人魚姫になりたかった話

お題:何かの体

「こうね……身体が軽くなっててね、いつもより遠くへ飛べる気がしたの」
「はぁ……?」
「なぜか分かんないけど、ポーンって飛べて。Bダッシュできて。何かの体になっていたの!」
「それマリオだよ」

 学校への登校途中、私は変なやつに絡まれていた。いや友達なんだけど。数日前に友達になったばかりの変なやつだ。遠くから転校してきたらしい彼女は、いつもマイペースに喋っている。おさげ髪、白いドレス、そしてランドセル。いくら制服の無い中学校とはいえ、ここまで自由を表現する生徒は他に居ないだろう。端的に表すなら「変わってる奴」「浮いてる奴」「でも可愛いから許す」みたいな扱いの子だ。
 転校初日、私は彼女に気に入られた。理由は知らない。隣の席だが、一応同性だ。彼女も友達が欲しかったのか、誰を誘おうかとモジモジしているのを私は見ていた。
 登校初日も白いドレスにランドセルという出で立ちだったので「え、こいつ本当に中学生?」みたいな疑惑の目で見られていた。先生から「美少女が転校してくるぞ」と告げられてうおおおと盛り上がっていた男子も、まさかランドセル背負ってドレスに身を包んだちぐはぐな美少女が転校してくるとは誰が予想できただろう。
「えっと……私、浮いてますか?」とオドオドしながら問いかける美少女が、もし仲の良い友達だったら全力でツッコんでいただろう。ただ彼女のことがイマイチ掴めない我がクラスメイト一同は「お、おう……」と煮え切らない態度を取る他無かったのだ。そして黒板に書かれる「碓氷峠 泡姫」の文字。色んな意味で読めない。
 微妙な空気のまま自己紹介が終わり、「じゃあそこの空いてる席に座りなさい」とテンプレみたいな台詞で指し示されたのは私の隣の席だった。まじかぁ……と心の中で悪態をつきつつ、数日前に転校していった男子を恨んだ。ここ数ヶ月で廃人と化した典型的なアニヲタだから大して転校することに悲しみは無かったが、入れ替わりのように変人が来るなら転校なんてしてほしくなかった。ワガママな人間だな私。「アリエルって言います……よろしくね」空気を読んでしまったのか意気消沈気味の彼女は覇気のない声で私に言った。アリエルねぇ。名前は親から貰ったものとはいえ、キラキラネームは勘弁してほしい。白いドレスとランドセルも合わさって、こいつの親の教育はどうなってやがるのかと疑った。私でも分かるし、誰でも分かるこの世間知らずさ。中学校舐めてる格好だろうどうみても。
 けれど同情していた。変な名前も、変な服装も、変なカバンも、全て親の趣味だとしたら彼女は振り回されているのだ。そして一身に不幸を浴びているのだ。この負の連鎖を私が断ち切らなければ。私が、常識を教えなければいけないのだ。だから私は話しかけた。

「そのドレス、可愛いね。両親が着ていけって言ったの?」
「ううん、ママは反対してたんだけど、どうしても着たくて」

 お前の趣味かーい!

 少しでも心配して損した。話を聞くところによると、彼女の両親がぶっ飛んでいるわけでなく……いや押しの弱い両親に一切罪が無いとまでは思わないが、それ以上にアリエルは『そういう世界』を持っていたのだ。つまり自業自得である。呆れつつ、それでも憎めないから変なやつである。私はすっかり脱力して気を許してしまっていた。
 北海道でナマハゲと仲良くなった話、沖縄で米軍戦闘機に乗せてもらった話、京都で舞妓はんになった話、鳥取砂丘でサバイバル生活を送った話……。彼女の話は全て妄想とも取れるトンデモ話ばかりだったが、それを心底楽しそうに笑いながら話す彼女を見て眉をひそめるようなことは無い。むしろ面白い作り話だと思えばコイツは才能があると思った。いつの間にか私達の周りにはクラスメイトの数名が集い、みんなを巻き込みながらアリエルは様々な話を披露した。アリエルは瞬く間にクラスの人気者となったのだ!

