新卒クエスト
お題:愛と憎しみの新卒
「それじゃあキミ、今日からここで正式に働いてもらうから」
「あ、そうですか。そうですよね。やっぱり俺なんかがこんなところで……えっ? 採用!?」
その言葉に耳を疑った。素っ頓狂な声が面接室に頼りなく響いた。
底辺の塊みたいなキャンパスを卒業から気付けば半年が経っていた。大学でとくに合コンにも参加せずクラブ活動にも参加せず、恋愛どころか友情まで捨てていわゆる「大学ぼっち」と化した俺はやっとの思いで大学を出た。その先に待っていたのは地獄である。不採用、不採用、不採用。どこへいっても伝説の不採用通知が俺のメールボックスを埋め尽くす。また不採用だったのだから、今度こそ採用されるだろう、なんて期待をしていた時期が俺にもあった。今は就職氷河期である。一つや二つの採用見送りならまだしも、一年もの間、合コン相手との文通並みに不採用通知を受け取りつづけることになるとは思わなかった。アグレッシブな俺を誰も評価してくれない、
そんな時だった。世間では「ワタリ株式会社」という絵に描いたようなホワイト企業が注目されていた。現代には珍しい「なんでも屋」の看板を掲げ、いわゆる派遣会社のような仕組みを取る会社なのだが、とても審査に厳しいとの噂だ。そのため社員はエリート揃い、代わりに超絶ホワイトな仕事でも美味しい給料が出る会社なのだと注目が集まった。
そんなわけでワタリ株式会社に目を付けた俺だったが、やはり落ちるだろうな。まさか俺なんかが受かるわけないよな。そんな後ろ向きが染み付いた思いで面接受けることにした。が、まさかの書類審査無しである。面接審査一発で合否が決まるというのだから、俺はこの会社が色んな意味で怖くなった。
そして緊張の面接。面接官から出される質問に腰を入れて答える。ここらへんは手慣れたものよ。面接のプロを名乗ってもいいほど、俺は場馴れしていた。圧迫面接だろうがイジワルな質問だろうが物怖じせずにパパッと答える。それでも不採用になるのだから世間のハードルはシビアだ。
何十問と答えさせられる。さすがに長いなと思ったものだが、面接一本で審査が厳しいなら当然か。あるいは長時間の押し問答でも耐えられる強靭な精神力を試されているのだろう。それなら望むところだ。ここで評価されれば大学までずっと耐えてきた俺の人生が報われるというものだ。そう考えると徐々にテンションが高ぶってきた。何百問だろうと意地でも答えてやろうじゃねぇかという気が湧いてきた。
そして面接官と俺が怒涛の質疑応答ラッシュで息が切れてきた頃、大雑な音を立てて面接室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは、可愛らしい幼女の姿だった。
「気に入った! お前を採用してやろう!」
そして幼女は元気そうな声で叫ぶ。子供の悪ふざけだろうか。いやそんな一声で採用が決まるような会社じゃない。子供は世間知らずだが可愛らしい。こんな声が聞きたかったのだ。ただ一言、採用されたかった。報われたかった。その一心で面接を受けたというのに、不採用通知の嵐。小学生のころはそんなことも知らずに元気に遊んでいた。こんなことならもう少し真面目に勉強するんだった。ただ何も考えず自由だった頃が懐かしい。
すっかり思い出に涙ぐんでいた俺は幼女から目を逸らすと、呆気にとられる面接官を正面から見た。もう逃げない。ここで頑張らずにどこでがんばるんだ。どんなに辛いことがあってもいい、俺はここで働きたい、そういう意志を目で伝えた。そして面接官は言う。
「それじゃあキミ、今日からここで正式に働いてもらうから」
そして今に至る。今度は俺が呆気にとられる番だった。いや、どうして? Why? 何を基準に採用したんです? ニッコリと笑う面接官、そしてドヤ顔の幼女。ところでお前は誰なんだ。
「えっと……本当に採用、なんですか?」
「社長の私がそう言うのだ! 採用しないわけが無いだろう!」
「あぁ、確かにそれなら……って社長!?」
社長? この幼女が? Really? 再び頭の中を疑問符が駆け巡る。何かのドッキリなのでは無いだろうか。確かにテレビのインタビューでも頑なに顔出しNGとしていたワタリ株式会社だが、まさかその実態は幼女が社長を務める会社だと誰が想像するだろうか。俺は半ばパニックになるし、誰でも半ばパニックになる。
「えっと……本当に社長、なのかですか?」
「私は嘘なんて付かないぞ! ほら、疑うなら名刺を見ろ!」
そう言って名刺を手渡される。どう見ても年下なのに自然と頭を下げながら受け取った。そこには確かに「ワタリ株式会社代表取締役 亘理 美穂」と書いてあるではないか!
