爪先から天井まで

明日起きたら 海に行く
まだ冷たい世界に手足を浸して
大嫌いな砂まみれになって
潮風で内臓をベタベタにして

春の風が入り込む隙なんてあげない。

私を満たそうなんて無駄、甘すぎる。
これだから ゆとり と言われるのよ。
きみはいつも、甘すぎる。

例えば私がシティガール目指したって、
肌をこんがり焼いてサーフィン始めたって、
別段構いはしないくせに

連絡も無しにふらふらと現れては
「きみの日々には些か改善の余地がある」
だとか、耳タコな説教ばかり浴びせる。

「おいおいお前さん、ダムの放水にはまだちょいと早いぜ」
なんて、私が堪らず口走ろうものならば
あからさまに薄っぺらい笑顔を浮かべて、
私の退路を消し去っていく。

もう二十数年あなたと過ごしてきたけれど、
そういうところ、あまり良くないと思うよ。
友達減っちゃうよ。

しかし、そんな私の親切な心配をよそに
きみは全世界を巻き込むドル箱アイドルだし、
差別なく誰にでも訪れては人々を笑顔にしていく。

嫌味な野郎だな と常にひがんでいるけれど、
実は私も 数年前からきみのファンです。

不本意ながら。まっこと不本意ながら。

ピンクな点以外認めるに値しない
その押し付けがましいほどの優しさアピール。
毎度 薄眼を開けていびつな笑顔で見つめていたものですが、
遂に私も歳をとったなと!

ははははは!
笑いが止まらねえな!ははは!

口煩いだけだと思っていたのにね、
きみが一緒に連れてくる陽気候バックダンサーズも全員ナルシストだし。

だけど、ちゃんと正面からきみのこと見たら、
湯葉みたいな薄さの笑顔が立体に見えてきて。
そのうち黄昏に影も落ちて。
なんともまあ、
きみを認めざるを得なくなってしまったのよ。

誰のものでもなく、
しかし同時に全てのものへ注がれるきみは、
きみの願いは、
きっと私には叶えてあげられないからさ。

だから、明日起きたら 海に行く。
きみの入り込む隙なんてあげない。

だから、せめて 私のものにならないでいいよ。
きみを特別にしてあげる。
人を染められない苦しみを味わうがいいさ。
たんとお楽しみなさいよ。

苦くて堪らんゴディバのチョコレートあげるよ。
カカオ率が非常に高いやつ。
楽屋でみんなで食べるといい。

だから、まぁその、頑張れよ。

南半球お疲れさま。

(桜味の細かい成分データ待ってます。早めに。)

爪先から天井まで

爪先から天井まで

恋文なんぞ性に合わん。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

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