「私ね、ときどき自分が『誰の体』なのか分からなくなるの」

 不意に彼女がそう言った。車道にはみ出すアリエルが危なっかしいので手を引いて歩道に連れ戻す。転校してから数日経った今も、彼女は飽きられることなくクラスの太陽として輝いていた。彼女の不思議キャラもすっかり定着し、事あるごとにクラスメイトから小突き回され、本人も満更でもない態度を取っていた。そして笑顔が弾ける。アリエルの笑顔が何よりの花だった。みんなから可愛がられ、その度にアリエルは輝く。何より話のレパートリーが常人離れしていたこともあり、彼女が世界中を回って体験した自伝はクラスの範囲を超えて受け入れられていた。先輩や先生にも大受けだ。
 彼女の不思議な服装もすっかり定着しているどころか、漫画部が彼女を真似たスタイルのヒロインを作ってしまい、おさげ髪、白いドレス、ランドセルの三点セットが「アリエルスタイル」と名付けられてしまったのだ。これだけで彼女の影響力が凄まじいことが分かる。
 そんな彼女だが、いつも登校する時は一人で居た。というのも登下校の通路が私と同じ道路で、そこは人通りが少ないだけだ。これも運命なのか登下校は常に私とアリエルのふたりきりである。アリエルも朝は弱い体質なのか、まるで登校初日のように細々と話すことが多い。クラスメイトには決して見せない素のままのアリエル。無防備な彼女の仕草にドキドキすることも最近は多くなってきて、なんか私も影響されてるなぁ、と我ながら呆れている。
 私が居ないところでも当然アリエルは誰かしらに振り回され、笑顔を見せている。そうして疲弊したことをアリエルは満更でも無さそうに話す。私は適当に相槌を打ってみたり、相談に乗ってみたり。少しだけアリエルを愛おしいと思っている自分が居たのだ。
 普段見せない姿を、誰にも聞かせないを私に話してくれている。自惚れだと笑うがいい。自分こそがアリエルの『特別』なのだと自覚していたのだ。

「私がみんなに話していること、あれは全て本当の話だけど、全て自分じゃない自分の話なの」
「……うん」

 アリエルがいつにもなく真剣に、まるで罪を懺悔するシスターのように話していた。
 それも決して他人には聞かせない、『真実』の話。

「私ね、人魚姫になりたいの」
「……人魚姫?」

 突拍子もない話だったが、その理由は何となく分かる。アリエルという名前はリトル・マーメイドのヒロインの名前に由来することぐらい私も知っていた。

「何度も夢を見るの。自分じゃない自分がそこにいて、常に私はそれを語っているだけ。本当は何も出来ないのよ。ううん、ドレスで着飾ってるから周りから人形のように扱われているだけ。これを脱いだらただの人間に戻ってしまうもの。だから私は水中から見た地上を歌うだけ。……もし誰かに恋をしたら、この魔法は解けてしまうわ」

 何ともロマンチックな話だ。やはりアリエルの想像力は常人離れしているところがある。
 しかし誰かに恋をしたら魔法が解けるとは……あぁそうか、人間になった人魚姫はその綺麗な歌声を失い、最終的に泡となって消えるのか。

 アリエルは窮屈していたのだ。だから常に悩んでいた。水中の暮らしがいいのか、地上の暮らしがいいのか。もし地上に憧れすぎたらアリエルの天秤は崩れてしまい、普通の人間に戻ってしまう。常人離れした格好や言動だからこそ得た人気を、アリエルは良しとは思っていないのだろう。

「……そんなこと、させないよ。させるわけないじゃない!」

 気が付くと、私は大胆にもアリエルを抱き締めていた。アリエルはそのままでいい。人魚姫のままでいい。私が支えるんだ。私がエリックとなって、人魚姫のままのアリエルを愛してやる。そうすればアリエルがただの人間になることも泡になることも無くなるのだろう。それでいい。それでいい!

「アリエルはそのままでいてよ。……もっと美しい歌声を聞かせてよ。それを必要とする人がいるんだよ! 自分じゃない自分でも構わない。その自分まで私が愛するから!」
「それで……いいんですか? それでも人魚姫は、しあわせになれるんですか!?」
「約束する! アリエルは私のものだ!」

 悪い魔女にかけられた呪いなら何だって解いてみせる。私が王子様になれないのなら何かの体になってでもアリエルを我が物にしてやる。そんな強い劣情が爆発して抑えきれなくなっていた。
 不意に、車道を走るトラックの音に耳を打たれて我に返る。慌ててアリエルから手を離した。勢いを失った川の流れはとても弱々しい。当の彼女は何やら浮かない表情で下を向いてしまった。しばらく気まずい空気が二人を包み込む。
 その去り際、アリエルは少しだけ大人びた表情を見せて甘くつぶやいた。

「ありがとう、私のエリック」


 ――もしも人魚姫が泡になっても、ずっと私のことを忘れないでいてね。

人魚姫になりたかった話

原本 人魚姫になりたかった話
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=263540

人魚姫になりたかった話

即興小説 第2作目 微修正版

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

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