労働への賛歌

物語作家七夕ハル『紙は死んだ!』

 三十年一日十三時間働いていた。家に帰っても疲れて寝るだけ。食事は、外食で済ませる。風呂は、社員用に設備されたものがある。給料は、いくら残業をしようとも定額制。生活は、正直ギリギリだった。三十年間働いて、定年がきた。残ったものは、毎日酷使した右手の腱鞘炎と、震えのとまらない足。働くことは、良いことだと父に教わって正直に真面目に生きてきた。それで、定年して、何をすればいいのか、わからない。妻でも見つけようか、とも考えたが、金もない、病持ち、生きがいもない。こんな人間誰が拾うだろうか?ただ、どんな人間にも、出会いはある。蛇のような顔をした人間に猛烈にアタックされた。結局、逃げ出した。夜逃げ同然だった。相手が嫌いだったのではない。私は、ただその女性といても孤独だったのだ。こんなに孤独感から逃れられないならば、いっそ一人でいたい。そんな心境だった。定年してから、自責の念に苦しんだ。働かない自分を責めに責め続けたのだ。ただ、その頃、国は労働環境の改善を勧めて、働けても7~8時間だった。そんな少しの時間だけ働くことは、怠けるのと同じだった。働く以外の時間の使い方を知らないので、一日中、家で内職をしている。へたくそだし、持病があるので、できる量は、わずか。そして、大した金にならない。でも、やっていないと、私は死んでしまうのだ。体が悲鳴をあげても、私は、働き続ける。誰のためでもなく自分のために。そして、自分など、どこにもない。ただ、私は、働く機械なのだ。
 この正直さ、真面目さを、誰も知らない。誰にも知られなくても、私は、働き続ける。何のためにならなくても、私は、働き続ける。それが人間なのだ。多くの人々は、長時間働きたくないらしい。私は、そういう堕落した人間を軽蔑する。人間は、労働のために労働するべきなのだ。まさに、人間を人間たらしめているのは、労働だけなのだ。ある夜、笑い声を聞いた。隣に住んでいる家族らしい。2、3度見かけたことがある。子供をみると、いつも思う。教育などいらないのだ。子供の時から労働させるべきだ。一度、隣の子供を無理やり、内職を手伝わせようとしたら、通報された。警察官に事情を話し、とりあえず注意だけですんだが、どうやら、私の考えは、不評らしい。内職をしている会社の社長がやってきて、勤労賞をくれた。こんなもの何にもならない。それより、他の人間は、もっと働くべきだ。会社の社長は、高級車に乗ってやってきたし、まるまると肥えていた。そんな人間を私は、苦手とする。そして、私が、冷たい目をすると、「奴隷は黙って、仕事してればいいんだ」と言った。私は、奴隷ではない。自分の意志で働いているのだ。貧乏でも、働くために、働いているのだ。もう、いつから働いているのか、わからなくなった。そんな月日が、いつまでも続くような気がした。結局、私は倒れた。医者は療養を勧めた。私は、拒否する。働かなければ、私は、負け犬だ。医者は、そう言うと、何も言わなくなった。そして、ある日、私は、死んだ。

 

労働への賛歌

労働への賛歌

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 冒険
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

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