「も、申し訳ありませんでした社長! ……ところで、どうして僕なんかを採用したのでしょうか」
「うむ、お前こそ勇者に相応しいと思ってだな!」
は? 勇者? これは何かの悪い夢だろうか。不採用通知を受け取りすぎたあまり、こんな自分でも意味の分からない夢に取り憑かれたのだろうか。
「えっと……勇者、とは」
「いま、七頭の竜が世界を騒がせているのは聞いているな?」
「あ、はい」
そういえば、ニュースでそんな話を聞いたことがある。世界中に現れた七頭の竜が自然を荒らしている、というものだ。でもそれは自衛隊が退治するはずのもので、てっきり他人事だと思って気にもかけなかった。
「ワタリ株式会社は竜退治を請けることにした! そこで丁度勇者に相応しい人物を決めかねていた、というわけだ! これが成功すれば莫大な報酬を約束するぞ!」
「えっと……」
話は理解できないこともない。だけど……まさか、ワタリ株式会社に限ってそんな物理的にブラックな仕事を社員に、ましてや新入社員に押し付けるなんて話があるのか。
「無理か? 私は新入社員に無理を言いたくないのだが、今はどうしても竜退治の人材を募集していてな。事前に言えなかったことは申し訳なく思っているが、一目見たときからどうしても君に付いてきて欲しかったのだ」
どうやら社長は至って本気のようだ。丁寧に気遣うようなその言葉に威勢を崩された。どうして俺が勇者に向いてると思ったのかは謎のままだが。
「えっと……社長も同行するんですか?」
「あぁ、申し遅れたな。ワタリ株式会社の社長とは表向きの姿、私は魔法使いのミホだ。よろしく頼む」
「魔法使い!?」
ガタッと大きな音を立てて無言を貫いていた面接官が立ち上がる。そして晴れやかな笑顔で握手を求めた。
「俺は武闘家のシバだ。よろしく頼む」
お前もパーティーの一人なのかよ!
「というわけだ。あとは美人の僧侶を雇えばいつでも出発できる。……もちろん付いてきてくれるよな?」
もうどうにでもしてください。晴れやかな笑顔を見せる幼女(社長)を前に、俺はしばらく前の言葉を思い出した。どこでも不採用になるというなら、ここが天職なのかもしれないじゃないか。ここでやってやる、その言葉は嘘じゃない。予想外の初仕事になってしまったが、人生とは意図せずこんなものかもしれない。俺だけが辛い思いをしてるんじゃない。ここで漢を見せるときだ。
そんな決意を胸に、幼女(社長)の言うことを全面的に信じることにした。
こうして月日がたち、僧侶を迎え入れた俺達は竜退治に世界へ飛び出した。旅は苦労と困難を極めたが、強力な魔法やアイテムに頼ることで何とか竜退治に成功している。まさかこんな職業に就くなんて夢にも思わなかったが、今は勇者という定職にありつけたことを誇りに思っている。
ありがとうワタリ、愛と憎しみを込めて。
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