踊りを踊れないオータムくん

あおい はる

 オータムくんは踊りが踊れない。
 十五歳になったら踊りを踊れなくてはいけない町に、オータムくんは住んでいるのだけれど、オータムくんは踊りが踊れないまま十五歳を過ぎて、気づけば十七歳になっていたという。わたしが住んでいる町の学習塾に、となり町のオータムくんがわざわざ通っているのは、そのためであるらしい。周りのみんなは十五歳になった日に踊りを踊れたのに、オータムくんは踊れなかったからだ。
 オータムくんは憂鬱そうに語る。
「そもそもだよ、ぼくは海の上にも立てない。自分では海面に立っているつもりが、気がつけば魚とキスしている。華麗なステップを踏んでいるはずが、地団太を踏んでいるようにしか見えないと言われるし、指先をぴんと伸ばし流れるようにしなやかに動かしている腕も、足をくねくねさせる蛸みたいだと笑われる。だから、きっと、ぼくは、もらわれっこなんだよ。あの町で生まれた純なヒトじゃないだ。だって、あの町で生まれたヒトは、十五歳になれば勝手に海の上で踊りを踊れるようになる。ぼくの兄さんは踊れた。姉さんも。九割九分九厘の確率でできるようになることができないぼくは、おちこぼれの中のおちこぼれさ。究極だ。おちこぼれの極みだ」
 いい加減にしてほしいものである。
 わたしは予習をしながら、となりで踊りが踊れないことを延々と嘆くオータムくんにうんざりしていた。
 オータムくんのことは嫌いではない。だって、イケメンだから。髪がさらさらしすぎていなくて、ごわごわもしていないから。
 でも、こういうねちねちしている、というか、できなかったことをできないと割り切れないで、いつまでも悔やみ潔く吹っ切れられないところは苦手だ。できないものはできない。それでいいじゃないか。海の上に立って踊りを踊れなかったところで、町を追い出されるわけでもあるまい。大人になれないわけでもあるまい。所詮、そんなものは古くから存在する港町の、いつ誰が始めたかわからない小さな町特有の奇習なのだから、踊りが踊れないことを気に病む必要はないではないか。踊りなんて将来、できなくたって困ったものではない。ダンサーやバレリーナでも目指していない限り。
 わたしは数学の問題集の、計算を誤った箇所を消しゴムで消して出た黒い消しカスを、オータムくんの方に向かってぱっぱっと払いながら、鼻でふふんっと笑ってやった。
「こちとらね、十三歳になったら水の中で歌が歌えなくちゃいけないのに、Aメロの半分も歌えなくて学校でハブられてんの。だっせェって嗤われてんの。ざまあみろって感じでしょ?オータムくんも嗤いたかったら嗤えばいいよ。わたしの弁当をゴミ箱に捨ててもいいし、教科書をドブ川に捨ててもいいよ」
なんて、早口で捲し立てる自分が酷く馬鹿みたいで、加えて、ゴミ箱の前に佇む惨めな自分の姿を思い出して涙が出てきたから、オータムくんに覚られないよう寝るフリをして机に突っ伏した。
 できないものは、できない。
 この町に生まれた以上、十三歳になれば誰しもができるとされているヘンテコな風習をわたしは悪習と呼び、忌み嫌っている。こんな町から早く出て行きたいがために学習塾に通い、遊びも恋もそっちのけで勉強に没頭している。水の中で歌を歌うという行為は、十七歳になった今でもできない。歌を歌うより先に、口を開けた瞬間に流れ込んでくる水を塞き止める方法がわからない。口を開けば自然と透明の膜ができるのよ、十三歳になったら、と母は言った。十四歳になっても十五歳になっても膜ができないわたしを、町で一つしかない個人病院の大して愛想もよくない医者は、膜ができないのは何らかの病気が原因だと判断した。わたしは生まれてから一度しか風邪を引いたことがなかったし、すこしカビの生えた大福を食べても、ジャングルジムから落っこちても、ぴんぴんしていた。何らかの病気の、その何らかはわからないが命に関わるような重大なものではありませんねと、医者は面倒くさそうに、でも、その面倒くさがっているのを覚られないよう抑えていることがありありとわかる口調で、言い放った。わたしはそのとき、絶対にこんな町のヒトと結婚なんてするものかと、心に誓った。
 オータムくんもさ、いつまでもできないことをできないってくよくよするの、やめなよ。
 机に突っ伏したままで発した声はぼやぼやしていて、励ましとも、説教とも、どちらとも取れないような感じで、オータムくんにどう響いたかはわからない。でも、
「大丈夫。ぼく、踊りが踊れなければ歌も歌えない。とてつもなく音痴なんだ。ぼくが歌ったら魚どころか、微生物もびっくりして脚がにょきっと生えちゃうよ」
なんて、よくわからないフォローをしてきたものだから、わたしが伝えたかったことの、ほんの少しは伝わったはずだ。たぶん。
 わたしは吐息で熱く湿る両腕の中で、そっと涙を拭った。
 そしてオータムくんが、海の上でバレリーナみたく美しく踊る姿を想像したら、全然似合っていなくて、わたしはオータムくんが踊りを踊れなくてよかったなァと思った。

踊りを踊れないオータムくん

踊りを踊れないオータムくん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

CC BY-NC-ND
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