ここまでの会話を、壮大な妄想で理解したのが、木下であった。
* *
そして、渡り廊下。
呼び出した平野と、呼び出された折原は、お互い違った空気の中で、妙な気を遣い合っていた。
「……あのさ」
平野は、何から話そうか戸惑っていた。
「う、うん」
折原は、背筋にモゾモゾするものを禁じ得なかった。
「ちょっと信じられない話かもしれないけど、最初に言っておくと、全部マジだから」
「う、うん…」
「実はお前の…」
「やっぱストーーーーーーーーーップ!!」
折原は、両手をブンブンさせて、彼を静止した。
「?」
「平野くん!ちょっと冷静になろう!」
「いや、冷静なんだが」
「急すぎるよ、なんか」
「どうしようもないだろ、こればっかは予測できないし」
折原は、うつむきながら続ける。
「…いつ?いつからなの?」
「今日の午前中だったかな。たしか10時半くらい」
隕石が落下した時間である。兄の情報によるところの。
「細かいんだね…」
「結構、衝撃は強かったみたいでさ」
「う、うわあ…」
平野は、赤面シドロモドロである。
「え?つか、折原、知ってたの?」
「ううう、キノシー(木下)から、先程だいたいのことは…」
「なんだよ、極秘のはずだったのに」
平野は頭をくしゃくしゃして、仕切りなおす。
「じゃあ、どうする?ホントに俺んちでいいの?そんな広くないんだけど」
「ええええっ!い、いきなり?!」
「しょうがないだろ。お前んち、グチャグチャらしいし」
「し、失敬な!そりゃ、お父さんとお母さんは勝手にテレビでたり、よく2人でどっか行っちゃうけど…!」
「いや、それは正解じゃないか。運が良かったよ」
「なんで!?」
この咬み合わない会話は暫く続く。
「別に、俺の家じゃなくても、ほら、たとえば木下の家とかでもいいし」
「何いってんの!そんなのできるわけないでしょ!」
「そうか…。意外と女子同士じゃ、結構やってると思ったんだけど」
「なっ…!」
「あと、出来たら名前も考えておいて欲しいってさ」
「デキ……な、名前?!どこの誰!そんな事言ったの!」
「うちの兄貴だけど」
「なんで、平野くんお兄さんが出てくるの!」
「なんでって…お役所仕事だからじゃね?」
「理由になってないじゃん!」
平野には、折原の赤面や興奮の意味すら分かっていなかった。
「まあ、じゃあ、そういうことだ」
「ちょっ…!待って待って!」
折原は、兎にも角にも、といった状態で仕切りなおす。
「ん?」
「やっぱり、やだ」
「は?」
折原は、自分のシャツの袖をキュッと掴んで、
「もう一度、ちゃんと、平野くんの言葉で聞かせて」
「……俺の言葉?」
「私はね…、ホントは、もうすこし、今のままでもいいかなって思ってたけど、ちょっと勇気でた」
「いや、今のままってのは、流石に無理じゃないかな…。普通に生活できないだろ」
「うん。成績落としたくないけど、ちゃんと頑張って、私なりに答えるから」
そう言って、折原は平野の目を見つめて放さなかった。
「…??」
* *
一件は落着した。
「どう?どう?どうだったの?」
教室に戻ってきた平野は、猛赤面のまま、机に突っ伏した。
時間差で戻ってきた平野も、頭を抱えて同様であった。
「えー?なになに、どうしたの?」
木下はワクワクを全開させているが、本人たちは、張本人を前にしても、怒る気力すらない様子だった。
この二人の距離が近接するのは、もうすこし未来の話である。
ひとつ星の下